ヨーロッパ史の中心で輝き続けた一族
ヨーロッパの歴史を語る上で、決して欠かすことのできない「ハプスブルク家」。
神聖ローマ皇帝を世襲し、広大な領土を支配し続けたその歴史は、まさにヨーロッパの歴史そのものと言っても過言ではありません。
ヨーロッパ史は、その長大で複雑さゆえに「どこから学べばいいか分からない…」と感じている方も多いのではないでしょうか。高校の世界史の時間が苦痛だったという人も少なくありません。
そんなあなたにこそ読んでほしいのが、「マガポケ」で連載中の歴史漫画『ハプスブルク家の華麗なる受難』(原作:あずま零、漫画:稲谷、監修:菊池良生)です。いよいよ今年12月9日(火)に待望のコミックス第1巻が発売されます。
史実を丁寧に追いながらも、ユーモアを交えて描かれるハプスブルク家の「受難」の日々。この記事では、漫画の魅力と共に、彼らが歩んだ歴史の序章を解説します。
始まりは一人の「貧乏伯爵」だった - ルドルフ1世
ハプスブルク家の輝かしい歴史――その礎を築いたのは、13世紀のルドルフ1世でした。
もともとはスイスに小さな領地を持つに過ぎない、いわば「貧乏伯爵」。彼が神聖ローマ帝国の君主に選出されたことから、一族の運命は大きく動き出します。
なぜ「貧乏伯爵」が選ばれたのか? それは、当時の有力諸侯たちが「自分たちを脅かさない人物」を求めたからでした。
しかし、彼の前には、ルドルフ1世の皇帝選出を認めないボヘミア王オタカル2世が立ちはだかります。
ルドルフの選出に公然と異を唱えたのが、当時中欧に一大勢力を築いていたボヘミア王オタカル2世でした。皇帝の座をかけた両者の対立は避けられず、1278年、ついにマルヒフェルトの地で激突します。
兵力で劣ると見られていたルドルフでしたが、周囲も驚くほどの巧みな戦略を展開し、この決戦でオタカル2世を討ち取って劇的な勝利を収めると、オタカルが支配していたオーストリアをはじめとする広大な領地を獲得します。
そしてルドルフは、そのオーストリアを自らの息子たちに与えました。この一手こそが、その後600年以上にわたるハプスブルク家によるオーストリア支配の始まりであり、一族繁栄の礎を決定づける歴史的な瞬間でした。
一方で、彼は教皇からの戴冠(ローマでの戴冠式)は生涯叶いませんでした。教皇からの戴冠を受けないと正式に皇帝に即位することができないため、彼は死ぬまで「皇帝」となることはできませんでした。栄光の裏にある「受難」もまた、ハプスブルク家の歴史の始まりを象徴しています。
本作では、そんな彼の成り上がり物語が、人間味あふれる描写と共に活き活きと描かれています。
野望と挫折、そして「詐称」 - 個性豊かな後継者たち
12月9日(火)発売の第1巻には、ルドルフ1世の後のハプスブルク家を率いた個性的な当主たちが続々と登場します。
<野心が生んだ悲劇 - アルブレヒト1世>
父・ルドルフの野心を継いだアルブレヒト1世。しかしその強引なやり方は反発を招き、最後は甥に暗殺されるという悲劇的な最期を遂げます。権力をめぐる対立からもたらされた「受難」は、歴史の非情さを物語っています。
<壮大な経歴詐称事件 - ルドルフ4世>
その後、皇帝位から遠のいたハプスブルク家の権威を再び高めようとしたのが、ルドルフ4世です。
彼は、当時存在しなかった「大公」と爵位を名乗るために、なんと偽の特許状と手紙を捏造し、皇帝に提出するという大胆な行動に出ます。しかも、この「手紙」は、「誰が見ても明らかな偽文書」でした。これは、皇帝から厳しい処分を受ける可能性が高い危険な行いでした。ルドルフ4世は、なぜわざわざこのような行動に出たのでしょうか?
この「大公詐称事件」は、ルドルフ4世という傑物の破天荒さを象徴するエピソードとして、歴史好きなら見逃せないポイントです。
歴史好きこそ、ニヤリとする面白さ
本作の魅力は、単に歴史を分かりやすく解説しているだけではありません。
史実の裏側にある人間ドラマや、歴史上の人物たちの意外な一面を、漫画ならではの表現で巧みに描き出しています。
「あの事件の裏には、こんなやり取りがあったのかも…」
「この人物、教科書では一行だったけど、こんなに面白い人物だったんだ!」
そんな発見が、ページをめくるたびに待っています。歴史の知識があればあるほど、散りばめられた小ネタに思わず笑ってしまうはず。壮大なハプスブルク家の、そして教養としてのヨーロッパの歴史を学ぶ、最高の入門書となる一冊です。