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賃上げの世代間格差

~成果分配よりも人材獲得~

熊野 英生

要旨

「賃金構造基本統計調査」の詳細版で、2024年と2020年の間での賃上げ状況を調べてみた。年齢階層別にみて、50~54歳のところが相対的に伸び率が低かった。逆に、20歳代は賃上げ率が高い。大学院卒は、特に若年層の賃上げ率が高かった。企業はすでに賃金水準の高い年齢層はあまり上げず、人材確保を重視して若年層の賃金をより大きく引き上げている。

目次

大きな年代別の格差

2024年の賃金上昇について詳しく分析してみたい。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2024年)の詳細データが公表された。それを使って、年代別、学歴別、事業所規模別などクラスター毎の変化を追ってみた。

まず、2024年と2020年の年間給与(=きまって支給する現金給与×12か月+年間賞与など)を比べると、総計の金額は8.1%の増加であった。4年間の年平均では2.0%になるので、そこそこの上昇率に思える。ところが、同じ期間に消費者物価・総合は7.7%、消費者物価・除く帰属家賃は10.0%も上昇している。実質賃金(除く帰属家賃の方でデフレート)を計算すると、名目賃金8.1%の増加に対して、実質賃金▲1.9%の減少へと沈んでしまう。2025年の春闘でようやく実質賃金がプラスに近づくと期待するが、今年も過去の実質低下分を取り返すまでには至らないだろう。

衝撃的なのは、年齢別に名目賃金格差が大きいことである(図表1、2)。学歴計の平均値とは別に、大卒のカテゴリーも調べてみた。大卒・総計と5歳ごとの年齢階級別にみた名目賃金の変化率(2024年÷2020年)は、20~24歳は10.8%、25~29歳は10.2%と大きく伸びていた。50~54歳は▲2.4%と減少していた。これを実質賃金ベースに引き直すと、50~54歳は▲12.4%も購買力が下がっていることになる。かつて、政府、野党、経済界からは「分厚い中間層をつくる」というスローガンが語られたことがある。しかし、現実には所得水準が高い年齢層ほど実質賃金が下がるという悲劇的なことが起きている。賃上げを巡っては、「中小企業はなかなか賃上げができていない」などという話題が専らであり、中高年層の賃上げができていないという点を強調する識者はあまり居ない気がする。もしも、「分厚い中間層の復活」という政策目標がまだ生きているのならば、40~50歳代、そして60歳代以降にも賃上げの恩恵を広げていく発想が不可欠なのではあるまいか。

図表
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ベースアップで足りないもの

ここ数年の春闘は、官製春闘とも言われている。労働組合と経済界が一体になり、政府も旗を振って賃上げ率が高まってきた。しかし、そうした官製春闘の限界として、中高年には恩恵が行き渡らない問題点が挙げられる。

まず、定期昇給は、20~40歳代後半までは恩恵が及ぶが、40歳代後半で昇給が止まることも多い。恩恵が50歳代やシニアには行き渡りにくい。これが年功賃金制度の仕組みの弱点の一つだ。また、非正規、非組合員、管理職にも行き渡りにくい。50歳代・シニアには、管理職を外れた役職定年の者も多くいて、彼らは非組合員であるケースが少なくない。60歳以上のシニアには、非正規扱いになる人も今も多い。そうすると、自ずとベースアップの恩恵は及びにくくなる。

では、なぜ、50歳代やシニアの給与は上がりにくいのだろうか。労働需給がタイトであれば、非正規でも賃上げは進んでいる。この世代は、元々、バブル期採用や団塊ジュニア世代で人数が多く、労働需給が緩和的である。20・30歳代は、人口減少で人数が多くはなく、かつ相対的に需給が逼迫している。つまり、若手人材が不足していて、50歳代・シニアは余っているのだ。これは、2024年の人員数と2020年の人員数を比べたとき。50~54歳以降の年齢層が大幅に増加していることからもわかる(図表3)。

図表
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企業に対しては、定年延長の要請があり、以前に比べてシニアを長く雇用するように、という方針がある。企業側からすれば、定年延長で長く雇うのだから、今の賃金は上げなくてよいだろうという判断が加わっているのだと思う。この定年延長では、企業が長く雇い続ける代わりに、すでに高かった給与水準を引き下げても仕方がないという判断があったとみられる。

それに比べると、新戦力として重視されるのは、20・30歳代の若手である。彼らは、従来は相対的に賃金水準が低かった。そこで、ここ数年は初任給の見直しがさかんに行われている。大学院卒の20・30歳代の賃金の上昇率は、2020年から2024年にかけて13~16%と著しく高くなっている。より高学歴の若手は引く手あまたなのである。企業が欲しているのは、単なる労働力ではなく、これから戦力化していく若手人材である。

成果分配は?

賃上げの圧力が、年代別の需給バランスから来ていることはわかった。では、成果に応じた賃金の増加は進んでいるのか。賃上げを①所定内給与、②賞与、③それ以外にわけると、①は7.4%、②5.4%、③27.5%となっている。③のそれ以外は、所定外給与などである。2020年はコロナ禍だったこともあり、それと比較した2024年は大きく伸びているのだろう。目立つのは、賞与の伸びの鈍さである。業績に応じて賞与を増やす企業が増えているという印象はあったが、そうした成果に応じた賃金上昇は限定的であるのが実情だ。これは、元々、賃金水準の高い人ほど、賃上げの伸び率が鈍いこととも符合する。理論的に考えると、賃金水準の高い人は、スキルなどの人的資本が労働生産性を押し上げることになり、その生産性の高さが根拠になって賃金水準を高くしていると理解できる。ここ数年は、企業の実質労働生産性が高まっている。人的資本を有する高賃金の労働者の賃上げが鈍いことは、とても不思議に思える。だから、成果向上に応じた賃金上昇が必ずしも企業内では進んでいなかったことを示唆している。

むしろ、企業が賃上げに熱心なのは、若手などである。まだ生産性は低いが、これから企業内で鍛えて成果を求めていこうという人材の方に賃上げの圧力は強く働いている。企業にとっては、成果分配よりも、人材獲得の方が優先されていて、若年人口の減少で採用が厳しくなった若手人材の確保をより高い賃金で追求したいということなのだろう。

規模間・雇用形態・学歴の格差

中小企業の賃上げは進んでいないという先入観は強い。「賃金構造基本統計調査」では、従業員1,000人以上、100~999人、10~99人という3つのカテゴリーで賃上げが確認できる。それぞれ8.5%、7.4%、8.7%と差はなかった。2020~2024年にかけて、いずれの企業規模も賃上げができている。

次に、雇用形態別はどうだろうか。正社員と正社員以外のカテゴリーである。正社員は8.3%の賃金上昇で、正社員以外の10.8%との間にそれほど大きな格差はなかった。強いて言えば、50歳代の賃金上昇率は正社員の方が低い。

学歴別には、中学卒、高校卒、専門学校卒、高専・短大卒、大卒、大学院卒、の6つのカテゴリーで調べてみた(図表4)。あまり明瞭な差は表れなかったが、大卒の賃金上昇率は相対的に低い。ここは労働需給が相対的にタイトではないからだろう。実は、中学卒、高校卒は若年層を中心に人員数が4年間で減っていて、若くから働く技能労働者を欲しがる企業にとっては、より大幅な賃上げをしてでも人員を確保したいという動機が働くのだろう。

図表
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熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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