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大変遅くなってしまいましたが……いよいよです。
エデン条約編、突入します。というわけで補修授業部との邂逅が近付きつつありますねェ。
本編をどうぞ。
1.トリニティ出張
目の前の生徒は緊張したような面持ちだった。
先生にとって身近な存在ではあったが、その表情をされるのは未だに慣れない。
彼は常に無表情に近かったし、緊張するにしてもここまで分かりやすく顔には出さないだろう。
「っ待たせてごめんね。それで私に相談したいことって何かな?」
目の前にいる生徒は自分が知る彼じゃない。
再確認したことで身体の内側にチリチリとした痛みが走った。
それを表に出さぬよう、笑顔を浮かべゆったりとした口調で先生は。
「斑目君」
目の前に座る『斑目ユウ』に問いかける。
数秒経った後、斑目は申し訳なさそうに口を開いた。
「その……シャーレの部員って、今も募集されてますか?」
「入部してくれるの⁉」
「ご迷惑でなければ、ですけど」
「全然! 寧ろ助かるよ‼」
先生としては助かる話だ。
アビドスでの出来事が一件落着した後も、対策委員会はシャーレに部員として加入し、空き時間があれば手伝ってくれるようになった。
共に時間を過ごせば先生の多忙さを見かける場面もある。
彼女達はそれを見て放置する心の持ち主ではない。先生は対策委員会の部室でのことを思い返す。
『先生にはお世話になってるしね。今の件が落ち着いたらおじさんも手伝うよぉ~。よく寝れる環境も整ってそうだし。うへへ』
『ホシノ先輩! 寝るだけじゃなくて、ちゃんとお手伝いもしないとでしょ⁉ ……もぅ。私も入るわ。ホシノ先輩だけじゃ心配だもの』
『ん。なら私も。シャーレの仕事はお金ももらえるって聞いた』
『いいですね~! もう皆で入っちゃいましょう! お菓子を食べたりお話をしたり、きっと楽しいですよ☆』
『ノノミ先輩。学生の本分は勉強ですよ……あとちゃんとお仕事もしましょう』
自分達もまだ安心できない状況下にあるにも関わらず、こちらを気遣い、その場で加入してくれたアビドス対策委員会。
感涙しそうになると横から声が掛かった。
機械音声ながら、温かみを感じる声が。
『よかったな先生。これで少しは楽になるんじゃないか?』
「……顔、無し」
「ノー……何ですか?」
対策委員会の部室はシャーレの執務室に。
目の前にいた仮面の男は消え、その代わりに斑目ユウが怪訝な表情を浮かべていた。
慌てて先生は誤魔化す。ついその名を呟いてしまった。
「! ノ、ノーマンタイ! 無問題ってことだよ! よろしくね‼」
濃度が深い思い出に、現実が侵食されかけていたようだ。
少しでも先程の発言を追及されぬよう、先生は口を回す。情報の暴力で打ち消すつもりだった。
「本当に助かるよっ。ホシノ達も手伝ってくれるけど、学生だからね……シャーレにくる頻度は少ないんだ。だから部員が増えてくれるのは嬉しいことなんだよ。あ、でも無理してこないで大丈夫だからね? 学生の本分は勉強と青春なんだから! 多忙な仕事を経験するのにはまだ早い! そういうのは大人に任せておいて!」
「わ、分かりました。熱血教師なんですね、先生は……」
先生の意図した通り、口を挟む間もなく浴びる言葉に、斑目はぎこちなく頷く。
これで『顔無し』についての言及は避けられた筈だ。彼の名前も最後まで聞き取れていなかったようだし、もう心配ないだろう。
できれば今後斑目には、顔無しの存在を知られたくない。
ふぅ、と一息入れる先生。
取り敢えず斑目がシャーレに入部することが決まった。そこでふと気になったことが浮かび、先生は尋ねる。
「でも何で急にシャーレを?」
「えっと……笑わないで聞いてくれますか?」
「勿論。笑わないよ、約束する」
「……僕、長い間眠っていたわけでして……量的にもレベル的にも勉強で結構焦りが」
斑目は後頭部を掻いた。その視線は恥ずかしそうに他所を向いている。
「最初は勿論、学校でホシノさん達に教えてもらってたんですけど……毎回、襲撃が起きるんですよね。ヘルメット団の残党とか、捕まえた賞金首の仲間が報復にきて」
「ああ……」
「結局後片付けやら何やらで、少ない時間でしか勉強ができないんです。昔は日常茶飯事だった筈なんだけどなぁ……」
納得した。
先生は自分がもし斑目の立場になったらと考えてみる。
立場上では後輩や同期、先輩に教えられながら勉強しているなか襲撃されれば。
教えてくれていた人達は戦いに赴き、自分はというと銃声の鳴る中で集中できる筈もなく、ただ耐え忍ぶだけ。
やっと終わったかと思えば、後片付けに追われるのだ。
時間もかかるだろうし、その後に勉強する気にはなれないだろう。
寧ろ、昔それができていたことに驚く。
(長い間眠っていたからね……その時できていたことがリセットされて、できなくなるのも仕方ないのかな)
先生は頷いた。
丁度良いタイミングだ。そんな彼にうってつけの環境を用意できる自信があった。
「大丈夫、斑目君! 先生に任せてっ」
「え?」
「実は丁度、私が出張先でしているのが成績不振な子達の落第を防ぐことなの。それで明日から勉強合宿をすることになってね。勉強に適した環境は整えられてると思うけど、どうかな?」
「っ本当ですか⁉ やります‼」
断るわけがない。
斑目は瞳を輝かせて、前のめりになる。
先生は笑みを零した。
こう見ると17歳とは思えない。それより幼く感じる。
長い間眠っていたことで精神的成長が止まっているのも多少は含まれているだろうが、それでもこのように感情を真っすぐに表面化されるのは気持ちが良い。
庇護欲というか母性が生じる。
持ち前の童顔と無自覚に感情を表す斑目に、ファンになる女子生徒も現れそうだなと先生は思った。
「それじゃ早速その出張先の生徒に確認の電話をしてみるね。斑目君を連れて行っていいか。多分、大丈夫だろうけど」
「ありがとうございます。因みにどこに出張に行くんですか?」
斑目の問いに先生が、携帯端末を耳にかざしながら振り返る。
「ん? 『トリニティ総合学園』。……あ、もしもし。私、先生だよ」
電話が繋がったのか、先生は斑目から視線を外して話し始めた。
斑目は通話する先生の背中から視線を外し、俯きがちに呟く。
彼の脳裏には、一昨日の夜にしたホシノとのやり取りが思い返されていた。
「トリニティって、ホシノさんが気を付けろって言っていたところじゃなかったっけ……?」
ホシノの部屋にあるダイニングテーブル。そこに斑目は座って、パソコンを開いていた。
先程夕食を二人で食べるときは満遍なく使っていた印象だが、今は広く感じる。
「何やってんのさ。ユウ」
「うわっ」
横から突然現れたホシノに驚き、斑目は声を上げた。
貝殻のような形になったタオルを頭に乗せ、寝間着姿になっている。
風呂上がりのようで、頬は林檎のように紅い。僅かに露出した肩からは蒸気が生じていた。
「何その反応。私に見られるとまずい物でも見てたの?」
「そんなわけないよ! ほら、ただの求人サイトでしょ?」
斑目の方が視点が高いため、覗き込まれると色々まずかった。
ホシノの胸は平坦ではあるがその分、服を押し上げない。
そのため覗き込まれると服の隙間から、下着と僅かな膨らみが目に入ってしまって、男子である斑目は悶々とする。
無理矢理視線を外し、ホシノが座るであろう椅子の前にパソコンを置いた。
ホシノは思った通り、彼の隣を選ぶ。そして画面に顔を寄せ、目頭を寄せた。
「求人サイト? 何でまた」
「何かお金沢山もらえるバイトないかなって。学校の整備や後片付けだけじゃなくて、そろそろ貢献したいから」
斑目は基本的に学校にいる際、外出することはない。あったとしても必ず二人以上は付き添う。
彼を守るという対策委員会の意志だった。申し訳なさを覚えながらも、斑目は現状それを受け入れている。
だがいつか自分も一緒に戦えるようになれたらと、相変わらずトレーニングは欠かしていない。
第一歩として、そろそろ満足に動かせるようになった身体を資本に、アビドスに貢献しようと思ったわけだ。
「……ユウ。求人サイトにも労働条件や給料が偽られたものはあるんだよ」
「え」
そうなんですか? と言いたげな斑目の顔。
溜息を吐きつつ、ホシノは軽く指で眉頭の間を指で弾いた。
僅かに身体が大きくなっているものの、仕草や行動、表情は昔から変わっていない。
斑目は2年生のままだ。同級生というより、手のかかる弟のようだった。
「で、でもほら。見てよホシノさん」
「何?」
「これは信頼できそうじゃない?」
気になっていたのだろう。お気に入り登録された中から一つの求人を選択し、画面に広げた。
求人の依頼者は『トリニティ総合学園』とある。
短期のアルバイトで、キヴォトスにおいて三大学園に数えられるからかその報酬は高い。住み込みで寝泊まりする場所も用意してくれるとのことだ。
仕事内容は生徒が受ける試験の監督や施設の清掃等だった。
いくら何でも好待遇過ぎる。
「トリニティって大きな学校でしょ? その名前を使って嘘の求人をするのはリスクがあると思うし、嘘だったらとっくに削除されてる筈だよ。なのに未だ削除されてないってなると、これは本物なんじゃないかな」
「……」
斑目の言うことは理解できた。
トリニティの規模は大きい。情報収集力も桁違いだろう。もしこれが嘘の求人なら、とっくにトップの耳にも入ることで、削除されていてもおかしくない。
自分だってそうする。
もしうちの学校を騙り求人をしている存在がいれば、サイトの運営会社に削除要請をして、騙った犯人も見つけ出して制圧したことだろう。
人を雇う余裕などないし、日々、求人に釣られ集まってきた者達の対処をするのは面倒だ。
(……なのに消えていない。ということはこれは本当にトリニティが出したもの? 何で学外の、しかも求人サイトなんて大衆的なものを使った……?)
トリニティに詳しいわけではないが、妙な話だと思った。
校舎や制服からお嬢様学校というイメージが先行するからか。もう少し排他的だと思っていた。
学園内で生じる仕事は敷地内にある掲示板等で募集して、他所者を敷地内に入れるのを良しとしない環境にあると思っていたのだが……。
「……っ」
読み進めていたホシノの息が詰まる。
募集要項に書かれた一文を見たからだ。
斑目がその視線の先に気付いたのか、頷いた。
「『男子生徒限定』。これも魅力の一つだよね」
「ユウ」
ホシノから固い声が出る。
呼ばれた斑目はぎょっとした。
こちらを見る彼女の表情が険しかったからだ。
「この求人はダメ。応募しないですぐに忘れて。それから今後、絶対に一人でトリニティに入らないこと」
「ど、どうして?」
「分からないの?」
『顔無し』の姿が浮かぶ。
ホシノはそれを振り払った。
だって彼は……もういないのだから。
「キヴォトスにいる男子生徒はユウだけだよ。つまりこれは最初から、ユウだけを狙っているんだ」
だからとホシノは続ける。
「これから先、トリニティには気を付けて」
ぷつっと電話が切れる音がした。
我に返り、斑目は先生に顔を向ける。彼女は振り返り、誇らしげにした。
「ふっふん! 許可を貰ったよっ。一人増えるくらいなら大丈夫だって」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしましてっ。ふふふ」
頼ってきた斑目を前に格好悪い姿を見せずに済んだ。
そのことに内心、先生は安堵した。
依頼主とはいえ、突然、男子生徒を一人連れていきたいという申し出を快く承諾してくれたトリニティ総合学園の生徒会『ティーパーティー』の一人である『桐藤ナギサ』には感謝しないといけない。
「あ、そうだ。ホシノにも連絡しておく? 少しの間、斑目君を借りるって」
「! いや、大丈夫です。自分から連絡しておきますので!」
「そう? まあ、私より斑目君から連絡貰った方がホシノも嬉しいか~」
「か、からかわないでくださいよ……もう」
そう言って、斑目は息を吐く。
ホシノには一昨日、トリニティには気を付けろと言われたばかりだ。
なのにもうトリニティに行くと先生から伝えられれば、酷く怒られるだろう。
想像するだけで身震いした。
精神年齢が幼い斑目は、一旦隠すことにしたのだ。
(……ホシノさんには悪いけど、行先は伏せて先生の出張に付き合うとだけ伝えとこう)
ホシノは先生を信頼している。
それだけ伝えておけば、特に掘り下げられることもない筈だ。
先生も一緒にいるし、一人でトリニティに足を踏み入れるわけでもない。お嬢様学校というイメージだし、特にトラブルに巻き込まれることもないだろう。
そう結論付け、明日、斑目ユウはトリニティに行くことにしたのだった。
夏コミ、売り子として出ることになりました。
参加される方はお互い知らぬうちに会うことになるかもしれませんね。
これでお前とも縁ができた!