第2話『見てるか魔王。この世界は腐ってなんかいない』
『何をやってるんですかぁっ! いきなり魔王の前に飛び出すなんて自殺行為も同然ですよ!?』
魔王が去ってすぐ、僕の頭にわんわんとテレパシーじみた声が響いた。
女神様の声である。どうやら天から思念を送ってきているらしい。
「いいえ女神様。あいつは僕の主張に耳を傾けてくれた。和解の余地は十二分にあると思います」
『あーもう……一度そっちに行った以上、もう天界に再召喚はできませんからね。とりあえず最低限の必須アイテムだけ追加でそちらに転送しますから』
「ありがとうございます」
僕が感謝の言葉を述べると、目の前の空間がぐにゃりと歪んで、布製の粗末なリュックが出現した。
しゃがんで開いてみると、短いナイフや回復薬らしき小瓶、銀貨が詰まった巾着袋などが入っていた。最低限の軍資金が貰えるのは素直にありがたい。
「ん……?」
だが、よく分からないものも入っていた。
白い布で編まれた簡素な上下の服。ビジネスホテルや健康ランドに備え付けの館内着に似ている。僕が今着ているのは地球製の服(安物のシャツとズボン)だから、不自然でないよう現地の服に着替えておけということだろうか。それにしたってあまりに簡素な服すぎると思うが。
「女神様。この衣服は?」
『それはこの世界における標準的な衣服です。今のあなたが着ている服のまま人前に出たら、寝巻でうろついている不審者のように扱われます。早急に着替えておいてください』
「どちらかというと、この服の方が寝巻っぽいんですが……」
『着ればすぐに分かります』
僕は首を傾げたが、この世界の常識というなら仕方ない。シャツとズボンを脱ぎ棄てパンツ一丁になり、しかる後に女神様から授けられた簡素な服に袖を通す。
途端に変化があった。
ビジホの寝巻も同然だった服がみるみるうちに変形し、革の胴当てや篭手を伴った装備――いわゆる『駆け出し冒険者』らしい服装になったのだ。
「おお。これは……!」
『お分かりいただけましたか。その服は魔力由来の繊維で編まれていて、着用者のステータスに合わせて形状変化します。たとえば戦士職なら鎧のように、魔法職ならローブのように。今のあなたはどこからどう見ても『駆け出し冒険者』といえる雰囲気でしょう?』
「便利な服ですね……防御力とかはどうなんですか?」
「あなたに授けたのは普及品レベルの服なので、大した性能ではありません。装備としての性能を重視するのであれば、より魔力濃度の高い繊維で編まれたものを自身で調達してください」
ふむふむと僕は唸るが、少しばかり疑問が湧く。
「使用者のステータスに合わせて形状が変化するというのは戦闘において確かに有用だと思うんですが、日常生活でも常にこの服を着ることがこの世界の常識なんですか?」
『ええ、そうです』
「冒険者でなくとも?」
『はい』
「なぜそんな奇妙な常識が?」
女神様がふぅとため息をつくような気配があった。
『その世界においてステータスというのは容姿でありファッションですが――みだりに他人に公表できないセンシティブな情報でもあるんです。さきほどの魔王との会話であなたも分かったでしょう』
確かに、いきなりステータスを晒したら露出魔のような扱いをされてしまった。
『ですので、衣服を通じて間接的に自分のステータスを表現するんです。直接的な数字は他人に教えられずとも、服の状態を見ればおおよその雰囲気が掴めますから』
「詳細なバスト数値は分からずとも、服の膨らみを見ればだいたい何カップくらいかは推測できる……それと似た理屈ですね?」
『呑み込みが早くて助かります。比喩は最悪ですけど』
僕はふと思い出して背後を振り向いた。そこには魔王にやられた冒険者たちがまだ寝転がっている。女性冒険者はやはり胸元や太腿が素敵な感じで露わになっている。
「あの人たちもこれと同じ性質の服を着ているんですか? 女性はかなり布地が少なめですが」
『ええ。露出しているように見える部分は服が密着して透明になっているだけで、防御力は変わりません。そしてさきほども少し言及しましたが……基本的にこの世界の女性の衣服は、文化上の都合で露出が多くなる傾向があります』
「その点、できるだけ詳しく教えていただけますか?」
僕がすかさず食いつくと、女神様は呆れるように溜息をついた。
『衣服の布地は性的魅力たるステータスの反映ですから。布地の面積が大きければ大きいほど羞恥心を覚えるのは自然な理屈でしょう。つまりこの世界では、服を見せる方が肌を見せるよりも恥ずかしい――ということになるのです』
「待ってください。それなら品格や貞淑さが求められるご令嬢的な女性は、さぞかし露出だらけの素晴らしい服装になってしまうんじゃないですか?」
『まあ……わりとそんな感じではありますが……』
女神様の回答に、僕は思わず歓喜に天を仰いでしまった。目尻を伝う涙が止まらない。
見てるか魔王。この世界は腐ってなんかいない。輝かしい希望に満ち溢れている。
「――いや、ちょっと不安もありますね。その理屈だと男も露出が多いんですか? それは個人的にあんまり見たくないんですが」
『いいえ。あくまで一般論ではありますが、男性の場合は己のステータスを誇示したがる傾向がありますので、女性ほど布地が少なくなったりはしませんね』
「なるほど。筋肉を見せびらかしたくて隙あらば脱ぐマッチョと同じ理屈ですね」
『妙にさっきから比喩のキレがいいですね』
よく見れば転がっている男性冒険者は変態的な服というわけでもない。ごく健全なファンタジー装備だ。本当によかった。
ふと、ここで僕はある事実に気づいた。
「ステータスを見せびらかしたい場合は布地が大きく、隠したい場合は布地が小さくなるということは、布地の大小については本人の裁量が効くわけですね?」
『そうですね。イメージによって調整可能です』
「じゃあ厚着している女性はアピールしたがりということで――かなりのドスケベ趣味という解釈で合ってますか?」
『……理論上は』
僕は拳を握って歓喜に吼えた。
見てるか魔王。僕は早くも新しい扉を開きそうだぞ。これまで単純に肌色を喜ぶばかりだったが、これからは厚着している女性にも著しく興奮できてしまいそうだ。ステータスには反映されないだろうが、人としてのレベルが上がったのを感じる。
『……ともかく、何か他に質問はありませんか? あなたの心身が地上に馴染めば、私からの干渉も難しくなります。疑問などがあれば今のうちに』
「ではお尋ねします。もし僕が魔王と和解してこの世界に平和をもたらしたら、その暁には女神様ともハーレム前提でのお付き合いを希望したく思うのですが可能性のほどは」
『はい、もう質問はないみたいですね。幸運を祈ります』
ぶつっ、と。
強制的に遮断するように念話はいきなり途絶えた。どうやら僕の質問は聞こえなかったらしい。残念だ。いつか機会があればまた確認してみよう。
「さて……ん?」
地響きがするのに気づいて荒野の向こうを振り向いてみれば、救援らしき馬車の一隊が土煙を上げながら迫ってきていた。恐ろしく速い。自動車以上だ。魔法的な異世界技術で何かしら強化されているのかもしれない。
ちょうどいい。僕も魔王にやられた冒険者のフリをして、そのまま最寄りの街まで運んでもらおう。
さあ、ここから夢にまで見た異世界での冒険が始まる。
このエロスに溢れた世界でなら、僕はきっとどんな困難にも立ち向かっていける。魔王とだって絶対に和解してみせよう。
熱い情熱を胸に抱きつつ、僕はビキニアーマーのお姉さんに添い寝する形で狸寝入りした。