第26話:特級愚物

 帝都の舗装ほそうされた道を歩くことしばし、前方にこけい茂った巨大な遺跡を――『魔女の秘跡ひせき』を捉えた。


「みなさん、足元に気を付けてくださいね」


 馬カスはそう言いながら、風化した石の階段を上り、遺跡の奥へ踏み入って行く。


 彼女の後に付いて進むとそこには――幻想的な光景が広がっていた。


(おぉっ! やっぱり現実リアルは、CGよりも遥かに凄いな!)


 遺跡の中央に浮かぶのは、巨大な青い正八面体。

 それを守るようにして、背の高い石柱が並び立つ。

 周囲には深緑の木々が伸び、綺麗な花々が咲き誇り、小鳥たちのさえずりが心地よい。


 不思議な魔力で満ちたこの空間は、文明の進んだ帝国の一等地にありながら、遥か原初の時代を思わせた。


(原作をプレイしているときから、ずっと思っていたんだけど……。やっぱりここ、エンティアの『禁書庫』に似てるよなぁ)


 ボクがそんな感想を抱いていると、両隣から吐息が零れた。


「綺麗なところ。でも、なんだか懐かしい……」


 ニアは右手を胸に当てながら呟き、


「どういうわけか、初めて来たとは思えん……」


 エリザは不思議そうな顔を浮かべ、


「ボク、この場所を知っている気がする……」


 アレンはキョロキョロと周囲を見回した。


 どうやら三人の中に眠る魔法因子が、『原初の空気』に当てられているっぽい。


(今より千年前、色欲の魔女が暇潰しに建てた神秘の遺跡、それが『魔女の秘跡』だ)


 この地では『魔女の試練』が行われ、それを突破した者に莫大な力が授けられる。

 魔女の試練と言ってもまぁ、第一章で起きた『VSエンティア』のような危ないモノじゃない。

 中央に浮かぶ正八面体の前で、自分の魔力を解き放ち、『魔女の審判』を受けるだけ。


(ここで問われるのは――天賦の才能。魔女のお眼鏡にかなう、『希少な固有因子』を持つかどうかだ)


 彼女が『面白い』と思えば、聖なる祝福が与えられ、あらゆる条件を無視してレベルアップ。

 彼女が『つまらない』と思えば、特に何かが起こることもなく、そのままサラリと終了になる。


(そしてこのイベントで、勇者因子を持つアレンは、色欲の魔女に見初みそめられ――覚醒する)


 まぁ、最悪それはいい。

 魔女の秘跡は、メインルートにおける『強制イベント』だからね。

 無理に回避しようとした場合、第五章のシナリオがグチャグチャになり、原作知識の威力が半減してしまう。


(ボクが危惧きぐしているのは、アレンが魔女の試練を受けたとき、極々低確率で『初代勇者の怨讐おんしゅう』が顕現けんげんすること……)


『魔女の秘法ひほう』によって、一時的に受肉した初代勇者は、虚空因子を宿す原作ホロウに襲い掛かり――そのままBadEndを迎える。


(そして悲しいことに、ボクはその超低確率を引いてしまう)


 本来、原作ホロウの幸運値は極めて高い。

 しかし、『世界の修正力』によって、因果律が歪められ――ありとあらゆる現象が、ボクにとって『最悪の結果』に収束する。

 だから今回、念には念を入れて、複製体でのぞんだのだ。


(このイベントにおける目的は三つ)


①<完全再現パーフェクト・コピー>の精度をチェックすること。

②勇者の覚醒具合をこの目で確認すること。

③魔女の秘跡の死亡フラグをへし折ること。


 後はそうそう、ニアとエリザにも強化バフが入るから、そこも確認しておかなきゃね。


 ボクがイベントの目的をおさらいしていると、帝国魔法学院の引率いんそつ教師――確か、ドードーという名前だったはず――がゴホンと咳払いした。


「魔女の秘跡は、色欲の魔女様がお作りになられた帝国の歴史文化遺産。元来、特別な祝典でもなければ、立ち入ることは許されないのだが……。此度こたびは慈愛に満ちた皇帝陛下が、前途有望な諸君らのため、特別に解放してくださった。その寛大な御心みこころに感謝するように」


 ふふっ、原作とまったく同じ台詞セリフ――『イベントテキスト』だ。

 今まで幾度となく経験してきたけど、こういう瞬間は何度あったっていい。

 自分がロンゾルキアの世界に生きている、そんな実感を強く得られるからね。


「さて、これから学生諸君には、魔女の試練を受けてもらう。おっと、そう身構えなくても大丈夫だ。あの正八面体の前に立ち、自分の魔力を解放する、ただそれだけでいい。そこでもし、魔女様の御眼鏡にかなえば、大いなる祝福を授かることができるだろう」


 簡単に説明を終えたドードーは、自信満々の笑みを浮かべ、両手をパッと広げる。


「さて、まずは我が校の優秀な生徒たちが、レドリックの諸兄しょけいらにお手本を見せよう!」


 こうして魔女の試練が始まった。


 ホスト側である帝国魔法学院の一年生たちは、一人ずつ正八面体に向かい、自身の魔力を解き放つ。


 しかし、


「そ、そんな……っ」


「うそ。私ってば一応、英雄級エピッククラスの因子持ちなんだけど……っ」


「くそっ、なんでだよ! 俺の<斬撃スラッシュ>じゃ駄目だってのか!?」


 結果はかんばしくなく、一人また一人と肩を落とす。


「ぐ……っ」


 あのワイズリーくんでさえも、魔女の目には留まらなかった。


 重たい空気が流れる中、


「まぁ……魔女の試練は過酷ですからね。こういうことも珍しくありません」


 ドードーがそう言うと、


「さて、次は私達の番ですね」


 馬カスは軽やかな足取りで、正八面体の前に躍り出た。


「おや、フィオナ先生が挑戦なさるのですか……?」


「はい。教師たるもの、先陣を切らなければ、と思ったのですが……駄目でしたか?」


「いえいえ、どうぞご随意ずいいに。ただ……大丈夫ですかな? 大切な生徒たちの前で、恥をくことになるかもしれませんよ?」


「ふふっ、御心配には及びません。こう見えて私、伝説レジェンド持ちなので」


 馬カスはそう言って、薄汚れた魔力を解き放つ。


 次の瞬間、正八面体が回転し、『魔女の秘法』が起動――借金馬女しゃっきんうまおんなの固有因子が具現化され、毒々しい紫の龍が浮かび上がった。


(さすがは馬カス、魔女に認められたようだね)


『魔女の祝福』によって、固有因子が実体を持つほどに強化された。

 これで彼女は、さらにおぞましい猛毒を作れるようになっただろう。


「「「す、凄い!」」」


 レドリック陣営がき、


「「「なっ!?」」」


 帝国陣営が驚愕に揺れ、


「ば、馬鹿な……ッ」


 ドードーが言葉を失う中


「……」


 具現化した毒の龍は、とても悲しそうな瞳で、主人のことをジッと見つめ――ため息まじりに首を振り、光る粒子となって、馬カスの肉体へかえって行った。


 それを見たボクは、ギュッと胸が締め付けられる。


(……わかる、わかるよ……っ)


 何故こんなのが自分の主なのか、<蛇龍の古毒ヒドラ>は心の底から落ち込んでいるのだ。


 一方、


「うわぁ……!(私の<蛇龍の古毒ヒドラ>が、すっごく強化された! この力で『新しい毒薬』を作れば――ホロウ様に馬代うまだいを貸してもらえるッ!)」


 自分の固有因子に呆れられた『特級愚物とっきゅうぐぶつ』は、そうとも知らずに晴れやかな笑みを浮かべている。


(顔だけは最高に美人だから、凄く可愛いんだけど……)


 どうせお腹の中じゃまた、お金のことを考えているんだろうな。

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