ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた 作:ラトソル
ダメだ。逃げたらダメだ。
これは私が犯した罪なのだから。決して目をそらすことの出来ない原罪だから。
虚空にも思えてしまうその目に吸い込まれそうになる。逆に私を押しつぶすほどに鋭い瞳に身体が裂けそうになる。
逃げるな、逃げるな。
泣いてもダメだ。顔を歪めることも許されない。
アビドス高校の三年生としてこの場は振る舞わなければならない。
「……ふふふ」
「っ」
笑い声。感情の籠っていないただの音の羅列。
けれど、その顔は確かに笑っていて。
「勘違いしないでね。私はあなたを愛してるのよ」
違う、違う。
「あなたに死んで欲しくないの。ずっと……ずぅっと、生きてて欲しいから」
ヒナちゃん……そう呼ぶ権利が私にあるのかは分からないけれど。
彼女は本当に友好的に微笑みかけてきて、普通に話しかけてくる。それがどれだけ恐ろしいことなのか。
「決して報われない、評価もされない。なのにあなたは善行を、罪滅ぼしをしなければならない。死ぬまで、死んでも……こんなに滑稽なことは無いからね」
狂気的なまでの笑みの奥に潜む確かな怒り。
全てが私に起因する、自業自得の因果。ただ、私の行いに対する代償が廻ってきただけなのだから。
「だから……
────分かってるよ、ヒナちゃん。
私はこの先、何があっても生きて、生きて、生きて。
永遠に、
「────ここは退いてくれないかな、ヒナちゃん」
ごめんなさい。私を許さないでください。
けれどこの場において、私は彼女たちの先輩として振る舞わなければならないから。
ヒナちゃんから向けられた吐き気を催しているかのような侮蔑の瞳を真っ向から受けて尚、私は気持ち悪く笑って言葉を紡ぐ。
「ヒナ、委員長……」
「…………撤収。行くわよ」
「……はい。全員、撤収!!」
「「「は、はい!」」」
ああ、ヒナちゃんは凄いな。後輩達からも支持が高いのが見て分かる。当然だ。ヒナちゃんはそれだけの人間性があるのだから。
私とは違う。私はあの子達に何一つ身の内を明かしていないのだから。ユメ先輩がどうして眠り続けているのかも、ろくな説明をせずに逃げ続けてばかり。
ただの殺人者だってことがバレた時が怖いだなんて、どの口で言っているのだろうか。
「……ふふっ」
「それは……どういう……」
自己嫌悪に浸っていた私の感知を掻い潜り、いつの間にかヒナちゃんは私の後方……つまり、先生たちがいるほうへと佇んでいて。
何かを先生に耳打ちして、先生の瞳が大きく開かれて。
それを見て────やっと、罰を受けられるのかな、なんて思ってしまって。
『お前……よくその細腕でその銃乱射出来るな。普通に怖いわ』
その仕草がメグルに似ていたと、場違いな感想を抱いた私自身に吐き気がした。
◇◇◇◇
「……誰だ、その男は」
「お茶菓子出ないの?」
「喧しいわっ!!」
やあやあ、■■廻だよ。
友人が銀行強盗を行っていたという衝撃の出来事から一週間ほど。
黒服さんの仕事について行く……つまりはデート(言ってて吐きそう)の行先で出会ったのは一度だけ顔を見た事のあるカイザーコーポレーション理事である。
「奇妙なクソダサい仮面を着けおって!! 貴様は誰だと聞いているのだ!」
「茶菓子なら私が持参しておりますのでこちらをどうぞ」
「明らかに1個ベアトリーチェババア作の毒物紛れ込んでますけど戦争ですか?」
「私の話を聞けェ!!!」
「うっせぇな全身ロボ。ガシンガシン動くだけでもうるさいのに更に口もうるさいとかお前生きてる価値あんの?」
「初対面の相手ぐらい下手に出ろ小僧が!! そしてマカロンを私に投げつけるなァ!!」
毒蜘蛛ババア作の明らかにヤバいマカロンを理事に投げつける。
その他の色鮮やかで美味いオーラ漂うマカロンやらフィナンシェやらももぐもぐと頬張りつつ、黒服さんから渡されて着用した仮面を指でなぞる。
目元しか隠れていないバイザー的なものだけれど案外バレないもんだね。いや、そもそも俺の事知らない説もあるか。まあどうでもいいけど。
「この方は私の秘書兼護衛兼話し相手です」
「肩書き多いですね」
「まあ、彼についてはご安心を、という他はありませんね。今回の話し合いにも立ち会いはすれど口出しはしないので」
「ならば外で待機させておけば良いだろうに」
「彼は寂しがり屋でして。一人にしておくと孤独死してしまいかねないのです」
「兎か貴様は」
「人間だわ斬り殺すぞ」
「本当に大丈夫なんだろうなこいつは!?」
フィナンシェから僅かに香るレモンの爽やかな風味。悪くないね。誰が作ったのか知らないけど合掌しておこう。俺の脳内で知らない誰かがサムズアップしている。いや黒服さんじゃねぇか。
「彼についての詮索は控えることをオススメします」
「む。いや、しかし……」
「調べたところで、狭すぎる交友関係しか出てきませんから」
「黒服さんって俺サイドだよね? そうだよね? なんで俺の事傷付けてんの??」
「やはり兎か……」
「てめぇその内斬ってやるからな。バーサーカーに気をつけろよ」
もちろんバーサーカーとはヒフミのことである。カイザーPMC理事にボロボロのペロログッズを忍ばせてヒフミセンサーに引っかかったこいつはヒフミからの奇襲を受けて見るも無惨な醜態を晒すという寸法である。
「もういい。そろそろ話し合いを始めようではないか」
「そうですね。では、私の方から。アビドスの件についてですが────」
さてさて、俺は黒服さんの言う通り、マジで着いてきただけなために黙ってソロティーパーティーと洒落こもうじゃないか。二人の話し合いは難し過ぎて着いていけないだろうし。アビドスって聞こえたからまあ借金を肥大させるなりするこのカスの得意分野であろう。
アビドスの借金についてだが、解決方法は脳筋に済ませていいと俺は思っている。取り引きの手順について違法はないが、その内容は頭おかしいし、こいつの利用先もドロドロに煮詰まっている。そういう証拠を揃えてからカイザーコーポレーションを叩き潰せば万事解決だろう。だから俺からすることなんて何も無いわけであるが。
「────小鳥遊ホシノ────」
ん〜、ホシノ大人気だね。黒服さんホシノのこと気に入り過ぎでは? この前もホシノと何か話してたしロリコンなのかあの人は。またちっちゃい女の子と話し始めたら俺は黒服さんに合法の性癖を教えなければならないのかもしれない。ロリコンは違法です。ちっちゃい女の子と言っても、俺的にはヒフミもホシノも変わらないように見えるからその線引きは俺のさじ加減でしかないんですけどね。これが狭い交友関係の弊害か。ちっ。
え、ホシノが標的にされてるのに手出しないのかって? しませんが?
だって俺死んでるし。会うの気まずいし。遠目から1回眺められたらそれでいいかなって。まだ一回も見てないなそう考えてみたら。
それに、ホシノの選択に対してとやかく言う権利があるのかと言われれば無いと即答するだろう。俺の人生は黒服さんとお茶会するかヒフミの頭を叩くかぐらいしかやることが無いのだ。
ていうかあのクソ理事、いちいちハウリングしてるの腹立つな。もうちょい肉声に近づけろや。ジェスチャーもうるせぇんだよウィンウィンよぉ。どうやって生まれてきたんだお前は。カタツムリの殻か。
「カイさん」
「…………あ、俺か。はいはい?」
今回の会合の前に黒服さんと取り決めたこと。
俺の正体をこの理事にバラすのは宜しくないということで認識阻害機能が付いてるとかいうクソ有能バイザーと、偽名で乗り切るというもの。
そしてその名前というのが
「カイザーPMC理事が是非とも護衛に着いてくれと」
「違う。その男の力がどの程度なのか知りたいだけだ」
「働きたくないのでお断り」
「なんなのだこいつはっ!!」
「善良な一般市民ですが」
「教養ぐらいは備えておけェ!!!」
この人……このロボ? まあいいや。この人、何かと噛み付いてくるな。ツッコミか。一々声を張上げているのは二流のやることだぜ。時には諭すように呟くツッコミも大切なのだ。
「アビドス高校の借金っていくらだったっけ」
「……何故貴様がそのような些事を気にするのだ」
「五億程かと」
「法外で草」
「こいつの情緒はどうなってるんだ」
どれだけの借金に悩まされてもまああの子なら生きていけるでしょ。兄さんもいるし。さっきも言ったように踏み倒そうと思えば踏み倒せるんだから気楽に行こうぜ。
「────それでは、今回はこの辺りで。今後ともよろしくお願いしますね」
見ようと思って見た訳では無い。
カイザー理事の正面に座る黒服さんが立ち上がるのと同時に手に取った一枚の紙。そこに書かれていた内容は誓約書。
一方的に、それでいて僅かなメリットをチラつかせながらしかしそれ自体はなんの効力も持たない、いっその事理不尽と言えてしまうような契約内容。
(まあ、流石にサインしないだろうな)
よく読めばその内容の破綻加減が分かる。だから、恐らく持ち掛けられるであろうホシノはこんなトラップには引っかからないだろうという安心と信頼を持って目を伏せる。
これでサインしてたらどうしよう。逆に笑ってしまうかも。
『……ああ。思い出したよ。君とは真逆の、全くもって馬鹿な生徒会長を』
『ッ……!』
守るべき生徒達から離れた安全区域で彼女達の様子を見守る。
そんな時に、ふと思い出したのはアビドス高等学校保健室に眠る前生徒会長の梔子ユメ……その傍に置かれていた一枚の写真。
「ダメですっ、ホシノ先輩!」
カイザーPMC理事の挑発のような言葉。私たちでは聞き取れない程の声量での会話において、ホシノは今までに見たことがないような表情を理事へと銃口と共に向ける。
『……はっ。そういえば、もう一人居たなぁ?』
『黙れ』
私が見つけた写真に写っていた男子生徒の顔。それを私はよく知っている。
何度も見てきた。いついかなる時でも瞬時に顔を思い出せるだろう。
それは、私が彼の誕生からの成長の歩みを見守ってきたからにほかならず。
共に過ごした時間は、この世界の誰よりも長いものだと胸を張って言えるから。
『ヘイローを持たず、銃を扱えず……ああ、そういえば死んだんだったか?』
『黙れ』
『はっ。全く度し難いものだ。大して力も無く、貴様のように聡明でもなく、ただ無価値に野垂れ死んだんだからな』
『……あいつが、無価値……?』
見間違えるはずも無く、確かな証拠として残っていたあの子がこの世界で生きている証。
一緒に写っていたホシノに話を聞こうとはしたけれど、何故かタイミングが合わずに今まで過ごしてきて。
『あいつは……あいつはっ、私なんかよりも……!!』
『ああ、そうだったな。黒服が言っていたか』
『く……ろ……?』
もっと早く話を聞いておけばよかったと思った。
この先一生聞くべきではないと思った。
どちらも正しく、どちらも後悔する選択肢。きっと私は選べない。選べないからこそ、選ばされる場面に立たなければ私は辿り着けないのだろう。
巡る星々を掴みあげるように。
それはきっと、達成することなんて出来るはずのない理想なのだから。
『貴様が、アレを
曇った空は陽の光の侵入を許さない。
分厚く、暗い曇天は、決して晴れることが無いのだろう。
それらは徹底的なまでに、理不尽に、強引に。
際限なく、広がっていくのだから。