第10話:初めての「人間」と、シミュレーション通りにいかない現実

ゴブリン三銃士――ゴブキチ、ゴブジ、ゴブゾウ――が我がダンジョンに加わってから、数日が経過した(と思われる)。彼らへのOJT(On-the-Job Training)は、コアのサポートを受けながら地道に続けられている。


「ゴブキチ! 報告は簡潔に、結論からだと言っているだろう!『敵発見、数3、場所ポイントデルタ』それでいい!」

『グギャ!? あ、ああ! テキハッケン! カズサン! デルタ!』

ゴブキチは、まだ粗削りながらもリーダーとしての片鱗を見せ始めていた。他の二体に対して威張り散らす悪癖はあるが、いざとなれば率先して前に出る度胸はあるようだ。ただし、報告がやたらと長く、感情的になりやすいのが玉に瑕だ。


「ゴブジ、その慎重さは良いが、判断が遅い。危険を察知したら、まず報告。その上でどうするか相談だ。迷っている間にやられるぞ。」

『ヒィ…! わ、わかってる! ホウコク! ソウダン!』

ゴブジは相変わらず臆病だが、観察眼は鋭く、罠の発見や敵の気配察知には長けている。報告も比較的正確だ。彼を斥候や偵察専門にするのは良いかもしれない。


「ゴブゾウ! ぼさっとするな! 指示がない時は、周囲を警戒するか、待機場所で待つ! 勝手にうろつくな!」

『ギ…! ア、ハイ…!』

ゴブゾウは典型的な指示待ち人間…いや、指示待ちゴブリンだ。言われたことはやるが、それ以上はない。まあ、組織にはこういうタイプも必要だろう。単純な警備や、罠の監視などには向いているかもしれない。


俺はコアがリアルタイムで更新してくれる簡易ダッシュボードのKPI評価シートを眺めながら、彼らの育成方針を微調整していく。スラきちとスラにも、清掃や罠のメンテナンス、そしてゴブリンたちの訓練相手(粘液で動きを止めたり、逆に潤滑液で転ばせたり)として、変わらず活躍してくれている。


ダンジョン自体も、少しずつだが強化を進めている。DPを消費して、ゴブリン待機所の隣に、ささやかながら「モンスター用簡易回復泉」(コスト50DP)を設置した。微量の魔力を含んだ水が湧き出る泉で、軽度の傷や疲労を回復させる効果があるらしい。これもホワイトな労働環境整備の一環だ。モンスターだって、福利厚生は重要だろう。


現在の所持DPは、ゴブリン撃退や自然回復で少し増え、750DPほど。レベル3への道はまだ遠いが、着実に基盤は固まりつつある。


そんな、比較的平穏な時間が流れていたある日のことだった。


『マスター! 緊急警報です! これまでとは異なるタイプの侵入者を感知! 人間…おそらく、冒険者です!』


コアの声が、いつになく緊張を帯びていた。

冒険者! ついに来たか!


俺はすぐさま立ち上がり、ダッシュボードに意識を集中させる。


「詳細情報を! 人数、装備、ランク、動き!」


『侵入者は2名。人種はヒューマン。装備は、軽装鎧、剣、盾を持つ戦士風の男が1名。ローブを纏い、杖を持つ魔術師風の女が1名。魔力反応から推定されるランクは…Fランク、あるいはEランク下位程度と思われます。現在、ダンジョン入口を突破し、通路を慎重に進行中!』


Fランク…最下級に近い冒険者か。とはいえ、相手は人間だ。ゴブリンや森猪とは比較にならない知恵と経験を持っている可能性がある。そして何より、彼らは「ダンジョン攻略」を目的としてここにいるはずだ。これまでの侵入者のように、単に迷い込んだり、食料を探しに来たりしたわけではない。


(これは…本格的な防衛戦になるぞ。)


俺はゴブリンたちに緊張が走るのを感じた。彼らもまた、冒険者という存在を本能的に恐れているのかもしれない。


「ゴブリンども、落ち着け! 訓練通りにやれば、勝てない相手ではない! 俺の指示に従え!」


俺はコアを通じて、彼らに喝を入れる。ゴブキチが「オ、オウ!」と空返事をし、ゴブジは小刻みに震え、ゴブゾウは固まっている。やはり、実戦経験の不足は否めない。


「コア、敵の進行ルートを予測。罠ゾーン(潤滑床、スパイクピット、トリップワイヤー)に誘導できるか?」


『はい、現在の進行ルートから予測して、ほぼ確実に罠ゾーンに進入します。ただし、彼らは松明を使用しており、視界は確保されている模様。罠の発見には注意が必要です。』


松明か…落とし穴の隠蔽が見破られる可能性が高まるな。だが、潤滑床は視認困難なはずだ。


「よし、迎撃プランを実行する。第一防衛ラインは罠ゾーン。まず潤滑床でバランスを崩させ、スパイクピットへ落とす。落ちなくても、転倒すれば隙ができる。トリップワイヤーも機能するだろう。」


「第二防衛ラインは、ゴブリン部隊とスライムによる連携攻撃だ。ゴブジは斥候として先行し、罠ゾーン突破後の敵の状況を報告。ゴブキチとゴブゾウは待機し、俺の指示で突撃。スラきちとスラには後方から粘液サポートだ。」


俺は立て板に水とばかりに指示を出す。頭の中では、何度もシミュレーションを繰り返していた。Fランク冒険者二人程度なら、この布陣で十分に対応できるはずだ。


『了解しました、マスター。各員に指示を伝達します。』


コアが指示を飛ばし、ゴブリンたちが動き出す。ゴブジがそろそろと通路の先へ偵察に向かい、ゴブキチとゴブゾウは棍棒を握りしめて待機する。スラきちとスラにも、いつでも粘液を射出できるよう、体勢を整えた。


ダッシュボードのマップ上に、二つの人型の光点が表示される。彼らはゆっくりと、しかし着実に通路を進んでくる。時折立ち止まり、周囲を警戒している様子がうかがえる。


「…思ったより慎重だな。」


やがて、二人は潤滑床が仕掛けられたカーブ(ポイントα)に差し掛かった。先頭を行くのは戦士風の男だ。


「うおっ!?」


男が短い声を上げた。マップ上の光点が乱れる!


『戦士、潤滑床で体勢を崩しました! しかし、盾を使い、なんとか転倒は回避! 後方の魔術師に警告を発しています!』


転倒は免れたか! だが、効果はあった。男は明らかに足元を警戒し、動きが鈍くなっている。


「足元が妙に滑るぞ! 気をつけろ、リナ!」

「ええ、分かってるわ、ボルグ!」


冒険者たちの会話が、コアを通じて微かに聞こえてくる。ボルグとリナ、か。名前も把握できた。


二人は、さらに慎重に歩を進め、スパイクピット(ポイントβ)の手前まで来た。ボルグは剣先で床をつつき、何かを探っている。


(まずい、落とし穴に気づかれるか…?)


だが、隠蔽は完璧だったはずだ。ボルグはしばらく床を探っていたが、何も見つけられなかったのか、再び歩き出した。そして、スパイクピットの真上を通過しようとした、その時――


「ボルグ、危ない!」


リナが叫んだ! 彼女の持つ杖の先端が淡く光り、ボルグの足元に小さな光の盾のようなものが一瞬現れた。それは、ボルグが踏み抜こうとした落とし穴の蓋(に見せかけた薄い偽装)を、わずかに支える形となった。


バキッ! という音と共に偽装は破れたが、光の盾による一瞬の猶予が、ボルグに反応する時間を与えた。彼は咄嗟に後方へ飛び退き、落とし穴への落下をギリギリで回避した!


「ちっ…魔法か!」


俺は思わず舌打ちした。魔術師リナのサポートによって、最大の罠であるスパイクピットが破られた。


『落とし穴、回避されました! 冒険者2名は罠の存在を完全に認識。警戒レベルが最大に上昇!』


コアの報告が、状況の悪化を告げる。スパイクピットの存在がバレた以上、この先のトリップワイヤーも簡単に見破られるだろう。第一防衛ラインは、ほぼ無力化された。


「くそ…シミュレーション通りにはいかないものだな。」


これが、ゴブリンや獣とは違う、「人間」の、そして「冒険者」の対応力か。


「仕方ない! プランBに移行! ゴブリン部隊、突撃!」


もはや、奇襲は望めない。正面からのぶつかり合いだ。


「ゴブジ、報告は!?」

『ヒィ! て、敵、二人とも元気! こっち見てる! 槍…じゃなくて、剣と、なんか光る棒、持ってる!』

ゴブジからの報告は、相変わらず要領を得ないが、敵が健在で、こちらを警戒していることは伝わってきた。


「ゴブキチ、ゴブゾウ! 行け! 二手に分かれて挟み撃ちにしろ! スラきち、スラに、援護!」


『グオオオオ!』

ゴブキチが雄叫びを上げ、棍棒を振り回しながら通路の奥へと突進していく。ゴブゾウも、それに続くように慌てて走り出した。だが、二手に分かれろという指示は、興奮したゴブキチの頭からは抜け落ちているようだ。二人とも、同じ方向からボルグとリナに向かっていく。


「おい、ゴブキチ! 指示を聞け!」


俺の声は、突撃するゴブリンたちには届かない。


通路の奥で、戦闘が始まった。

「うわっ、ゴブリンだ!」

「数が多いわ! ボルグ、前衛お願い!」


ボルグが盾を構え、ゴブキチとゴブゾウの突撃を受け止める。ガキン!と鈍い音が響く。Fランクとはいえ、訓練された戦士だ。ゴブリン二体の攻撃を、軽々と捌いている。


「ゴブキチ! もっと連携しろ! ゴブゾウ、回り込め!」


俺は必死に指示を出すが、ゴブリンたちは目の前の敵に夢中で、連携どころではない。ゴブキチはただ闇雲に棍棒を振り回し、ゴブゾウはボルグの盾に怯えて、及び腰になっている。


その時、後方のリナが杖を構えた。


「ファイア・アロー!」


小さな火の矢が放たれ、ゴブキチの肩を掠めた!

『ギャッ!?』

ゴブキチが悲鳴を上げ、後退る。


「魔法攻撃まであるのか!」


まずい。このままでは各個撃破される。


「スラきち、スラに! 粘液援護! あの女(リナ)の足元を狙え!」


『了解! 粘液射出!』


二体のスライムが、通路の壁際から粘液を射出! 狙いは的確にリナの足元へ。


「きゃっ!?」


リナは粘液に気づき、咄嗟に飛び退いたが、わずかに足を取られた。魔法の詠唱が一瞬途切れる。


「よし、今だ! ゴブキチ、ゴブゾウ、もう一度だ!」


だが、ゴブキチは肩の火傷が痛むのか、戦意を喪失しかけている。ゴブゾウは完全に怯えて動けない。


(だめだ、こいつら…! まだ実戦は早かったか…!)


ボルグが、隙を見てゴブゾウに斬りかかろうとする。

万事休すか――そう思った瞬間だった。


『グギィィィ!』


これまで偵察に徹していたゴブジが、通路の側面にあった僅かな窪みから飛び出し、ボルグの死角――盾で守られていない脇腹あたりに、持っていた粗末な石のナイフ(いつの間に拾ったんだ?)で斬りかかった!


「ぐっ!?」


ボルグが呻き声を上げ、体勢を崩す。浅い傷だが、意表を突かれた一撃は効果があったようだ。


「ゴブジ、よくやった!」


まさか、一番臆病だと思っていたゴブジが、こんなファインプレーを見せるとは!


ボルグの体勢が崩れたのを見て、ゴブキチがようやく我に返った。

『ウガアアア!』

再び棍棒を振り上げ、ボルグに殴りかかる。今度は、ゴブジの援護もあってか、ボルグは防戦一方になった。


リナは、足元の粘液を気にしながら、魔法で援護しようとするが、スラきちとスラにが執拗に粘液を飛ばし、詠唱を妨害する。


(いける…! 押し切れる!)


ゴブキチの猛攻、ゴブジの奇襲、そしてスライムたちの的確なサポート。ゴブゾウは相変わらず役に立っていないが、数的有利はこちらにある。


ボルグの体力も限界に近づいているようだった。盾を持つ腕が下がり、呼吸が荒くなっている。リナも、粘液とスライムの妨害で効果的な援護ができずにいる。


「とどめだ!」


ゴブキチが、渾身の力で棍棒を振り下ろした。それはボルグの盾を弾き飛ばし、がら空きになった胴体へと叩き込まれた。


「がはっ…!」


ボルグは膝から崩れ落ち、動かなくなった。


「ボルグ!?」


リナが悲鳴を上げる。戦士を失い、自身も粘液で動きを制限されている魔術師など、もはやゴブリンたちの敵ではない。


ゴブキチ、そして意外にもゴブジが、リナにとどめを刺そうと詰め寄る。


「待て!」


俺は、寸前で彼らを制止した。


「コア、あの女を無力化しろ。殺すな。」


『了解しました。コアによる精神干渉を実行。対象の意識を強制的にシャットダウンします。』


コアの力がリナに向けられ、彼女は抵抗する間もなく、その場に崩れ落ちた。


「ふぅ………」


戦闘終了。

通路には、倒れたボルグと、意識を失ったリナ。そして、興奮冷めやらぬゴブリンたちと、疲労したスライムたち。俺自身も、どっと疲れが押し寄せてきた。


**【DP獲得:冒険者ボルグ(F)撃退 +50DP】**

**【DP獲得:冒険者リナ(F)無力化 +40DP】**

**【現在の所持DP:836DP】** (簡易回復泉-50DP, 粘液コスト等消費後)


Fランク冒険者二人で、合計90DP。ゴブリン6体分、森猪3頭分か。やはり、人間は「価値」が高いらしい。


だが、手放しでは喜べなかった。

今回の戦闘では、あまりにも多くの課題が露呈した。


罠は回避され、ゴブリンたちの連携は機能せず、指示も 제대로 届かない場面があった。ゴブキチの暴走、ゴブゾウの役立たずぶり。ゴブジの活躍は予想外だったが、あれがなければ危なかった。


(やはり、データ収集が足りなかった。冒険者の能力、特に魔法への対策が甘かった。そして、ゴブリンたちの訓練も、まだまだ実戦レベルには達していない。)


俺は、意識を失っているリナに目をやった。彼女を生かしておいたのは、情報を引き出すためだ。この世界の冒険者について、ギルドについて、そして他のダンジョンについて…聞きたいことは山ほどある。


「コア、戦闘ログを詳細に記録。特に、冒険者の行動パターン、使用スキル、ゴブリンたちのKPI評価を更新しろ。」


『承知いたしました。ログ記録、及びデータ更新を実行します。』


俺は、疲労困憊のゴブリンとスライムたちに、回復泉での休息を命じた。ゴブジには、特別報酬としてネズミ肉を多めにやるよう指示しておく。


そして、俺自身は、膨大な戦闘ログと、捕虜となった冒険者の情報を前に、深く思考の海へと沈んでいった。

シミュレーションと現実のギャップを埋めるために、何をすべきか。どうすれば、このダンジョンをより安全に、より効率的に運営できるのか。

やるべきことは、山積みだ。ホワイトダンジョンへの道は、まだ始まったばかりなのだから。

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