それはズバリ五稜郭です。
五稜郭はその名前のとおり五稜星形です。
画像引用:ウィキペディア様
この平面形状から、最近では雑誌などで「パワースポット」を紹介する特集で採り上げられることもあります。「星形」に「護符」としての力があるとすれば私が考えているのはこちらですね。
【一般的に言われている内容はこんな感じであると思います】
五稜郭の北東の方角である風水思想で言うところの「鬼門」には、幕府にとって最大の守護神である「東照大権現=徳川家康」を祀る「東照宮」を建設し「鬼門封じ」とした事実からも、当時の幕閣を始め、箱館奉行、そして蘭学者という当時最高の合理的・科学的思考の持ち主であると思われる武田斐三郎も、「風水思想」や「陰陽道」は意識していたものと思われます。
~以上~
この北東という事が今回のキーワードになります。北東は今後私が書いていく中で驚くことにまとまってきますので続きを是非ご覧下さい。
この手法って実は前回の話に通じるところもあるのです。ペンタゴンを思い出してください。そう!五稜郭も五芒星型の軍事施設って事が共通していますよね?
アメリカでも、逆さ五芒星の頂点に当たるところにあるのがホワイトハウスであったり。五稜郭も東照宮を示します。
つまりなりが何となく似ているという事に気がついてきたでしょうか?
そこで、これを建設した武田斐三を調べてみると。以下のような情報が有るんですが・・・・
徳川幕府の命によって洋式軍学者の武田斐三郎によって設計された。
つまりペリーの影響下の元に作られたのだ。
同時期、徳川幕府は薩長同盟を中心とした尊王攘夷運動から倒幕へと向かっていた。
薩長同盟とは、坂本龍馬を仲介として薩摩藩と長州藩が手を組んだ同盟。
この同盟の裏には、長崎に住んでいたグラバーが深く関わっていた。
一つの説としても、この建設のされ方を見るとその説が信ぴょう性を増してしまうと思いませんか?
~以上~
今書き始めた卑弥呼の鏡の話にグラバーの話が出てきましたね。鏡の話は→こちら
つまりこういう関連性のある人たちが今の時代の流れを作ってきたという事です。
因みに徳川家の始まりの家康は宿曜道を取り入れたと言われています。つまり、この五稜郭が徳川幕府依頼ならどうみても五芒星にしたのは風水的な意味が有るでしょう。
だから北東に東照宮が建っているということなのだと思います。
ざっと、今まで日本に示された五芒星を解説してきました。やはり北には五芒星が多くあるのですが、何故北に行く程?
と気がついてきたと思います。
そうです。五芒星がパワースポットなどではないからだと私は看破します。
北東に封印しなければいけないものが広範囲に渡って存在するからでしょう。
では( 'ω'o[ 彼らが恐れて封印した物]oって何だと思いますか?
その封印したものの正体をえぐっていきたいと思います。
続きは→その⑫
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