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ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

セガン研究話 1

2015年12月20日 | 日記
セガン研究話 第1回

 研究という道を歩んできて、小さな手掛かりがひょっとして大きな意味を持つかもしれないと思い、可能な限り歩き回り、関係する〔した〕であろう人や機関に訊ねもする。それが出発であり、そして終わりでもあるのがぼくの研究スタイルである。


第1部

 知的障害教育の開拓者といわれるエドゥアール・セガンに関しては、彼のその偉大な業績のバックボーンにはひょっとして彼の生育史が絡んでいるかもしれないと思い、特に力を入れてきた。先行する研究には多く「セガン生い立ちの記」がつづられているので丹念に読んだが、すべてが実証のための史資料の類の批判読みからは言及されていないのだ。だが、それらの研究に見る「生い立ちの記」はほとんど同一内容であるから、根拠とする共通資料があるのだが、その共通資料も、はるか後日のセガン自身による「回想記録」であったり、セガン葬儀の時の「友人たちの葬別の辞」であったりしていて、とても当事資料とは呼べないものばかりだ。
 誰でも生誕の地を持つ。そしてそここそ「生い立ち」のコアとなるようなものが存在すると信じる。父親によってその名が行政戸籍係に届けられたオネジム=エドゥアール・セガンは、フランス共和国クラムシー市の生まれ。それとは違う地名「オセール」を明記したのは『ニューヨーク・タイムズ』紙のセガンの訃報記事(1880年)のみだ。まさかそれをそのまま受け入れる人はおるまいと思ったのだが、教育学博士にして二つの大学の名誉教授、現大学院大学の教授津曲裕次氏の最近年の論稿「セガンとその教具」(2010年)の中で書かれているのを知り、たまげた。だって、津曲氏は、彼自身の手になるセガン生育史論「「白痴の使徒」エドワード・セガンの生涯」(1969年)では「クラムシー市」と書いているのだから。失礼ながら、何を考えているんだか、と思わざるを得ない。1969年の氏の論稿発表以降、有力なセガン研究者によって幾編かの生育史が綴られ、かつ2004年にはセガンの出生証明書(のコピー)まで公開されているのだから。生誕の地がクラムシーとオセールとでは「コア」となるものが異なってこように。
 それはともかく、「クラムシー」が生誕の地であることは津曲氏の2010年論文を除いて、すべての研究で共通している。そこで、セガン研究にとって、「クラムシー」をセガンの生育の「コア」となるものがある、という前提で理解する。生まれた、すなわち、育ったという等式を自明にするわけだ。さらには父母も家族史も環境もその生育史の「コア」理解に総動員される。
 そして「神話」が生まれる。我が国において初めて学術論文(修士論文、東京教育大学)の主題としてセガンを取り上げた松矢勝宏氏が、1980年頃クラムシーを訪問して、帰国後ただちに綴ったエッセイに、「クラムシーは、まさに、知的障害教育の開拓者セガンを生み出すために存在する」と。優れた家庭環境、愛情いっぱいの父母、子どもの自然の発達に寄り添う親のかかわり、自然環境の存在…。ルソーの『エミール』そのものものだ、と。『エミール』を「差別の書」として読む視点から言えば松矢氏の訪問記はどう読まれるべきだろうか、という疑問を挟むことさえ憚れる筆致だ。まさに「神話」である。
 セガンを語るどの研究も、多少、セガンの「ルーツ」を書いていた。ほぼ皆同じだから、話の出所が同じなのだろう。共通しているというのは、1.セガン家は、地域で、代々が医療を営む名家である、2.しかも、その世界では最高位を究めている、というところだ。しかし、3.母系には一切触れられていない。
 3.などは、なるほど、さすがフランスだな、父権社会だからなあ、と妙な感心をしたものだ。そして、それをそっくり真似してセガンのルーツを綴っている我が国の研究者たちも、父権社会論に平伏しているってわけだ。ただ、先に挙げた津曲氏は、「母親は敬虔なクリスチャンだった。」とそれだけ触れているのが、例外と言えば例外だろうか。しかし、どんなに史料をめくってもそのことを断定するだけの史実には行き当たらない。何をもってそのような記述になったのか、そしてその意味するところがなになのか、不明である。たぶん、ぼくがセガンにこだわりを持ち始め、持ち続けたのも、ここら辺に発端があるように思う。

(写真は、上から、クラムシーの歴史を象徴する文化すなわちサン=マルタン教会塔、筏師立像を収めた薄暮のクラムシー氏光景。サン=マルタン教会塔から街の中心部を走るグラン=マルシェ通り光景、写真手前を左折すると旧セガン家家屋に行き当たる。3枚目は2003年7月末旧セガン家の扉前で旅の同行者に講話する、わが国の代表的なセガン研究者清水寛氏。)


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