第12話:手刀の極意

 ボクとティアラは、暗殺部門の使い――燕尾服えんびふくの老爺の案内を受け、薄暗い路地を静かに歩いていた。


「「「……」」」


 三人の間に会話はない。

 なんとも重苦しい空気だ。


 そんな折、老爺は一瞬だけこちらに視線を向けた。


(……ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは危険な男じゃ。圧倒的な武力に加えて、底知れぬ不気味さを感じる。このまま主人のもとへ、連れて行ってもよいのじゃろうか……?)


 彼は小さく首を横へ振り、


(いや……儂はドラン様の道具、意思を持たず、ただ命令に従うのみ)


 再び、音もなく足を進めた。


 その後、無言のまま歩くことしばし、前方に小さな廃工場はいこうじょうが見えてきた。


「どうぞお入りください」


 中には赤茶けた錆水さびみずが溜まり、埃の被った工具箱が放置され、廃材がそこかしこに転がっていた。かなり取っ散らかっているけれど、申し訳程度に照明用の魔水晶が設置され、ギリギリ視界は確保されている。

 長い廊下を進み、突き当りを右へ曲がり、地下への階段を降りた先――大きな鉄製の扉にぶち当たる。


「主人はこの中でございます」


 老爺がゆっくりと扉を開け、


「ご苦労」


 ボクはそう言いながら、威風堂々と中へ入って行く。


 するとそこには、豪奢ごうしゃな空間が広がっていた。

 床に敷き詰められた真紅の絨毯・天井に吊り下げられたシャンデリア・力強い大男の塑像そぞう、両サイドの壁には、暗殺者っぽい燕尾服えんびふくの男たちが控えている。


 随分と贅沢な空間の最奥、本革のソファに屈強な大男が座っていた。


「んぐんぐんぐ……ぷはぁ……っ」


 豪快に酒瓶をあおった彼は、こちらをチラリと見た後――元幹部の方へ目を向ける。


「おぃ゛ティアラ、てめぇ何ふざけたことしてんだ?」


 彼こそが、ウロボロスの頭領とうりょうドラン・バザール、35歳。

 身長は190センチ、橙色だいだいいろのオールバックのロングヘア。

 彫りの深い顔立ち・鷹のように鋭い眼・上半身に龍の刺青、かなりいかつい風貌だ。

 筋骨隆々な体付きで、白いジャケットを肩に掛け、黒い作業ズボンを穿いている。


 ドランは葉巻に火を点け、フーッと煙を吹き散らした。


「俺ぁ、言ったよな? 『ホロウ・フォン・ハイゼンベルクを殺して来い』ってよぉ。それがなぁんで、こいつと楽しそうに観光してんだ? ……ぶち殺すぞ?」


 ティアラに向けて、刺々しい魔力が放たれた。


 しかし、


「……」


 彼女は眉一つ動かさない。


「ほぉ……ちっとは度胸が付いたじゃねぇか。昔はちょっとおどかすだけで、ビビり散らしていたのによぉ?」


「『もっと恐ろしい人』を知ったのよ。あなたのような小悪党じゃない、『本物』をね……」


 ティアラは淡々とそう言った。


もっと・・・恐ろ・・しい人・・・、か……)


 間違いない、ルビー先生のことだ。


(……いや、怒ったダイヤさんかもしれないな)


 ボイドタウンの住人が、五獄ごごくをどう見ているのか、後でこっそり聞いてみるとしよう。


「はっ、こりゃ傑作だ。あの生意気なティアラが、完全に牙を抜かれてやがる!」


「ふふっ、この程度で済んだあたしは、けっこう幸せ者なのよ? 『被害者』の中には、目が・・星に・・なっ・・た人・・さえいるんだから」


 きっとゾーヴァのことだ。


(あれは……うん、悲しい事件だったね……)


 ボクは小さく頭を振り、思考を切り替える。


 かつての仲間同士、積もる話もあるだろうけど、そろそろ仕事を始めようか。


「――ティアラ」


「はっ、<時の調停者タイム・ルーラー>」


 彼女が固有魔法を展開し、世界の時がピタリと止まる。


 この中で動けるのはボクとティアラ、


「はっ、甘ぇよ!」


 そしてドランもまた、これに対応してみせた。

 彼の持つ固有では、<時の調停者タイム・ルーラー>は破れない。

 おそらく、時間停止に耐性のある装備品を身に付けているのだろう。


(多分、右手の指輪かな?) 


 ボクはそんなどうでもいいことを考えながら、クルリときびすを返し、モブ敵Aの顔を鷲掴わしづかみにして――そのまま鉄の扉に叩き付けた。


 凄まじい音が鳴り響き、唯一の出入り口がひしゃげる。


(ふふっ、これでもう逃げられないね!)


 ちょうど三秒が経過し、時は再び流れ出す。


「「「なっ!?」」」


 モブ敵たちが驚愕に瞳を揺らす中、ドランはいぶかしげに眉をひそめた。


「おぃホロウ……そりゃなんの真似だ?」


「逃げられては面倒なのでな、先に扉を潰させてもらった」


 やっぱりこういうときは密室に限る。

 万が一、ということもあるからね。


(たとえ相手がどれだけ弱くても、『油断』と『慢心』だけは絶対にしない!)


 しっかりと場を作ったうえで、盤石に確実に仕事をこなすのだ。


(さて、そろそろ『お迎えの時間』だ)


 ボクが標的ターゲットに狙いを定めたそのとき、ティアラが口を開く。


「ドラン、元幹部のよしみで忠告してあげる。今すぐ膝を突いて、ホロウ様に慈悲をいなさい。さもなくば、『首をポッキー』されるわよ?」


 へぇ……けっこう優しいところあるじゃん。

 暗殺者として「筋が通っているなぁ」とは思っていたけれど、まさかこんなに仲間思いな子だとは思わなかった。

 彼女のヒロイン力が、今回のイベントでグーンと上がった気がする。


(それもこれも全て、ボクの作った『家族システム』の成果だね!)


 もしもあのとき、ティアラをサクッと殺していたら、彼女の内面を知ることはできなかった。


(安易に命を奪うのではなく、ボイドタウンで再利用リサイクルする――うん、我ながら素晴らしいアイデアだ!)


 今後も折に触れて家族コレクションを増やし、『環境に優しい攻略』を進めるとしよう。


 ボクが満足気に頷く中、ドランは嘲笑を浮かべる。


「はっ、なぁに寝ぼけたこと言ってんだ? 極悪貴族だかなんだか知らねぇが、十五で継げる家なんざ、たかが知れてんだろ。所詮はガキのおままごと、『本物の殺し屋』ってもんを教えてやるよ!」


 彼が右手を振るうと同時、壁際に控えていた三人の暗殺者が、ほとんど同時に襲い掛かってきた。

 それぞれの手には短刀が握られ、首・心臓・足と急所をしっかり狙っている。

 みんなモブっぽい顔だけど、ちゃんと一端いっぱしの暗殺者だね。


(ただ……遅過ぎる)


 ボクは右腕をサッと振るい、


「ぁ゛!?」


「ぐっ!?」


「ぉ……ッ」


 トントントンってリズムよく、モブ敵の首を打ち抜いた。


(おっ、今のはイイ感じ・・・・かも!)


 綺麗に意識だけを刈り取れた――はず。


 期待に胸を膨らませながら、ティアラに目を流す。


「どうだ?」


「……三人とも首の骨が折れております。さすがはホロウ様、見事なお手前ですね(やはり強い。いや、強過ぎる……っ。魔力強化なしでこの膂力りょりょく、いったいどれほどの修業を積めば、ここまでの高みに昇れるの……ッ)」


 彼女はそう言って、絶賛の言葉を並べた。


「そうか、折れて・・・しまった・・・・……(くそ、失敗だ)」


 個人的には『イイ抜き感』だったんだけど、やっぱり手刀は奥が深い。


(でも、今のでコツは掴んだぞ!)


 ドランを除いて、実験体は後七人もいる。


(ふふっ、いい機会だ。せっかくだしここで、『手刀の極意』を会得マスターしようじゃないか!)


 ボクが邪悪な笑みを浮かべると同時、


「ぐっ、何やってんだ馬鹿野郎! さっさとホロウを血祭りにあげろ!」


 ドランが怒声を張り上げ、暗殺者たちが一斉に飛び掛かってきた。


「くくっ、『飛んで火にいるなんとやら』だな」


 その後、ボクは七人の首に手刀を打ち、そしてついに――理解・・した・・


(うん、無理)


 首をトンッとやって気絶させられるのは、物語フィクションの世界だけだ。


(手刀が弱過ぎたら効かないし、強過ぎたら即座に『首ポッキー』……)


 相手を失神させる力加減なんて、とても現実的じゃない。


 実際ボクの足元には、首のへし折れた十人の暗殺者が、泡を吹きながら痙攣けいれんしている。


(『くびトン』で気絶は不可能。これがわかっただけでも成果あり、かな?)

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