第13話:二つの勘違い

 合計十人の首をポッキーしたボクは、瀕死の暗殺者たちに回復魔法を掛け、意識が戻らない程度に治してあげた。


(いつもなら、すぐにボイドタウンへ送るんだけど……)


 今はハイゼンベルク公爵として動いているため、堂々と<虚空>を使うわけにはいかない。


(『ネタバラシ』をするにしても、もう少し面白い場面があるだろうしね)


 そんなことを考えていると、


「……なるほど、並外れた膂力りょりょくと体術だ。確かにこりゃ、相当強ぇな」


 灰皿に葉巻はまきを押し付けたドランは、ソファからスッと立ち上がり、肩に掛けたジャケットを脱ぎ捨てる。


「だが、その程度の速度じゃ、俺には届かねぇな」


 彼は自信満々にそう言うと、テーブルに置かれた剣を引き抜き、一足いっそくで距離を詰めてきた。


「――終わりだ」


 大上段から振り下ろされる斬撃。


「はっ」


 ボクは右半身みぎはんみとなって簡単に避け、ドランの顔面を鷲掴わしづかみにする。


「そぉら、吹っ飛べ」


『パイ投げ』の要領で投げ飛ばしてやると、


「~~っ!?」


 彼の体は音速を超え、背後の壁に激突した。


「が、はぁ……ッ」


 肺の空気を全て吐き出したドランは、重力に引かれてズルズルと落ちていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ(マズい、視界がブレる、空気が入って来ねぇ。俺は今どんな攻撃を喰らったんだ……!?)」


 荒々しい呼吸を繰り返す彼は、剣を杖のように使い、なんとか立ち上がった。


(見た目よりも、かなりもろいな)


 ドランの脚は、まるで生まれたての小鹿のようにプルップルだった。

 指でツンとつつけば、コテンと転がりそうなほどに。


(軽くひょいと投げただけでダウン寸前、か。これはうっかり殺さないよう、細心の注意を払わなくちゃだね……)


 そうして警戒を強めていると、


「……反省しよう、侮っていたと。認めよう、てめぇは強いと。だがそれでも、俺には勝てねぇ!」


 ドランが不敵な笑みを浮かべた。


 ボクはそれを見て、思わずクスリとわらってしまう。


「おぃ゛、なぁに笑ってんだ……?」


「いや、すまない、決して馬鹿にする意図はないんだが……。そんな醜態を晒しておきながら、よくもまぁ元気に吠えられたものだ、と思ってな。普通の神経ならば、恥ずかしくてそうはいかん」


「ぐっ……ほざけぇッ!」


 赤面せきめんしたドランは、バッと右腕を突き出す。


冥途めいど土産みやげに教えてやろう。俺が『帝国最強の暗殺者』と呼ばれるのには、確固たる理由がある! それは――圧倒的な殺傷能力を持つ、伝説級レジェンドクラスの固有を使えるからだ!」


 知っているよ、<幻想籠手ファントム・ハンド>でしょ?


「ホロウ、確かてめぇのは<屈折>だったな? あらゆる現象を捻じ曲げる伝説級レジェンドクラスの固有、驚異的な防御性能を誇る魔法だ」


「ほぅ、よく調べたじゃないか」


 さすがは暗殺部門の頭領とうりょう

 元標的の身元は、ちゃんと洗っているらしい。


(でも、敵が情報収集に励めば励むほど、用意周到であればあるほど――ボクの偽装工作わなに引っ掛かるんだよね)


 なんとまぁ悲しいことだ。


「てめぇの防御がどれだけ硬くとも、次の一撃は絶対に防げねぇぞ? 俺はこの固有ちからを使って、1000人もの標的ターゲットをぶっ殺してきたんだ!」


「ほぅ、試してみるといい」


「へっ、言われずともやってやらぁ! <幻想籠手ファントム・ハンド>ッ!」


 ドランが右の拳を握り締めた瞬間、空間に大きなひずみが生まれ――『一撃必殺』が炸裂した。


「はっ、他愛たわいもねぇな」


 彼は会心の笑みを浮かべるが、


「ふむ……何かしたか?」


 ボクは当然のように無傷だ。


「ば、馬鹿な……!?」


 ドランは驚愕に瞳を揺らし、再び<幻想籠手ファントム・ハンド>を発動。


 しかし


「何故だ……何故、死なねぇ!?」


 何度やっても結果は同じ、彼の固有は不発に終わった。


(<幻想籠手ファントム・ハンド>は、伝説級レジェンドクラスに属する空間支配系の固有魔法)


 その効果は単純にして強力。

『空間座標をゆがませ、相手の心臓を握り潰す』、というモノだ。


(でも、ボクには効かないんだよね)


 <虚空>は起源級オリジンクラスかつ空間支配系の頂点であり、<幻想籠手ファントム・ハンド>の『完全上位互換』となっている。

 向こうの攻撃に合わせて、<虚空憑依>を使うだけで、完封できてしまうのだ。


(ど、どういうことだ……。ホロウには、何も通用しねぇのか? 俺じゃこいつには、勝てねぇのか?)


 ドランの顔が絶望に曇ったそのとき、


(くくく……っ)


 腹の奥底から、『黒い愉悦ゆえつ』が湧いてきた。


「おいおいどうした、早く見せてくれないか? 帝国最強の暗殺者たる所以ゆえんを、伝説級の固有魔法を、圧倒的な殺傷力を――んん?」


「ぐ……っ(このクソ野郎、全てわかってて言ってやがる。どこまで性根が腐ってんだ……ッ)」


 軽いジャブを入れたところで、そろそろ本命の一撃と行こうか。


「仕方ない、一つ手本を見せてやろう――<幻想籠手ファントム・ハンド>」


 右手を前に突き出しながら、こっそりと<虚空>を使い、ドランの心臓を優しく握り締めた。


 次の瞬間、


「あ゛、ぐ……っ!?」


 彼の顔が苦悶くもんに歪む。


「くくっ、どうだ? 自分の固有を喰らう気持ちは? 中々にレアな体験だろう?」


「はぁ、はぁ……(今のはまさか、<幻想籠手ファントム・ハンド>!? くそっ、アイツの固有は<屈折>じゃなかったのか!? もうわけがわからねぇ、いったい何がどうなってやがんだ!?)」


 ドランの瞳に恐怖と怯えの色が走る。


嗚呼あぁその顔、凄くいいね、ゾクゾクするよ……って、待て待て待て! 原作ホロウの悪性が、また表に出ているぞ……ッ)


 大きく深呼吸をして、ドス黒い衝動を静める。


(ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、こいつは正真正銘の化物だ……っ。なんとかこの場から逃げねぇと……ッ。考えろ、考えろ考えろ考えるんだ!)


 刹那せつなの思考を経て、ドランは全速力で駆け出し、


「きゃぁ!?」


 ティアラの体を乱暴に引き寄せた。


「おい、何をして――」


「――動くんじゃねぇ! この女、ぶち殺すぞ!」


 ドランはそう言って、ティアラの細い首に短刀を添えた。


「はぁ……馬鹿な男ね。言っておくけど、あたしに人質としての価値はないわ。所詮は『使い捨ての』だもの」


「うるせぇ! てめぇは黙ってろ!」


 二人の会話を耳にしたボクは、思わずため息を零してしまう。


(違う違う違う、キミたちは何もわかっていないね……)


 ボクは大きなため息を零しつつ、


二つ・・勘違い・・・正して・・・やろう・・・


 足元に転がる暗殺者から、長めの剣を拝借はいしゃくする。


「一つ、俺は自分のコレクションかぞくを大切にしている。ティアラを傷付けることは、絶対に許さん」


「ほ、ホロウ様……っ」


 彼女がハッと息を呑み、


「へへっ、そうこなくっちゃな!(ぃよし! ティアラを利用すれば、この窮地から逃げ出せる!)」


 ドランが醜悪な笑みを浮かべる中、


「一つ、俺にこんなつまらん人質おどしが、通用すると思ったのか?」


 ボクは刀をスッと突き出し、


「う゛……っ」


「嘘、だろ……ッ?」


 二人の胸を串刺くしざしにした。


 その直後、


「……あ、れ……?」


 無傷のティアラはキョトンと目を丸め、


「何故、だ……!?」


 心臓を貫かれたドランは、ゆっくりと後ろへ下がり、口から鮮血を吐き散らした。


<虚空流し>――ティアラの周囲に『不可視の透過膜とうかまく』を張り、そこへ剣を突き立てた結果、ドランの心臓だけが貫かれたのだ。


「ティアラ、怪我はないな?」


「あっ、はい!(今ホロウ様、私のことを『家族』って……っ)」


「そうか、ならばよい(よかったよかった。彼女は希少な伝説級レジェンドクラスの因子持ち、レアなコレクションは殊更ことさら丁寧に扱わないとね!)」


 ボクがそんなことを考えていると、


(……ん……?)


 ドランの右手の指輪がパリンと砕け、彼の体が見る見るうちに回復していった。


(確か、『回帰かいきの指輪』だったかな?)


 そう言えば、そんな装備品もあったっけな。

 おかげで、回復魔法を使う手間が省けたよ。


「さてドラン、お前の処分についてだが――」


「――わ、悪かった……っ。これまでのことは全て謝る! もう二度とあんたには逆らわねぇ! ウロボロスもくれてやる! だからどうか、命だけは勘弁してくれ……ッ」


 彼は恥も外聞がいぶんも捨てて、綺麗な土下座を披露した。


 ボクは優しく微笑み、温かい声を掛ける。


「ドラン、キミの全てを許そう」


「ほ、本当か!?」


「あぁ、もちろん。ボクたちはもう――『家族』じゃないか」


 次の瞬間、漆黒の渦が浮かび上がり、ドランの体を呑み込んで行く。


「こ、これは……<虚空>!? まさか、あの・・『ボイド』なのか!?」


「ふふっ、大正解」


「くそ、離せっ! 俺をどうするつもりだッ!?」


「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。愉快な仲間たちが、キミを待っている」


 ヌポン。


 虚空が全てを呑み込み、犯罪結社ウロボロスは壊滅した。


(さて、この子たちも忘れずに回収しておかないとね)


 足元に転がっている十人の暗殺者をボイドタウンへ飛ばす。


 そうしてお片付けを済ませたところで、ティアラがボーっとしていることに気付く。


「ティアラ?」


(……どうしよう、さっきから心臓がうるさい)


 完全に棒立ちだ。


「おい、どうした?」


(整った目鼻立ち・圧倒的な武力・男としての包容力、そして何より……お優しい。私、ホロウ様のことが――)


 全く反応がない。


「聞いているのか?」


 ティアラの顔を覗き込むと、


「えっ、わっ、きゃぁ!?」


 彼女は可愛らしい悲鳴をあげ、そのまま後ろへ尻餅しりもちをついた。


「顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」


「い、いえ、大丈夫です! 本当に全然、なんでもありません!」


「そうか? ならばよいのだが」


 変なティアラだ。

 いや、元からけっこう変な子だったね。


 ボクは一人で納得しながら、ウロボロスの『新たな組織図』を考える。


(暗殺部門はハイゼンベルク家が、そのまま引き継ぐとして……。麻薬部門・奴隷部門・密輸部門は、即時廃止かな)


 確かにどれも儲かるだろうけど、それは当家うちのカラーじゃない。


(ボクが理想とするのは、『裏社会を牛耳りつつ、民衆に好かれる極悪貴族』だ)


 闇の武力を持ちながら、大衆を味方に付ける――これが最も強い状態だからね。


主目的メインターゲット賭博とばく部門は、違法性がなく収益性の高い『闘技場』と『競馬場』だけ、うつろが取り仕切るとしよう)


 こうして夢の永久機関(帝国Ver)が完成した。


(よし、これで馬カス対策は万全だ!)


 彼女がどれだけ酷い爆死をしても、ハイゼンベルク家の資金が外へ流れることはない。


(ふふっ、また『太い財源』が増えちゃったね!)


 今回ウロボロスを落としたことで、ボクは帝国の半分を――裏社会を支配することに成功した。


(第五章も完璧な滑り出しだ!)


 後は帝国の表社会を侵略しつつ、『主目的メインターゲット』である皇帝陛下・・・・捕ま・・えて・・、『仲良し・・・なる・・しよう・・・

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