第44話 愚者の行進と破滅への第一歩
『安らぎの庭』が鉄壁の要塞へと生まれ変わった数日後のことだった。
王都のはずれ、薄暗い裏路地に集う数人の男たちがいた。その中心にいるのはすっかり落ちぶれ、その瞳に濁った光しか宿していない『暁の剣』の四人だった。
「……準備はいいな」
ガイアスが低い声で周囲に集まった柄の悪い連中に問いかけた。
彼らは王都の裏社会で汚れ仕事を生業とする腕利きの傭兵たちだった。金さえ払えばどんな非合法な依頼でも請け負うという札付きのワルだ。
『暁の剣』はもはや自分たちの力だけではルインをどうすることもできないと悟っていた。
そこで彼らはパーティのなけなしの財産をすべてはたき、この汚れた助っ人たちを雇い入れたのだ。
「へっ、旦那方。心配はいりやせんぜ」
傭兵のリーダー格らしき顔に大きな刀傷のある男が下卑た笑みを浮かべた。
「相手はたかが森に引きこもってる賢者様だろ? どんなにすごい魔法を使うんだか知らねえが、俺たちの奇襲の前じゃ赤子同然よ。そのお宝とやらを根こそぎ奪ってきてやらあ」
「……頼んだぞ」
ガイアスはそう言うと一枚の古い地図を広げた。
それはかつて彼らがルインを森に捨てに来た時に使ったものだった。
「目的地は『魔瘴の森』の中心部。道中の魔物は俺たちが対処する。お前たちは目的地に着いたら一斉に奇襲をかけろ。目的は家の主の捕縛。そしてそこにいるエルフと獣の無力化だ」
「へいへい、お安い御用で」
こうして総勢十数名からなる愚者の集団は夜陰に紛れて王都を出立した。
彼らは自分たちの計画が完璧だと信じて疑わなかった。
数の力と奇襲。それさえあればどんな相手だろうと屈服させられる、と。
彼らはまだ知らない。
自分たちがこれから足を踏み入れようとしている場所が、ただの森ではなく悪意と知恵とそして呪いで満ち満ちた悪魔の庭園であるということを。
数日後。
彼らの一団は『魔瘴の森』の入り口にたどり着いた。
不気味に立ち込める紫色の魔瘴。ねじくれた木々。
傭兵たちはその異様な光景にさすがに顔を引きつらせた。
「お、おい……。本当にこんな場所に人が住んでるのかよ……?」
「……ああ。いる」
ガイアスは吐き捨てるように言った。
彼はリリアナから高価な『魔瘴除けの魔道具』を全員に配らせた。これでしばらくは森の毒気に耐えられるはずだ。
「行くぞ。ぐずぐずするな」
ガイアスの号令一下。
愚者たちの破滅へと向かう行進が始まった。
森の中は不気味なほどに静かだった。
魔物の気配が全くしない。
「……おかしいな。前回、来た時はもっと魔物がうろついていたはずだが……」
イザークが訝しげに呟いた。
「ふん、好都合だ。おかげで余計な体力を使わずに済む」
ガイアスはそれを幸運だと勘違いしていた。
彼は気づいていない。
この森の真の脅威が牙を剥く魔物などではなく、その静寂そのものにあるということに。
彼らは地図を頼りに森の奥へ奥へと進んでいく。
やがて彼らの目の前に開けた場所が見えてきた。
そこには色とりどりの美しい花が、まるで絨毯のように咲き誇っていた。
「……なんだ、この花畑は……」
傭兵の一人がその幻想的な光景に넋を失って呟いた。
魔瘴の森に不似合いなあまりにも美しい花畑。
「……罠だ」
唯一その異常さに気づいたのはクローディアだった。
魔法使いである彼女は、その花畑から微かに強力な精神干渉系の魔力が発せられているのを、感じ取っていた。
「みんな、止まって! その花畑には近づいては……!」
だが彼女の警告は遅かった。
一人の気の早い傭兵がその美しさに魅入られるように、花畑へと一歩足を踏み出してしまったのだ。
「へへ……。こんな綺麗な花、土産に一本貰っていっても罰は当たるめえ……」
彼がにやにやしながら一輪の青い花に手を伸ばした、その瞬間。
ふわり、と。
目に見えない花粉が舞い上がった。
そして。
傭兵はぴたりと動きを止めた。
その表情は恍惚とした至福の笑みを浮かべている。
「……おい、どうした、ダニー?」
仲間の傭兵が声をかける。
だが返事はない。
ダニーと呼ばれた男はただうっとりとした顔で虚空を見つめ、よだれを垂らしながらぶつぶつと何かを呟いている。
「……お母さん……。会いたかったよぉ……。僕の好きだったハンバーグだぁ……へへへ……」
彼はもう戻ってこない。
その精神は永遠に幸福な幻覚の世界を彷徨い続けるのだ。
「ひぃっ!?」
その異様な光景に他の傭兵たちが悲鳴を上げる。
彼らは慌てて花畑から距離を取った。
「くそっ! なんだってんだ、この森は!」
ガイアスが忌々しげに悪態をつく。
彼らの計画は目的地にたどり着くずっと手前で、すでに綻びを見せ始めていた。
これが破滅への第一歩。
『安らぎの庭』の主が仕掛けた悪魔の罠、『賢者の悪戯』のほんの序曲に過ぎないことを、彼らはまだ知る由もなかった。
彼らの前にはまだ二重、三重の絶望が待ち構えているのだ。
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