キャパの十字架 沢木耕太郎著
戦争写真の真相を追う旅
「一粒で二度美味(おい)しい」という。本書は「五度美味しい」作品か。
ノンフィクションの大御所が一枚の写真を巡って、歴史の検証から、スペイン~パリ~ニューヨークへの旅を通して写真に秘められた謎解きに挑む。まるで犯人を追い詰めるかのような手に汗握る攻防が展開され、しかもノンフィクションだ。最後には長年巣くってきた胆石でも取り除かれるかの解放の瞬間が待っている。付き合わされる読者も憑(つ)き物が落ちた気分だ。だから五度である。
「崩れ落ちる兵士」。1936年、ロバート・キャパがスペイン内戦で収めた写真がフォトジャーナリズムの最高峰として世界中に衝撃を与えたのは今さらいうまでもない。戦場で撃たれ、今まさに倒れようとしている死の瞬間を捉えた写真はいまだかつて記憶にないリアリティーそのものだからだ。が……
キャパがインドシナで地雷に巻き込まれ命を落して20年余りが経(た)ち、「崩れ落ちる兵士」の真贋(しんがん)問題が持ち上がった。あまりの見事な瞬間の切り取りに違和感が投げかけられたのだ。撮影の場所や状況、手法等々、全く明らかにされず、写真のネガもない。果してキャパが撮ったものなのか? 謎が謎を呼び、疑念は深まる。そもそも、キャパ自身、出世作について語ろうとしなかった。
「キャパの虚像を剥ぐのではなく、本当のことを知りたかった」
著者も違和感を覚えた一人で、"胆石"として今日まで抱えてきたこの問題にメスを入れる時がきた。キャパに対して「同じ『視(み)るだけの者』としての哀(かな)しみを見出し、『同類』としての共感を覚えるようになった」ことが著者の真相を求める動機の背景にあった。歴史を改めるかもしれぬ取材であり、生半可な覚悟では臨めない。手掛かりは一枚の写真のみ。「穴のあくほど」というが、著者の手元の写真はまさに穴があいていたのではないか。それだけを頼りに当時にタイムスリップする。現場の丘を日が暮れるまで登り下りを繰り返す。キャパになりきり当時使用したカメラで時・場所・アングルを変え試写する。そして、著者は写真との会話に成功した。同業者として真実追求の姿勢に脱帽、そして執念を感じずにはいられない。
(ノンフィクション作家 黒井克行)
[日本経済新聞朝刊2013年3月31日付]