221話 王都騒乱 -勇者-
ヒナタの惨状も一周年記念も、全部マサユキにもっていかれました……
一体何故こんな事に? というのが、現在のマサユキの偽らざる心境であった。
『マ〜サユキッ、マ〜〜サユキッ!!』
大歓声の中、マサユキは立つ。
そして、言われた通りに首を斜めに傾げて、視線を下に向ける。
二秒程タメをつくり、おもむろに顔を正面に向けて、民衆へと視線を合わせた。
それだけで、民衆の興奮度が高まったのが伝わってくる。恐ろしい程に効果的であった。
(流石は、リムルさんの言った通りだ……)
そう。
今のマサユキの仕草は、リムルの指導の下に練習した成果であった。
民衆の心を掴むべく、能力だけに頼るのではなく計算され尽した仕草により、ユニークスキル『英雄覇道』の効果が増大したのである。
マサユキの想像以上の影響力に、恐れ戦くしか出来ない。
少しの演技指導を受けただけなのだが、その効果は余りにも絶大だったのだ。
マサユキが視線を向けた途端、それだけで民衆は口を閉ざした。
静かに、波が引くように、この場に静寂が訪れる。
もう既に、何度も目にした光景であった。
――実は、マサユキ。
イングラシア王国に訪れる前に、ジュラの大森林の周辺国家を幾つも訪れて、同様の混乱を沈静化させていたのである。
大戦開始前、マサユキはリムルに呼ばれて依頼を受けていた。
気軽な調子で、「各国の住民が暴動を起こさないように、説得して回ってくれ」と頼まれたのだ。
「いやいや、僕には無理ですって!」
「何言ってるんだマサユキ君。君なら出来る。いや、君にしか出来ない事だよ!」
そういった遣り取りの後、「大丈夫、大丈夫! 君なら何でも思いのままさ!」と調子よく丸め込まれたのだ。
その後、軽く演技指導を受けて、演説前のポーズから演説中の視線の動き、そしてタメの配分に至るまで――細かく書かれたメモを渡されて送り出されたのだった。
そして、
「クフフフフ。流石はマサユキ殿、お見事です。
悪魔以上に人心掌握がお得意な様子、感服いたしました」
悪魔そのもののディアブロにまで褒められる始末。
ちっとも嬉しくなかったものの、マサユキは複雑な笑みで受け流したのだった。
だが何故か、妙にマサユキを気に入っているディアブロが、
「そうそう。各国を回るなら、護衛が必要でしょう」
そう言って、ヴェノムというディアブロの腹心の部下を呼び寄せ、マサユキに同行するように手配してくれた。
そのお陰で、各国への移動が転移により短縮化されたのである。
二日目に、ヴェルダがリムルを倒したと宣言した際も、マサユキは気にする事なく演説を行っていた。
小さな国で、動揺する民衆を前にして、マサユキは極自然に人々の不安を解消してみせたのである。
それもこれも、「もしかすると、俺は一回死んだ事にするかも知れないから、後はヨロシク!」と、リムルに無責任に言われていたからである。
同行するヴェノムも、
「ああ、何だな……。ディアブロ様は無事なのに、何故か連絡がつかない。
だが、モスのヤツの姿も見えないし、ディアブロ様の命令で裏でこそこそ何かをやっているのは間違いなさそうだ」
そう言って肩を竦めるのみ。
全く心配している気配はなかったのだ。
確かに、魔王たるリムルが本当に滅ぼされたのなら、配下達はもっと暴走するハズである。
マサユキは妙に納得したので、深く考えるのを止めたのだった。
納得といえば、このヴェノムに関しても同様だ。
何故かマサユキと、不思議と気が合うのだ。
最初にディアブロがマサユキに紹介した時は、ヴェノムはゴテゴテとした戦闘衣装を着ていたのだが……。
「それって、何とかならないのか? 僕は一応、勇者という事になってるんだけど……?」
「ああ、そうだな。じゃあ、俺もあわせた方が良いな」
というわけで、リムルの所から退出した後、ヴェノムの衣装を防具屋で購入し着替える事になった。
その時に会話したのだが、意外な事に話があった。
「元はどうも――お前と同じ世界で生きてた気がするんだよね、俺」
と、ヴェノムはぶっちゃけていたけれど、どうやら転生者だったのかもしれないと思うマサユキ。
なので、衣装について色々とレクチャーしたのだ。
職人に頼み、マサユキの書いたイラストで服を仕上げて貰った。
ちょっとパンク系のファッションだったが、それは不思議とヴェノムによく似合ったのだ。
トサカのように髪を立てているので、ヘルメットは被らない主義らしい。
どこの暴走族だよ、と突っ込みを入れそうになったが、最初に比べればマシだったので良しとするマサユキ。
悪魔なので、鎧の類も必要ないらしく、見た目重視との事だった。
「おいおい、中々いいセンスしてるじゃねーの。これからも頼むぜ?」
「ああ、気に入ってくれたなら嬉しいよ」
不良のような空気を醸し出すヴェノムにあわせたイラストを、冗談交じりに入れていたのだが、それが一番のお気に入りになったようだ。
昔そういう服を着ていたような気がしたらしい。
それがキッカケとなり、マサユキとヴェノムは仲良くなった。
見た目もマシ――悪魔っぽい外見から比べれば、だが――になったので、マサユキの仲間五名にヴェノムを紹介したのだった。
「おう。君もマサユキ様の偉大さに惹かれたのか」
「ま、当然ね。だって、マサユキは格好いいし、素敵だもの」
「英雄の風格ってヤツが滲み出てるからな。まあ今後とも、ヨロシク頼む!」
そんな事を口々に言う仲間達。
マサユキからすれば、「僕に惹かれる以前に、僕の方がドン引きなんだけど――」と言いたいのだが。
そんなマサユキの気持ちに気付くような者は仲間にはいなかった。
毎度の事ながら、マサユキを神の如く信奉してくれるのだ。
それでも、最近は少しずつ、気さくな感じに打ち解けつつある。
リムル曰く、「お前のユニークスキルの効能に、抵抗出来るようになってきたんじゃね?」との事だった。
この調子で、皆が早く真実に気付いて欲しいと思うマサユキである。
それはともかく、ヴェノムと仲間達もそれなりに馴染んだようで、マサユキも一安心であった。
その後、魔物の国の冒険者達にも混乱を防ぐべく協力依頼し、大戦が始まる前に各国に散って貰っている。
リムルの依頼によるものであったが、演技指導を受けたマサユキの頼みを受け、冒険者達は嬉々として各地に旅立ってくれたのだ。
それから、今まで。
ヴェノムを含めて、七名で各地を巡っていたのだった。
そして現在――
金ピカの鎧を身に纏い、全身を純白で統一したマサユキは、民衆の視線を一身に浴びている。
段々緊張感にも慣れてきて、今では自然に受け止められるようになってきた。
それもこれも演技と割り切って、普段からリムルのメモの通りに練習している成果だろう。
(なんていうか、狙ったようなタイミングだったみたいだ……)
勘弁して欲しい、そう思うマサユキ。
緊張には慣れてきたものの、マサユキはいまだに小心者なのだ。
ヒーローのようなタイミングとか、そんなの自分の役柄ではないと思うマサユキである。
だが、文句を言いたくても言う相手がいない。
仕方なく、この場を収める事にする。
「みなさん、落ち着いて下さい。冷静に、そして僕に何があったか教えて欲しい――」
静かに語りだすマサユキ。
(ええと、慌てずにゆっくりと。多少どもったり噛んだりしても、補正があるから心配するな! だったな)
マサユキが内心で何度も読み込んだメモを思い出しているなど、熱い視線を向けてくる人々には思いもしない事である。
マサユキの静かな言葉に、静まった人々も冷静な思考を取り戻していった。
そもそも、ライナーとヒナタが何故戦っていたのか。
王が弑逆されたのは事実のようだが、その犯人は本当にヒナタなのか? そうした疑問が人々の胸に去来する。
そしてマサユキにしても。
(いや、本当に。この状況、一体何がどうなっているの?
どっちが良い者で、どっちが悪人よ? 俺は一体、どちらの味方をするのが正解なんだ?)
実は、本当に困惑していたのだ。
ヒナタの事は知っている。
西の勇者とも呼ばれるようになったマサユキだが、聖騎士筆頭のヒナタと比較される事が多かったからだ。
人々が好き勝手に、どちらが上かを議論していたのを耳にしていたのだ。
リムル曰く、「マサユキ君。本当に戦う事になったら、逃げた方がいいぞ」と、至極当然に言われたのを覚えている。
それほどに冷徹で、危険な女性なのだとか。だが、意味なき行動は取らないとも言っていた。
対するライナーは、イングラシア王国で参加した武闘会の優勝賞金を受け取る際、王の側近として控えていた男に似ている気がする。
多分あの時の人物だと思うが、自信のないマサユキ。どちらにせよ、国の重要人物なのは間違いないだろう。
どちらに味方するのが正解か、非常に難しい問題であった。
下手に手出ししようものなら、せっかく演じている勇者の仮面が剥がれかねないのだ。
そうなったらそうなったで、魔物の国に逃げ戻ろうと考えるマサユキではあったが、リムルからの依頼を全う出来ないのは問題かもしれないという不安があった。
リムルはともかく、ディアブロ辺りは嫌味を言ってくる程度で済ませてくれるとも思えないのだ。
何とか穏便に、この場を収めたいマサユキ。それが、自身の保身にも繋がっていると、よくわかっていたのである。
だが、マサユキの困惑などお構いなしに、事態は動く。
「これはこれは、勇者マサユキ殿か。懐かしいですな、私はライナー。
覚えておるでしょう? 護衛騎士団団長のライナーである。今回は私が――」
ライナーが何か言い始めた。
やはりマサユキの記憶は正しく、王の脇に控えていた騎士団長だったようだ。
(ええと……じゃあ、こっちに味方するのが正解、かな? って、ヒナタって人に敵対したら不味いだろ!?)
ヒナタがその力を失った事を知らぬ――もっとも、失っていてもマサユキより強者なのだが――マサユキは、内心で動揺してしまう。
だが、そんなマサユキの動揺などお構いなく、話は動きだす。
そして、怒涛の展開を見せ始めたのだ。
「マサユキ様! どうか、どうかお許し下さい!! 王を、王に手をかけたのは自分なのです――」
ライナーの言葉を遮るように、兵士の一人が前に走りでて、マサユキの前に土下座した。
(はい!? 何が何だかわからないぞ……)
迂闊には動けない、そう再確認するマサユキ。
「な! 何を言い出すか、貴様!!」
激昂するライナー。
兵士を切り捨てようとするものの、その前には子供達が立ち塞がり、ライナーの行動を妨げる。
更に――
「ふ、ふははははは。もうお仕舞いだ、私は破滅だ……」
何故か勝手に、エルリック王子が自身の悪行を告白し始めたのだ。
病気の家族の為に王子の依頼に従ったという兵士の証言と、王子自身の告白により、事実関係は粗方判明したも同然であった。
それもこれも、全てはマサユキの能力によるもの。
実はマサユキ、本人も自覚せぬままに、新たな能力に目覚めていたのだ。
その名も、ユニークスキル『救済者』という。
リムル――というよりは、シエル――によって授けられたメモ、それに従った成果である。
ユニークスキル『救済者』の能力は、まさしくその名の通り、救済する事。
対象の罪の意識に働きかけ、相手に自ら救済行動を取らせるのだ。それは、大半が罪の告白という形を伴い実現する。
今回は、マサユキの言葉に対応する者のみが対象者となった。
即ち、マサユキが問い掛けた、何があったか説明して欲しいという言葉が引き金となっているのだ。
果てしなくマサユキに都合の良い、恐るべき能力なのであった。
マサユキのこの能力も、当然ながら高位の者ならば抵抗可能である。
故に、ライナーは辛うじて効果が出なかった。
それ以前に、そもそもライナーは――
「けひっ、けひひひひ、けひゃあ! 殺す、殺おおおーーーすっ! 全員殺してやる!!」
既に、精神に異常をきたしていたのだ。
シュナに恐怖し、評議会で失態を犯した時に、ライナーの肥大化した自尊心は、復讐と憎悪に塗り替えられていたのである。
そして奇怪な笑い声を上げつつ、抜いた剣をマサユキへと向けるライナー。
(え!? 俺を狙うのかよ!)
慌ててマサユキも、自分の剣に手をかけた。
実の所、マサユキの実力もかなり上がっている。迷宮での訓練は、マサユキの地力を底上げしていたのだ。
だがそれでも、仮にも最大国家の一つであるイングラシア王国の最強騎士が相手では分が悪いと、マサユキは思っている。
「悲しいな、剣でしか語れないなんて――」
メモの通り、流し目を使いそう言ってみる。
だが、民衆はそれに心を打たれたようだが、ライナーには通用しなかったようだ。
「死ねぇ!!」
そう叫びながら、マサユキに突撃してきたのだった。
「マサユキ兄ちゃん、そんなヤツやっつけちゃって!」
「格好良いところ、見せてくれよ!」
子供達の声援が耳に痛い。
(何でアイツ等、俺が強いと思い込んでいるんだよ! ヒナタの事は庇ったくせに、俺の事も守ってくれよ!)
迷宮内で訓練中の子供達に、何度か必殺技の講習をした覚えがある。
永久凍結剣や、破邪絶命剣といった、空想の必殺技の話をしたのだが、本当に使えると思われてしまったらしい。
その当時はマサユキが上だったが、子供達は異常な成長速度を見せた。
ハクロウやアゲーラといった達人級の師匠に恵まれて、今や軽くマサユキを超えているのだ。
それなのに、未だにマサユキの方が強いと信じ込んでいるのである。
そんな子供達の尊敬を一身に受け、退くに退けない状態のマサユキなのだった。
(くっそ、ちくしょう! こうなったら、死ぬ気でやってやる!)
マサユキは覚悟を決めた。
迫るライナー。
そして、その剣がマサユキに振り下ろされそうになった時、一人の人物がマサユキの前に立った。
ヒナタである。
「コイツは、私に任せて貰おうか」
そう言って、嫣然とした笑みをマサユキに向けたのだった。