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袴田さんの事例「繰り返す恐れ」 再審見直し、証拠開示限定案が有力

二階堂友紀

 冤罪(えんざい)被害から救うため刑事裁判をやり直す「再審」制度の見直しに向け、法務省は新たな証拠開示規定の素案をまとめた。開示範囲が狭い案と広い案を併記したが、政府内では限定案が有力だ。専門家の中には現状より後退するとの懸念があり、無罪につながる重要な証拠が埋もれない制度になるかが焦点となる。

「現状より後退」と懸念の声

 法務省は今年4月、法制審議会(法相の諮問機関)の部会で見直しの議論を始めた。静岡一家殺害事件で死刑とされていた袴田巌さん(89)が昨年、再審請求から43年を経て無罪となり、救済の遅れが問題になったことが契機だった。

 いまの刑事訴訟法には再審請求審に関する証拠開示のルールがなく、検察に開示の義務はない。袴田さんの場合、再審を求めてから、無罪につながる証拠が明らかになるまで29年かかった。法制審の部会は年明けにも、法改正に向けた答申案をまとめる見込みで、新たな証拠開示規定に注目が集まっている。

 朝日新聞は法務省が31日の部会で示す資料を入手した。証拠開示の範囲について、①再審請求理由に関連する証拠だけを対象(限定案)②それに加え一定の類型にあたる証拠も対象(幅広い案)――の2案を併記している。

 再審を行うには「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」などが必要だ。元被告は新証拠を提出し、再審を請求。裁判所は検察が新たに開示した証拠も含めて検討し、新証拠に明白性があると判断すれば再審開始決定を出す。

 ①の限定案では、再審請求の理由に関連する範囲で、裁判所が検察に証拠開示を命じる。法務・検察関係者によると、元被告が提出した新証拠やその主張に関連する証拠に限られるという。

「限定案」につながる意見多数

 法制審の部会では、地裁から最高裁の3段階で確定判決を決める通常審より狭い範囲にすべきだとの立場から、限定案につながる意見が多く出ている。法務・検察内でもこの考えが主流だ。

 一方で弁護士らは、誤って有罪とされた人を確実に救える制度にすべきだとの立場から、②のような幅広い案を主張。①のような限定案では、これまで再審開始や無罪を導いてきた重要な証拠が開示されなくなる恐れがあると訴えている。

 超党派の国会議員連盟(会長=柴山昌彦・自民党政調会長代理)は既に、幅広い証拠開示規定などを盛り込んだ法案をまとめ、野党6党が同法案を国会に提出している。

弁護士ら「改悪になる」と危惧

 「再審」制度の見直しをめぐり、証拠開示規定の行方が危ぶまれている。開示範囲を狭くする案が有力になっているためだ。誤って罪に問われた人を救うための法改正になるか。政府内の議論は重要な局面を迎えている。

 「犯人でない理由を具体的に主張させ、それに関連する証拠しか開示しないと、かなり狭い範囲のものしか出てこない」。今年7月、再審制度の見直しを議論している法制審議会(法相の諮問機関)の部会で、弁護士らが懸念を示した。

 限定的な規定をつくれば「改悪になる」との声もあがった。

限定案の背景に「四審化」防ぐ考え

 法制審の部会は法曹三者や刑事法学者といった専門家がメンバーで、法改正に向けた答申案をまとめる。今年4月から計8回の会議を開いてきたが、限定案の考え方に反対しているのは再審弁護に取り組む弁護士らのみ。検察官や複数の学者のほか、ヒアリングを受けた元検察官や元裁判官も限定案につながる意見を述べている。

 背景には、通常審と再審請求審の関係など、法律上の整合性を重視する考えがある。日本の裁判は三審制をとっており、地裁、高裁、最高裁の3段階で判決が確定する。再審請求審で幅広い証拠を調べ、確定判決を覆せば、事実上の四審となり、通常審の重みが薄れるというものだ。

 このため、限定案は通常審の証拠開示規定より狭い範囲を対象とする。法務・検察関係者によると、限定案の「再審請求理由と関連する証拠」は、「元被告が提出した新証拠やそれに基づく主張と関連する証拠」を意味するという。

識者「確実な誤判の是正、期待できず」

 再審制度に詳しい葛野尋之・青山学院大教授(刑事訴訟法)は、見直し議論のきっかけとなった袴田巌さん(89)のケースから、限定案の危うさが浮かぶと指摘する。

 袴田さんの場合、事件の1年以上後に血のついた「5点の衣類」がみそタンクの中から見つかり、犯行時の着衣かどうかが争われた。検察は2010年、衣類のカラー写真を開示。1年以上みそに漬かっていれば、血の赤みが残っているはずはないとして、再審無罪につながった。

 弁護団は1990年に衣類の写真の開示を求めたが、検察は拒んだ。最高検は昨年まとめた検証報告書で、弁護団が当時はまだ「衣類の色」に関する新証拠を提出しておらず、写真との「関連性」などが判然としなかったと言及している。

 葛野教授は限定案について、「袴田さんのように無罪の決め手になる証拠が長期間開示されない事例が繰り返され、証拠開示をめぐる争いも長引く恐れがある。迅速で確実な誤判の是正は期待できず、何のための法改正かということになってしまう」と懸念。裁判所が新旧証拠を総合的に判断し、再審を開始すべきか正しく判断するためには、幅広い証拠開示規定が必要だとする。

超党派の議連、幅広い開示規定盛り込む

 法制審の部会は年明けにも、刑訴法改正に向けた答申案をまとめる。法務省は来年の通常国会への法案提出をめざす。

 一方、超党派の国会議員連盟(会長=柴山昌彦・自民党政調会長代理)は法制審に先立ち、幅広い証拠開示規定などを盛り込んだ法改正案をまとめている。野党6党は同法案を国会に提出済みで、臨時国会での審議入りをめざす。

 政府案と議連案、どちらの内容で法改正が実現するかも注目される。

証拠開示規定の素案

【立て付け】裁判所が検察官に命じて、開示させる

【開示先】①裁判所、または②再審請求人・弁護人

【対象範囲】①再審請求理由と関連する証拠、または②それに加え一定の類型にあたる証拠

【プライバシー侵害など弊害への対応】①証拠開示命令の段階で、開示の必要性とともに開示に伴う弊害の内容・程度を考慮、または②開示先を裁判所とする案を前提に、証拠を閲覧・謄写する段階で弊害の内容・程度を考慮

【証拠一覧表】①裁判所が証拠開示命令の是非を判断する上で必要な場合、検察が保管する証拠のうち裁判所が指定する範囲の一覧表を提示、または②一定の場合、検察が保管する証拠の一覧表や警察からの送致目録を、再審請求人・弁護人に提示

【その他の検討課題】再審請求人・弁護人による証拠開示の請求権、開示証拠の目的外使用の禁止、再審請求の準備段階の証拠開示、裁判所不提出証拠の保管・管理など

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この記事を書いた人
二階堂友紀
東京社会部
専門・関心分野
人権 性や家族のあり方の多様性 政治と社会
袴田巌さん、再審無罪

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