ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた 作:ラトソル
「────」
気が付いた時には、引き金を引いていた。
聞き慣れたはずの発砲音は、その時だけは何故か酷く耳に残り、何度も何度も繰り返し木霊していて。
「────ぁ、ぇ」
火薬の爆ぜる音が耳を貫いたのとほぼ同時に、小さな球体のようなものが宙へと舞った。
なんだあれは。あの噴き出されている紅く黒い液体は何なのだろうか。
分からない、分からない。
────何故、私は引き金を引いたのだろう。
多分、この時私は瞬きを一度もしていなかったんだと思う。
高く飛んだその球体はすぐに自由落下を始め、少し逸れた位置へと落ちる。ボッ、という低い音と僅かに舞う砂埃。
乾燥し、日光に晒されて猛暑地帯といえるこの場所で私は喉の乾きを感じながらいつも通りに足を前へ踏み出して歩く。
────私は何を撃ったのだろうか。
ザッ、ザッ、と。
一面が砂漠。荒く不揃いな砂粒を踏みしめ、私は走ることも無くただただいつも通り歩いていく。
「────────」
歩くこと十秒ほど。目的の人物はそこに居た。
見慣れた制服は赤く、そして黒く染まり砂が着いて汚れている。所々が破れており、もはや衣服としての機能を失っていると言ってもいい。
辛うじて、隠すべき所の布が残っていたのは幸いか。
「……なん、で………………」
そうだ。思い出した。
目的の人物……ユメ先輩の身体に、誰かが刃物を突き刺していたから私はそいつを撃ったんだ。
なら、ユメ先輩の身体に刺さっているであろう刃物……恐らく細く長い、『カタナ』のようなものだろう。その処置をしなければ。
刃物は何処だ。ユメ先輩のどこに刺さってる? 傷痕は?
────そんなものは、どこにもなくて。
そこに居るのは、血色も良く、血が付着しているが傷痕はどこにも見られない、艶々の肌のユメ先輩で。
ふと、ユメ先輩の隣にある物体に目を向ける。これは、なんだろうか。
知らない。こんなもの、私は知らない。
「………………ゔッ」
視界が突然地面へと近付いた。かと思えば、何かが砂へとドロドロと漏れだしていき、遅れて強烈な吐き気を感じ取る。
一気に胃の中の全てが吐き出され、それでもまだ足りないと言うように嗚咽が止まらずに胃液と唾液が混ざった何かがこぼれ落ちて行くだけ。
私は一体どうしたのだろうか。分からない、分からない。
『ホシノってかっこいいよな。普通に憧れるわ』
おかしい。どうして今、彼の顔が脳裏に過ったのだろう。
今、メグルは関係ないはずなのに、どうして、どうして、どうして。
「──────」
ふと、顔を横に向ける。
そこには、メグルの顔が落ちていて、生気のない瞳で私も見つめていた。
メグルの、顔が。
おちていた。
顔、だけが。
………………。
「──────────あハッ」
あそこに落ちている、メグルの頭部。
ユメ先輩の隣に倒れ込んでいる、首のない身体。
このふたつにどういう関係性があるのかは私には分からなかったけど、何故か私の頬が濡れていたからこの砂漠にも雨が降るんだなぁ、と疑問に思った。
「アハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
そうだ、帰ったらメグルに伝えないと。
ユメ先輩を見つけたよって。
「……帰りましょう、ユメ先輩」
眠ったままのユメ先輩を抱き抱えて歩き出す。
意識のない人っていうのはどうしてこうも重く感じるのだろうか。
ああ、でも。
重いなんて言ったら、メグルに怒られちゃうかな。
◈◈◈◈
「うっわぁ……」
兄さんの盗撮写真を十枚以上持って見せてくる黒服さんに思わずそんな声が漏れてしまった。
「よく撮れているでしょう?」
「そんなホクホクした声で言われても」
「先日、先生はアビドス高等学校へ向かったようです」
「それ先に言いなさいよ」
やはりアビドスは兄さんの攻略対象だったようだ。それはそうか。廃校寸前で借金まみれ、砂漠地帯の隅にあって、生徒数は俺の知る限り二人だけどそのキャラの濃さときたらもうネームドでしょうよ。
「小鳥遊ホシノさんの写真も見ますか?」
「うわキッショ」
「真っ直ぐこちらを見ながら言わないでください」
兄さんの盗撮は百歩譲って……まあ、男の写真だしいいかぁってなるけど、ホシノの写真はもはや犯罪臭がする。そんな地雷みたいな写真見ませんよ。
「ふむ。よく撮れているんですがねぇ」
「感想言わないでくださいよ、ガチでキショい」
見ないったら見ないよ。セクシーショットなら興味はあるけど。
いや、違うな。ホシノの写真ならセクシーやエロさを追求したものじゃなくて、戦闘中の何気ない一幕を撮ったクールな姿を見たい。普通にかっこいいよねあの子。あの鋭い目マジで好き。
今日は紅茶やコーヒーといったものではなく、普通にストックしてあるジュースを飲んでいる。たまには飲みたくなるよね、不健康ジュース。お菓子はいつも通り黒服さんお手製のものであるが。
「このマカロンはベアトリーチェから頂いたものですよ」
「ベアトリーチェさんが?」
へぇ。あの人って善意で人に贈り物するような気持ち持ってるんだ。自分以外下に見てそうな人だったのに意外だな。ちょっと申し訳ない。
味は普通に美味しい。市販品とは違う風味がするけれど、これはこれでアリだと思えるような酸味が強めのマカロンだ。檸檬か?
「彼女ではなく、彼女が管理している生徒によるものですが」
「へー」
あの人の管理してる生徒っていうのはよく分からんけど、有難く頂こう。本当に誰だか知らんけど。もしや黒服さんのファンか? だとしたら食べるの申し訳ないな。
「メグルさんに向けたものですので気にしないでお食べ下さい」
「怖っ」
まさかの俺宛てでした。えぇ、なになになに? 知らない相手から名指しでの贈り物とか普通に恐怖なんですけど。髪の毛入ってんのか? 怖い怖い、でも美味しいからいただきます。
マカロン食べるんだったら紅茶淹れれば良かったな、と少し後悔。それでもマカロン単体で満足できる量と味なので良しとしようか。
まぁ、一粒だけ明らかに手を加えられたヤバいやつがあったのでキャッチアンドリリースでゴミ箱へインしたが。あのババアまじで次会ったら斬ろうかな?
何を拍手してるんだ黒服さん。気づいてたのなら取っといてくれたら良かったのに。
「さて、メグルさん。貴方はこれからどうされますか?」
「何もしませんよ。気ままに散策したりするだろうけど、アビドスに行く気は無いし」
「貴方の兄である先生にも会わなくてよろしいので?」
「会う時は会うでしょうね。俺から会いに行こうというのは今のところは無いけれど。変わらず、この部屋で黒服さんとお茶会するか、外を出歩くか、ヒフミのSOSを受けるかぐらいじゃないですかね?」
結局、原作が始まったからとはいえ俺のすることが目に見えて変わるようなことは無いのだ。
「なるほど。では、私の方から何か言うようなことはやめましょう」
いつも通り、意味深な言葉遣いの黒服さん。なにか思うところがあるのか、そう思わせようとしているのかは知らない。そんな駆け引きが出来るほど俺は頭がいいわけじゃないし。
黒服さんが過去にホシノと接触して何らかの提案をしたことは知っている。
だからなんだ、という話ではあるが。そのうえで俺は黒服さんを信頼し、信用しているし、傍に着いているのだから。
物語の異物だからとかではなくて。関わろうと思っていないだけの俺の居る場所はここでいいのだ。
そのことを知っていることも、黒服さんは知っているのだろう。
だからお互い何も言わないし対応が変わることもない。互いが互いを信じていることが分かりあっているからこそ。
「その他、アビドス女生徒の写真もありますが?」
「本当に気持ち悪いですよ」
だから、まあ。
気ままに歩いていこうと思う。
兄さんの描いていく物語を遠くから見守って、楽しんで。
それで満足できるだろうから。
◇◇◇◇◇
『先生』という人が来るらしい。
アヤネちゃんから聞いた連絡。嬉しそうに語る彼女には申し訳ないけれど、今更何をしに来たのだろうか、という思いでしかない。
所詮は大人。
私達が本当に危ない時に来てくれず、助けてくれず、結局は自分の利益を優先して手を引いていく偽善者たち。
不愉快極まりないその響き。私が嫌悪する存在。
正直、来て欲しくない。
私は、借金に追われているけれど後輩たちと楽しく過ごせている今の生活に満足しているし、目を覚まさないユメ先輩の存在に気づかれたくもない。
────楽しい日々?
どの口でそんなことを言っているのだろうか。何故楽しむなんていうことが許されていると思っていたのか。もう過去の罪の意識が消えかかっているとでも言うのか。
私が許される日なんて訪れるはずもない。救いの手が差し出されるなんてあっていいはずがない。
だからこそ、アビドスにとっての救世主になり得る先生という存在は、私にとっては劇毒でしかないことなんて、自明の理だというのに。
私に幸せなんて、訪れていいはずがないから。
その日の夢には、メグルが居た。
本当に久しぶりの、穏やかな夢。
いつものように血が辺りを染めることなく、ただただメグルが私を抱きしめてくれて、頭を撫でてくれて。そして、いつもみたいに互いに文句を言い合いながら生活する……そんな夢。
ユメ先輩がいて、シロコちゃん達後輩がいた。
辿ることが出来たはずの日常。私が破壊した、もう有り得ない日々。
ジリリリ、と鳴り響くアラーム音が私を現実へと引き戻す。
そんな幸せな日々なんてあるはずがないだろうと。そう聞こえてしまう不快音。
けれど、夢の中だけでもメグルに会えて、頭を撫でて貰えて、触れ合うことが出来て。
少し、嬉しく思いながら登校して。
「────────は?」
理解が追いつかなかった。理解したくなかった。
一目見ての第一印象を信じたくなくて。
違う。
メグルはもっとキリッとした目付きをしていた。
あんなにボサボサな髪型じゃなかったし、茶髪に寄った黒髪だった。
身長はもう少し低めで、細身だけど筋肉があって、それで、それで、それで……
「シャーレからここまで来られた先生ですよ!」
違う、違う。そんなはずは無い。あってはならない。
雰囲気が…………違うっ、ちがうっ、ちが、うっ!
だって……そんなの……そん、な……
「よろしく、ホシノ?」
「…………」
────その声だけは、聞き間違えになんてできないもので。
似ても似つかないその男……先生は、メグルに似た声を出してきて。
「えへへ。よろしくねー、センセー」
すぐに取り繕えてしまった自分に吐き気を催しながら、最悪の邂逅を迎えた。