ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた 作:ラトソル
【先生、すみません。■■廻という方の情報を見つけられませんでした】
「そっか……いや、いいんだ。ありがとう────」
シッテムの箱の管理者である彼女でも見つけられない。となると、あの写真に写っていたのは廻では無いのだろうか。
いいや、私が弟の顔を見間違えるはずがない。名前を変えているのか、それとも何かが関わっていて……
『────小鳥遊ホシノの悩みを聞いてあげてね?』
何処にいるのかも分からない弟へと思いを馳せている中で、思い出されたのはあの日、ゲヘナの風紀委員長であるヒナから告げられた言葉。
アビドスの砂漠地帯でカイザーコーポレーションがきな臭い動きを見せているという情報。そして、最後に去り際に声を潜めて告げてきたリクエスト。
文面だけ切り取れば、ヒナはホシノのことを心配しているのだろう。
過去に2人が関わっていたということは知らなかったけれど、良い悪いは置いておくとしても2人の会話からは既知の仲であることが見て取れたから。
けれど、彼女から聞かされた言葉に含まれていたのはそんな心配では無く、友達を思いやる気持ちなどではないように思えて。
ねっとりと。
私の耳に絡み付いてきたヒナの声。声質が変わった訳では無いのになんとも言えない不快感のようなものを私は感じていて。
表現するのなら……そう。子供の悪戯か。それが近いのかもしれない。
構って欲しいから、好きな子に好意を知られたくなくてあえてちょっかいを出すような……そんなものとは比べ物にならないほどの闇が含まれてはいたけれど。
私はその感情を知らない。きっと、今まで私が経験してこなかったものだ。
悲しみも、怒りも、憎しみですらない。もっと異質で、歪で、深い深い何か。
私はそれを知らない。だからこそ知らなければならない。
たとえ学校が違うとしても、私は先生で、ヒナは生徒なのだから。
そこにホシノが関わっているのなら尚更のこと。
────そう、思ってしまったから。
私は先生だ。その事実は揺るがない。
いついかなる時も生徒の味方であり模範にならなければならないのだ。
憎悪の感情なんて、生徒に向けることなど有り得ない。
有り得ては、ならない。
◈◈◈◈
「ククククッ……ククークククク!」
「ついに壊れてしまいましたか? 紅茶が冷めますよ」
「黒服さんの真似です」
「あなたから見た私の印象がそれだとは気付きたくありませんでしたよ。普通に気持ち悪いですね……そんな笑い方ですかね?」
めっちゃ気にしてて草。どうも■■廻でっす。
カイザーロボとの会談のような何かに同席して早数日。数日程度で「早」とか付けるべきじゃないか? まあどっちでもいいか。
相も変わらずすることが無いために黒服さんとお茶をしばいていた。焼き菓子はもちろん黒服さん提供。
表情が分からないのであれだが、何となく落ち込んだ様子の黒服さんがちびちびと珈琲を飲んでいる。珍しい、あの人紅茶派閥だろ。まあ何度も珈琲の回はあったけれど、主として紅茶の日にわざわざ珈琲飲むことなんて無かったからな。
「苦味で現実逃避でもしようかと」
ダメージ食らってただけだったわ。ごめんね? 誇張しただけだよ? ほんとほんと。ちょっとだけかさ増しでモノマネしただけだから。ちょっとだけ。
木の枝みたいなクッキーをボリボリと食べて紅茶を口に含む。やはり紅茶はストレートだね。レモンの気分もあるけど。ミルクとシュガーは邪道です。
「────ん。遠くの方で派手にやってますね。兄さんが来てからはあんまりこの規模は無かったのに」
「ほう、素晴らしいですね。私には全くもって感知できませんが」
「分からんのに褒めたんかい」
ん〜、ボンボンと広範囲で暴れてる奴がいるなぁ。集団か? いや、転売ヤーを発見したヒフミの可能性も捨てきれない。あいつなら手ぶらで行ったにもかかわらず転売ヤーを見つけた瞬間戦車とか出てきそうな怖さがあるからな。お前もうペロロの広報大使務めろよ。多分ファン消えるぞ。
『メグル先輩』
「……あ?」
「どうされましたか?」
「いや、今……?」
ふと、俺の耳に確かに届いた女の子の声。
それは俺が今まで聞いた事のない、身に覚えのない呼称。
黒服さんには今のが聞こえてなかったようだ。ということは空耳ですね、はい。一回死んで俺の耳もおかしくなったのかもしれないなハッハッハ。
それ以降声が聞こえることは無かったからまじで空耳だったのだろう。俺に後輩なんて居ないし。歳下はヒフミぐらいか……あいつが後輩はちょっと嫌だな。バーサーカーすぎる。友達が一番しっくり来る。
「ちなみに、先程の喧騒というのはどの辺りから聞こえてきたのかはお分かりですか?」
「そうですね……アビドスか?」
もしや覆面水着団。だとしたらヒフミをまじ殴りしなければ。
「理事によるものでしょうね」
「……ああ。黒服さんの指示か」
疑ってごめんよヒフミ。これからもその疑いは晴れないけどね。
目の前に座るまっくろくろすけ(ヒビから光ver)は心底楽しそうにそう告げてきた。別に俺を煽るための言葉ではなくて、ただ事実を述べているだけ。
その言葉が俺に対してなんの効果もないことぐらいこの人は分かっているのだろう。
「いえいえ。私は小鳥遊ホシノさんと契約を結んだだけです。その後の行動は全て理事の独断ですよ」
「あいつサインしたんだ」
「どうお思いで?」
「頭ホシノだなと」
あのゴミ内容にサインしたのかよ。馬鹿じゃん、頭ホシノじゃん。
あいつもしかしてテストの最初にある注意書きを一行目と最後しか読まないタイプだな。俺もです。気が合うね!
それはさておき。黒服さんが真性のロリコンになってしまった訳だが、俺はこれからどう接すればいいのだろうか。
「人の好みはそれぞれだと思います。俺は応援しますよ」
「本気でそう思っているあなたの頭がホシノですね」
ホシノが形容詞になってしまった。ごめんね。全然思ってないけど。
というか。
「ホシノとの契約とか、てっきり隠してるもんだと思ってたのに。あっさりと俺に言うんですね」
「それはこちらのセリフでもあるのですがね。私が小鳥遊ホシノさんに接触していた件については既にご存知だったのでしょう? いつかは何か尋ねてくるだろうと思っていたのですが」
「まあ、別に。ホシノが死ぬ訳じゃないし、黒服さんだし。まあいいかなと」
「……ふむ」
この人の考えていることは欠片も分からない。
全幅の信頼を寄せている訳でもないし、かと言って疑っているのかと言われれば全くないと言えるだろう。
この人は俺の恩人だ。ユメ先輩に次ぐ、二人目の。
俺がなぜ生き返ったのかは知らない。都合よく俺にそういう能力が備え付けられていた神様転生的なシステムが作用しているのか、それとも黒服さんが俺の死体を弄ったのか。
そこは正直どちらでもいいけれど、行くあてのない俺に衣食住を提供してくれたこの人はやはり恩人なのである。
ホシノの契約による目的は知らないけど。まあ、不同意性交だけはやめて欲しい。知ってる人がニュースで流れてきた時ほど気まずいことは無いから。
そんな感じで考えていたら、同じ時間に黒服さんも思案していたのか、俺の名前を呼んでくる。
「私と結んだ契約、覚えていますね?」
「もちろん」
そりゃね。色々と書いてはいたけれど、俺が気にするべき点は二つほどしか無かったのだから。いや、三つか? その他は俺の生活の確保等、黒服さん側の縛りだったし。
「定期的な血液や髪の毛などのサンプル提供に加え、私の研究への協力の確約。契約内容の内の一つです」
誰に向けて話しているのだろうか。ああ、このゲームをプレイしてるユーザー宛ですか? こんなメタな思考になってしまっているのは外から来た弊害だな。謎に面白く感じてしまう。
「私は小鳥遊ホシノさんの存在を知った時から、彼女こそがキヴォトス最大の神秘だと考え、そして私の目的の完遂へと至る研究材料であると信じ行動してきました」
なんか語り出した。え、これスキップ出来ないの? 画面の右上とかにスキップボタン出てこないの?
あ、ここ現実でした。
「長くなりそうなら一言でお願いします」
「あなたを見つけたから正直小鳥遊ホシノは必要無いです」
「ちょっと長い」
「これ以上どうしろと?」
あなたがいるから彼女なんて必要ありません! なんてちょっと気色悪い表現だけれど、まあいいだろう。俺の脳裏で頬を赤く染めた黒服さんが上目遣いでモジモジしている。死ね。
それにしても、どうして俺の評価がそこまで高いのだろうか。黒服さんの手を借りたのかもしれないけれど生き返ったからか? この世界を俯瞰する立場に居た過去があるからか? それとも、この世界ではあり得ないほどに貧弱な肉体強度だからか?
そんなことを考えたところで俺がその答えに辿り着けるわけもない。
だから俺は深く考えずに流れに身を委ねるだけだ。要所はちゃんと見てるけどね? あんな契約にサインなんかしないよホシノさんや。
「なので、私は今回の件については先生に委ねることにしています」
「最初からそのつもりなら契約なんて持ちかけなければ良かったんじゃないですか?」
質問を投げかけながらも、俺はそれに対する答えを分かっている。
これに対しては推理も知識も必要なく、黒服さんとある程度の付き合いがあれば分かってくる彼……彼女? の性質。彼だよね? 彼で統一します。
「その方が面白いでしょう?」
でしょうね。
これはただの黒服さんの娯楽ではない。
ホシノの選択、兄さんの選択。それらが迎える結末。その全てに、黒服さんは興味を注いでいるのだ。
多分、俺がどう動くのかも知りたがっている。
今のところ動く予定は無いけれど、動くとするのならホシノがSOSを発信するか、ヒフミが関わってメールで助けを求めてきた時ぐらいだろう。
自発的に動こうとしないあたり、俺もなかなかのクズだな。
気付けば、黒服さんは手元のティーカップを空にして立ち上がり、扉の方へと歩いていた。
「どちらへ?」
「仕上げです。御一緒されますか?」
「遠慮しときます」
「そうですか。では、後ほど」
アビドス方面から聞こえてくる喧騒が響く。
爆発と発砲音、重く大きい何かの動き。激しさは増すばかりで、その数も多くなってきている。
多分兄さんもそこにいるのだろう。生徒達のバックアップに専念しているのならまあ無事か。
扉が閉まる音の方が大きいけれど。
聴覚を研ぎ澄ませば聞こえてくる喧騒を無視するように、俺は意識を閉ざしてティーカップを口へと運ぶ。
少しぬるくなった紅茶は飲みやすく、一気に半分ほど喉へ流し込んでゆっくりと風味を味わう。
「分からん」
紅茶の味がしました。
「うっわぁ……」
翌日。
手持ち無沙汰で散歩の気分になったけれど、周辺は飽きたから少し遠出をしようと思い付き家屋を渡り歩いていたときに懐かしい気配を感じ取り、気配を消して建物……恐らく学校……の一番高い場所から覗き見た時、兄さんが女生徒の足を舐める……ほぼしゃぶってる場面に遭遇した。
見なかったことにしよう。
恋愛の形は人それぞれなのである。