第28話:それぞれの『計画』

 時刻は十八時。

 夏の燃えるような夕焼けが、帝国の街を茜色あかねいろに染める頃。

 ボクがアクアを連れて帝城ていじょうの屋上へ飛ぶと、そこには一人の憲兵が立っていた。


(彼は……皇帝直属の銀影ぎんえい騎士団、確かディルとか言ったっけ?)


 前に高級Barバッカスで、皇帝からの迎えを待っていたとき、案内役として送られてきた男だ。


(あのときのボクは、魔女の舞踏会に出るため、『ハイゼンベルク公爵』として活動していた)


 ディルとは顔見知りだけど、ここは初対面のフリをするべきだろう。


 そんなことを考えていると、向こうから声を掛けてきた。


「ボイド様、でございますね?」


「いかにも。キミは皇帝の使いかな?」


「はっ、銀影ぎんえい騎士団副団長のディルと申します」


 慇懃いんぎんに頭を下げた彼は、美しい回れ右を披露する。


「陛下がお待ちです、どうぞこちらへ」


 ディルの後に続き、城内を移動している間、魔力探知でザッと周囲を洗った。


(ふむふむ、他より大きめの魔力が五つ……皇帝と皇護騎士たちだな)


 この座標、どうやら『特別来賓室』で待機しているっぽい。


(皇帝は特に問題ないとして、皇護騎士ロイヤル・ガーディアンがちょっと厄介だ)


 魔女の舞踏会で顔を合わせたとき――ボクは魔力を消していたにもかかわらず、彼らは第六感的なナニカで、原作ホロウの脅威度をみ取った。


(あのときと同じ状態で会談に臨んだ場合、ホロウ=ボイドだとバレるかもしれない……)


 ここは下手に魔力を隠さない方がよさそうだ。

 カモフラージュとして、『虚空の魔力』を全身に薄くまとっておこう。

 こうすれば、絶対に身バレはない。


(ほんのわずかな危険リスクも徹底的に潰す。これこそまさに『謙虚堅実な行い』だね!)


 そうして万全の準備を整えると、


「こちらです」


 大きな扉の前で、ディルの足が止まった。

 彼は小さく息を吐き、コンコンコンとノックする。


「――陛下、ボイド様がお越しです」


「通して差し上げろ」


「はっ」


 扉を押し開けたディルは、一歩後ろへ下がり、深々と頭を下げる。

 どうやら彼の役割は、ここまでのようだ。


 ボクとアクアが部屋に入ると、外側からゆっくり扉が閉められた。


(ふふっ、第五章もいよいよ『佳境かきょう』って感じだね!)


 豪奢ごうしゃな特別来賓室の最奥――重厚な黒いソファに座すのは、皇帝ルイン・ログ=フォード・アルヴァラ、23歳。

 身長175センチ、銀色のミディアムヘア。気品と威厳の備わった美しい顔立ちをしており、純白の布地に金とあお意匠いしょうが施された、皇帝専用の魔法礼服まほうれいそうまとっている。


 そんなルインの背後に控えるのは、帝国が誇る四人の精鋭『皇護騎士ロイヤル・ガーディアン』だ。


(昔から、『何事も始まりが大切』と言われる……)


 まずは友好的に声を掛け、この場をイイ感じに温めようか。


「はじめまし……えっ?」


 ボクが挨拶を口にすると、


「――<白冷斬はくれいざん>!」


「――<爆炎槍ばくえんそう>!」


「――究極アルティメットクマさんパンチ!」


「――正義の本投げジャスティス・ブック!」


 氷の斬撃・炎の突き・くまのぬいぐるみ・分厚い魔法書、皇護騎士ロイヤル・ガーディアンが一斉攻撃を仕掛けてきた。


(いや、なんで……?)


 一旦冷静になって、周囲に目を向ける。


(皇帝の指示……では、なさそうだな)


 ルインの策にしては、あまりに稚拙ちせつだ。

 実際に彼は、酷く困惑した表情を浮かべている。


皇護騎士ロイヤル・ガーディアンが、何者かに操られ……ん?)


 よくよく見れば、彼らの目は恐怖に呑まれていた。


(あ゛ー、なるほど、そういうことか……)


 どうやらボクのまとう『虚空の魔力』に当てられ、バッドステータス『恐慌きょうこう』状態になってしまい……わけもわからず、襲い掛かってきたようだ。


(これはあくまで『身バレ防止の策』であって、キミたちを怖がらせる意図はないんだけど……なんか、ごめんね)


 さて、この混沌とした状況をどうさばいたものか。


(首トンは……やめておこう)


 どうせろくな結果にならない。


(いっそのこと、家族にしてしまうのは……ちょっとマズいな)


 その場合、皇帝との間に軋轢あつれきが生まれてしまう。


(うーん、何か妙案はないものか……)


 ここまでおよそ0.1秒。

『世界最高のホロウブレイン』を高速回転させていると――横合いから、青い大魔力が吹き荒れた。


(おぉー、いい魔力いろだね!)


 刹那せつな、アクアの『スライム触手』が音速を超え、


「ぅ、ぐ……っ(何が起きた……!?)」


「もご、もぐ……ッ(こんな大量の水、いったいどこから……!?」


「ぁ、う(これ、マズい。魔力が凄い勢いで吸われていく……っ)」


「ん、ん゛ー!(息が、できない……ッ)」


 皇護騎士ロイヤル・ガーディアンをその内部に閉じ込めた。


「私のボイド様になんたる無礼を……っ」


 ブチ切れたアクアが、美しい青髪あおがみを立ちのぼらせ、凄まじい殺気を放つ。


「「「「……ッ」」」」


 帝国の最精鋭たちは、必死に両手両足を動かし、『触手の牢獄』から逃れんとするが……無駄だ。


 アクアの生み出したスライムは、柔ら・・かくて・・・硬い・・

 一度捕まったが最後、脱出は困難を極める。


(ば、馬鹿な……っ。帝国最強の騎士たちが、こんなに容易く……!?)


 皇帝が驚愕に瞳を揺らす中、


(ふふっ、成長・・した・・なぁ・・……)


 ボクは孫娘の成長にホッコリする、お爺ちゃんのような気持ちになった。


(昔のアクアは、なんでもすぐにゴックンしちゃう、ちょっと困った子だったのに……)


 今は激怒しているにもかかわらず、ちゃんと力を制御できている。


(ちょっと見ない間に、立派なスライムに育ったね……とても誇らしいよ)


 ボクが満足気に頷き、しみじみ感慨かんがいひたっていると、


「す、すまないボイド殿! 私の騎士が無礼を働いた! キミの凄まじい大魔力におののき、パニックを起こしたようだ! どうか許してやってほしい!」


 真っ青になった皇帝が、謝罪の言葉を口にする。


(っと、いけないいけない)


 うちの子の成長っぷりに感動するあまり、皇護騎士ロイヤル・ガーディアンのことをすっかり忘れていた。


「「「「……っ」」」」


 触手に魔力を吸い尽くされた彼らは、ビクッビクッと小刻みに体を震わせている。

 このまま放っておけば、じきに命を落とすだろう。


「アクア、その辺りにしてあげなさい」


「はっ」


 スライムの牢獄が消え去り、


「「「「……はぁ、はぁ、はぁ……っ」」」」


 無事に解放された皇護騎士は、四つん這いの姿勢で酸素を取り込む。


(予想外の展開だったけど、彼らが暴走してくれたおかげで、こっちの武力を見せ付けることができた。……うん、これはこれで『アリ』だね!)


 足元に転がるクマのぬいぐるみを拾いあげ、『人形遣い』マーズの頭へポスリと置き、皇帝に目を向ける。


「申し訳ない。私の臣下が粗相そそうをしてしまったようだ」


「いや、こちらこそ謝罪しよう。我が騎士たちが働いた非礼、どうか許してほしい」


「もちろんだとも。あんな児戯じぎに腹を立てるほど、狭量きょうりょうな男ではありませんよ」


「寛大な対応に感謝する(皇護騎士ロイヤル・ガーディアンの総攻撃を『児戯』扱いか……化物め……ッ)」


 皇帝は穏やかな笑みを浮かべながら、床にいつくばる臣下へ命令を飛ばす。


「お前たちは、もう下がれ」


「「「「は、はぃ……っ」」」」


 スライムまみれの四人組は、大人しく主君の後ろへ控える。


 その直後、ほんの僅かな『魔力の乱れ』を感じた。


 おそらく<交信コール>を使って、『緊急の作戦会議』を開いているのだろう。


(陛下、ボイドの魔力は異常です! もはやあの男は、存在そのものが『国難こくなん』! 可及的かきゅうてき速やかに排除すべきだと具申ぐしんします!)


(連れの小娘ガキでさえ、馬鹿みたいにつえぇ。あの野郎がどんだけの化物か想像できねぇ。いや、考えたくもねぇな……)


(四人掛かりでも勝てなかった、まったく相手にされなかった。戦力差は絶望的、アイツに逆らっちゃ駄目、全ての要求を呑んで慈悲をうべき。そうじゃないと、殺される……っ)


(あの鬼畜きちくは、私達の藻掻もがき苦しむ姿を見て、満足気に頷いておりました。圧倒的な力と悪魔の心をあわせ持つ『邪悪の煮凝にこごり』。とにかくこの場は、戦略的に降伏すべきかと!)


(……お前たちの言う通り、『武力』では及ばぬかもしれん。だがしかし、いくさとは腕っぷしで決まるモノではない、最も肝要かんようなのは『知力』だ! いいか、よく見ておけよ? 俺はこれより『世界最高の頭脳』をって、ボイドを帝国陣営に取り込み、『うつろ支配計画』を完遂かんすいしてみせるッ!)


 皇帝ルインの瞳に強い意志の光が宿った。


(ふふっ、向こうもやる気みたいだね!)


 それじゃこっちも、『皇帝お友達計画』を始めようか!

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