TS転生ラルトス♀はサーナイトになりたくない! 作:サーナイト過激派
見たからには、やるしかねえ!
ドサッ
「あ、あぁっ……!」
ギロリ
私の手持ちの最後の一匹が倒れて、ボールに戻すのを見届けの赤い眼光が、私を射抜いた。
怖い、怖くて仕方ない。
もう、私の身を守ってくれるポケモンは、手持ちにいない。
みんな、みんなやられてしまった……。
「グルルルルルルゥ……」
「ガァアアゥ……」
唸り声をあげるポケモンの群れ、
ざり
思わず一歩後ろに下がれば、群れもまた一歩、私のほうへと近付いてくる。
辺りに散乱するのは破壊された夜営の跡。
尻尾の一振りでかき消された焚き火の跡。
辺りに飛び散ったみんなの血の跡……。
それらを踏み締めて、少しずつ、少しずつ此方に近付いてくる。
ピクリともしない、皆が入っているボールに触れていく……誰か、誰か起きてと、すがるように。
わかってる、戻す直前の皆は、完全に満身創痍だった。
意識の有無すら、命すら怪しい状況で……早く安全な場所で治療しなきゃ、村に戻って休ませてあげないと、なんて、思って……。
「グォオオッ!」
「ひっ……!」
逃避は、そこまでだった。
群れの中だ一際大きな個体が、私を睨んで咆哮をあげた。
その瞬間、一番小さな……と言っても私が見上げる程の巨体ではあるけど……個体が、身構えた。
逃げなきゃ、そう咄嗟に思うけれど、体は震えて言うことを聞かなくて……。
ただ、震えて立ち尽くす事しか出来なかった。
「ガァアアアアアアアッ!」
そして、此方へと駆け出したさめはだポケモンガブリアスの咆哮が響いた。
ビリビリと体が震える程の声量、あっという間に目と鼻の先で光る爪を振りかぶる姿。
異様な程ハッキリと、スローモーションで見えるその動きに、ああ、と絶望が私の心を埋め尽くしていく。
なんで、こんな事になったんだろう?
なんで、こんな所で死ななきゃならないんだろう。
何もかも、右も左もわからない土地で、知り合いもいなくて、この身一つで必死に頑張って……その末がこんな終わり方なんて……。
じわり、と視界が滲んだ。
悲しくて、怖くて、苦しくて……何より死にたくなくて。
それでも現実は変わらない。
凶爪が迫る中で、涙を流す私の頭には、走馬灯のように過去の出来事が巡っていく。
そして……その光景の中で、唯一ずっと、ずっと変わらないパートナーの姿が思い浮かんだ。
間が悪く、今は薪を探しつつ辺りを見回りに出ている、私の一番信頼するパートナー。
小さい時からずっと、このヒスイの地に飛ばされてからもずっと、私を守り続けてくれた……私の――。
つうと、頬を涙が伝って、そして……。
「ラァアアアアッ!」
ドスッ!
目の前のガブリアスの顔に、小さな拳がめり込んだ。
めりめりめりっ
冷気をまとったそれはガブリアスの顔面に音をたててめり込んでいき、先程まで自慢気に私に向けていた牙を砕いて――。
「ルァアアアアアアアッ!」
ドゴォッ!
その巨体を意に介さず、そのまま吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされたガブリアスは地面を二転三転、ゴロゴロと転がっていき、そのまま動かなくなった。
そんな、圧倒的な暴虐を成した存在は、私の膝くらいしかない小さな体で、すたりと何事もなかったかのようにその場に舞い降りた。
おかっぱ頭の小さな子供のような姿をしたポケモンは――きもちポケモンの、ラルトス。
降りる直前、
「ラルトスっ……!」
私はそれを見て、心から安堵した。
もう大丈夫だと、つぶらな瞳が言っているような気がして、助かったと、心から思えて。
滲む視界を、ぐいっと拭いながら、私は前を見た。
「ラルッ!」
元気良く声をあげて、ラルトスは目の前のガブリアスの群れに向き直る。
その背中は……私がずっと見続けてきた、小さくて、傷だらけで……でも私にとっては大きな、見てるだけで安心出来る背中。
現金なもので、さっきまで絶望していたのに、もう私の体には活力が満ちていた。
ラルトスがいるなら、ラルトスと一緒なら、どんな状況でもきっと大丈夫。
「ラルトス!」
「ラッ!」
ラルトスと視線を一瞬だけ交わして、ラルトスは……私達は、目の前のガブリアスの群れに改めて向き直った。
此方を警戒している素振りの、瞳を赤く輝かせたオヤブン個体
「グォオオオオオオオオオオオオッ!」
一際大きなオヤブン個体の咆哮も、空気が震えるだけで、私の心はもう揺れない。
もう、大丈夫!
みんなの分も……。
「お願い、ラルトス!」
「ラルッ!」
駆け出してくる、何匹ものオヤブンガブリアス。
絶望したくなる光景だろう。
ドスンドスンと地響きをたてて、雪を巻き上げながら駆け寄ってくる光景は、まさに絶体絶命だろう。
けれどそんな状況、ラルトスとなら!
力業!
「れいとうパンチ!」
「ラルァアアッ!」
乗り越えられる!
ズドンッ!
「ッ……!!!」
先陣を切っていたガブリアスの体が、突然くの字に折れた。
誰の目にも止まらないスピードで、ラルトスが飛び出して、そのがら空きの腹に小さな拳を叩き込んでいた。
ガブリアスの赤く光る眼光はグルリと白目を剥き、そのまま先程と同じように吹き飛んでいった。
呆気に取られたように動きを止めるオヤブンガブリアスの群れの中で、拳を突き出したラルトスは大きく息を吐く。
グッと拳を握り締めたまま、私達は吠えた。
「ラァルゥッ! ラルルゥアッ!」
「どっからでもかかってこい! 私のラルトスは、最強なんだから!」
胸の奥から信頼と親愛の思いが溢れ続けて……私はその頼もしい背中を、ずっと見つめ続けていた。
ラルトスがいれば……ラルトスさえいれば。
私は、大丈夫。