第15話 初めてのデートの約束

公爵パパによる秘密の視察など知る由もない俺は、怒涛の一週間をなんとか乗り切った。

金曜日の放課後。最後の授業が終わる鐘の音は、俺にとって天上の音楽のように聞こえた。

ようやく週末だ。

この二日間だけは、騒がしい学園生活から解放される。そう思うだけで、一週間の疲労が少しだけ和らぐ気がした。


「ユウキ様、今週もお疲れ様でした」

教室で帰り支度をしていると、隣からルナリアが優しい声でねぎらってくれた。

彼女の手には俺のカバンがすでに準備されている。もはや身の回りの世話を焼かれることにも慣れてしまった。


「ルナリアさんもお疲れ様。久しぶりの学園、疲れたんじゃないか?」

俺がそう言うと、彼女はぶんぶんと首を横に振った。

「いいえ、全く! ユウキ様とご一緒でしたから、毎日が夢のように楽しくてあっという間でしたわ」

その屈託のない笑顔に、俺の心も自然と軽くなる。

彼女が楽しんでくれているのなら、俺が経験した数々の胃痛も少しは報われるというものだ。


「さあ、帰りましょう」と俺が立ち上がろうとした、その時だった。

ルナリアが何かを言い出すのをためらうかのように、もじもじと指を絡ませ始めた。

その頬はほんのりと上気している。


「あの…ユウキ様」

「ん? どうかしたのか?」

俺が小首を傾げると、彼女は意を決したように潤んだ瞳で俺を見上げてきた。


「もし…もしご迷惑でなければなのですが…」

その声は期待と不安で少しだけ震えている。

「今度の週末、その…わ、私と二人きりで街を歩いてはいただけないでしょうか…?」


それはあまりにも健気で、あまりにも可愛らしい、初めてのデートのお誘いだった。

俺は一瞬、言葉を失った。

彼女が俺に好意を寄せてくれていることは嫌というほど分かっている。だがこうして改めて、はっきりと二人きりの時間を求められたのは初めてだった。


彼女の瞳には真剣な光が宿っている。

断られるかもしれないという不安と、それでも一緒にいたいという強い願い。

その二つの感情が彼女の中でせめぎ合っているのが伝わってきた。


そんな顔をされて、断れるはずがない。

それに俺自身、彼女ともっと一緒にいたいと心のどこかで思い始めていたのも事実だった。

学園という公の場ではなく、誰にも邪魔されない場所でゆっくりと彼女と話をしてみたい。

彼女が初めて見るであろう色鮮やかな世界の景色を、隣で見守ってやりたい。

そんな気持ちが自然と湧き上がってきていた。


俺は照れくささを隠すように、少しだけ視線を逸らしながら答えた。

「…うん。いいよ」


その一言を聞いた瞬間、ルナリアの表情がぱあっと花が咲くように輝いた。

それはこれまで俺が見たどんな笑顔よりも、眩しく、そして幸せに満ち溢れていた。


「ほ、本当ですか!? 本当によろしいのですか!?」

「ああ。俺もルナリアさんと二人で出かけてみたいと思ってたから」

俺がそう付け加えると、彼女は感極まった様子で胸の前でぎゅっと手を握りしめた。

その瞳にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。


「嬉しい…夢のようですわ…! ユウキ様と、初めての…でえと…」

最後の単語は恥ずかしさのあまり消え入りそうな声になった。

その初々しい反応に、俺の心臓もどきりと大きく跳ねる。


「じゃあ明日の朝、街の中央広場の噴水前でいいかな?」

「はいっ! もちろんです!」


ルナリアはこくこくと何度も力強く頷いた。

その姿はおやつをもらって大喜びする子犬のようで、思わず頭を撫でてやりたくなる衝動に駆られた。


「あの、ユウキ様」

「ん?」

「明日は、その…一番お洒落をしてまいりますわね!」


彼女はそう言うと顔を真っ赤にしながら、逃げるように教室を飛び出していってしまった。

一人残された教室で、俺はしばらく呆然としていた。


デートか。

前世では仕事に追われてそんな経験は一度もなかった。

異世界に来て初めてのデートの相手が、公爵家のご令嬢で絶世の美少女。

なんだか現実感がなさすぎる。


だが胸の奥から込み上げてくるこの温かい気持ちは本物だった。

高揚感と少しの緊張、そして明日への期待。

こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。いや、人生で初めてかもしれない。


俺は自分の頬が少し緩んでいることに気づき、慌てて表情を引き締めた。

窓の外を見れば、空は美しい茜色に染まっていた。

一週間前には絶望の淵にいたはずなのに。

人生とは本当に分からないものだ。


「さて、と」

俺も明日はどんな服を着ていこうか。

クローゼットに押し込まれた公爵家から贈られた上質な服の山を思い浮かべながら、俺は一人、静かな教室を後にした。


初めてのデートの約束。

それは俺たちの関係が、また一つ新しい段階へと進むことを告げる甘い予感に満ちていた。

明日、彼女はどんな顔で、どんな服で俺の前に現れるのだろうか。

それを想像するだけで、俺の心は今から弾むのを抑えきれなかった。

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2025年10月31日 20:00
2025年11月1日 07:00
2025年11月2日 07:00

曲がり角でぶつかった少女に回復魔法を使ったら不治の病と盲目なのを治してしまってめちゃくちゃ懐かれてた 夏見ナイ @natuminai

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