映画「筆子その愛ー天使のピアノ」(常盤貴子主演)の主舞台となっている日本初の知的障害児施設「滝乃川学園」の創設者石井亮一が、アメリカのセガン創設になる生理学的学校を訪問し、セガン亡き後同学校を運営していたセガン夫人から「セガン教具」を譲り受けた。我が国初の「セガン教具」導入の知的障害教育の出発であった。
だが、その「本物のセガン教具」は学園の不幸な火災によって焼失してしまった。わが国には、それ以降、「本物のセガン教具」は存在しない。レプリカのようなものはあるのだろうか?私は知らない。
(以上前置き)
私が「セガン教具」と対面したのは、2004年秋。フランスの知的障害教育史にかかわる歴史展示の会場片隅にひっそりと置かれていた。セガンの扱いも小さかった。そのころの私は、セガン研究を進める意志はほぼなく、単なる興味本位でその会場にいただけだ。だけれど、「セガン教具が常時展示されている、それはパリ医学史博物館だ。」という情報は頭に入っていた。
2009年、同博物館を訪問し、ガラスの向こうに展示されているのをリアルに知った。それで、同館の係員に直接撮影の願いをした。幸い、「手で触ってもいいわよ。」とのプレミアムまでついた撮影ができた。撮影結果は公開してもいい、ということだった。
帰国後、すぐ、「セガン教具」写真を勤務大学のサーバーに置いている我がHPで公表した。私自身は研究をそこまで進める意志はまったくないので、どなたかが利活用してくださるといいなあ、と願っていた。何せ、今やわが日本では目にすることができない実物「セガン教具」なのだから。
思わぬ方面から問い合わせがあり、研究に使いたいとの申し出をいただいた。とてもうれしいことだった。セガン研究者からは何のリアクションもないのが不思議であり、セガン研究の底の浅さを知った瞬間でもある。
問い合わせをいただいた方は、私の公開をきっかけに、ご自身がさらにセガン教具の存在を求めて渡仏され、新たな教具存在を明らかにされ、博士論文の一節にまとめられた。
こういう研究発展こそ、望ましい姿だと、心の底から思う。この方は、なおもセガン教具の実際を追い求めたいと考えておられ、三度、渡仏される。付いていきたいなあ、と思う。
この方は、セガン研究者ではない。なのにこの探究欲!「セガン研究の権威者」たちはいったいどうしてるのだ!私はセガン教育そのものを追求する能力がないので、別の課題を設定して、セガンを学んでいるのだけれど。
だが、その「本物のセガン教具」は学園の不幸な火災によって焼失してしまった。わが国には、それ以降、「本物のセガン教具」は存在しない。レプリカのようなものはあるのだろうか?私は知らない。
(以上前置き)
私が「セガン教具」と対面したのは、2004年秋。フランスの知的障害教育史にかかわる歴史展示の会場片隅にひっそりと置かれていた。セガンの扱いも小さかった。そのころの私は、セガン研究を進める意志はほぼなく、単なる興味本位でその会場にいただけだ。だけれど、「セガン教具が常時展示されている、それはパリ医学史博物館だ。」という情報は頭に入っていた。
2009年、同博物館を訪問し、ガラスの向こうに展示されているのをリアルに知った。それで、同館の係員に直接撮影の願いをした。幸い、「手で触ってもいいわよ。」とのプレミアムまでついた撮影ができた。撮影結果は公開してもいい、ということだった。
帰国後、すぐ、「セガン教具」写真を勤務大学のサーバーに置いている我がHPで公表した。私自身は研究をそこまで進める意志はまったくないので、どなたかが利活用してくださるといいなあ、と願っていた。何せ、今やわが日本では目にすることができない実物「セガン教具」なのだから。
思わぬ方面から問い合わせがあり、研究に使いたいとの申し出をいただいた。とてもうれしいことだった。セガン研究者からは何のリアクションもないのが不思議であり、セガン研究の底の浅さを知った瞬間でもある。
問い合わせをいただいた方は、私の公開をきっかけに、ご自身がさらにセガン教具の存在を求めて渡仏され、新たな教具存在を明らかにされ、博士論文の一節にまとめられた。
こういう研究発展こそ、望ましい姿だと、心の底から思う。この方は、なおもセガン教具の実際を追い求めたいと考えておられ、三度、渡仏される。付いていきたいなあ、と思う。
この方は、セガン研究者ではない。なのにこの探究欲!「セガン研究の権威者」たちはいったいどうしてるのだ!私はセガン教育そのものを追求する能力がないので、別の課題を設定して、セガンを学んでいるのだけれど。