ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた   作:ラトソル

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月が綺麗ですね!!

「知らん」

 

 私の問いかけに対して、メグルは何を迷う訳でもなくバッサリとそう告げた。

 

 半ば予感していた解答だったが、それでも気になるものは気になる。ほんとうに知らないのだろうけど、何故か追求してしまった。

 

「ヘイローが無い生徒なんて、見た事ありません。メグルにだけそれがないっていうのもおかしな話ですよ」

 

「だから知らないっての……ヘイローって何?」

 

「マジですか」

 

 アビドスに入学して三ヶ月ほど。

 同級生であるメグルと私は、特段仲がいい訳では無いけれど、世間一般的な同級生としての関係値には至っていたと思う。

 

 常識のような事柄に対して首を傾げた彼の様子に呆れながら、私は自分の頭の上にあるそれを指さす。手の動きにつられて視線を動かしたメグルは、あ〜、と声を漏らして納得したかのように頷く。

 

「よく分からんキショいやつか」

 

「そんなこと思ってたの……」

 

 純粋な感想を伝えてきたメグルにジト目を向けつつ、頭の上に浮かぶヘイローを触ってみる。触れなかった。けれど、何となく恥ずかしくなったので両手で見えなくしてみる。

 

「てかなんなのそれ?」

 

「それは……まあ……あれですよ、あれ」

 

「胸は無いだろお前」

 

「殺す」

 

 説明する言葉が出てこず、何となく胸の前で手で丸を描いていると鼻で笑いながらそう言ってきたメグル。その視線は私の胸に向けられていて、恥ずかしさなんかよりも先に殺意が芽生えてきた。

 

 生徒会室に愛銃を置いてきていたために、私は素手でメグルへと殴り掛かる。

 ごめんごめん、と笑いながらメグルは私の拳の全てを軽々と避けきっていた。

 

 どうせ当たらないとは思っていた。それはそれとしてケラケラと笑う彼の顔が腹立たしくて、簡潔に言えば、イラッとした。

 

「そんなんだから彼女がいないんですよ」

 

「アビドスに人が少なすぎるだけだからね? 何、お前が付き合ってくれんの? え? 付き合ってくれんの???」

 

「赤子から出直してきて下さい」

 

ばブゥ(ユメ先輩の方がいいや)!!!」

 

「何故かは分かりませんが、本当に殺しますよ」

 

 不思議な男だ。

 私は自身が人懐っこい性格ではないことを自覚している。他人と私との間には必ず線を引いて、その境界を越えない、越えさせないのが私の生き方だった。

 

 けれど、こいつは……この人達は違った。

 ユメ先輩は……まあ、うん。あの人はパーソナルスペースが狭すぎるからすぐにくっついて来て嫌々という暇もなく距離を縮められていたけど。

 

 メグルに対してなんの嫌悪感も抱かなくなったのはいつからだろうか。

 ユメ先輩ほどでは無いけれど、それに近しいほどに私は短期間であいつに絆されていたのだろう。

 

「……本当に、不思議────」

 

 男の子との交流が極端に無かったからだろうか。彼のことを知りたいという欲求が生まれていた。

 だからこその今回の質問。それは、探究心の中に僅かに含まれていた、彼と話したいという欲求もあったのだろうか。

 

「────二人とも、本当に仲良しだね!!」

 

「「普通です……え?」」

 

「なんでお互いにちょっとショック受けた顔してるの……」

 

 ヘイローを持たない男の子。それでも私はメグルに模擬戦で勝った試しが無いし、傷一つつけた事も無い。

 

 銃火器を使わず、『カタナ』一本で彼は砂を蹴る。

 その姿に、僅かばかりの憧れを抱いた。

 

 いつもみたいに、ユメ先輩が飛び込んできて、避けることが出来ずに仕方なく二人で先輩を支えて、結果的に先輩に私とメグルは抱き寄せられて。

 そうして、よく分からない掛け声とともに一日が過ぎていく。そんな日常がこれからも当たり前に過ぎていくのだろうと思っていた。

 

 私は、メグルの傷付いた姿を見た事がなかったから。

 

 

「ぉ────ぅぇえええ”ぇッッ」

 

 トラウマになって銃を握れなくなってもおかしくなかったのに……いや、そうあるべきはずだったのに、私は程度が違った。

 

 銃は握れる、視界にも収められる、日常生活も過ごせていける。

 けれど、数週間に一度の不定期なペースで、私は私の愛銃を見た途端に全身から拒絶反応による吐き気が引き起こされることがある。

 

 毎日の疲労を一気に放出するかのように、毎日を過ごせている代償を集約されているかのように、それは起こる。

 

 耳鳴り、頭痛、寒気、止まらない吐き気、倦怠感。

 ありとあらゆる身体の不調が私を襲い、一時間は動けないことはザラだ。

 

 トイレにこもり、顔を便器に埋め、両腕で自分を抱き締めながら、汗でベタベタな顔を拭うことなく、朝食べたものを全て吐き出し、その後はもう空気と胃液を出そうと吐き気が止まることは無い。

 

(……た……)

 

『たすけて』、と。

 心の中で浮かび上がってきた言葉。それを口にする前に、私は自分の頬を思い切り殴る。

 二度目の拳は頬の僅か数センチというところでピタリと止まった。それはジリジリと響く痛みによるものではなく、傷をつける場所が顔だという事実。

 

 前までは、何度も顔を殴ったことだろう。身体のどこでもいいから、とにかく自分を傷つけたいという気持ちを持っていた。

 

 けれど、ダメだ。

『先生』に、この事が露見してはならない。

 きっと、寄り添ってくれる。心配してくれる。

 

 それだけは、させてはダメだから。

 

 だからこそ、私は顔などの服では隠せない場所へは拳を振るうことをやめる。その代わりに、太腿を、腹を、腕を。

 

『つらい』、と思った。鳩尾を殴った。

 

 助かろうとしている自分に対する吐き気。胃液で汚れた口元。甘えた考えをしている自分自身に対する怒り、私は歯を強くかみ締めて両手で太ももを何度も叩く。

 

 ただの一度の殴打で切れた唇から垂れてきた血の粒。鉄の味を舌で感じとり、手の甲でそれを拭う。

 

 マイナスな発言も、プラスな発言も許さない。

 

『小鳥遊ホシノ』という女が、私は大嫌いだから。

 

 メグルを殺した。ユメ先輩も目覚めない。

 全てが空回り、悪い方向へと向かっている元凶である自分自身が、殺してやりたいほどに憎い。

 

 ふと、頭に浮かび上がった一枚の写真。

 それは、眠り続けるユメ先輩の枕元に置いている、私とメグルの三人が写った集合写真。

 

「……邪魔」

 

 その写真に映る、異物。

 

 許されざる大罪人。

 

「きえろ……よ……ぅぁ────」

 

 嗚呼。今日は何時にも増して酷い日だ。

 

 少し痛いで済むほどの銃弾。

 それは、メグルにとってはただの一撃で死に至るものだったのだと、全てが終わったあとにようやく気が付いたから。

 

 引き金を引いた感触、火薬の匂い、飛んでいく首。

 全てが思い出させられる。

 

 先生が、メグルのお兄さんなのだと気がついてしまったからだろうか。

 

 分からない。というか、そんなの関係ない。

 

 これは罰。愚かな罪人が陽の光の下を歩いているという、許されざる行為を裁くための処置なのだから。

 

 先生をメグルに重ね、囚われの身となった私を救い、背負われた視点から見た先生の背中がメグルとは似ても似つかなかったことに心の中で落胆の色を浮かばせた私。

 

 どこまで行っても、小鳥遊ホシノという女は救われるべき存在では無いのだと、再確認することが出来たから。

 

「直ぐに……そっちに行くからね、メグル」

 

 彼と同じ場所に行けるはずがないというのに。

 

 やはり、私は私が大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

「カイ」

 

 はいどうも■■廻です。

 

 偽名である『カイ』にもすっかり慣れ始めた頃。毎晩ヒフミとの電話を欠かさずに行っている俺はもしやヒフミと付き合ってるのでは? などという思考になってしまうも一瞬にして有り得ないなと放棄。男女の友情が成立するという論文を提出できるレベルで俺たちの絆は深いんだぇー! 

 

「サオリンリンか」

 

「サオリンり……なんだ?」

 

 今日のお仕事も終わり、夜の黄昏タイム。

 この学校の校舎は校舎としての機能の全てを犠牲にする代わりに夜空がめっちゃ綺麗という強みを存分に発揮している。全くもって釣り合ってはいない。

 

 だから、これは娯楽の無いここでの僅かな楽しみなのだ。夜空を見上げながらヒフミと談笑するというのが最近のルーティンになってきている。

 

 今日の電話は短めに済ませてある。一人時間を満喫しようと、ココアを片手に何かの残骸のような岩に腰掛けているところに現れたのは高身長臍でお馴染みサオリ。

 アリウス生の中では話す方だが、一日に数回ほどで友達と言うには程遠い、俗に言うよっ友的な関係性だと思っている。

 

 普通に名前で呼べばいいけど、絶妙な関係性だからこそ名前呼びでいいのか? という謎の思考回路から繰り出された愛称に戸惑いを見せるサオリンリン。もう呼ぶのやめよっと、と「なんでもない」と伝え、湯気がまだ立っているコップを比較的平らな場所へと置いて一息つく。

 

「……んで、どうした? 良い子は寝る時間じゃね?」

 

「私達は『良い子』などでは無いからな。その理論でいえば、まだ起きているのは当然だろう」

 

 なんて説明口調で理詰めしてくる。露出している腹にしか目がいかなくて話が入ってこない。嘘です、真剣に聞きます、はい。

 

 ここの生徒は基本的に感性が死んでいる。

 人間的な反応を求めて向こうにバレるほどに露骨な視線を臍やらナニやらに向けては見るも嫌悪感やらは生まれず、気づいてはいるだろうに何もしない。つまり合法的な視姦である。役得だネ。

 

「良い子だろ。ベアトリーチェさん(老害ババア)に扱き使われても文句言わずに過ごしてるんだから」

 

「……マダムに対してそんな口をきくやつはお前以外にはいないさ」

 

 出たよマダム。あの人の性癖もなかなか歪んでるなぁ。自分を生徒会長とか言って学生気分を味わったり、裏で生徒を操ってなんちゃって裏ボスムーヴを楽しんだり、目が多かったり。黒服さんを見習えよな。『先生』の写真を集めたり、女子高生(ホシノ)にめちゃくちゃな契約結んで弄んだり、罅割れてたり。俺の周りろくな奴居ないな? ヒフミに比べたらマシだけど。あいつやっば。

 

「ココアいる?」

 

「いや……そうだな、少し貰っても良いだろうか」

 

「ん」

 

 小さな鍋に沸かしておいたお湯をコップに注ぐ。ココアの粉は既に入っていたためにそれだけでココアは完成だ。なんで俺コップ二つも持ってきてたんだ? というのは置いておこう。持ってこようと思っていたコップが重なっていたことに飲むまで気づかなかったことはバレたくない。

 

 お湯を入れる用の分厚いコップ。ほのかに温かいそれを受け取ったサオリはありがとうと礼を言い、ゆっくりとコップの縁に口をつけて軽くひと口。

 

「……ふぅ。美味いな」

 

「久しぶりに飲んだら美味いよな、ココア」

 

「ああ……凍っていたものが溶けていくような気分だ」

 

 ポエマー発見。

 その言葉の意味は理解できないけど、何か伝えようとしているのか。そういうのはチビクソ犯罪者迷探偵時空でやってくれ。長髪のお兄さんがポエム読んでくれるから。

 

「で、なんか話でもあるのか?」

 

「そうだったな。姫……アツコの件でな」

 

 サオリの口から出てきた名前。

 ここにいるアリウス生徒の中でも少し変わった女の子。

 

「アツコがカイに口を開いたのを見ていた」

 

 そう。あいつ喋れたのである。

 

 それは昨日の昼ご飯。

 焼きそばパーティを開こうとして、いつもの如く参加者はスクワットをしているグループだけという少数精鋭でしていた時、焼きそばを啜ったアツコは青のりが唇に着いたままなんて事ないように、

 

『これ美味しい』

 

『いや喋れんのかーい』

 

 流石の俺も普通にツッコんだよね。アツコのジェスチャーを分かってきたところだったというのに、その全てが無駄になった瞬間である。手話は覚えようとしたけどよく考えたら話せないだけで耳は聞こえてるじゃんと思いやめた。その思考も無駄でした。

 

 正直声めっちゃいいと思いました、まる。

 

「別にコミュ障とかじゃないだろ。なんで昨日まで喋らなかったのかねぇ、あいつ」

 

「アツコは少し特殊でな。事情があるんだ」

 

「……ああ、なるほど」

 

 ベアトリーチェさんか。あの人のやりそうなことだな。よっぽどアツコが大事なようだ。それはアツコの人柄ではなく価値で見ているのだろうが。なんも言わんけどね、俺は。

 

 俺のつぶやきが聞こえてかそうでないのか、僅かに首を傾げたサオリに「なんでもない」と伝える。

 

「アツコがあそこまで懐く奴がいるとは思わなかったんだ。私もお前のことは高く評価している」

 

 急に何目線この子? 

 

「歳の近い男と関わるのは経験が無かった。マダムが突然お前を招き入れたことには戸惑いしか無かったが……結果を見れば、感謝しているよ」

 

 要領を得ないことを口にし続けるサオリ。アツコのことだと言えば、その次は俺について語ってきたり。一貫性のない話題に置いていかれそうになりながら、流れに身を任せるのが一番だよねとココアを嗜み空を見上げた。

 

「だから……ああ、そうだ」

 

 クッキーを持ってこようと思ってたけど、結果的に持ってこなくて正解だったな。思ってたより腹が空いてなかった。

 今度クッキー作ろうかな。以前にお菓子を作った時は黒服さんにボロクソに貶されたからリベンジマッチをするのもありだ。あの時は二度と作るかと思っていたけど日を開ければ意欲が湧いてくるこの現象に名前ってあるんですかね。

 

 ぼーっと、そんなことを考えていると右手に握っていたコップに僅かな衝撃を受けたことを感じ取る。

 カツン、と。安物のコップ特有のソレはコップ同士が軽く小突いた時の、言うなれば、乾杯の時になるような音だった。

 

 そちらに目を向ければ、そこには俺のコップと、すぐ傍にはサオリに渡したもうひとつのコップ。

 

 俺の持つコップに自分の持つコップを軽く当てたサオリはよく見なければ分からないほどに僅かな差だけど、いつもの鉄のような無表情ではなくて、ほんの少し、頬が上がっているような気がした。

 

「カイについて、知りたくなったんだ」

 

(告白かな???)

 

 三日月が世界を照らす。明かりのないこの空間から見上げる夜空は一面に輝く星々がくっきりと見える。

 

 雰囲気ありすぎてガチ告白な空気が凄い。いや、絶対そういう意味じゃないんだろうけどね? ロマンティックが過ぎるんだよ。少女漫画の世界か。

 

 恥ずかしがる様子もなく俺の目を真っ直ぐと見てくる。というかめっちゃ近づいてくる。こいつらまじで感性死んでるんだよなぁ。保健体育とか道徳とかも授業してやれや熟年生徒会長。

 

「どうやって、それほどまでの実力を養ったのかも」

 

 この世界の女の子は戦闘狂が多すぎるんだよ。さっきよりも興味津々な顔してやがる。今来い、なんか俺の事好きな女の子。自己紹介してくれてないから名前が分からん。ミなんちゃら。ああ、ミカだミカ。サオリが言ってたの思い出した。なんで俺のこと好きなのほんと。

 

「面白い話なんか出来ないぞ、俺は」

 

「ああ」

 

「それはそれでムカつくんだけど」

 

 ああ、って。「お前が面白い話できないことぐらいわかってるよ☆」みたいなスタンスの言葉腹立つな。明日のご飯激辛にしてやろうか。

 

「何かが変わる気がするんだ。ミサキも、ヒヨリも……お前の影響を確かに受けている……気がする」

 

 やっばい。そろそろキャパオーバーなりそう。いちいち難しいんだよなぁこの子らの話。頑張って咀嚼してたけど筋がありすぎて噛みきれない状態に入ってきた。とりあえず俺の話を聞きたいというスタンスは間違っていないと思っておこう。自分語りしないといけないの? 

 

「……まぁ、暇だし話に付き合ってくれ」

 

「ああ……私も話さないといけないのか」

 

「当たり前だろバカか」

 

 一方的な情報提供だけとか拷問だからね? 

 

 この学校にいつまで拘束されるのかは分からない。やることもないし別にいいんだけど、強制労働は普通にダルいんだよなぁ。帰りたい欲は少しある。

 

 その中での娯楽も無いし、だからこそ、こういった会話の機会を楽しんでいこうと思った。

 

「俺死んだんだよね」

 

「何を言ってるんだお前は?」

 

 心配された。事実なんですけどね。絶対信じてくれないから補足説明はしないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 何かが変われると思った。

 

 カイが新しい風を引き連れてくれるのだと。

 アツコが、ヒヨリが、ミサキが、そして、私が。

 

 この、薄汚れた世界から出られないまでも、何かが変わると思っていた。

 

 そんな思考は、影でしか生きることの許されない私達には過ぎた思考だったのだと、すぐに思い知らされた。

 

「抵抗するなら好きにしろ」

 

 エデン条約の約定日。

 私たちは、虎の尾を踏むこととなる。

 

 それは、禁忌。

 

 決して間違えてはいけなかった選択をしたが故に、彼は。

 

「ただの八つ当たりだからな」

 

 唇が小刻みに震えるほどに濃密な殺気を浴びた私達は、瞬きひとつ許されない。

 

 真剣を抜き、確かな敵意を抱く彼に、私達は銃を取った。

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