「意味不明」な記事の蔓延
最近、ネットニュースのヘッドラインや記事を読むたび、頭の中に「?」が浮かび、疲れてしまうことやイラっとすることが増えた。
記事を読んでも、意味がわからないと感じるからだ。
この「意味がわからない」には、大きく分けて三種類あるように思う。
ひとつめは、事件や事故そのものの内容が常軌を逸していて、理解や共感ができないもの。
「この程度のことで人を刺すかね?」とか「こんな異常な行動を、どうして起こしたん?」とか、動機や経緯が常識では到底測り知れない出来事。
もちろん、予測不可能な出来事の報道はニュースの役割だけれど、最近は想像力の範疇を遥かに超えた、あまりにも非日常的なニュースが頻発しているように感じる。
世の中の構造や倫理観がどうなっているのか、不安を感じさせる種類の「意味がわからない」。
世の中どうなっているの?世の中どうなってしまうの??
ふたつめは、書き手の文章力が原因で「意味がわからない」と感じるもの。
プロとしてお金をもらって書いているはずの文章なのに、主語と述語の関係がねじれていたり、誤字脱字がひどく意味が通じなくなっていたり、論理展開が飛躍しすぎていたり。
一度読んだだけでは話が頭にスッと入ってこず、何度も読み返さなければ、いや、何度読み返しても真意が掴めない。
読者が筆者の言いたいことを頭を使って汲み取ってあげなければならない文章。
読者に無駄なストレスを与えてしまう文章を世に出すことは、プロの仕事とは言えない。
もっと読みやすい、理解しやすい文章にしてくれ……。
みっつめは、書いてあることは理解できるものの、「要するに何も言っていない」という中身が薄すぎるもの。
タイトルだけが刺激的でありながら、中を開けてみたら当たり前のことしか書かれていない。あるいは、引用と誰かのコメントだけで構成されており、筆者自身の意見や深い考察がまったくない。
いわゆる内容が「スッカスカ」なもの。
まだ、アクセス数を狙った「釣りタイトル」であれば戦略として理解できるけれど、そういう意図もなく、ただ単に中身がないだけの記事も少なくない。
読後に「で、結局何が言いたいの?」と感じてしまう、「魂の入っていない文章」はご遠慮いただきたい。
情報の流通スピードが上がり、速報性が重視される時代になっていることは理解している。
その結果、質より速さが優先されてしまっているのだと思う。
けれど、プロとしてお金をもらって情報を発信しているのなら、最低限のプロ意識が必要。
そのプロ意識とは、読者にストレスを与えない文章を書くこと、そして、時間を使って読んでくれた読者に価値ある情報を提供することなのでは?
質の低い記事を量産することで、その記事を書いている本人こそが、自身の仕事の価値や立場を自ら下げている。
情報発信者には「わかりやすさ」と「中身の濃さ」に、もう少し真剣に向き合ってほしい。
それが情報発信における最低限の「礼儀」。
読んでいて心地よく、スッと頭に入る文章で、本質を伝えてくれるニュースが増えることを願って……。


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