第10話:それぞれの矜持

 賭博とばく部門を潰したボクとアクアは、現在地から近い順に『襲撃』していく。


 まずは奴隷部門のおさゲーヒル。


「く、来るな! おい奴隷共、儂を助け――」


 ヌポン。


 次に密輸部門の長チャノハ。


「お、お願い、なんでもするから見逃して――」


 ヌポポン。


 それから麻薬部門の長ボンボール。


「この殺人鬼め……っ。人の命をなんだとおも――」


 ヌポポポン。


 小ボス三人と付属の下っ端たちを次々に虚空界へ送って行く。


 そして現在、ボクとアクアは人気ひとけのない裏路地に集まっていた。


「ふふっ、今日は大漁だね!」


「はいっ、見事な御手前おてまえでした!」


 これで後は、『暗殺部門』だけだ。


 懐から調査レポートを取り出し、該当のページに目を走らせる。


・暗殺部門は十人からなる少数精鋭で、頭領とうりょうのドランがウロボロス全体のリーダー。

・ドランは皇帝とも繋がっており、他国の要人を暗殺するなど、帝国の汚れ仕事を任されている。

・ドランは伝説級レジェンドクラスの固有魔法のほか、希少な装備品で身を固めており、非常に高い戦闘力を持つ。


「暗殺部門の拠点は……不明、か」


「も、申し訳ございません……っ」


 アクアはバッと頭を下げた。


「暗殺部門は頻繁ひんぱんに拠点を変えており、正確な居場所を掴むことが難しく……」


 なるほど、原作と同じだね。


「大丈夫。そうだろうと思って、『策』を練って来たんだ」


「さ、さすがはボイド様! 全てお見通しだったんですね!?」


 アクアは目を輝かせ、尊敬の籠った視線をこちらへ向ける。


「ふふっ、まぁね」


 ボクには『原作知識』って『チート』があるから、暗殺部門とドランのことも、当然のように知っている。


(暗殺部門の頭領とうりょうドランは――とても臆病で神経質な男だ)


 自分たちの居場所が敵対組織にバレぬよう、月に一回という異常な頻度で、別の場所に移動している。

 奴の拠点は帝都内にある100の候補地から、『混沌カオスシステム』の弾き出した乱数で決まり、これを予測することはできない。


(100の候補地を一つ一つ潰すのは、さすがにちょっと手間だ)


 うつろの力を使えば、『ローラー作戦』もできるけど……。

 それはあまりスマートなやり方じゃないし、こちらの動きに気付かれた場合、ちょっと面倒なことになる。

 どうせドランのことだから、『ボイドが迫っている』と知れば、すぐに身を隠すことだろう。


(現状、『虚の統治者ボイド』でいる限り、暗殺部門に辿り着くことは難しい……)


 であれば、どうするか?

 答えは簡単だ。


(『ハイゼンベルク公爵』として活動し、向こ・・うに・・招いて・・・もらえ・・・いい・・!)


 幸いにも原作ホロウとウロボロスは、『面白い縁』で繋がっており、こちらには『最高の餌』がある。

 この状況、彼女・・を使わない手はないだろう。


「ボイド様ボイド様! いったいどんな凄い策を御用意なさっているんですか!?」


 アクアは興味津々と言った様子だ。

 こういう無邪気なところは、昔からまったく変わっていない、本当に可愛らしいと思う。


「ふふっ、今にわかるよ」


 ボクは<虚空渡り>を使い、ボイドタウンから『とある家族』を呼び出した。


「……えっ……?」


 呆然ぼうぜんと立ち尽くすのは、


「やぁ、久しぶりだね――ティアラ?」


 ティアラ・ミネーロ、18歳。

 身長150センチ、桃色のツインテール、見るからに気の強そうな目が特徴的だ。

 背が低いうえに線も細いため、子どものようにも見えるけど……胸はしっかりとあり、魅力的な体付きをしている。

 白のワンピースに黒の羽織をまとった彼女は、伝説級レジェンドクラスの固有<時の調停者タイム・ルーラー>の使い手だ。


 ティアラはウロボロスを通じて、『ホロウ抹殺』のめいを受け――第三章でボクを殺そうとした。

 当然それは失敗に終わり、今ボイドタウンで労働にはげんでいる。


「ぼ、ぼぼぼ、ボイド様!?(隣はおそらく、五獄ごごくの第三席アクア様だ……っ)」


 ティアラはその場で膝を突き、泡を食いながら臣下の礼を取った。


(ここは……帝国の路地裏? いやそれよりも、どうして表の世界に呼び出されたの!? もしかしてあたし、何か失態を……っ。い、嫌だ嫌だ嫌だ……もうあんな思いをするのは、『首ポッキー』だけは嫌だ……ッ)


 彼女は両手を首の後ろに回し、小動物みたくカタカタカタと震え出した。

 もしかしたらこの前の『首ポッキー事件』が、心的外傷トラウマになっているのかもしれない。


(まぁ、アレは痛ましい出来事だったからね……)


 あのときのことは、今でもはっきりと覚えている。


 今から一か月ほど前のこと――<時の調停者タイム・ルーラー>を破られたティアラが、苦し紛れに短刀を振り回す中、


【くくっ、まるで子どもの癇癪かんしゃくだな】


 黒い愉悦ゆえつに駆られたボクがあおると、


【だ、黙れェ゛!】


 彼女は怒声をあげ、大振りの一撃を放った。


 ボクはそこへ軽い手刀をトンっと合わせ、


【あ゛ぅッ!?】


 ティアラの意識を正確に刈り取った――つもりが、首をポッキーしてしまったのだ。


(そう言えば……そろそろ『手刀の練習』もしなきゃだね)


 そんなことを考えながら、努めて優しく声を掛ける。


「ティアラ、もっと楽にしていいよ。何も取って食おうというわけじゃないからさ」


「は、はぃ……っ」


 口ではそういうものの……膝を突いたまま、姿勢を崩そうとしない。

 どうやらボクは、とても怖がられてしまっているようだ。


「確かキミって、ウロボロスの一員だったよね?」


「恐れながら、暗殺部門の幹部でした」


「へぇ、凄いじゃん」


「恐縮です」


 ひざまずいたティアラは、さらに深々と頭を下げつつ、とある質問を口にする。


「……ボイド様、どうして私は呼び出されたのでしょう? もしや、何か失態を……?」


「違う違う。そういうのじゃないから安心してよ」


「そう、ですか(よ、よかったぁ……っ)」


 ティアラはホッと安堵あんどの息を零す。

 緊張が解けたようで何よりだね。


「実は今、帝国を『侵略』……じゃなかった、『観光』しててさ」


「さ、左様でございますか(帝国を支配なさるおつもりだ……っ)」


「うちの馬カスが――ってアレのことは知らないか。まぁいろいろと込み入った事情があってね。大急ぎで『帝都競馬場』を押さえる必要があるんだ」


「帝都競馬場であれば、ウロボロスの賭博部門が仕切っていますね」


「そう。だから、今さっき潰して来たんだ。ついでに奴隷部門と密輸部門と麻薬部門もね」


 ボクはそう言いながら、<虚空渡り>を展開し――新たに家族となった小ボス四人の顔、それらを一瞬だけチラリと見せてあげた。


「なる、ほど……っ(やはりボイド様は化物だ。まさかこんな軽い気持ちで、ウロボロスの80%が潰されるなんて……ッ)」


「残すは暗殺部門だけなんだけど、奴等の拠点がわからなくてね」


「ドランは臆病な男ですので、無理からぬ話かと」


「うん、そこでティアラの力を借りたいんだ」


 ボクの言葉を受け、彼女は首を横へ振る。


「……恐れながら、あたしは任務に失敗したため、ウロボロスから除籍されております。もはや連絡係としての価値もありません」


「いや、頼みたいのは連絡係それじゃない」


「と、申しますと……?」


「キミにはこれから『餌』になってもらう」


「餌……?」


「そっ、ドランを釣るための『』だ」


「……っ」


 ティアラは口を一文字に結び、複雑な表情でうつむいた。

 この反応……自分が餌となって、かつての仲間を呼び寄せることに対し、忌避感を覚えているのだろう。


(そう言えば彼女って、『仕事に誇りを持つタイプ』だったね)


 確か前に尋問しようとしたときも、


【煮るなり焼くなり、好きにしなよ。死んでも口は割らない。これでも暗殺者としての誇りがある】


 とかなんとか、言っていたような気がする。


(まぁ結局、即効性の催眠薬『とろみちゃん』を使って、洗いざらい吐かせたんだけど……)


 ティアラが高い職業倫理りんりと強い精神力を兼ね備えた、『一流の暗殺者』であることに疑いの余地はない。


「なるほど……元同僚を売りたくないというその心、とても立派なモノだと思う。ボクはティアラの意思を――『暗殺者の矜持きょうじ』を尊重するよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ティアラが深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べる中、


「……ボイド様、本当によろしいのですか?」


 静かに成り行きを見守っていたアクアが、不安そうに問い掛けてきた。


「うん、これでいい。やりたくもないことを無理にさせたって、それは絶対『イイ仕事』にならないからね。モチベーションっていうのは、とても大切なパラメーターなんだ」


「な、なるほど……勉強になりますっ!」


 彼女が納得したところで、パンと両手を打ち鳴らす。


「さて、それじゃボクも、『極悪貴族の矜持』を見せようかな」


「……えっ……?」


 ここで素直に引いては、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名が泣いてしまう。

 原作のキャラ設定を守るためにも、しっ・・かりと・・・わから・・・せなく・・・ちゃ・・いけ・・ない・・


「とりあえず、ティアラの心をへし折ろう。まずは三日間、『仲良しの家』に――」


「――え、『餌』になりますっ! 『』でもなんでも、喜んでならせていただきますッ! 必ずやボイド様のお役に立ってみせるので、どうかあそこだけは……仲良しの家だけは、お許しください……ッ」


 彼女はすぐに完落かんおちした。

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