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伊勢湾台風の時でしたか、仁徳天皇陵だと宮内庁が勝手に決めている古墳の一部が崩れて、石室の一部が現われ、学者団が調査と修復に向かいました。石室に入ると、既に盗掘されていました。近所の者で、盗掘した物を所持していた者もいて、学者団は公表しない約束で、その品を調べたという記述がある。また、堂々と? 盗掘したのが、名は忘れましたが、明治時代に大阪府の知事をしていた、男爵の爵位を持つ男がこの石室を暴いています。この知事は、副葬品から墓の主が日本人ではないと判り、安心して盗掘したといわれる。 日本の考古学者が、この際に仁徳天皇陵から持ち出した物だろうという、環頭太刀など数点がアメリカの博物館にあるようです。
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質問者からのお礼コメント
ありがとう御座います、今後ともよろしくお願いします。
お礼日時:2007/8/25 6:54
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盗掘。 なお、江戸時代には、古墳の発掘が行われていた。 あの水戸光圀も、古墳の発掘をしていた。 栃木県には28基の前方後方墳があり、出雲地方と並ぶ『前方後方墳の世界』 ともいうべき独特の地域的特色を持っている。湯津上村には次の古墳がある。 1.上侍塚古墳 2.上侍塚北古墳 3.下侍塚古墳 当時『大日本史』を編纂中であった水戸黄門 〔徳川光圀〕 は、『那須記』 に記されている『那須国造碑』 〔なすくにのみやっこのひ〕の碑文を解明するために、上侍塚古墳と下侍塚古墳を調査・発掘した。 水戸光圀は、江戸から絵師を招き出土品の記録を残し、出土品は光圀の厳命により松板で箱を造り、松ヤニで目張りをし、塚に埋め戻した。 江戸時代に、ある人が発掘した ある古墳においては、まずいものが出てきたので埋め直したという古記録もある。
ID非表示さん
2007/8/18 21:04(編集あり)
考古学の「お宝」というのは、そういうモンです。 敦煌の菩薩像やアフガニスタン出土の秘宝が日本の地方の無名美術館に置いてあったりします。 誰かが発掘して、まわりまわってそこに辿り着いたと。 個人の所有にならなくて良かったくらいです。紛失の可能性があるので。 有名な博物館にあるということは、ある意味ありがたいです。半永久的に保存されるはずですから。