ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた   作:ラトソル

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ただの八つ当たりだ

 エデン条約調印式、崩壊。

 

 突如飛来したミサイルと、アリウスの生徒。そして、ユスティナ聖徒会の存在により、ゲヘナ・トリニティ両校は決して無視できないダメージを負う。

 

 そして、被爆地の近くにいたシャーレの先生は、凶弾に倒れた。

 

「応急処置は施しましたが、油断は出来ません。急いで治療を────」

 

 古くからいがみ合ってきたゲヘナとトリニティ。

 しかし、この緊急事態にゲヘナ所属のセナは先生を救急車へと乗せ、近くの治療所……トリニティへと向かった。

 

 状況説明は端的に。トリニティの救護騎士団も理解を示し、セナと共に先生をトリニティ学園へと搬送するために救急車から先生の乗る担架を外へと出す。

 

「──────は?」

 

 先生を囲うように立っていた彼女達は急いで救護室へと先生を運ぼうとする最中、ガシャンと揺れる担架と先生に跨るようにそこにいたナニカに目を見張る。

 

(((いつから……)))

 

「────離れなさい!!」

 

 モヤがかかったかのように輪郭の掴めないソレは、かろうじて人の形をしていると分かるも、妙な仮面をしていることと服を着ていること以外の特徴が掴めなかった。

 

 ただそれよりも、ソレが手に持つ刃物が先生の身体を上から突き刺しているという事実が強烈に飛び込んでくる。

 

 動けないでいる三名。その後方から、先程別の場所へと向かっていたスズミが異変を察知し飛び帰ってきていた。

 携えた銃をソレに向けて乱射。ソレは先生の身体に突き刺した長い刀身の刃物を引き抜くと銃弾を避けるようにその場から飛び退き、そのまま彼方へと走り去っていく。

 

(速い……ッ)

 

「追いますっ、貴女方は先生を!!」

 

「……っ、先生!!」

 

 鮮血のような赤い瞳をギラつかせ、スズミは一言残し、消えた存在の跡を追う。

 残されたセリナ、ハナエ、セナはハッと我に返ると即座に先生の診察を開始。薄汚れたシャツのボタンは既にセナが応急処置のために外していたためにワンアクションでシャツの前部分を露出させ、患部の状態を見る。

 

「……あ、れ?」

 

 それは、異常。

 過去に起きたこと、目の前で見たもの。

 それら全てを前提から覆すかのような所業。

 

 全ては反転する。

 それは正しく、『事象の上書き』。

 

「傷が……ない……?」

 

「────消えてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈◈

 

 懐かしい香りに包まれていた。

 

 片時も忘れたことの無い、太陽の温もりを。

 

 以前……あの女(小鳥遊ホシノ)の救出などという愚行に手を貸した時にも感じたもの。

 

 怒りと嫉みに理性を失い暴走していた私は糸が切れたかのように意識を失う直前に鼻腔をくすぐるあの香りを確かに感じていたから。

 

「……めぐるくん」

 

 声に出して呼ぶ。簡易ベッドのような所へと寝かされていた私は目を開き、ぼーっと天井を眺めながら彼の名前を口にする。

 

「…………めぐるくん」

 

 二度唱える。

 甘く、暖かい記憶。胸がキュッとなるような、それでいて、同時に思い出したくもない女がひょこっと現れてしまう言葉。

 

 掛けられていた薄い布団を顔にまで上げて一度息を吸い込む。鼻をぬけていく香りは少しホコリっぽくて、その奥の奥に僅かにあるのだと錯覚してしまう彼の香り。

 

 そうだ。これは錯覚に違いないのだ。有り得るはずが無いのだから。

 

 生きているはずがないのだ。

 これは、確信。可能性という話ではない。真実、彼は死んだのだから。

 

 なら、これはなんなのだというのか。

 先生(彼に似た大人)の傍によってもこうはならなかった。

 どこか彼を思い出させる先生であっても、彼の香りを感じることはなかったのに。

 

 だからこそ、これは幻想。

 

 自分の役目も果たせず、彼の生きた証すら消し去った私欲に塗れた女がただ自分慰めの為だけに生み出した作り物の幻想なのだ。

 

「……すき」

 

 それを自覚してなお……私はそれを止めることは無い。

 

 正当化なんてしない。外聞なんでどうでもいい。

 彼が死んだのなら、彼を創り出せば良いのだ。例えそれが、想像の中だとしても。

 

「好き。大好きなんだよ。あなたの作ってくれたお弁当も、鋭くも柔らかいあなたの顔も。すき、すき、すき」

 

 私の頭を撫でてくれた。私の身体を包み込んでくれた。

 ああ……目の前に、彼がいる。幸せだ。なんて幸せなんだろうか。

 

「わたし、風紀委員長になれたよ?」

 

 そうだ、思い出話をしよう。

 かつて彼に語った夢の続きを。

 

 どれが叶って、叶わなくて、辛くて、楽しかったのかを。

 

 私は笑う。重いまぶたを上げて。カラカラの喉を潤すことなく笑って語る。

 

 誰もいない空間で一人。

 

 私は、彼に向けて語り続けた。

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 友達を止められなかった少女は涙する。

 

 後悔の発露。自身の無力感。

 過酷な日々を共に過し、友情を育んだ彼女は彼女達を守りたいが為に決別を選択した。

 

 手を伸ばす少女、決して振り向かない彼女。

 ここが清算をするべき時なのだと彼女は悟る。

 

 エデン条約調印式の崩壊。平和にヒビが入ってしまったこの現状に、アズサという少女は決意を抱き全てを背負うと決めてしまったからこそ。

 

 ヒフミの手は届くことは無かった。

 

「ぅ……ぁ……っ」

 

 冷たいコンクリートで出来た橋に手を付き嗚咽を漏らす。ここで行かせては何かが終わってしまうという確信が彼女の中であったから。

 

 暗闇の中、吹けば消えるほどに心許無い街灯がぽつりとヒフミを孤独に照らす。

 

 補習授業部というグループ。

 コハルとハナコ、ヒフミ……そして、アズサ。

 

 四人で構成されたこのグループは、設立理由さえ奇妙であれど育まれた時間は本物だったから。

 

 あの笑顔は本物だったと信じているから。

 

 小さな銃声が聞こえる。けれど先程までと比べれば小さく思えるそれに、ヒフミは楽観視することは出来ない。

 

 アレは覚悟を抱いた人の目だった。

 尋常ならざる覚悟を。

 

 ヒフミ達と二度と会うことは無いのだと言わんばかりに。彼女は消えたのだから。

 

「……たすけて」

 

 涙は止まらない。後悔は止まない。

 誰もいない世界で、少女は孤独に言葉を漏らす。

 

 暗雲が漂う天に見下ろされて、手を伸ばすことも許されなかったヒフミは俯いて。

 

「たす……けて……」

 

 救済を求める声が。

 言葉として受け取れないほどに掠れた弱々しいそれが地面へと吸い込まれて消えていく。

 

 反響もせず、鼻をすする音の方が大きくて。

 それでも、ヒフミは唱え続けるしか無かった。

 

「アズサちゃんを……助けて……ッ」

 

 それは叶わぬ願い。

 誰にも届かず消えていくだけの儚いものだったはずだ。

 

 先生(主人公)は倒れ、ゲヘナもトリニティも機能せず、一人の少女のために動ける人材はいない。

 

 それでも、ヒフミは求めてしまった。

 自分ではなく、アズサの救済を。

 

 もう会えなくなるかもしれない少女ともう一度日常を共にしたいのだと願って。

 

「────────」

 

「……え?」

 

 ただ、救いを求めた。それだけだった。

 

 それでも、ヒフミはこの選択を後悔してしまうのかもしれない。

 

 地面へと付いた手の甲に落とされたハンカチを見やる。

 ふわりと香った懐かしい香りに顔を上げる。

 

 端の見えない壊れた橋だけが目に映る。

 人影は何処にもなく、誰もおらず、けれど目の前でまう枯葉だけが目を引いて。

 

 涙の収まらない大きな瞳をパチパチと。

 手にあるハンカチを取り、両目を覆うように被せて涙を拭う。

 

 その匂いは本物なのだと確信して。

 

 そうしてヒフミは立ち上がった。

 

 二人を想い、彼女は震える脚を前へと動かす。

 

 遠方から、途轍もない爆発音に地面が揺れるのを感じて、ヒフミは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

「────ゴホッ、ゴホッ……!!」

 

 エデン条約調印式を崩壊させた仕立て人であるアリウス分校。

 

 その中でも特異でありトップチームたるアリウススクワッドに所属する4名。

 

 サオリ、アツコ、ミサキ、ヒヨリ。

 

 彼女達主導のもと、アリウス生達は侵攻をしている。

 そこにはユスティナ聖徒会も含まれている。

 

 マダムたるベアトリーチェの指示に逆らうことは出来ず、彼女達に自由意志は存在しない。

 下された命令を淡々とこなすのみなのだから。

 

 この数ヶ月で心境に変化が生まれていたとしても、深くに根付いていた闇は簡単に取り払われることは無い。

 

 元メンバーだったアズサの反乱。

 スパイとして潜らせていたはずの彼女の離反は想定外のものではあったものの驚くものではなかった。

 

 真に驚愕を向けたものは、アズサがサオリ達に向けて「ヘイローを破壊する爆弾」を使用したことである。

 

 ヘイローの破壊=死の方程式が存在するキヴォトスで、その兵器はまさに禁忌。

 死が遠いこの世界におけるバグ。

 

「……姫っ!!」

 

「うるさっ」

 

「な……誰だ!!」

 

 友情の証などと抜かす奇妙なぬいぐるみの中に隠されていた爆弾。

 超至近距離で爆発したそれは間に入ったアツコが壁となってサオリは直撃を免れたがアツコはその限りでは無いのだとサオリは最悪の現実を想像していた。

 

 サオリが感じた違和感。

 それは、本来2本の足を地に着けているはずの自分が宙に浮いているかのような……誰かに抱えられているかのようなもの。

 

 女性の腕ではない。ゴツゴツと程よく筋肉質な硬い腕に抱えられていると気付いたサオリの耳に入ってきた声。それは今まで聞いた事のない、女性とも男性とも判別の付かない中性的な声。頭に残らない、印象の薄い声。

 

 反射的に腕を振り上げれば抱えられていた腕からパッと解放されて、相手に向けて振り上げた腕は寸前で当たることも無く身体は落ちていく。逆の手で地面を弾き、距離を取りながら銃を構えた。

 

(なんだこれは……不気味……いや、『怖い』のか……?)

 

 謎の人物の全貌を捉える。

 黒いモヤだ。顔らしき位置に浮かぶ不気味な仮面以外は人の形をしているのだろうということしか分からず、闇が不気味に蠢いていた。

 

 何を持っているのかも分からない、どんな服装なのかも。

 ただ、ソレから感じる空気が圧や殺気などとは全くの別種の、怖い何かだということだけはわかる。

 

 無意識のうちに滲む手汗に銃口が定まらず、堪らず左手も使い銃を定める。

 

「あ? あ〜……ああ、この仮面か」

 

 強ばる表情筋、アツコ達の生存を確認する余裕すら無い。

 

 モヤが動く。仮面へと何かが近づいていく。

 それが腕のような何かだと思うよりも前に、サオリは引き金を引く。

 

「様子見って言葉を知らねぇのか、お前らは」

 

 カチッ、という音と共に仮面を覆ったモヤが仮面を持ち上げる。同時に弾けた火薬による硝煙の香り。

 一発のみの射撃は、しかしそのモヤに向かっていたはずなのにソレに当たる直前にふたつに別れてそれぞれ校舎の壁へと着弾する。

 

 跳弾はせず、めり込んだ二つに分かれた弾丸。目を見開くサオリは目の前のモヤが消えていき、見知った人物が現れたのを目撃する。

 

「か……カイ?」

 

「……凄いな、この仮面。効果がヤバすぎて怖い」

 

 外した仮面を片手に眺めるその男の姿に、サオリの構えていた銃口が下へと下がる。

 安心、というべきか。しかし余裕の生まれたサオリは周囲を見渡し、仲間の三人の姿を探す。

 

「リーダー……!」

 

「サオリ」

 

「お前たち……! 良かった、無事か」

 

 なぜ見落としていたのか分からないほどに近く、背後に居たミサキとヒヨリ。そして、カイのそばに居たアツコが駆け寄ってくる。

 

 それぞれが互いの安全を確かめ合い、傷一つないことに安堵の息を漏らす。

 

 そして、サオリはハッとする。

 抱えられていた自分。割り込んできていたアツコ。無傷など有り得ず、意識があるのさえ奇跡。

 

 それはひとえにカイの助力あってこそなのだと。

 

 だからサオリは口を開いた。助かった、ありがとう、と。そんな短い感謝の言葉を口にしようとしたサオリは、顕になっていたカイの表情を見て口を閉ざす。

 

「────お前達に聞きたいことがあるんだけど」

 

 決して笑顔が多い男では無かった。基本的に無表情だった。それは彼女達が彼の中で特別では無かったから。

 それに慣れていたサオリ達は、今目の前にいるカイの表情がいつもと同じであることを見て……いつも通りすぎる彼の様子に、不気味さを覚えた。

 

「聞きたい、こと……?」

 

 先程までの恐怖は消えていた。けれど、どうしてか体が思ったように動かない。それは四人全員に共通するもの。

 

 アズサとの戦闘時の音が鼓膜に残っているのか、この状況の静けさが嫌な程に際立つ。

 

 誰かから唾を飲み込む音が聞こえた。サオリはリーダーとして、あるいは声を出さなければならないという強迫観念に突き動かされてカイに問い返す。

 

 聞き返されたカイはなんてことのないように呟く。

 

「ヒフミが泣いてた」

 

「────────は?」

 

「お前達か?」

 

「なに、を……」

 

 ヒフミ……『阿慈谷ヒフミ』。

 アズサの心を変えた元凶。ここに来て、名前の出てきた怨敵とも言える存在にサオリは頬を汗の雫が伝っていくことに気が付かない。

 

 四人の様子を一瞥したカイは、一歩……彼女達の方へと踏み込んだ。

 

 たった一歩。何の変哲もない歩み。

 

 それだけで。

 

「「「「ッッッ!?」」」」

 

 全身を駆け巡る悪寒が。

 

「もういい、分かった」

 

 生存本能が叫ぶ。今動かなければ死ぬぞ、と。

 脊髄からの命令は彼女達の身体に機能しなかった。彼女達に許されたのは、一歩後退することだけ。

 

 カイが腰に携えた刀を引き抜く。僅かに見えた刀身が小さな灯りを反射させて、卑しく輝く。

 その輝きは彼女達の神経を焼き切ったかのように、動くことは無い。

 

「抵抗するなら好きにしろ。じゃないと一瞬で終わるぞ」

 

 呼吸が乱れる。水中に沈められたかのように息がしづらく体が重い。

 

 ダラダラと流れる汗。ヒヨリの持つ銃がガタガタと揺れて音を立てる。

 

 息を止めたミサキ、目を見開くアツコ。

 そしてサオリは、いつかの記憶を思い出す。

 

「ただの八つ当たりだからな」

 

 刀身が抜き放たれる。

 

 キヴォトス最高の神秘たる男の歩みを止める者は居ない。

 

 これから始まるのは、ただ一方的な八つ当たりなのだから。

 

「────加減は要らないよな?」

 

 友の涙を見た男の、敵討ちですらない自己満足だった。

 

 

 

 

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