番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 23
頑張ったけど、終わりませんでした!
ふと思ったが、わざわざ髪と瞳の色を元に戻す必要があったのだろうか?
ついついノリでやっちゃったけど、正体バレを加速させるだけの行為なのではなかろうか。
《問題ありません。格好良かったです》
え、そんな理由でいいの?
……まあ、いいか。
ちょっと納得出来ないが、シエルさんが問題ないと言っているのだし。
それではベルナクラッドをサクッと倒す前に、一応念の為に生徒達の事も考えておくとしよう。
「ラプラス! ここで、生徒達を守れ!」
「はいなっ!!」
ラプラスは俺の命令に忠実に、生徒達の結界に上乗せする形で防御結界を構築した。
実は今の俺には、ラプラスとベルナクラッドの全力戦闘の余波を抑え込むのは難しい。
生徒達には論外である。
なので、ラプラスに戦いを任せる訳にはいかなかった。
ティアではベルナクラッドに勝てないだろうから、俺が戦うのが一番良い選択なのである。
ともかく、これで生徒達は安全だ。
如何にベルナクラッドが強力な悪魔であっても、覚醒魔王級であるラプラスが全力で防御結界を張ったならば、それを破る事は出来ないだろうから。
後は俺がベルナクラッドを倒すだけ。
「ハッハッハ。ゴミ虫が一匹、何かして私を愉しませてくれるのですか?」
俺をみて、余裕の態度でそう嘯くベルナクラッド。
「……アイツ、死んだな」
「でもさ、アイツがリムル様にあんな口きいちゃって、それをアタイ達が黙認してたってバレたらさ、後でメッチャ怒られたりしないかな?」
「――ティアちゃん。恐ろしい事を言わんといてや。ソウエイとディアブロの御二方に知れたら……そら、考えたくもない目にあわされそうやで。リムル様が許しても、あの二人は止まらんで」
「だよね、だよね」
「まあ幸い、ここにはワイらしかおらへん。この事は秘密にしよや」
「おっけー! 絶対に言わないよ」
「そやで。そうやないと、ワイらがメッチャ危険になるんや」
小声でコソコソと相談する声が聞こえたが、まあ俺が戦うと自分で言っているので、彼等に責任はない。
それに今の俺が見縊られるのは、ある意味で仕方ないのだ。
なにせ今の俺は、普通の人間と全く変わらないのだから。
ベルナクラッドの感想も実に正当な評価なのである。
「悪いが、そんなに楽しくはならないだろ。お前に恨みはないが、手加減とかしてやれねーし。お前も恨むのなら俺じゃなくて、中途半端に強くなってしまった自分自身を恨むんだな」
俺は気負うでもなく、ベルナクラッドにそう応じた。
本当に深い意味もなくそう思う。
せめてコイツが劣化魔王種程度の強さで、山岩象達に押さえ込める事が出来ていれば……別に滅ぼす必要はなかったのだ。
せめてもう一人覚醒魔王級の仲間がいたら、生徒達を守りつつベルナクラッドを無力化出来たのだが。
まあ、ディアブロやソウエイ、シオンにベニマルとかだったら、問答無用で塵に変えていただろうから、結局は滅びる運命しかなかったかも知れないのだけどね。
考えてみれば、大魔王である俺よりも部下の方が危険で過激なのである。
そんな部下達を、俺はよく纏めていると思う。
我ながら頑張ってるよね、本当。
《……》
おっと。
シエルさんが何か言いたげだが、聞かない方が良さそうだ。
馬鹿な事を考えるのは止めて、今はベルナクラッドだな。
ベルナクラッドは、俺の言葉が気に食わなかったようだ。
自分の敗北を上から目線で告げられたのだから、面白いと感じなくても当然なのだろうけど。
「ハーーーハッハッハ。中々に愉快な事を言う。だが、身の程を知らぬ愚かさは、君にとっての不幸を招くと知るがいい」
笑顔のままで、なんの予備動作も見せずに。
大仰に両手を竦めるような格好から大魔法が飛んで来た。
核撃魔法"破滅の炎"が俺の身を焼き焦がし、俺の背後の生徒達を燃やし尽くした――ベルナクラッドの目にはそう映っただろう。
「おや? たった一撃の魔法で終わりでは面白くないぞ? それに。後でゆっくりと味わうつもりだったエサ共も、数匹巻き込んでしまったではないか」
少しも残念そうな響きを込めずに、燃え盛る炎を前に御満悦のベルナクラッド。
自身が放った魔法の絶対的な熱量の威力に、勝利を信じて疑ってはいないのだ。
だけど、残念!
「そうか? 一撃で終わりというが、まあ初手は譲ってやらないとな。言っただろ、お前に恨みはないって。だからせめて、少しは格好を付けさせてやろうと思ってさ」
俺は『瞬間移動』にてベルナクラッドの背後にある岩の上に移動して座ると、可哀相に思いつつもそう言葉をかけたのだ。
そして当然、生徒達も無事である。
そう来るのを見越して、ラプラスは『万能結界』にて戦場から生徒達を隔絶させているのだから。
そうした事実を見て、初めてベルナクラッドに動揺が走った。
「何をした? 今、一体何をしたのだ!?」
そう問いながら、俺の目でも追えぬ速度で斬りかかってきた。
マグナスの持っていた剣は業物らしく、俺が座っていた岩をも真っ二つに切り裂いた。
が、俺には当たらない。
目では追えないが、『魔力感知』と『神速思考』で、ベルナクラッドの動きなど手に取るように視えているし予測も出来るのだ。
俺の事を、エネルギー量の大小だけで強さを測ったのが、ベルナクラッドの過ちである。
それでもまあ、最大攻撃魔法を初撃に用いるあたり、油断はしていなかったのだろう。
意味のない事だがな。
「何って、『瞬間移動』さ。お前に先に攻撃を譲ったし、今も斬りつけるのを待ってやっただろ? これで満足したな?」
そう説明しつつ『瞬間移動』でベルナクラッドの懐に潜り込み、極小威力に抑えた虚無の一撃を放った。
「グブゥッ!」
悶絶するベルナクラッド。
生き残っただけでも大したものだ。いや、マグナスを助けないといけないので、肉体へのダメージはゼロとなるように調整したつもりだったのだが……パンチ分のダメージだけは消し忘れていたようだ。
まあマグナスへの制裁という意味で、その程度は許容内だろう。
ちなみに、殴った方の俺の右腕もかなり痛かった。
人間の肉体は簡単に壊れるので、『神速再生』を併用している。
そのお陰で吹き飛んだりはしていないが、余り何度も攻撃するのは宜しくない。
久しぶりの痛みで、涙目になりそうだからだ。
というわけで、ベルナクラッドを甚振るのは止めにしよう。
さて、と。
ベルナクラッドは虚無の一撃によってエネルギーを大幅に消失し、茫然自失となっていた。
肉体の痛みではなく自分の存在力の減少に、ベルナクラッドの動揺が深まった。
「ま、待て! 貴様は一体……」
「お前がそれを知る必要はない。ただ一つ教えてやれるとすれば、この世界は八星魔王が秩序を保っている。お前の力は少し大きすぎるから、邪魔なんだよ。排除するには、それだけで十分な理由だろ?」
「八星魔王だと? まさか、まさか貴様は――いや、貴方様は――――」
俺はその質問には答えずに、ニヤリと嗤って見せる。
ベルナクラッドの困惑が恐怖に変わりかけている。
既に俺の術中に落ちているようだ。
「さて、取引をしようか?」
痛む右腕をコッソリと撫でつつ言う。
「と、取引、だと?」
「そう。簡単な取引だよ」
俺はベルナクラッドへと優しく囁きかけるように、一方的な断罪の言葉を続ける。
「お前がその身体を素直に返すと言うならば、千年の滅びで許してやろう。だが、無駄な抵抗を試みるというならば……好きにするがいい」
「何ッ?」
「その時は、お前は、この世の現実と真なる恐怖を知る事になるだろうさ」
「……ッ!!」
ベルナクラッドの魂が揺れるのが視える。
俺が少しだけ『虚空之神』を仄めかせて見せた途端、その力がベルナクラッドの想像を絶するものであると気付いたようだ。
俺がベルナクラッドには理解出来ない力を持つ者だと、理解したのだ。
激しい恐怖。
魂の根源から沸き起こるソレに、ベルナクラッドの理性が抗おうと必死に戦っているようである。
だが、無駄だった。
目の前の俺に恐怖してしまった時点で、ベルナクラッドは既に敗北しているのだから。
瞑目し、一秒にも満たぬ逡巡の後に――
「仰せのままに。千年の時を、貴方様に楯突いた我が身の愚かさを悔やみつつ、過ごさせて頂きたい――」
項垂れ、許しを請うようにベルナクラッドが取引に応じた。
良かった。
これで、俺も痛い思いをしなくても済みそうである。
後は簡単だ。
「賢明な判断だ。千年後、俺の下に来る事を許す。では、消えろ」
マグナスの身体から出たベルナクラッドの精神体を、魂を残して塵に変える。謎の光で誤魔化しつつ、悪魔の身体を消し飛ばしたのだ。
これで、見ていた生徒達には、謎の魔法で勝利したように見えるだろう。
そう見えていたらいいな……。
いや見えるハズ、と自分自身に言い聞かせながら、俺はマグナスの無事を確かめる。
マグナスは無事だった。
意識を失っているが、精神も肉体も無事である。
精神汚染もベルナクラッドの消失と同時に解消されていた。
ベルナクラッドも約束を守ったようで何よりである。
《魂に憑依し同化しようとしていたようですが、ベルナクラッドだけを消滅させる事も可能でした。ですが、その場合は仮初の肉体が壊れてしまっていたので、この手段が最適解だったかと――》
シエル先生もこう言っているので、俺のハッタリも中々のものなのだ。
いや、勝つだけなら簡単だったのだが、マグナスを無事に取り戻すのが難儀だったのである。
この肉体では『虚無崩壊』に耐えられない。使えば勝利間違いなしだが、その時点で俺はシュナやシオンとともにいる筈のリムルンの身体へと強制送還されていた。
最悪はそれを覚悟していたが、ベルナクラッドが思ったよりも物分かりが良くて助かった。
それも今は終わった話。
マグナスが気絶して、ベルナーとクラッドの二名は死亡。
イリナとロザリーは無事だが、薬の効果が切れる時間まで後僅かしかなさそうだ。
シエルの『解析鑑定』によるとかなり危険な成分が混じっており、副作用で暫くは動けないだろうとの事。
となると、実質的に"人類解放同盟"には動ける者がいなくなる。
ガックリと力なく項垂れるイリナとロザリー。
その二人を拘束する教師達。
生徒達の勝利だった。
その場に歓声が響き、俺に向けられる視線は熱を帯びているように思えた。
「見たか、俺のとっておきの魔法を?」
「「「はいっ!!」」」
生徒全員が整列し、一斉に頷いた。
この島の魔獣達もモスの働きで無事のようだし、こうして一件落着となったのである。
◇◇◇
後は全員を捕縛して、連れて帰って取り調べを――と思っていたのだが、どうやらまだ気が早かったようである。
小者過ぎて忘れていたヤツが一人、高笑いしながらやって来たのだ。
「わーーーはっはっは! マグナスのヤツも口程にもないのう。このワシ、ユージラスがおらねば何も出来んようだわい。そんな子供に負けるとはのう。イリナにロザリーよ、何をもたもたしておるか。ベルナーにクラッドはどうしたのじゃ? 早くその者共を始末せぬか」
なんなの、コイツ……。
俺がベルナクラッドを倒した後に魔法陣から出て来たので、状況をまるで理解していないようだ。
それなのに自分の都合の良いように妄想だけで判断して、偉そうに命令してくれちゃって。
「ユージラス卿……もう、終わったのよ……」
「はあ? 何がじゃ。何が終わったと言うのじゃ?」
「ユージラス様。我々は、敗北したのです。これ以上の戦いは無意味、マグナス様が捕らわれた今、降伏するより他ありません」
イリナとロザリーは状況判断が出来ていた。
どう考えても自分達の負けだと、悟っていたのだ。
だが、ユージラスはそんなイリナ達を鼻で笑い、傲慢に言い放つ。
「はん! お前達がそんな弱腰だとは思わなかったぞ。帝国のゴルダマ学長殿がお聞きになれば、さぞかし嘆かれるだろうて。安心せい。ワシがこんな事もあろうかと、陸戦師団から小隊を派遣して貰えるように手筈を整えておる。試作型強化スーツを着用した三十名の兵士は、一人一人がA級に相当する猛者揃いだそうじゃ。何も心配せずとも良いじゃろうが。魔獣共など恐れるに足らず! なんちゃらサーカスとか言うそこの誘拐犯どもも、無駄な抵抗を止めるが良いわ!!」
そのようにユージラスは、一気に自分達の優位性を力説してのけたのだ。
しかし、俺の力を目の当たりにしたイリナ達には、ユージラスの言動が滑稽に映ったようである。
「諦めなさい。言ったでしょう? 既に勝敗は決したのです」
自分の敗北を受け入れて、神妙にユージラスを説得しようとするイリナ。
だが、ユージラスは聞き入れない。
「馬鹿な事を! 今諦めてどうするのじゃ。貴族としての地位も名誉も、魔王めに奪われたのじゃぞ! ゴルダマ学長殿がワシ等の受け入れを約束してくれておるし、今更話をなかった事になど出来ようものか! お前達もワシに付いてくれば、手厚く遇してやろうではないか。さあ、良く考えるのじゃ!」
どこか会話が噛み合ってないな。
どうやらユージラスは、状況が理解出来ていないらしい。
小物過ぎるヤツって本当に馬鹿過ぎて、ある意味無敵だなと思う。
そして、ユージラスを更に増長させる事態になった。
飛空船が姿を現したのだ。
それを見て、ユージラスは喜色満面。
だが、その時間は長くは続かなかった。
得意の絶頂にいたようだが、その笑顔が凍りつく事となったのだ。
「おお、お待ちしておりましたぞ皆……、様?」
飛空船が平地に着陸し、ゲートが開く。
その階段から悠然と姿を見せたのは、ユージラスが頼みとしていた兵士達ではなく――
「だ、誰じゃ貴様は!」
ディアブロだった。
そしてユージラスには、思わぬ方向から答えが返ってくる。
「「「き、きゃーーーーー!! ディアブロさまぁ〜〜〜んっ!!」」」
というビックリするような大歓声によって。
保健医のピューリ先生まで、生徒に混じって叫んでいる。
というより、率先している感じだ。
少しは自重して貰いたいものである。
ディアブロは一応正体を隠しているつもりのようで、一見質素に見えるカジュアルな服装を着こなしていた。
だが、その迸り出るようなオーラが、圧倒的な存在感でもって本物であると証明しているのだ。
あれでは、変装なんてなんの意味もない。
「ディ、ディアブロじゃとぉ!? そんな、それじゃ、それじゃあワシはどうなるんじゃ……?」
ヘタヘタとその場に崩れ落ちるユージラス。
どうなるもこうなるも……。
ただ一つ確かなのは、教師を続けるのは無理だろうという事だ。
「え、嘘!?」
「まさか、本物ですの?」
「なんでこんなところに!?」
「でも、ラフな格好をなさっておりますが……」
「そんな格好も素敵ですぅ〜」
という声が、あちらこちらから漏れ聞こえる。
初めその正体に気付かなかった者も、熱狂的な女性達の様子から、ディアブロが本物だと悟ったようだ。
こうなると、もう誤魔化しようがない。
一部の生徒達は色々な事が連続で起こり過ぎて情報処理が追いついていないようだし、夢の魔法で誤魔化そうと思っていたのだが……。
そこにディアブロが登場したので、現実味が無さ過ぎてかえって冷静になってしまったようだ。
なかには俺とディアブロを見比べて、何かを悟ったように天を仰ぐ生徒も出る始末だった。
続いて姿を見せたソウエイにも、同じように歓声が響いた。
「あらまあ、ディアブロ様と並ぶお方はどなたなのでしょう?」
「あちらの方も素敵ですわね」
とまあそんな感じに、知名度のないソウエイにも皆の視線が釘付けになっているようである。
状況が状況なのに、逞しいと褒めてやりたいような現金な態度だった。
「クフフフフ、ようやく見つけましたよ。ええと――」
俺に気を使ってか、正体を隠そうとするディアブロ。
だけどさ、ディアブロがバレバレなのに、今更俺だけが正体を隠しても意味がないではないか。
「もういいよ。俺の脱走もバレているだろうし、このままフォーラムに参加したら帰還予定だったしさ。今更隠しても意味がないしな」
俺は溜息を吐きつつ、ディアブロにそう言った。
「では?」
「フォーラムに俺が参加するのは、内緒の方向で頼むぞ。ついでに――」
そこでチラリと生徒達に視線を巡らせて――
「彼等の口止めも、お前の責任で頼むな。言うまでもないけど、暴力と洗脳は禁止だぞ?」
とディアブロに丸投げした。
ディアブロは嬉しそうに頷き、その場に跪いて俺に一礼する。
そして――
「心得ました。リムル様」
そうハッキリと口にして言ったのだ。
その瞬間。
先程を上回る歓声が響いた。
歓声だけではなく、絶叫も混じっている。
「だ、大魔王!!」
「本物だったの!?」
「美しい――」
「ちょっと待って……。まさか私、大魔王の前で計画をベラベラと!?」
「――いえ、イリナ先生……。それを言うなら僕なんて、大魔王が嫌いだとか口走ったような記憶があるのですけど……」
この瞬間、この場に居る者達全てが、俺の正体に気付いたのだった。
うん、中には聞いているこっちが泣きそうになるほどの、悲痛な思いの込もった声もあるな。
安心しろ。
聞かなかった事にしてやるから――とは思うものの、それを言うのは後でいいだろう。
少しは仕返ししておきたいしな。
「ま、そういう事。な、とっておきの魔法だっただろ?」
俺がウィンクとともにそう言った。
鼻血を出して倒れる生徒。
茫然自失と意識を手放し、その場で放心する生徒。
観念したように泣き笑いする教師。
そして、うぉおおおおおっ!! と、興奮したように絶叫する生徒達。
そんなこんなでそれから暫くの間、生徒達は大混乱に包まれたのである。
次回こそエピローグの予定です。