今年も折り畳み式のテーブルを庭に出して、梅干しの土用干しをしている。
毎年、3~5kg程度漬けていたが、年々繰り越して余ってきているので今年は少量とした。
梅を並べて写真を撮って家に入ったら4歳になったばかりの娘が自分もカメラを使いたいと言い出した。勝手に撮っておいでとカメラを渡して一人で撮りに行かせた。撮り方も教えていないし、どうせちゃんとした写真は撮れないだろうが、カメラを適当にいじれば気もすむだろうと放っておいた。使っていたのはサブのさんざん使い倒しているNikon D50というやや古い一眼レフカメラでレンズも安物レンズだったので最悪、壊れてもあきらめがつく、それよりも暑い中、写真の撮り方を教えるのは面倒だった。
ところが、意外や意外、ちゃんと教えていないのに見よう見まねでカメラの操作も覚えているようで撮れたよとカメラを持ってくるだけでなくモニタに映して見せてくれた。その画像はぶれ防止効果レンズをつけていたことを差し引いてもシャープで自分の目線でちゃんと梅の美味しそうなところをとらえていた。横で見ていなかったのでわからないが、ぶれていない写真を見る限りでは姿勢もよく撮れていたのだろう。
恥ずかしながら表紙の↑写真は自分の写真だが、それは平面的で(まあ、親バカだが)娘の撮影した下の写真にかなわないと思った。

上の子供はこういったことで驚かされることがあまりなかったが、一番下の4歳の子は教えなくてもどんどん自分で色々なことを学んである程度の水準でできてしまう、器用ということだが、時々、驚かされることが多い。上の子はBaby-led weaningで離乳した4歳の下の子と違って普通に離乳食を作ってやっていたので、これもbaby-led weaningの成果なのだろうか。
ところで、梅は1kg購入したが、700g程度の漬け込みしかしなかった。あとの300gほどはラム酒漬けとした。700g程度だと漬け込みは少し大きめの空き瓶で大丈夫だ。
簡便ついでに紫蘇もなし。

梅干しを漬けたくても面倒だと思っている方は空き瓶で漬けると簡単で余計な物を使わないのでいいですよ。

1)梅をよく洗ってヘタを取り、2~3時間ほど水につけた後、ざるにあけて乾かす。
2)ラム酒適量で梅を洗い、梅の重量20%程度の塩をまんべんなくまぶした後、
熱湯消毒し、ラム酒で洗った空き瓶の中に詰め込む。
数日に1回程度ひっくり返したりしてまんべんなく梅酢が浸透するようにする。
3)3週間ほど漬け込み、土用干しを2~3日かけて行う。
毎年、3~5kg程度漬けていたが、年々繰り越して余ってきているので今年は少量とした。
梅を並べて写真を撮って家に入ったら4歳になったばかりの娘が自分もカメラを使いたいと言い出した。勝手に撮っておいでとカメラを渡して一人で撮りに行かせた。撮り方も教えていないし、どうせちゃんとした写真は撮れないだろうが、カメラを適当にいじれば気もすむだろうと放っておいた。使っていたのはサブのさんざん使い倒しているNikon D50というやや古い一眼レフカメラでレンズも安物レンズだったので最悪、壊れてもあきらめがつく、それよりも暑い中、写真の撮り方を教えるのは面倒だった。
ところが、意外や意外、ちゃんと教えていないのに見よう見まねでカメラの操作も覚えているようで撮れたよとカメラを持ってくるだけでなくモニタに映して見せてくれた。その画像はぶれ防止効果レンズをつけていたことを差し引いてもシャープで自分の目線でちゃんと梅の美味しそうなところをとらえていた。横で見ていなかったのでわからないが、ぶれていない写真を見る限りでは姿勢もよく撮れていたのだろう。
恥ずかしながら表紙の↑写真は自分の写真だが、それは平面的で(まあ、親バカだが)娘の撮影した下の写真にかなわないと思った。
上の子供はこういったことで驚かされることがあまりなかったが、一番下の4歳の子は教えなくてもどんどん自分で色々なことを学んである程度の水準でできてしまう、器用ということだが、時々、驚かされることが多い。上の子はBaby-led weaningで離乳した4歳の下の子と違って普通に離乳食を作ってやっていたので、これもbaby-led weaningの成果なのだろうか。
ところで、梅は1kg購入したが、700g程度の漬け込みしかしなかった。あとの300gほどはラム酒漬けとした。700g程度だと漬け込みは少し大きめの空き瓶で大丈夫だ。
簡便ついでに紫蘇もなし。
梅干しを漬けたくても面倒だと思っている方は空き瓶で漬けると簡単で余計な物を使わないのでいいですよ。
1)梅をよく洗ってヘタを取り、2~3時間ほど水につけた後、ざるにあけて乾かす。
2)ラム酒適量で梅を洗い、梅の重量20%程度の塩をまんべんなくまぶした後、
熱湯消毒し、ラム酒で洗った空き瓶の中に詰め込む。
数日に1回程度ひっくり返したりしてまんべんなく梅酢が浸透するようにする。
3)3週間ほど漬け込み、土用干しを2~3日かけて行う。
梅のラム酒漬け
美味しそう
できあがりが楽しみですね
上のお子さん達が育った頃、人間の観察の対象は親だけだったけど、下のお子さんは、親と上の兄弟さんの行動をも観察しているのですから学ぶ範囲も広いのでは?
下のお子さんの進学先はもう決めているのですか?
これからの成長、ワクワクしちゃいますね。
シュタイナー学校などの事はお考えの中にありますか?東京にもシュタイナー学校あると聞いた事がありますが、最近の事情はどうなんでしょう?
写真の瓶はラム酒漬けではなくて干す前の梅です。
ラム酒は半年以上寝かす予定です。
>minikoさん
うちの下の子は上よりも好奇心旺盛ですね。それによくしゃべる。 これは子供同士の付き合いが上と違って(上がいるために)豊富にあるからかなと思っています。
でも、(IQで器用さをすべて表せないと思いますが、)一般的には上の子供の方がIQが高いという研究結果が70年代から得られているようです。
http://www.sciencemag.org/content/316/5832/1717.full
子供たちはシュタイナーではなく、モンテッソーリ教育をうたう幼稚園には通わせています(した)。恥ずかしながらモンテッソーリもシュタイナーもよく知らなくて子供が入園してからモンテッソーリを知ったぐらいです。モンテッソーリもシュタイナーも共通点があるようですが、シュタイナーの方が実践において厳しい気がしますが、どうでしょう。
子供の幼稚園の授業を見ていると自分が昔、アメリカで受けたのはモンテッソーリ教育だったかもしれません。 (幼稚園の名前は覚えていませんが、ニューヨークのCroton on Hudson にある幼稚園でした。) 小学校1年生に入学してすぐ日本に帰国しましたが、教育内容の違いかadjustするのに苦労した記憶はあります。そんな自分の経験から小学校をモンテッソーリ小学校、シュタイナー小学校などに通わせたりすると中学から日本では苦労するような気がします。
ただ、三つ子の魂百までというのでしょうか、その時の教育が今、役立っているとは思います。
私は子供の頃、大の学校嫌いで、幼稚園時代から大嫌いで、20代になって、子安美知子さんの本からシュタイナーを知りました。で、この学校だったなら私も楽しめたかも、、、?と、いつもうっすらと心のどこかにシュタイナー教育に思いを馳せます。手遅れですが、、、(笑)。
>小学校をモンテッソーリ小学校、シュタイナー小学校などに通わせたりすると中学から日本では苦労するような気がします。
そうですね。同感です。
私は北海道出身なので教育システムは本州とちょっと異なりがあると思いますし、判断は難しいです。
北海道では普通、自分のレベルに合わせて公立の高校へ進学します。
更に、私は今40代で、アメリカに居ますので日本の教育システムも、ああ、きっと、私が十代で困っていた時とは違うのだろうなあ、、と、思います。
私は三姉妹の末っ子で、すぐ上の姉は勉強も運動もとても良く出来て、彼女は街で一番良い公立高校に進学し、私は、父の憂慮で公立高校は受験せず私立の女子高校に進学しました。
本当は私は何処にも進学したくなかったんです。
しかし、私は芸術の素晴らしさに、その高校で出会いましたので、幸運だったと思います。
なので、高校時代は姉とは全く違う経験で、お互いの違いを分かち合い、お互いの違う経験を面白がって色んな話をします。それは、とても楽しい事です。
私は夏目漱石の「こころ」が大好きで、kが先生に言う、「向上心のない者は馬鹿だ。」というセリフが大好きです。kのその言葉は、先生をとても傷つけてしまったのでしょうけど、私は、負けそうに感じる時、kが「向上心のない者は馬鹿だ。」と、耳元でささやくんで、とても助けになります。
ああ、ちょっと脱線しちゃった?すみません。
自分が好きな福沢諭吉翁の言葉に「学問は米をつきながらも出来るものなり」「学問の本趣意は読書のみにあらずして、精神の働きに在り」とあります。その言葉と自分の経験と子供達を見ているとこうも思います。確かに環境は大事ですが、自分の中に眠っている資質、才能、物事に対する興味などは向上心と本質を常に探そうと言う姿勢さえあれば環境が違ってもいずれ出てくる物ではないかと。
「学問は米をつきながらも出来るものなり」「学問の本趣意は読書のみにあらずして、精神の働きに在り」
素敵だー!
>小学校をモンテッソーリ小学校、シュタイナー小学校などに通わせたりすると中学から日本では苦労するような気がします。
そうですね。同感です。
に、ついて、ずっと考えてました。
で、思い出したのが河合隼雄先生。
河合隼雄先生のどの本だったか忘れたけど、
「アカデミックな言葉で話さなければならない。」って、言葉があって、それを思い出したのです。
小学校をモンテッソーリ小学校、シュタイナー小学校などに通わせたりすると、中学校で、きっと「共通言語」(?) で、話せないという、状況が待ち構えているのですね?
自分が見た限りではモンテッソーリは具体的な物を感覚的にとらえる力を養うにはとても良い教育と思います。自分も小学校低学年の時はアメリカで多分受けたであろうモンテッソーリ教育が役立ったと思います。大変優秀な生徒でした。
しかし、小学校中学年頃からつまづいてしまいました。急に内容が難しくなったからですが、難しくなった理由は小学校中学年頃からは抽象的な概念、事柄を扱うようになるからだと確信しています。算数で言えば指を折ったり、具体的な物、お金とかに置き換えて考えられたのに、今度は小数や分数など頭で考えなければならないようになってくる。国語なら漢字や短文ですんでいたのに、文章の構成を考える必要が出てくる。複雑な文法や接続詞の働きに気を使わなければならなくなる。
感覚ではなく理論的に物事を考えなくてはいけなくなるのです。まさに河合先生のおっしゃる「アカデミックな言葉」を使う訓練がこの頃から始まるのだと思います。
この訓練は要領が良くて頭のいい子は一度で出来るんでしょうが、残念ながら大半の凡庸な子はかなりの反復と詰め込みでないとできないと思います。モンテッソーリでこの詰め込みに対応できるかどうか、、、そしてシュタイナー教育の聞きかじりでは論理的思考訓練は14歳からとありました。昔、世の中で必要とされる知識が少ない時代、決断に時間をかけても良い時代はそれでも良かったのかもしれませんが、現代社会、短時間で持てる知識をフルに活用して論理的に思考して即断即決が尊ばれる社会では若いうちからその訓練をする必要があり、実際、日本の小学校教育もそうであり、シュタイナー教育でやってくると中学校で苦労するんじゃないかと感覚的に思いました。
ところで論理的思考を要する仕事を別とすると整形外科の仕事はほとんどが2次元的な情報を頭の中で3次元に再構築する仕事です。これは大人になってからでもある程度訓練でできますが、感覚的な物で幼児の時に受けた教育が今役立っていると思います。
orthoさんのことば、
ところで論理的思考を要する仕事を別とすると整形外科の仕事はほとんどが2次元的な情報を頭の中で3次元に再構築する仕事です。これは大人になってからでもある程度訓練でできますが、感覚的な物で幼児の時に受けた教育が今役立っていると思います。
得に、
2次元的な情報を頭の中で3次元に再構築する仕事です。
って、言葉を思い起こしました。
凄いです。もの凄いお仕事をなさってるのだと、増々尊敬です。
ところで前回の文章を書いた後、思ったことですが、人間の営み、技、artというものは次元をどれだけより良く変換することが、良い仕事や画期的な仕事につながるのではないでしょうか。
音楽、楽器演奏は楽譜という2次元を指先の動き、時間と4次元以上の多次元に変換するし、絵画も3次元を2次元に変換する技を元にしています。さらに言うならばシュールレアリズムなどは時間さえも加えつまり多次元を2次元に変換してしまいます。
現代美術に対して良くはわかりませんし、minikoさんにこんな事を言うのもおこがましいですが、現代芸術はどれだけ沢山の次元を変換出来るかの試みの歴史のような気もします。
絵画と建築、ビデオと音楽、そしてパフォーマンスを一緒に綺麗にまとめるといった試みはその最たるものだと思いますが、いかがでしょうか?
この認識はあってますか?
そういった試みに比べれば自分の場合、せいぜい1次元を加えた程度の変換でそれも定型的で、正解は主に一つの事を扱っておりますので面白みに欠けます。もっとも正確さが画期的なことよりも重要だし、そのこと自体が自分にとって面白いので日々気になった1~2の症例は帰り道などでもう一度頭の中でレビューをする努力はしています。
残念ながら、私は世界で活躍なんてしてないんです。もがいてるってゆうか、ぬかるみにはまった足をどうにかして次のステップに進めようか?と、困ってる。っていうのが現状の私です。
orthoさんの次元の変換、この、着目点は面白いです。読みながらワクワクしました。orthoさんの芸術感、もっとお聞きしたいです。
orthoさんのお子さん達は、どの分野に将来進むのでしょうか?楽しみですね。
なんにしても、私は勉強不足です。
それ以降、写真を写しただけというのは本当にわかってしまうものだろうか?とずっと疑問に思っていました。
写真を写しただけの絵画を言いあてる自信は今でもありませんが、写真を描いたのは2次元を2次元、そのままに対し、実際に目で見た風景、それもその時間内にうつろいゆく情景、おそらく前者は3次元、後者は4次元、それを実際に描くのと写真を写しただけでは違うというのはなんとなく想像ができます。
おそらく次元の変換が行われた時点で作者の解釈、感情、その他が織り込まれるのではないでしょうか。
もちろん次元の変換など現実世界では無理でそれこそ「神」でなければできない業です。
だからこそ芸術を通して人間は一種の神秘的体験、もしかして「神」に近づくことができるのではないかと無意識のうちに感じているのではないかと思っています。太古から芸術と宗教が密接に関わっているのはこういったことも関係しているんじゃないかと思っています。
ところで、子どもたちの成長を見るのは楽しみですが、一方で色々なことができるようになる様を見るとその分だけ自分が老いていく事を実感して少しさびしい気もします。
何事にも時がある。
生きる時、死ぬ時。
私が最も愛し尊敬する芸術家。
天才って、この人の為にある言葉だと思う。
彼は磨かれてないダイアモンドの原石。
美術界では、彼は未だ、正しく評価されていない。彼こそがまさに、最も重要な現代美術のパイオニアだ。
と、私は思う。
Dan Grahamとの出会いは21年前、美術評論家の中村信夫氏が主催されてる、当時cask、(現在CCA北九州)で、Dan Grahamが一週間のワークショップに招かれ、それに私が生徒として参加した時です。
その、ワークショップは私にとっては津波と地震が一緒に来たくらいの衝撃でした。芸術に対する態度が、「これ」なんだ!って、たたきのめされた気分。悩み、泣いたけど、清々しい、新しい出会いだった。
それ以来、彼は私の師であり友人、そして、命の恩人。
私がイギリスで一番辛かった時、毎日のように、「君はアーテイストだ。」と、念仏を唱えるかのごとく、同じメッセージの絵はがきを送ってくれた。それは、パニック状態のピアノを調律するかのがとく、私の心を冷静にさせた。
そんな親切を受けながら、それでも、間違いをし続けた私なんだけどーーー。ーーーー。
Dan Grahamは今、私の夫であります。今年の1月に結婚しました。
Dan は、私よりずっと年上だけど、私よりずっとアバンギャルドな作家で、私はDan より若いけど、Dan よりずっと、オールドファッションな作家だと思います。
「悩めるダンさん。」という作品を
http://www.houldsworth.co.uk/exhibition-view/sweethearts-artist-couples/1/7
見て、絵もそうですが、絵に書いてある日本語の「悩めるダンさん。」の字体が、どことなくユーモラスでお互いかなり信頼関係にあるとは思っていましたが、まさかその方と結婚されていたとは、、
公私ともに認められているということですよね。ただ、ただ、すごいとしか言いようがありません。
自分の場合、師、mentorと呼べる先生が10年ほど前に急逝されてしまってその後、そのような先生を持てずに来てしまったので師、mentor がいつでもそばにいるというのもうらやましいことです。
http://www.houldsworth.co.uk/exhibition-view/sweethearts-artist-couples/1/7
で、見れる、Danと私の写真はその時の、シテイホールでの写真です。
両親にも事後報告でしたが、「また結婚!?」っていうのが、父の第一声でした。。。(バツイチ、、つらいねー。。。)
母がDan を「ダンさん」と、呼ぶので、しかも、その感じが可愛らしくて、私もふざけて「ダンさん」と呼びだしたら癖になり、周りの日本人の友人もDan を「ダンさん」と呼ぶようになってしまいました。。。
そうですね、mentorと呼べる先生がいつも一緒に居るのは、、、、時々、壮絶な戦いになります。私は生意気だし、彼はストロングオピニオンを持った毒舌家だし、天才との暮らしは時に楽ではありませんが、愉しいです。
アメリカは結婚は州によって許可証をもらったり大変だ、ネバダは簡単に結婚できるから皆、ラスヴェガスで結婚する、と聞いたのですが、ニューヨークはそうでもなさそうですね。
天才、mentorとの暮らしは毎日が合宿のようで楽しそうですが、確かに大変そう(笑)。
はい、とても幸せです。。。うふふ。
ニューヨークも簡単に結婚できました。なんせ、次の日でしたから、、、。
合宿?そうですね~、それとか、放課後の部活動って感じもあります。たった二人で住んでるのに、なんだかにぎやかです。
BLWのこと、はじめて聞きました。
が、七ヶ月少し前から食事を与えて、もうすぐ八ヶ月の息子を離乳食でなく、米粒そのまま与えている私にとっては、BLWに関するこちらのブログの記事は関心が高く、読み漁っています(笑)
しかも、ユニセフの研究報告とは…!
息子は米粒そのまま与えても、よくもぐもぐして飲み込む時はつぶつぶになっているし、うんちは黄金色、いつも元気!なのですが、離乳食離乳食とみんないってくるので、実際どうなのかな?と疑問がありました。
BLWという面白いことを聞いてしまっては、更に離乳食作りからは遠のきそう…(笑)
参考にもっと読ませて頂きます。
ありがとうございます。
日本だとユニセフは途上国の子供たちの援助だけしているという風に思われがちですが、様々な国のユニセフ支部は独自に研究をしていたりするんですよね。もちろん中央にも研究所があります。(機会があればイノチェンティ研究所で検索してみてください。)日本の子供たちも様々な問題を抱えているし、金集めて途上国に送るのも必要なことでしょうがもっと自国のためにも科学的な研究をして欲しいと思います。
ところで、うちは離乳の時期はとっくに終わっていて4歳ですが、離乳期は今思うとあっというまでした。離乳の時期って1年もないわけで長い人生から見ると一瞬なんですよね。太古には離乳食のレシピ本なんて物は無かったと思うし、それよりも生きることに精一杯で離乳食どころじゃなかったろうし(笑)、たぶん人類が滅びていないってことは離乳食はそれほど大事じゃないんじゃないかな、と思っています。 まあ、そんな人生の一瞬のために目の色変えて離乳食のレシピとか一生懸命になる必要はないんじゃないかと。。そして何よりも、、、乳児は何もわかっていない、と思われがちですが、結構、彼らはわかってますよ。食事のことはもちろん、そのほかのことも。だから無理に離乳食は作らなくても彼らが欲するものを与えればいい、彼らは自分でわかっている、とBLWを実践して確信しています。
とりとめもなく書いてしまいましたが、これからもよろしくお願いいたします。
追伸:BLWのレシピ本なんてものも巷にありますが、これって矛盾しているように感じています。