第27話:死亡フラグ

 馬カスの持つ伝説級レジェンドクラスの固有因子が、色欲の魔女に気に入られ、周囲が騒然となる中――帝国魔法学院の引率教師ドードーが、大きく喉を鳴らす。


「ど、どうやら魔女様のお眼鏡にかなったようですね。まぁ私も? かつてここで祝福を授かった身ですからなぁ? 別に、そこまで誇るようなことでもありませんよ」


 これは『大嘘おおうそ』だ。

 ドードーの固有は一般級ノーマルクラスの<喇叭ラッパ>、口からラッパの音を鳴らせる演奏用の魔法。

 音楽家にとっては便利だけど、魔女の興味を引くモノじゃない。


 つまり彼の発言は、ただの『見栄っ張り』。

 見下していた王国陣営におくれを取ったので、なんとか面目めんもくを保とうとしているのだ。


「とにかく! いくら教師が優秀であっても、国の未来たる生徒こどもが無能では、なんの意味もありません! さぁさぁ、どうぞ魔女の試練に挑んでください!」


 その後、レドリックの生徒たちが、一人一人順番に試すものの、


「くそ、駄目か……っ」


「んー、残念……」


「これ、英雄級エピッククラスじゃ無理っぽいな……ッ」


 中々に『渋い結果』だった。


(まぁ、色欲の魔女は目が肥えているからね……)


 最低でも伝説級レジェンドクラスじゃなきゃ、ピクリとも反応しないだろう。


 これを受けて、帝国魔法学院連中が勢いづく。


「なんだなんだぁ? レドリック魔法学校も大したことねーなァ!」


「あはっ、意地悪を言っちゃ可哀想じゃん。王国は魔法研究で、うちらに惨敗なんだからさ!」


「周回遅れのゴミどもが、魔女様に見初みそめられることなんてあり得ません! 身の程を知りなさい!」


 自分たちのことを棚上げして毒を吐き、


「ふっ、所詮は未開みかいの猿だな」


 ドードーが意地の悪い笑みを浮かべる中――ニアの番が回ってきた。


「ふぅー……」


 正八面体の前に立った彼女は、息を吐きながら精神を集中し、


「ハァ!」


 一気に魔力を解き放つ。


 その結果、正八面体が輝き、魔女の秘法が起動――煌々こうこうと燃える聖なるほむらが浮かび上がった。


 生命の起源たる<原初の炎>は、やがてニアの体に吸い込まれていき、


「こ、これは……!?」


 彼女の魔力が、一気に膨れ上がった。


(ふふっ、イイね!)


 聖なる祝福を授かり、莫大な魔力を得た彼女は、魔法士として飛躍を遂げた。


(このまま固定砲台として、重火力担当に育てるか。弱点の近接戦闘を伸ばして、汎用性を高めるか……)


 なんとも贅沢な悩みだ。


 続いて、エリザが前に出る。


「――ハッ!」


 彼女は裂帛れっぱく気合きあいと共に鋭い魔力を解放した。


 その直後、正八面体が高音を発し、魔女の秘法が起動――美しい白銀の太刀が浮かび上がった。


 研ぎ澄まされた<銀閃ぎんせん>は、エリザの体に突き刺さり、


「……不思議な感覚だ」


 彼女の固有因子が、大幅に強化された。


(おぉ、素晴らしい!)


 魔力は微増って感じだけど、固有因子が体によく馴染んでいる。


(エリザの<銀閃ぎんせん>は、伝説級レジェンドクラスで最強格の固有だ。これを手足のように使えるよう、長所を徹底的に伸ばそう!)


 ボクが臣下二人のパワーアップに喜んでいると、ついに主人公アレン・フォルティスが動き出した。


「えっと、これでいいのかな……?」


 彼はそう言って、どこか自信なさげに魔力を放つ。


 刹那せつな、正八面体が揺れ動き、魔女の秘法が暴走――勇者因子が具現化され、呪詛じゅそまみれた『人型の汚泥おでい』が生まれる。


「なっ!?」


 アレンが驚愕に固まる中、


(……出たな・・・


 ボクは静かに警戒を強める。


 あのおぞましい異形こそ、初代勇者の怨讐おんしゅうだ。


「オ、ォ、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!」


 壮絶な呪いの雄叫びをあげたそれは、『ナニカ』を探して周囲を見回し、


「……」


「……」


 ボクとしばし見つめ合って、勇者の体にかえって行った。


(よしよし! 思った通り、複製体コピーには反応しないね!)


 心の中でグッと拳を握ると、


「こ、これは……!?」


 アレンの体から、純白の大魔力が吹き荒れた。


 原作通り、勇者因子が強制的に覚醒したようだ。

 でもこの事態は、既に第五章の冒頭で想定していたため、特にショックを受けることはない。 


(今回の覚醒を経て、主人公の固有は<全反射オール・カウンター>に進化した)


全反射オール・カウンター>は物理・魔法を問わず、あらゆる攻撃を跳ね返す、超ハイスペックな防御魔法だ。

 でも、アレンは既に<魔法反射マジック・カウンター>と<物理反射アタック・カウンター>を使えるため、戦力的にはそんなに変わっていない。

 魔法と物理を同時に跳ね返せる、『お徳な反射』を身に付けたって感じだね。


(ザッと見たところ……魔力と膂力りょりょくの伸びは、『ぼちぼち』ってところかな?)


 今のアレンの強さは、『先々代勇者』ラウル・フォルティスと同じぐらいだろう。

 この程度なら、問題にならない。


(それよりも……<完全再現パーフェクト・コピー>、思ったより使えるな!)


 複製体の中には、虚空因子が存在しない。

 そのため初代勇者は、宿敵たる原作ホロウを――『厄災』ゼノの転生体を見抜けなかった。


(つまり、<完全再現パーフェクト・コピー>を使えば、勇者たちの目をあざむける……。この情報は、後々悪用できそうだ!)


 とにかくこれで、『初代勇者の怨讐に襲われる』という、厄介な死亡フラグがへし折れた。


(ふふっ、素晴らしい……!)


 思わず、笑みがこぼれてしまう。


(<完全再現パーフェクト・コピー>の精度をチェックし、勇者の覚醒具合をこの目で確かめ、魔女の秘跡ひせきの死亡フラグをへし折る――当初の目的を全て完璧に達成できた!)


 今回のイベントは、『大成功』と言えるだろう!


 その後、魔女の秘跡をったボクたちは、帝都のド真ん中で解散の運びとなる。


 ちなみにボクは、試練を受けなかった。

 理由は単純、無意味だから。

 この複製体には固有因子が存在せず、魔女に興味を持たれることはない。

 もっと言うならば――たとえ本体で出向いていたとしても、虚空因子は呪われた力なので、聖なる祝福を授かることはできない。


(原作ホロウは、世界に中指を立てられた悪役貴族。『強化イベント』なんておいしいモノとは、無縁の存在なんだよね……)


 後はそうそう。

 魔女の試練を受けなかったことで、「帝国魔法学院の連中が、何か言ってくるかな?」と思ったんだけど……。


「「「……っ」」」


 彼らは完全に自信を失っており、とてもそんな状態じゃなかった。


(まぁ、無理もない)


 引率いんそつの馬カスはともかくとして、ニア・エリザ・アレンの三人が、魔女の試練を突破した。

 格下とあなどっていた王国陣営に、圧倒的な大差を見せ付けられたのだ。

 帝国魔法学院の面子めんつと自尊心は、もはや『グチャグチャ』だろう。


(でも、『自業自得』かな)


 ボクたちに傲慢な態度を取らず、謙虚な姿勢で接していれば、こんな大恥おおはじくことはなかった。


 これぞまさに『因果応報』だ。


 そうして迎えた夜、


「――これでよしっと」


 漆黒のローブを纏い、ボイドの仮面をかぶる。

 これから本日の『メインイベント』――『皇帝との極秘会談』へ向かうのだ。


 前回は『ハイゼンベルク家の当主』として、魔女の舞踏会に出席し、軽く話をするだけだった。

 今回は『虚の統治者』として、帝城へ足を運び、しっかり『仲良し』になる予定だ。


(ふふっ、きっと面白いことになるぞ!)


 皇帝の愉快ゆかいな反応を想像するだけで、『黒い愉悦』が燃えたぎる。


「さて、準備はいい?」


 隣のアクアに声を掛けると、


「ばっちりです!」


 彼女は眩しい笑顔で頷いた。


 この手の会談には、『礼儀作法』がある。

 虚の統治者たるボクが、側仕そばづかえも連れずにのぞむのは……さすがにちょっと不格好だ。

『世間知らず』とわらわれ、軽んじられるかもしれない。


 っというわけで、帝国担当の五獄ごごくに同席をお願いした。


「それじゃ行こうか」


「はいっ!」


 ボクは<虚空渡り>を使い、アクアを連れて、皇帝ルインの待つ帝城ていじょうへ飛んだ。

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