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お礼日時:2007/8/25 6:54

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盗掘。 なお、江戸時代には、古墳の発掘が行われていた。 あの水戸光圀も、古墳の発掘をしていた。 栃木県には28基の前方後方墳があり、出雲地方と並ぶ『前方後方墳の世界』 ともいうべき独特の地域的特色を持っている。湯津上村には次の古墳がある。 1.上侍塚古墳 2.上侍塚北古墳 3.下侍塚古墳 当時『大日本史』を編纂中であった水戸黄門 〔徳川光圀〕 は、『那須記』 に記されている『那須国造碑』 〔なすくにのみやっこのひ〕の碑文を解明するために、上侍塚古墳と下侍塚古墳を調査・発掘した。 水戸光圀は、江戸から絵師を招き出土品の記録を残し、出土品は光圀の厳命により松板で箱を造り、松ヤニで目張りをし、塚に埋め戻した。 江戸時代に、ある人が発掘した ある古墳においては、まずいものが出てきたので埋め直したという古記録もある。

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ID非表示さん

2007/8/18 21:04(編集あり)

考古学の「お宝」というのは、そういうモンです。 敦煌の菩薩像やアフガニスタン出土の秘宝が日本の地方の無名美術館に置いてあったりします。 誰かが発掘して、まわりまわってそこに辿り着いたと。 個人の所有にならなくて良かったくらいです。紛失の可能性があるので。 有名な博物館にあるということは、ある意味ありがたいです。半永久的に保存されるはずですから。