○7時起床、起床時室温13度。夜中の目覚め4回。左脚の痛さに悩まされる。耐えられない痛さではないのが救いか苦しみか。
○御茶ノ水・銀座アスターにて、「セガン研究の足跡をたどる旅」の、最後の集まり。ランチ会。
会はぼくのセガン研究を巡ってあれこれ。ほんの少し「旅」話題。「暑かったねえ。」 「その暑い中をぼくはフィールドワークしたわけですよ。」なんて変な威張り。楽しい会話が次から次への生まれる。ランチの後はお茶会。4時ごろ解散し、ぼくは大阪のTさんと引き続き談話。そして夕食。研究の苦衷をお話しくださる。「応援席にぼくがおりますよ。」 8時前にお別れして帰宅。帰宅は午後9時過ぎ。今日は12時間近くの外出。疲れましたが心地よい疲れ。
○イタール初期実践記録とパリ・コミューン広報誌〔完全揃い〕をS大に寄贈したい旨、意思表示。寄贈の意図、史料の性格等を簡単にまとめること。
○集まりには、1名が多忙を極める生活状況で、こちらが遠慮して会合のことを知らせなかった他は、大阪、埼玉、千葉から結集。やはり「セガン」の理論と実践についての話題が中心になる。少なくとも「神様のようなセガン」像から、19世紀の激動期に生き抜こうと懸命に走りぬいたセガン像がリアリティを持って再生されたセガン研究の到達の意義あるいは疑問などの話題が提出された。これからセガンが研究されるとしたら・・・などと課題意識を持ちながら、私は議論に参加し、議論をある場面ではリードした。仲間のうち3人は埼玉大学で共に学びあった者、1名はモンテッソーリ研究からセガンにアクセスするようになった者、1名は、1960年代にわが国にセガン研究を興された埼玉大学名誉教授・清水寛先生のお言葉をお借りすれば、「セガンなど何も知らない市井のおばちゃん(も関心を持ってもらい、可能ならば一緒に考えてくださる方の参加を組織したい)」のお一人。ぼくの2003年以来のセガン研究のプロセスにずっと寄り添ってくださっているありがたいお方。
○今日の集いの記念写真。

○御茶ノ水・銀座アスターにて、「セガン研究の足跡をたどる旅」の、最後の集まり。ランチ会。
会はぼくのセガン研究を巡ってあれこれ。ほんの少し「旅」話題。「暑かったねえ。」 「その暑い中をぼくはフィールドワークしたわけですよ。」なんて変な威張り。楽しい会話が次から次への生まれる。ランチの後はお茶会。4時ごろ解散し、ぼくは大阪のTさんと引き続き談話。そして夕食。研究の苦衷をお話しくださる。「応援席にぼくがおりますよ。」 8時前にお別れして帰宅。帰宅は午後9時過ぎ。今日は12時間近くの外出。疲れましたが心地よい疲れ。
○イタール初期実践記録とパリ・コミューン広報誌〔完全揃い〕をS大に寄贈したい旨、意思表示。寄贈の意図、史料の性格等を簡単にまとめること。
○集まりには、1名が多忙を極める生活状況で、こちらが遠慮して会合のことを知らせなかった他は、大阪、埼玉、千葉から結集。やはり「セガン」の理論と実践についての話題が中心になる。少なくとも「神様のようなセガン」像から、19世紀の激動期に生き抜こうと懸命に走りぬいたセガン像がリアリティを持って再生されたセガン研究の到達の意義あるいは疑問などの話題が提出された。これからセガンが研究されるとしたら・・・などと課題意識を持ちながら、私は議論に参加し、議論をある場面ではリードした。仲間のうち3人は埼玉大学で共に学びあった者、1名はモンテッソーリ研究からセガンにアクセスするようになった者、1名は、1960年代にわが国にセガン研究を興された埼玉大学名誉教授・清水寛先生のお言葉をお借りすれば、「セガンなど何も知らない市井のおばちゃん(も関心を持ってもらい、可能ならば一緒に考えてくださる方の参加を組織したい)」のお一人。ぼくの2003年以来のセガン研究のプロセスにずっと寄り添ってくださっているありがたいお方。
○今日の集いの記念写真。