第69話:戦略拠点への道、連携と警戒の狭間で

領主アルフレッドとの間に「相互安全保障協定」が結ばれたことは、俺のダンジョンを取り巻く環境を劇的に変化させた。もはや、辺境の地に潜む正体不明の存在ではない。我々「アルカヌム研究所」は、領主から公認された「協力組織」として、この地域のパワーバランスにおける無視できない一角を占めることになったのだ。


その変化は、すぐに具体的な形で現れ始めた。協定締結から数日後、領主の代官を通じて、最初の「協力要請」がもたらされた。


『ワタル殿、先日の合意に基づき、早速ながらお願いしたい儀がある。』

コアが受信した魔術通信の内容を読み上げる。『近隣の村々で、原因不明の家畜の衰弱死が相次いでいるとの報告が入った。通常の病気や、既知のモンスターによる被害とは異なるらしく、住民たちの間に不安が広がっている。つきましては、貴殿らの持つ高度な分析能力をもって、原因の調査にご協力願えないだろうか? もちろん、調査に必要な経費や情報は、こちらで最大限提供する。』


「家畜の衰弱死…通常の病気やモンスターではない、か。」

俺は眉をひそめた。これは、単なる事件ではない。「蝕むもの」の影響が、こんな身近な場所にまで現れ始めた兆候ではないか?


「コア、どう思う?」


『可能性は否定できません、マスター。』コアは、即座に関連データを分析し始める。『「蝕むもの」の影響は、物理的な破壊だけでなく、生命エネルギーの汚染や吸収、精神的な侵食といった、より subtle な形で現れることもあります。家畜の衰弱死は、その初期症状である可能性も考慮すべきです。』


「だとしたら、放置はできないな…」

これは、領主への「貸し」を作るだけでなく、我々自身の安全にとっても重要な調査となる。


「協力要請を受諾する、と返信しろ。ただし、調査は我々のやり方で、秘密裏に行う。結果は報告するが、詳細な調査プロセスについては開示しない、と付け加えておけ。」


『承知いたしました。』


俺は、早速、調査チームを編成した。隠密能力に長けたゴブジをリーダーとし、少数のゴブリン斥候、そして分析能力を持つコア自身が遠隔でサポートする体制だ。彼らは、夜陰に紛れてダンジョンを発ち、問題の村へと向かった。


数日後、ゴブジとコアから詳細な調査報告がもたらされた。

『マスター、やはり通常の病気ではありません。家畜の体内から、微弱ながらも極めて異質な、負のエネルギーパターンを検出しました。これは、「蝕むもの」の波動に酷似しています。おそらく、汚染された水や飼料を通じて、家畜が内部から蝕まれているのでしょう。さらに、村の周辺の土壌や水源からも、同様の汚染反応が確認されました。』


「土壌や水源まで汚染されているだと!? これは、思った以上に深刻だな…」

このままでは、家畜だけでなく、いずれ人間にも被害が及ぶだろう。


『幸い、汚染レベルはまだ低く、コアの持つ浄化能力(古代技術の応用)と、リナが持つ聖属性魔法(初級だが)を組み合わせれば、限定的な範囲であれば、浄化・回復が可能であると試算されます。』


「浄化が可能か…よし、それも領主への『協力』として実行しよう。ただし、我々の能力を過剰に見せないように、あくまで『古代の知恵を応用した特殊な治療法』という名目で行う。コア、リナ、そして作業補助として数体のゴーレムMk-I改を派遣する準備を。」


俺たちは、再び秘密裏に行動を開始した。コアが遠隔で汚染源を特定し、リナが(ワタルに雇われた治療師という触れ込みで)村を訪れ、浄化魔法と特殊な薬液(コアが調合したもの)を用いて、汚染された家畜や水源の治療を行った。ゴーレムたちは、夜間に土壌の入れ替えや浄化剤散布などの作業を担当した。


その結果、数日のうちに、村の家畜たちは目に見えて元気を取り戻し、原因不明の衰弱死は収束した。村人たちは、どこからともなく現れて助けてくれた(と思っている)リナと、夜間に現れたという「働き者の土人形(ゴーレムのこと)」に感謝しきりだったという。


この一件は、領主アルフレッドに大きな衝撃を与えたようだった。我々「アルカヌム研究所」が、単なる資源供給組織ではなく、未知の脅威に対処できる高度な技術と能力を持つ集団であることを、彼は改めて認識したのだ。


領主からの感謝の言葉と共に、我々への信頼度は飛躍的に向上した。協定は見直され、資源取引の条件はさらに有利になり、ダンジョン周辺の森林利用権も拡大された。そして何より、領主は、我々のダンジョン(古代遺跡保護区域)を、「蝕むもの」に対抗するための重要な「戦略拠点」と見なし、王都への報告においても、その重要性を強調するようになったらしい。


「…順調すぎるくらいだな。」

俺は、コア安置室で領主からの新たな協定案を確認しながら、呟いた。「だが、これで我々は、否応なく『蝕むもの』との戦いの最前線に立つことになったわけだ。」


『はい、マスター。我々のダンジョンは、もはや辺境の秘密基地ではなく、地域全体の安全保障を担う、公的な役割を持つ存在へと変化しつつあります。それは、大きな責任を伴いますが、同時に、最終プロトコル起動に向けて、他の勢力との連携を築く上で、有利な立場を得たとも言えます。』

コアは、冷静に状況を分析する。


その言葉通り、領主との連携強化は、他の勢力にも影響を与え始めていた。

冒険者ギルドは、領主からの指示(あるいは圧力)を受け、ダンジョン周辺での無許可な調査活動を自粛するようになった。代わりに、ギルドを通じて、我々(アルカヌム研究所)への正式な協力依頼(例えば、特定のモンスター素材の提供や、危険地帯の調査など)が持ち込まれるようになった。俺は、それらに可能な範囲で応じることで、ギルドとの間にも、敵対ではない、協力的な関係を築き始めていた。


そして、ロザリア。彼女は、俺と領主の接近を、苦々しい思いで見ているようだった。使い魔を通じての資源交換は続けられているものの、彼女からのメッセージには、以前にも増して棘が含まれるようになった。

『ワタルよ、貴様、あの堅物領主に取り入って、随分と良い気になっているようだな。だが、忘れるなよ。貴様の持つ力(特にゴーレム技術)は、いずれ私にも必要になる。その時は、容赦なく奪い取らせてもらうぞ。』

そんな、あからさまな牽制球を投げてくることもしばしばだった。


「まあ、彼女らしいな。」

俺は苦笑するしかなかった。「だが、彼女も馬鹿ではない。領主と我々が連携し、『蝕むもの』という共通の脅威が存在する以上、下手にこちらに手出しはできないはずだ。当面は、この奇妙な三つ巴の睨み合いが続くだろう。」


俺は、この安定期(?)を利用して、ダンジョン内部のさらなる強化と、最終プロトコルに関する研究を進めることにした。


ガーディアン・ゴーレムMk-1は、ついに量産10体が完了し、ダンジョン内の各重要拠点に配備された。オリハルコン・コアとアダマンタイト装甲を持つ彼らは、まさに無敵の守護者だ。コアは、彼らのAIをさらに改良し、互いに連携して戦う「ゴーレム・ネットワーク戦闘システム」の開発にも着手していた。


古代遺跡の調査も進み、ダンジョンコアシステムの詳細な構造や、古代のエネルギー技術に関する貴重な情報が次々と発見された。それらは、最終プロトコルの解析に大きく貢献し、その起動に必要な条件や手順が、徐々に明らかになってきていた。


『最終プロトコルの完全起動には、やはり最低でも3つ、理想的には5つ以上のコアの同期が必要です。そして、各コアを繋ぐための、高次元エネルギー伝送路を構築しなければなりません。それには、莫大なエネルギーと、特殊な触媒となる素材…おそらく、オリハルコンやアダマンタイト以上の、未知の古代物質が必要になるでしょう。』

コアが、最新の解析結果を報告する。


「未知の古代物質…か。それも、このダンジョンのさらに深層に眠っている可能性があるな。」

俺の視線は、まだ見ぬ地下五階層、あるいはそれ以降の未知なる領域へと向けられた。


ワタルのダンジョンは、戦略的重要拠点として認識され、領主やギルドとの連携が始まり、地域における確固たる地位を築きつつあった。だが、それは同時に、より大きな責任と、より深刻な脅威との対峙を意味していた。


「蝕むもの」の影は、確実に世界を覆い始めている。最終プロトコルの起動は急務だ。そのためには、他のマスターたちとの連携が不可欠となる。


俺は、コアと共に、未だ応答のない他のダンジョンコアへの再度の呼びかけと、応答があったマスターたち(南方のSOS、北方の静観者、そしてロザリア)への具体的なアプローチ方法について、検討を開始した。


連携か、対立か、それとも…?

世界の命運を左右する、複雑な外交ゲームが、始まろうとしていた。

俺は、元SEとしての情報分析能力と、ダンジョンマスターとしてのリソース管理能力を最大限に発揮し、この難局を乗り切るための、最適な「アルゴリズム」を模索し続ける。


ホワイトダンジョンへの道は、いつの間にか、世界を救う道へと重なっていた。そのゴールが、どのような景色なのか、俺にはまだ想像もつかない。だが、進むしかないのだ。仲間たちと共に、未来を切り開くために。

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