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転生したらスライムだった件  作者: 伏瀬
色々番外編
275/304

番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 19

 活動報告にて、漫画版のお知らせを載せました。

 宜しければ、そちらもチェックしてみて下さい!

 ディアブロは一瞬耳を疑った。

 目の前の男が、何を言っているのか理解出来ない。

 いや、言葉は理解出来るのだが、怒りが大きすぎて思考処理が追いつかないのだ。

 何しろ、少しでも気を抜くと、感情のままに暴れ出してしまいそうだったから。

 だから我慢して、一応誤解や聞き間違いではないかと確認の為に問い直したのだが……。

 返ってきた答えのせいで、ディアブロの全ての理性が吹き飛びかけた。


 ――大魔王を名乗る生意気なスライム――


 その瞬間ディアブロの中で、ゴルダマの処刑方法の選別が始まったのである。


(クフフフフ。こんなに感情を揺さぶられたのは久しぶりですよ。私を怒らせるとは、この男、なかなかやりますね……)


 直ぐに手出ししないのは、ソウエイとの約束があるからに過ぎない。

 どうにか感情を抑え、どうにか二度目の我慢にも成功するという偉業を成し遂げつつ、ディアブロは立ち上がろうとした。

 その瞬間、ディアブロの立つ足場が消失したのである。

 許容量を超えた怒りを我慢した事で、ディアブロの注意力がほんの僅かだが散漫になっていたようだ。

 ゴルダマがニヤリと笑った。

 ゴルダマの座る椅子より前の床が、すっかり消失している。

 そこに並んでいたテーブルや、応接椅子、そしてディアブロ諸共床下に向けて吸い込まれた。

 それは転移系の魔法トラップのような高等な罠などではなく、地下空洞に落とすだけの簡単な仕組み――所謂、落とし穴だった。


「わあーーーっはっはっはっはーーー! この部屋もそうだが、その地下空洞は"絶魔空間"となっておる。絶対魔法防御による紋印によって封じられた、魔法が一切行使出来ぬ空間よ。いかな上位魔人といえども、その場に囚われれば無力な人と大差ないわ! これが人の知恵というものぞ!!」


 喜色満面、ゴルダマは高らかに笑った。

 それは事実上の、ゴルダマの勝利宣言だったのである。



 一方、穴の底まで落下したディアブロは、慌てる事なく軽やかに地面に降り立つ。

 頭上より不快な笑い声が聞こえるが、それがかえってディアブロに冷静さを取り戻してくれた。

 既に感情は普段通りに落ち着いており、ディアブロの口元には笑みが浮かんでいる程だ。


「クフフフフ。私を怒らせた御褒美に、わざわざ罠にかかってあげましたが、さてさて――」


 床が抜けた瞬間に反応する事も出来たのだが、怒りのままにゴルダマを殺してしまいそうだったので敢えて罠に飛び込んだディアブロ。

 そんなディアブロの前に広がるのは、学校の体育館並みに広い空間だった。

 落ちて来た天井まで、凡そ十メートル。

 飛べない距離ではないが、それ以前に違和感を覚えて周囲を見渡すディアブロ。

 そこには、見慣れぬ形式の魔動人形ゴーレムが立ち並んでいた。

 無骨なデザインだが、実戦的なのが見て取れる。

 肉厚の魔鋼装甲にて全身を守る、体長三メートル級の巨体であった。

 その数、十三体。

 圧倒的な威容である。


「ほう、素晴らしい。これを見れば、リムル様がお喜びになりそうです」


 そう呟いたディアブロの耳に、不快な音声が聞こえた。


「クックック、聞こえるかねディアブロ君? そろそろ暗闇にも目が慣れて、目の前にゴーレムが立っている事に気付いた頃だろう。そう、そのゴーレムこそ、君の最後を看取る者となる。魔素のない"絶魔空間"にて、内蔵された魔力貯蔵炉を持つ最強の処刑者よ。なあに、抵抗しなければ、痛みや恐怖を感じる間もなく楽にしてくれるだろうて。最後に祈る時間をやろう。ワシの慈悲に感謝したまへ」


 その声の主は、言うまでもなくゴルダマである。

 自分が絶対的優位に立ち、安全な場所に居るという自信からか、その声には不遜なる者の驕りの色が見え隠れしていた。


「ほう? この私をコロスつもりですか? 面白い冗談を言いますねえ」

「なあに、冗談ではないとも。ワシは大真面目じゃよ。もっとも、君はここを出てから行方不明、あのスライムにはそう報告しておくがね。各所で口裏を合わせるので、君が心配する事ではない。安心して、後の事を任せて逝くがいい」

「なるほど。で、どうやって私を?」


 ディアブロが再び問うと、ゴルダマは不快そうに鼻を鳴らした。

 そして、察しの悪い生徒に説明するように、不機嫌さを滲ませつつ言葉を放つ。


「目の前のゴーレムに命じれば、貴様を殺すなぞ容易い事よ。融和派の糞共も自慢の魔法が使えなくて、泣き叫び許しを乞いながら死んでいったのだ、それは貴様も変わらぬ」

「ふむ。融和派、ですか。非常に興味深い話です」


 ディアブロの『魔眼』が捉えた、床に広がる血痕の跡。

 この場で処刑されたのは、一人や二人どころではないのが明白だった。

 神聖なる学び舎でのこの暴挙、万死に値する重罪である。


「さて、話に興が乗ってきたところじゃが、そろそろお別れの時間じゃな。最後に言い残す事はあるかね?」

「クフフフフ、最後? 疑問は尽きませんねえ。では暫く、頭を冷やす意味も込めて、お遊びに付き合うとしましょう」

「生意気な……殺れ、魔動処刑機神デストロイヤー!」


 ゴルダマの命令を受けて、ゴーレムの目に緑の光が灯った。

 ――その直後、地下空間は激しい戦闘の大音声で満たされる。


      ◆◆◆


 ゴルダマはゴーレムに命じると、自分の椅子に深く座り込んだ。

 そしてゆっくりと、込み上げてくる歓喜を噛み締める。


 やったぞ!

 ワシがあの魔人、"魔神王デモンロード"ディアブロを討ち取ったんじゃ!

 この罠に追い込めた以上、ヤツは間違いなく終りじゃわい。

 一体で上位魔将アークデーモンに互する魔動処刑機神デストロイヤーが十三体。それも、悪魔にとって最強の武器である魔法を封じた上での戦闘……負ける筈がないわい。

 これで、ヤツの命運も尽きるじゃろう。



 ゴルダマは興奮に身を浸す。

 災厄の悪魔と恐れられる、 最強の上位魔将アークデーモン

 帝国は永き歴史の中で、何度か上位魔将アークデーモンに脅かされた過去を持つ。

 そうした経緯から、帝国の臣民にとっての上位魔将アークデーモンとは、恐怖の代名詞にもなっているのだ。

 そんな大悪魔だが、人の飽くなき研究心により、少しずつその能力の解明が進められていた。

 それに役立ったのが、"絶魔空間"である。

 召喚に用いる魔素は魔石で代用し、部屋は完全に密閉して封印する。

 召喚者が殺されるのも織り込み済みで、凶悪な悪魔の召喚実験は秘密裏に続けられていた。

 そうした中、数体の上位魔将アークデーモンの捕獲に成功したのである。

 能力を測定した結果、その存在値エネルギーも一律ではない事が判明している。

 自我の弱い個体ほど、その存在値エネルギーは小さく、自我が確立した者となると、絶大な強さを持つ事がわかったのだ。

 伝説に残るような大悪魔は、恐らくは長く生きている特殊な個体なのだ、それが研究チームの出した結論である。

 その仮説が正しければ、上位魔将アークデーモンとて恐れる事はない。

 部分召喚により一度呼び出してみて、その自我の有無を確認した後、危険そうならば送還すれば良い話なのだから。

 こうした実験結果を得た事で、彼等は悪魔を操る術に長ける事となったのである。

 実験データを取ってしまえば、もはや捕獲している上位魔将アークデーモンに用はなかった。

 ゴルダマはこれ以上の実験は不要と判断し、上位魔将アークデーモンの処分を実行した。

 その際に活躍したのが、魔動処刑機神デストロイヤーなのだ。

 悪魔をも狩る、最強のゴーレム。

 ゴルダマ自慢の大戦力である。

 その頼もしい魔動処刑機神デストロイヤーが十三体もいる以上、ディアブロの死は確実なものとなるのが当然――ゴルダマは、そう信じて疑っていなかった。

 その上で、ゴルダマは思う。



 大魔王の十二守護王筆頭なんぞと持て囃されておったが、他愛もない。所詮は悪魔、噂ばかりが先行しておったようじゃわい。

 しかし、この意味は大きいぞ。

 ディアブロは、あのスライムの片腕とも言われる魔人。それを討ち滅ぼしたという事は、大魔王の勢力を大きく削ったと考えても良かろう。

 とすれば、じゃ。

 ワシがその功績を以って、"人類解放同盟"の"指導者"となるのも夢ではない、つまりはそういう事になろう。

 ワシが皆を指導し、新しい世界へと導いてやろうぞ!


 まあしかし、えらく簡単に罠に嵌ってくれたものよ。

 強者ゆえの驕りに満ちた目をしておったわ。

 だからこそ、ワシのように叡智ある者からすれば、赤子の手を捻るように簡単に事を運べた、という事かも知れぬがな。

 


 融和派、つまり、大魔王を認めようとする一派を始末する際に、この落とし穴を試した事があった。

 その時も思った以上に上手く事が運び、ゴルダマは拍子抜けしたのを覚えている。

 今回もそうだった。

 世で知らぬ者がない程に恐れられている魔人、ディアブロ。

 だが、その正体は上位魔将アークデーモンにも劣る魔人でしかなかった。

 世の中そんなものだ、とゴルダマは笑う。

 噂ばかりが先行し肝心の中身が伴わないなど、よくある話ではないか。

 知能も高く、現世に肉体を持つ魔人でありながら、7,000もの存在値エネルギーを有しているのは脅威ではある。

 だが、今となってはそれも終った事。

 ゴルダマは自分の未来に想いを馳せて、その栄耀栄華を夢見て酔いしれる。


「他愛無いものじゃな。大魔王の十二守護王には、皇帝陛下を守護していた近衛騎士ロイヤル ナイト達ですら及ばなかったと聞くが……こうなってみると、その噂も眉唾じゃわい。ワシでさえ、近衛騎士ロイヤル ナイトには選ばれなんだというのに、のう……」

「そうでしょうか? 十二守護王はそんなに弱くはありませんよ?」

「はっはっは。何を抜かす。たった今、その筆頭であるディアブロを始末した所じゃよ。ワシのこの手で、のう」

「ほう、それは凄い。では、貴方と話しているこの私は、一体何者なのでしょうかね?」

「なんじゃと?」


 幸福感で満たされていたゴルダマは、その時になってようやく、違和感に気付いた。

 今この部屋へは誰も入らぬように申し付けてあるし、自分以外に人が存在する筈がない事に思い至ったのだ。


「誰じゃ、貴様はっ――!?」


 背後から聞こえる声に、慌てて振り向くゴルダマ。

 そこに立っていたのは、燃えるように真紅の瞳孔が輝く、美しい悪魔。

 ゴルダマを恐怖のどん底に突き落とす者。

 ――ディアブロである。


      ◆◆◆


「ギ、ギィエーーーーー!!」


 部屋にゴルダマの絶叫が響いた。

 信じられぬ者を見たとばかりに、ゴルダマは目を見開いて驚愕する。

 そこに立つディアブロは、ゴルダマ自慢の魔動処刑機神デストロイヤーに完全に挽肉にされた筈だったのに、怪我どころか服装に乱れすらなく平然と立っている。

 驚愕の余り声も出ぬままに、ゴルダマの目が「本物なのか?」と問い掛けた。

 その問いに、ディアブロは薄く笑いつつ頷く。


「残念でしたか? ですが、私は無事ですよ」


 その声を聞き、ゴルダマはようやく言葉を取り戻した。

 そして、驚愕のままディアブロに向かって叫ぶ。


「馬鹿を申すな! 貴様、どうやってワシの魔動処刑機神デストロイヤーを――」


 そこまで言ってからようやく、ゴルダマの頭が回転を再開する。

 今、目の前に立つ者は誰なのか、それをようやく脳が理解したのだ。


「げぇえええーーーーー!! き、貴様はディアブロ――ッ!?」


 驚愕の余り脳がなかった事にしようとした事実だったが、どうやらそれには失敗したらしい。

 ゴルダマの表情に、焦りと恐怖の感情が浮かんだ。


「クフフフフ。あのゴーレムは中々面白そうでした。壊すのが勿体無かった程ですよ」

「ば、馬鹿な!? どうやって壊したといのだッ?」

「どう、とは?」


 ディアブロは軽く首を傾げ、質問の意味が理解出来ないと身振りで問う。


「とぼけるな! 魔法が使えぬ以上、貴様にはなんの力もない筈……。それなのに、一体どうやって――!?」


 ふむ、とディアブロは頷く。

 ゴルダマの驚愕の理由を知り、寛大な心で説明してやろうと口を開いた。


「それは決まっているでしょう。魔法が使えぬのなら、物理的に戦うだけの事。そこになんの問題が?」


 至極当然とばかりに答えるディアブロ。

 しかし、ゴルダマは納得しない。


「馬鹿を申すな! 魔動処刑機神デストロイヤーだぞ! 単機で上位魔将アークデーモンに勝る魔動処刑機神デストロイヤーが十三体だぞ!! それを……魔法なしで勝てる訳がなかろうが!!」


 もはや絶叫であった。

 そんな事があっていいはずがない、ゴルダマの脳は、ディアブロの言葉を決して認めようとはしなかったのだ。

 それに対してディアブロは、優しく笑みを浮かべたままゴルダマに接する。

 自分の感情を動かしたゴルダマに敬意を表し、ディアブロにしては珍しく気長に話に付き合っている。

 というよりも、怒りがつき抜け過ぎて麻痺しているだけなのかも知れないが……。


「ええ、多少は苦労しましたよ。重量級のゴーレム相手に、コチラは素手でしたからねえ。ですが! ここで私は閃いたのです。リムル様が以前、『柔よく剛を制す』と仰っていた事を! これはいい機会だと前向きに考え、頭を冷やしながら相手をさせていただきました」


 そう説明するディアブロ。

 だがしかし、ディアブロとしては柔よく剛を制したつもりだが、実際は違う。


 迫り来るゴーレムの腕を取り、力で捻じ切った。

 圧倒的な質量を乗せた渾身のゴーレムのパンチを、ディアブロの拳が軽く砕く。

 力を込めていないように見えるその掌打がゴーレムに触れるなり、触れた部位が大きく凹んで吹き飛んでいった。


 それは蹂躙だった。

 何の事はない、より圧倒的な力で敵を粉砕しただけである。

 確かに魔法は使っていないが、それは使えなかったからではない。

 使おうと思えば使えたのだが、その必要がなかっただけだったのだ。

 それだけではなく、ディアブロは壊し方にも気を配っている。

 このゴーレムをリムルに献上し、喜んでもらおうと考えていたのだ。

 なので、なるべく丁寧に部品は解体されており、何体かを組み合わせるとキチンと再現出来る程度の破壊で留めているという念の入れようだった。

 ディアブロにとって、ゴルダマ自慢の魔動処刑機神デストロイヤーなど、オモチャ程度の存在価値しかなかったのだから。


      ◆◆◆


「ば……馬鹿な……」


 ディアブロの余りの非常識ぶりに、ゴルダマは自分の信じる常識が壊れる音を聞いた。

 恐る恐る這いつくばって床下を覗き込んで見ると、そこにはディアブロの言葉通りに破壊された魔動処刑機神デストロイヤーが転がっているのが見えた。

 その時になってようやく、ゴルダマの脳に冷静さが戻ってくる。

 と同時に、恐怖も。

 いつの間にかゴルダマの座っていた椅子に腰掛け、優雅に寛ぐディアブロ。

 その視線が自分に向けられている事に気付き、ゴルダマは青褪めた。

 今になってようやく、ゴルダマは自分が何者を相手にしていたのか悟ったのだ。

 大魔王リムルの十二守護王。

 強大な力を持つという魔人達、その筆頭であり十二守護王最強と目される魔人、ディアブロ。

 決して手を出していい存在ではなかった――ゴルダマは、その事実にようやく気付いたのだった。


(不味い、不味い不味い不味い不味い、不味いぞォ!!)


 冷静だったのは束の間。

 ゴルダマは再び恐慌状態に陥った。


(じゃから融和派の糞共や、穏健派の者共は、実力行使は絶対に禁止だと言っておったのか……)


 "人類解放同盟"とは、人類の行く末を憂う者達で結成された組織である。

 構成員の思想や信条も統一が為されていないが、人類が魔物の支配下に置かれる事を良しとしない者達が集って出来た集団なのだ。

 そんな中でも穏健派は最大派閥を誇り、かなり大きな発言権を持っていた。

 彼等の主張は、『魔王達との直接的な敵対を禁じ、裏から各分野に人材を派遣して、自分達の影響力を高める』というものである。

 人である以上、主義主張が異なるのも当たり前なのだが、ゴルダマにはそれが許せなかった。

 人の意思を統一し、確固たる目的の下、魔王達を滅すべく動くべきだと考えていたのだ。

 魔王達との共存を主張する融和派など論外、直接対決を怯える穏健派もゴルダマからすれば臆病者の集まりとしか思えなかった。

 だからゴルダマは、魔王達の脅威を説く融和派や穏健派を、影で笑って馬鹿にしていたのだが……。


(馬鹿なのは、ワシじゃった……)


 真実に気付いたゴルダマだったが、時既に遅し。

 後の祭であった。

 絶対的な自信の根拠となっていた存在値エネルギーの大小など、目の前の魔人には意味のない数値でしかなかったのである。

 目の前に立つ者、それは数字では測れぬ絶対強者なのだ。

 そんな危険な存在に喧嘩を売ってしまったという事実、それは最早、取り消す事など不可能である。


「ゆ、許して下され……」


 ディアブロの前に跪き、祈るように頼み込む。

 ディアブロは笑みを崩さず、ゴルダマを見つめるのみ。


「わ、私が愚かでした。どうかお慈悲を……。命ばかりはお助け下され――」


 涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら、ゴルダマはディアブロに懇願した。

 すると――


「クフフフフ、安心しなさい。命を取るつもりなどありませんよ」


 ディアブロが優しげな表情でそう答えたのだ。

 ゴルダマは内心で喝采を叫んだ。


(やったぞ! コヤツ、噂程には冷酷ではないようじゃ!)


「お、おお感謝しますぞ――」


 込み上げてくる安堵で表情が崩れぬように注意しながら、ゴルダマはディアブロに感謝の言葉を述べたのだが……そこで、ディアブロの様子がオカシイ事に気付いた。


「クフ、クフフフフ。そう、命は助けますとも。リムル様も無闇に人を害する事を嫌いますし、ソウエイの小言も煩いですし。それに何より、貴方からは色々と話を聞きたいですし、ね」


 ディアブロは楽しそうに、心からの愉悦の表情で嗤っていたのだ。


「そうそう、この部屋でも魔法が行使出来ないのでしたか? 本当かどうか試してみるとしましょう」


 その呟きに、ゴルダマの背筋に悪寒が走った。

 悪い予感がしたのである。

 この部屋も"絶魔空間"に繋がる以上、扉の内側では魔法の行使は不可能、その筈だった。

 だが今、ディアブロの手の前には魔法陣が出現し、闇色の輝きは魔法が発動している事を証明している。


「ば、そんな馬鹿なっ!? "絶魔空間"で魔法、じゃと!?」


 本日何度目になるのかわからぬ驚愕で、ゴルダマの脳味噌は沸騰寸前となった。

 在り得ない現実が、目の前で起きているのだ。

 いや――この魔人ディアブロにとっては、これが普通なのだと気付く。


(わ、ワシは、とんでもない奴に喧嘩を売ってしまっておったのか……)


 魔法研究の第一人者という立場から考えても、ディアブロは異常そのものだった。

 そして、ゴルダマが後悔の念に囚われたと同時に、ディアブロの魔法が完成した。

 その魔法、とは。


「それは――」

「初歩的魔法、"魔蟲召喚"ですよ。魔界に住む蟲を召喚しました。可愛いでしょう?」


 ディアブロの手に絡みつく、蟲。

 ムカデに似た数多の多足蟲が、ディアブロの右手から湧き出している。

 それを見て、ゴルダマは自分の動悸が激しくなるのを自覚する。

 呼吸は荒くなり、心臓の鼓動の音で、鼓膜が破れそうな錯覚に囚われた。


(奴は、ディアブロは、あの蟲で一体何を――)


「そ、その蟲を一体――」

「ところで、貴方は樹人族トレントを知っていますか?」


 ゴルダマの質問は、ディアブロから発せられた問いによって打ち消された。

 当然、ゴルダマでも樹人族トレントは知っている。

 魔物の一種で、樹木の姿をしている知性体である、と。

 その樹人族トレントがなんだというのかとゴルダマが思った時、ディアブロが話を続けた。


「知っているようで何よりです。この魔蟲は、魔樹蟲マジュジュという蟲でしてね、その特性は、宿主を植物に変えるというものなのです。勿論、動物、魔獣、魔人、そして勿論ですが、人間も。生物ならなんでも大丈夫なので、ご安心下さい」


 それを聞き、ゴルダマは深い絶望の谷に突き落とされたような心境になった。

 ディアブロの目論見に気付いたのだ。


「ま、まさか! まさか、ワシにそれを――!?」


 魔樹蟲マジュジュ、恐るべき魔蟲である。

 魔獣や魔人すらもエサとする、魔界の蟲。

 人の身であるゴルダマに、抵抗する術などある筈もない。

 ゴルダマは心の底から恐怖した。

 応接室に、一種独特の臭気が立ち上る。

 股間から湯気の立つ液体や固形物を垂れ流し、ゴルダマは嗚咽を洩らした。


「許して下され! い、嫌じゃ! それだけは、許して下され!!」


 必死で頼み込むも、ディアブロの笑顔は変わらない。


「さあ、ソレゴルダマがお前の新たなる"宿主"です」


 楽しそうに、魔蟲をゴルダマに向けて解き放ったのだった。


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