ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた 作:ラトソル
観測された異常な数値。
アビドス砂漠の一角を指し示したソレを確認するため、黒服は一人、現場へと足を運んだ。
それは、一年と少し前のこと。
「む……これは」
巨大な蟻地獄のような砂漠のクレーターが数箇所に見られ、その縁を沿うように歩き、たまに落ちている装甲のようなものを拾って歩くこと数時間。
意識が吸い込まれるように、そこへと向かった。
そうしてたどり着いたそこにあったのは、一本の刀。
鞘は無く、刀身が剥き出しになり、砂へと突き刺さった状態で放置されたその周りには僅かに血液によるシミのようなものが出来ていて。
────右腕を欠損した男が、倒れていた。
◈◈◈◈
小鳥遊ホシノが囚われている。
その報告を受け、同時に、先生から救援要請を受けた空崎ヒナが真っ先に考えたのは、『どう動けば小鳥遊ホシノが苦しむだろうか』というものだった。
なぜ、あんな女を助けなければならないのだという気持ち。
何を楽になろうとしているのだという気持ち。
その二つを天秤に載せることなく、ヒナは自己の感情ではなくホシノの絶望を求めて、考えた。
結果として、ヒナが下したものは『自身を含めての戦力投入』。
小鳥遊ホシノを救出するというもの。
顔も見たくない女を、それでも助けるという選択肢を取ったのは、それが最も彼女を傷つけられると踏んでのこと。
────死なせないし、自首もさせてやるものか。
内情をアコやイオリ達にすら一切話さないヒナは風紀委員長という立場を活用し、一人の女を苦しめるための根回しをし続けていた。
全ては、あの女の苦しむ姿を見る為に。
カイザーコーポレーションの戦力を他の協力者達と共に制圧し、先生率いるアビドス組の帰還を確認するために皆と待機していた。
砂漠と言っても、砂嵐が起こることはなく、ある程度整備されている足場で靴が汚れることは無い。
学生の身である彼女達は皆銃器を携え、倒れた敵勢力を無視して砂漠の先を見つめていた。
そうして、奥の方から見え始めた複数の人影を視界に収めたヒナは、見た。
「────」
「「「ッ!!?」」」
「ヒナ委員長……!?」
「ちょっとちょっとちょっとちょっと!?」
「何が起きてるのよぉ!!」
別に、ヒナは先生にメグルを重ねている訳ではない。先生に何か特別な感情を寄せていることも無い。
重ねては、いないが……彼の雰囲気を見せてくれた先生の背に、その女の姿を見ただけで、ヒナは。
(死ねよ)
抑え込んでいた殺意が風となって、ヒナの周囲を吹き飛ばした。
頭上のヘイローが電気を帯びたかのように波打つ。それは本来有り得ないこと。
カイザーPMCを倒し、ホシノ救出を見届けたことにより完全に油断していた一同は、十数メートルも体を吹き飛ばされることに抵抗することが出来なかった。
「ふぇぇ〜〜〜!?」
そこには、救援に赴いていた覆面水着団所属のファウスト……もとい、阿慈谷ヒフミも含まれていた。
例に漏れず、吹き飛ばされた彼女は、気の抜けるような叫び声を出しながらも、その実事の重大さを理解していた。
────あれは、ヤバい!?
僅かに残った理性により足を止めてはいるものの、いつ飛び出すのか分からない様子のヒナ。
何故そうなったのか、誰も理解はしていない。それでも、その視線、その表情を見て、誰に対する憤怒なのかだけは分かってしまっていた。
イオリは即座にヒナの元へと駆け出し、アコは着地することが出来ずに尻もちを搗く。
便利屋68は着地と同時に銃口をヒナへと向け、乱射した。
会話は不可能と判断しての、英断。
四方から飛来する無数の銃撃は、全てヒナに到達する前に、覇気ともいえる風に全て弾き飛ばされた。
目を見開くアル。もはやはっきりと視認できる距離まで来ている先生達。
彼等も異変に気が付いたのか、足を緩め様子を見ている。
しかし、復讐者の凶弾を防ぐことの出来る人間は、ホシノを除いて誰も居なかった。
『マジでどうしようもないと思ったら、モモトークじゃなくて、俺の名前を思いっきり叫べよ』
走馬灯のようにゆっくりと進んでいく景色を見ながら、未だ宙に浮かぶヒフミはかつてメグルから言われた記憶を思い出す。
『叫べ、って……私の声なんか、聞こえますか……?』
『ん〜、まぁ。俺は別に耳がバケモンみたいに良い訳じゃないけどさ』
危機的状況を乗り越えるために脳が今までの経験の中から算出した、最善手が再生される。
ブラックマーケットで例の如く絡まれたヒフミを助けに来たメグルと、散歩をしていた時の会話を。
『ヒフミの声だけは何時でも聞こえるようにしとくよ』
その、冗談のような言葉を信じてか否か。
『いつ変なことに首突っ込むか分かったもんじゃないからな、お前』
「────メグルンルン! お助け〜っ!!!」
ヒフミは、今の自分に出せる声量を超えて、言葉として認識出来る境界程の叫びを響かせた。
咄嗟の行動の中、「メグルさんのこと先生に聞かれて良いのかな!?」という自制により口走ってしまった『メグルンルン』。
巫山戯た名前を叫んだその声に、誰もがそれを無視してヒナへと向かう中で。
「────めぐ、る……?」
暴走を始めようとしていたヒナの周りを囲うように吹き荒れていた風が僅かに弱まり、色の失っていた瞳が揺れた時、ヒナの頬に生暖かい液体が付着した。
「こいつで良いよな?」
べっとりと付着した液体に手を伸ばそうとした時、ヒナの顎先を何かが掠める。
そうして、ヒナの視界は容易く闇の中へと消えていった。
◇◇◇◇
兄さん居るやんけ。
あ、どうも■■廻です。
僅かに聞こえたヒフミの叫び。いつもお茶を飲んでるビルを飛び出し、全力でビルを蹴り飛ばしてひとっ飛び。多分ビルのガラスバキバキだろうなぁ。弁償は黒服さん持ちでお願いします。
両脚に走る激痛に目を細めながらヒフミの元……アビドス砂漠まで飛び、見えてきた現場を見てある程度の状況確認。
クルクルと吹っ飛んでるヒフミ、それと逆方向に佇む、明らかにやばそうなオーラを纏っている女の子。あいつか?
俺が呼ばれた理由に当たりをつけて、そいつの視線の先に女生徒を背負ったしゃぶり野郎こと兄さんがいたために早急な対処を行う。
自由落下は間に合わない。鞘ごと刀を抜き取り、刀を踏みつけて真下へと降りる。こんな芸当が出来るのは我ながら理解不能だけど、出来るのだから活用していこう。
骨が剥き出しになって血だらけだった両脚はもう治っている。
故に、なんか乱気流出してる女の子の傍に着地して顎先を掠めるように拳を突き出す。
キヴォトス人は大抵体の構造がバグってる。銃で傷つかないのがいい例だ。
ブラックマーケットで暴れている不良程度なら思いっきり地面に叩きつけたら気絶してくれる……気絶で済んでるのが怖いところだが。
だが、明らかにあの子強そうだし、後頭部殴り飛ばそうとしたけど効くか分からなかった。
だから、キヴォトス人だとしても俺と大して変わらないであろう部分を叩く。
顎先を揺らし、脳を揺らし、気絶させる。
何処かのバトル漫画で多用してそうな技術だけど、これが意外と使い勝手がいい。傷跡が残る心配無いし。
「……痛っ」
白い髪の毛が湯けむりのごとく伸びてる小さな女の子の周りを吹き荒らしていた風が霧散するのと同時に、その子は俺の横へと崩れ落ちるかのように倒れてきた。
身体で受け止めようかと思ったけれど、俺の服は血だらけだったから女の子の服を汚すのは申し訳ないなと思い、左腕だけでその子の身体を支え、ゆっくりと地面へと下ろす。
気が付かなかったが、先程の風はかなり鋭いものだったようで。
チクッとした痛みに顔を顰めて頬に手を翳すとヌメっとした血液が僅かに付着した。
(なんか見た事あるな……?)
長い髪の間から見える瞳。
化粧で隠しているのか、奥から見える薄い隈。腕の紋章的に風紀委員長か?
初対面のはずだけど、何故か既視感を覚えて首を傾げたところを、俺の背後から掴み掛ってきた奴を僅かに跳躍して前転しながら踵を引っ掛けて地面へと叩き付けた。
「がっ……!?」
「お前もか?」
この世界の女の子はみんなバケモノなのね。なんで傷一つついてないんだよ。地面陥没してるよ?
両腕を背中で組ませて片手で掴む。動けないように体重を掛けて周りを見渡すと俺を警戒する奴らが複数。
「ヒフミ。コイツら全員」
「ストぉぉぉっっっっプ!!!」
敵意の無いタックル。
俺の背中が軋み、多分、骨にヒビが入った感触がした。
吹き飛ばされないように踏ん張り、しかし数メートル程転がされた後、俺に衝突してきたアホに目を向ける。
「もう! 終わりましたから!! なのでこれ以上は、あっ、ごめんなさいほんと助かりましたありがとうございますぅぅぅ!?」
「言葉で『味方』って伝えることも出来ないのかお前は」
「ぎゃぁぁぁああああ!!?」
骨にヒビが入った程度の軽傷はもう治っている。
痛みの感覚だけは残っているが、問題ないために素顔出してるヒフミの元へと歩き、いつものように顔を鷲掴みにして折檻。
ミシミシとも鳴らない頭蓋骨の硬さ。化け物かな? 逆に俺の指がキシんでるんだわ。
「メグルンルンって何? 聞き間違いかと思ったわ」
「わ、私なりの配慮!! 配慮ですぅ!!」
「……まあ、それは素直に有難いけどね」
「なんで力強めるんですかァァァ」
「配慮の前にこんなとこに来るな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!? ────うきゃぁ!?」
仮面携帯してて良かったわ。
俺を囲むように見つめる女の子達、気絶してる子に駆け寄る爆乳。それは服として機能してるの??
んで、相変わらずの天パな兄さんと、背負われているホシノ。
俺に噛み付いてきた子と爆乳に向けて声を出す。俺の指が示しているのは倒れている子。
「気絶させただけだから。まぁ、全然寝てないっぽいから一日は起きないかもしれないけど安心していいよ」
「……ありがとうございます。ところで、どちら様でしょうか?」
「答えないよ……あれ、お前足しゃぶられてた子じゃん」
「なななななな、なぁぁんで知ってるんだァ!?」
ここで会話をするつもりは無い。兄さん達に俺の存在を明けることもない。
言ったところで何も無いし、帰るつもりもない。
「グェェ!!?」
直立状態からの加速。
肩に担ぐように持っているヒフミから蛙みたいな声が聞こえたけれど、ごめんねと心の中で唱えたから大丈夫だろう。
「待ってくれ!! 君は……!!」
原作通りに進んでるのだろうか。内容知らんから分からないけど、まあホシノを救出できてハッピーエンドだろう。
もっとバレずに行動できたら良かったんだが……タイミングが悪かったか。ヒフミ以外誰も知らなかったし。足しゃぶりの子ぐらいか。
あとはあの子も見たことある気がしたけど、思い出せん。
ヒフミの安全は確保出来た。俺としては、それだけで満足だ。
背中から聞こえてきた兄さんの声を振り切り、泣き叫ぶヒフミを抱えながら俺は街の方へと向かった。
「理由は知らんけどとりあえず説教な」
「ふ、ふぇぇ……」
もはや常套句だろ、それ。