「お帰りなさい。皆さん、お疲れ様でした」
「ただいま〜」
アヤネが帰ってきた俺たちに迎えの言葉と、ねぎらいの言葉をかけ、それにホシノが答える。
「アヤネちゃんも、オペレーターお疲れ」
セリカがアヤネにねぎらいの言葉をかけると皆、各々の荷物を置き、椅子に腰掛けリラックスする。
ノノミが口を開く。
「火急の事案だったカタカタヘルメット団の件が片付きましたね。これで一息つけそうです」
「そうだね。これでやっと重要な問題に集中できる」
シロコがそう口にする。...重要な問題?日常的に襲撃されるよりも重要な問題があるのだろうか。確かにここら一帯には人がいなさすぎるが...
「うん!先生のおかげだね、これで心置きなく全力で借金返済に取り掛かれるわ!」
「ありがとう、先生!グリスさん!この恩は一生忘れないから!」
"...借金返済?"
「.....あ、わわっ!」
一連の発言をしたセリカは先生の質問を聞いて、やってしまったと言わんばかりの顔をする。どうやら重要な問題というのは借金のようだ。
「そ、それは.....」
「ま、待って!!アヤネちゃん、それ以上は!」
「.....!」
アヤネが説明をしようとするが、セリカが焦った様子で静止する。それだけ重要な問題なのだろう。
一連の流れを見ていたホシノが口を開く。
「いいんじゃない、セリカちゃん。隠すようなことでもあるまいし」
「か、かといって、わざわざ話すようなことでもないでしょ!」
「別に罪を犯したとかじゃないでしょ〜?それに先生やグリスさんは私たちを助けてくれた大人でしょ〜」
議論は平行線をたどる。そんな中シロコが口を挟む。
「ホシノ先輩の言う通りだよ。セリカ、信頼していいと思う。」
「そ、そりゃそうだけど、先生だって結局部外者だし!グリスさんは気づいたらアビドスにいたなんて意味がわからないことを言うし!」
再びホシノが口を開く。
「確かに先生や、グリスさんがパパっと解決してくれるような問題じゃないかもしれないけどさ。でも、この問題に耳を傾けてくれる大人は、この二人くらいしかいないじゃ〜ん」
「悩みを打ち明けてみたら、何か解決法が見つかるかもよ〜?それとも何か他にいい方法があるのかな〜、セリカちゃん」
「う、うう.....」
ホシノの言葉にセリカは戸惑っているようだった。しかし
「でっ、でも、さっき来たばかりの大人でしょ!今まで大人たちが、この学校がどうなるかなんて気にしたことなんてあった⁉︎」
「この学校の問題は、ずっと私たちだけでどうにかしてきたじゃん!なのに今更大人が首を突っ込んでくるなんて.....」
「私は認めない!!」
そう言いながら、彼女は部屋の扉を勢いよく開け、どこかへと走り去ってしまった。
「セリカちゃん⁉︎」
いきなりのことで困惑したような、それでいて心配しているような声を出すアヤネ。すかさずノノミが
「私、様子を見てきます」
と言い残し、セリカの後を追う。
「.......」
静寂が漂う。静寂を破ったのはホシノだった。
「えーと、簡単に説明すると.....」
「ちょっと待ってくれ」
説明をしようとするホシノの言葉に待ったをかける。
「信用すると言う言葉はありがたい」
「だが、お前らの救援要請に応え、命をかけてお前らを救った先生はともかく、アビドスにきた理由も、方法もわからない、ただそこら辺を歩いていただけの俺にそう簡単に信用していいのか?」
「うーん...」
俺からの質問に悩ましい声を上げるホシノの代わりに俺の質問に答えたのはシロコだった。
「確かにグリスさんは、怪しいかもしれない」
「でも、私たちを助けてくれたのは事実」
シロコの言葉に付け加える形でホシノが発言をする。
「まあ、私たちを騙そうとしていて。アビドスで遭難して死にかけていたのは間抜けすぎるかな〜」
「...それもそうだな」
俺は彼女達が俺を信じる理由をある程度理解する。
「それじゃ改めて」
ホシノがそれた話を元に戻す。
「実はこの学校、借金があるんだ〜。まあ、ありふれた話だけどさ」
「でも問題はその金額で.....九億円くらいあるんだよね〜」
「....9億6235万円、です」
アヤネがホシノの言葉に付け加え、続ける。
「アビドス...いえ、私たち「対策委員会」が返済しなくてはならない金額です」
この世界における金の価値はわからないが、彼女達の語り口と学校が翼とほぼ同じ意味であり、その学校が他のところから借金をしていると考えると、九億円というのがどれくらいの重さなのか容易に想像できた。
「ですが、実際に完済できる可能性は0%に近く.....」
「ほとんどの生徒は諦めて、この学校と街を捨てて、去ってしまいました.....」
「そして私たちだけが残った」
シロコが悲しげに言葉を口にした。
「学校が廃校の危機に追いやられたのも、生徒がいなくなったのも、街がゴーストタウンになりつつあるのも、実は全てこの借金のせいです」
".....どうしてそんな借金を負うことになったの?"
先生がどうしてと聞く。確かに、こうなった原因は気になるところだった。
「借金をすることになった理由ですか?それは.....」
アヤネがこうなった原因を語り始める。
「数十年前、この学区の郊外にある砂漠で、砂嵐が起きたのです」
「この地域では以前から頻繁に砂嵐が起きていたのですが、その時の砂嵐は想像を絶する規模のものでした」
「学区のいたる所が砂に埋もれ、砂嵐が去ってからも砂が溜まり続けてしまい」
「その自然災害を克服するために、我が校は多額の資金を投入せざるを得ませんでした.....」
「しかしこのような片田舎の学校に、巨額の融資をしてくれる銀行はなかなか見つからず.....」
「結局、悪徳金融業者に頼るしかなかった」
シロコが悔しそうに言葉を口にした。
「.....はい。最初のうちは、すぐに返済できる算段だったと思います」
「しかし砂嵐はその後も、毎年さらに巨大な規模で発生し.....学校の努力も虚しく、学区の状況は手がつけられないほど悪化の一途をたどりました.....」
「.....そしてついに、アビドスの半分以上が砂に呑まれて砂漠と化し、借金はみるみる膨れ上がっていったのです.....」
「.....」
"....."
「私たちの力だけでは、毎月の利息を返済するので精一杯で... 弾薬も補給品も、底をついてしまっています」
「セリカがあそこまで神経質になってるのは、これまで誰もこの問題にまともに向き合わなかったから。話を聞いてくれたのは、先生とグリスさん、あなた達二人が初めて」
「...まあ、そういうつまらない話だよ」
ホシノがそう会話を閉じる。
「......本当によくあって、つまらない話だな」
「ありすぎて、嫌になるくらいには」
都市においても、キヴォトスにおいても、理不尽による搾取は起きるものだった。
「で、先生やグリスさんのおかげでヘルメット団っていう厄介な問題が解決したから、これからは借金返済に全力投球できるようになったってわけ〜」
気まずくなった雰囲気をホシノは言葉で壊そうとする。
「もしこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金のことは気にしなくていいからね〜。話を聞いてくれただけでもありがたいし」
「そうだね。先生やグリスさんは十分力になってくれた。これ以上は迷惑をかけられない」
シロコはホシノの言葉を肯定する。しかし先生は納得していない様子だった。
"...対策委員会の仲間として、一緒に頑張らせてくれないかな?"
「俺もだ。まだ命の恩を返しきれていない」
「そ、それって.....」
アヤネは俺たちの言葉に驚いている様子だった。
「いいよな?」
俺は最後に確認の言葉をアヤネに投げかける。
「あ、はい!よろしくお願いします先生、グリスさん!」
「へえ、二人とも変わり者だね〜。こんな面倒なことに自分から首を突っ込もうなんて」
ホシノは少し驚いたような顔をする。
「よかった....「シャーレ」が力になってくれるなんて。これで私たちも希望を持っていいんですよね?」
「そうだね。希望が見えてくるかもしれない」
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