第9話 魔法実技での衝撃

編入二日目。俺を待ち受けていたのは、魔法実技の授業だった。

広大な訓練場には、攻撃魔法用の的や防御壁を試すためのゴーレムなどが設置されている。生徒たちは皆、動きやすい訓練服に着替えていた。もちろん、俺とルナリアもだ。


「ユウキ様。お怪我などなさいませんように」


訓練が始まる前、ルナリアが心配そうに俺の袖を掴んだ。

その瞳は真剣で、まるでこれから戦場に赴く兵士を見送るかのようだ。


「大丈夫だよ。俺は治癒術師だから、後方で見学してるだけだと思う」

「それでも、万が一ということがございます。流れ弾がユウキ様に当たるなど、考えただけでも…!」

彼女の過保護っぷりは、今日も絶好調らしい。

俺は苦笑しながら、彼女の頭をそっと撫でた。

「心配ありがとう。気をつけるよ」

「…はい」

ルナリアは頬を染めてこくりと頷いた。その素直な反応に、俺のささくれだった心は少しだけ癒やされる。


授業が始まると、俺の予想通り、担当教師のギルバート先生から見学を命じられた。

「アスカワは編入したばかりだからな。まずは皆のレベルを見ておくといい。治癒術師は、仲間の実力を把握しておくことも重要だ」

「はい、分かりました」


今日の授業内容は、生徒同士による一対一の模擬戦らしい。

生徒たちは二人一組になり、訓練場の各所で距離を取って向かい合う。

審判役の教師の合図で、一斉に魔法の応酬が始まった。


「【ファイアボール】!」

「【ウォーターウォール】!」


燃え盛る火球が水の壁に当たって蒸発する。鋭い風の刃が、土の盾に阻まれて霧散する。

さすがは王立魔法学園。生徒たちのレベルはかなり高い。俺が冒険者ギルドで見るCランクやBランクの魔法使いと比べても、遜色ないだろう。


特に目を引いたのは、昨日俺に最初に質問してきたブラウンという男子生徒だった。

彼は精霊魔法の使い手らしく、炎の精霊を巧みに操って相手を圧倒している。その魔法制御の技術は、他の生徒より頭一つ抜けているように見えた。


ルナリアは光属性の防御魔法と補助魔法を得意としているらしい。

彼女の張る光の障壁は、相手の攻撃魔法を優しく受け止め、霧散させていく。その姿は、まるで聖女のようだった。

彼女が時折こちらに視線を送り、にこりと微笑んでくるので、俺は少し居心地の悪い思いをしながらそれに応えた。


模擬戦は白熱し、あちこちで軽い怪我人が出始めた。

その都度、待機していた学園所属の治癒術師たちが駆け寄り、手早く治療を行っていく。

この程度なら、俺の出番はなさそうだ。

平穏な授業風景に、俺は内心ほっと胸をなで下ろした。


その時だった。

ブラウンの対戦相手が、これまでとは比較にならないほどの巨大な魔力を練り上げ始めた。

「これで決める! 【サンダーランス】!」


少年が叫ぶと同時に、彼の掲げた手の先に、眩い雷の槍が出現した。

それは、学生が使うにはあまりにも強力すぎる魔法だった。

審判役のギルバート先生が、まずいという顔で叫ぶ。

「待て、その魔法は許可していない! 今すぐ中断しろ!」


だが、一度放たれた魔法は止まらない。

制御を失った雷の槍は、ブラウンだけでなく、隣で試合をしていた別の生徒のペアにも向かって、凄まじい速度で飛んでいった。


「うわああああ!」

「きゃあああ!」


悲鳴が上がる。

ブラウンは咄嗟に精霊の壁を展開したが、雷の槍はそれをいとも簡単に貫いた。

轟音と共に、土煙が舞い上がる。


煙が晴れた時、訓練場は静まり返っていた。

そこには、三人の生徒が倒れていた。

ブラウンと、彼の対戦相手。そして、流れ弾に当たってしまった女子生徒。

三人とも訓練服は焼け焦げ、体からはおびただしい量の血が流れていた。ピクリとも動かない。


「なっ…! おい、しっかりしろ!」

ギルバート先生が顔面蒼白で駆け寄る。

学園の治癒術師たちも慌てて治療を開始するが、その表情は絶望に染まっていた。

「駄目だ…傷が深すぎる!」

「呼吸が弱い! このままでは命が…!」


訓練場はパニックに陥った。

生徒たちの悲鳴と、教師たちの怒号が飛び交う。

俺は、その惨状をただ黙って見つめていた。

まただ。

また、俺の目の前で、誰かが命を落とそうとしている。


スローライフはどうした。目立ちたくないんだろう。

ここで力を使えば、どうなるか分かっているのか。

俺の中の冷静な部分が、警鐘を鳴らす。


だが、それ以上に強く、俺の心を揺さぶるものがあった。

それは、前世で何もできずに死んでいった、自分自身の無力な姿。

そして、目の前にある、助けられるはずの命。


「…ふざけるな」


ポツリと、呟きが漏れた。

俺はもう、何も失いたくない。

目の前で人が死ぬのを、黙って見ているなんてごめんだ。

スローライフがなんだ。平穏な日常がなんだ。

そんなもののために、見殺しにしていい命なんて、あるはずがない。


俺はゆっくりと立ち上がり、倒れている生徒たちの方へ歩き出した。

「ユウキ様…?」

ルナリアが、心配そうな声で俺を呼ぶ。


「アスカワ! 何をしている! ここは危険だ、下がりなさい!」

ギルバート先生が俺を制止しようとする。

俺はその言葉を無視して、倒れている三人の中心に立った。

そして、静かに目を閉じて、意識を集中させる。


大丈夫だ。ほんの少し、力を解放するだけ。

死なせはしない。後遺症も、一切残さない。


俺はゆっくりと両手を広げた。

「――【聖なる癒やしの手】」


俺の体から、淡い黄金色の光が溢れ出した。

それは太陽のように暖かく、月のように優しい光。

光は穏やかな波紋のように広がり、倒れている三人の体を優しく包み込んだ。

焼け焦げた皮膚が、みるみるうちに再生していく。おびただしい出血は瞬時に止まり、深い傷口は跡形もなく塞がっていく。

折れた骨は正しい位置に戻り、損傷した内臓も、光の中で元の機能を取り戻していく。


その光景は、ほんの数秒のことだった。

黄金の光が消えた時、そこには何事もなかったかのように健やかな寝息を立てる三人の生徒の姿があった。

訓練服の焼け焦げまで綺麗に元通りになっている。


水を打ったように静まり返る訓練場。

生徒も、教師も、学園の治癒術師たちも、皆が皆、目の前で起きた奇跡を信じられないという顔で、口を開けて固まっていた。

彼らの視線が、光の中心にいた俺へと、ゆっくりと向けられる。


(あ…)


その視線を受けて、俺は我に返った。

やってしまった。

また、盛大に、やらかしてしまった。


静寂の中、パチパチ、と小さな拍手が響いた。

見れば、ルナリアがうっとりとした表情で、俺に向かって拍手を送っていた。

その瞳は尊敬と愛情に満ち溢れており、彼女だけが、この状況を当然のこととして受け入れている。


「さすがですわ、ユウキ様。なんて素晴らしいお力なのでしょう」


彼女の言葉で、皆の魔法が解けたように、訓練場は爆発的な喧騒に包まれた。

「う、嘘だろ…」

「一瞬で…あの重傷を…?」

「あれが…治癒魔法…?」

「神よ…!」


生徒たちの驚愕と、教師たちの呆然とした視線。

その全てを一身に浴びながら、俺は内心で頭を抱えた。

穏やかな学園生活は、今日、この瞬間、完全に不可能になった。


キリリ、と。

また、俺の胃が鋭い痛みを訴えた。

もう、この痛みから逃れることはできないのかもしれない。

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