かといって大幅に改変するのもなぁ...割り切るマインドが欲しいものです。
宵の酣、ミレニアム近郊の某所にて──
「クックック...お待ちしておりました。
ご機嫌いかがでしょう、ポロコフ氏?」
「そこそこ。あんたも相変わらずのニヤけ面なようで。」
マックスは黒服と再び目見えた。
蛍光灯が青白く光っているにも関わらず、その部屋は気味の悪いほどに薄暗さを呈していた。
窓が眠らないビル街へ背を向けているせいか、窓の外から差し込む光がなかった為でもあったかもしれない。
用意された席へマックスがおもむろに座ると、ソファは小さく軋む音を立てて革を沈み込ませる。
「契約仲介人も欲しかった所だが、生憎この場に呼べそうなのがいないものでね。」
「ご心配なく。我々とて法に正面から逆らう真似はできません。
契約内容に偽りも、齟齬もない事を約束しましょう。」
嘔吐きたくなる胡散臭さが漂うものの、事実、黒服はルールの範疇で立ち回っている。
ただ姑息である以上の詐欺は、却って疑い難いというもの。
「さて...既に原契約書は受け取られたかと存じます。
何かご不明な点等はございますか?」
黒服の提示した契約を要約すると、
一:契約履行から1週間以内の期限に、マックスは黒服へ以下を提供または譲渡する。
・虹陵石の加工技術(鋼材の鋳造、(以下略))に関する情報
・後述する摘出施術の負担額**円
・同氏が契約履行時点で装着済である義体頭部パーツの仕様、うち、後述する摘出施術にあたり必須となるもの
ニ:第一項にて記述された譲渡取引が成立し次第、黒服は取引より3日以内に、マックスの中枢神経より培養用サンプルを摘出する施術を実施する義務を負う。施術実施にあたりマックスの合意を得られない場合、当該義務は失効する。
三:手術後2日以上2週間以内の期間に、黒服はマックスへサンプルより培養した脳髄標本**ℓを送付する義務を負う。以降、毎月初日にて、黒服はマックスへ同量の同成果物を**円*1にて販売するものとする。販売期間は契約の有効期間と同一とする。
「二つほど改訂を要請しようか。
まず一つ。中枢神経の摘出なら自分でできる。長期保存だけできねぇから、摘出し次第俺が直接持っていこう。」
「左様ですか。あなたであれば経路を追跡される懸念も少ないでしょう。
お言葉に甘えて、指定施設へ出向いていただくとしましょう。」
「そしてもう一つ。
虹陵石の加工物、及び同生産物を利用した商標は、乙及び第三者により軍事、ないし反社会的活動へ転用してはならない。こいつも条件だ。
あんたらがどこと繋がってるかも把握できてねぇんだ。うちの技術を学園転覆にでも利用されたらたまったモンじゃねぇ。」
「良いでしょう。そちらも覚書に追記しておきます。」
意外にも、黒服はマックスの要求へ難癖をつけて跳ね除けようとはしなかった。
「すんなり要求を通したな。あんたならもっと意地汚く粘ると思ったんだが。」
「言ったはずです、契約に偽りはないと。私があなたの要望を却下したところで、その不当性を見抜けないあなたではないでしょう?」
覚書の印刷を待つ間、唐突に黒服が口を開く。
「一つ、余談とでもいきましょう。あなたに関して、些細な気掛かりがありまして。
先程、あなたは虹陵石の利用について、幾つかの制限を設けられました。おおかたミレニアム自治区を拠点とする御社への風評を懸念してのことでしょうが...そこまで世間の視線に拘る理由は何でしょうか?
あなたの活動を容認するのは、何も学園の管轄のみではないはず。
実際のあなたにも、ブラックマーケットで活動した経歴がある...ミレニアムでの地位が崩れようと、生活に何ら支障はないはずです。」
黒服はマックスの心理を見定めるかのように問いかける。
「大人として...そして先の技師として、見守るべき子達がいる。
あんたには無縁の感情だろう。答えになったか?」
「理解に苦しみますね...あなたの今の発言は、ご自身の行動と矛盾しています。」
「...。」
「あなたは何名かミレニアムの生徒と面識を持ちましたが、彼女達の抱える問題へ踏み込むことはありませんでした。それらを聞き出すか推定するのに、充分な機会があったにも関わらず、です。
あくまで舞台裏の存在としての役割のみに専念し、遠巻きに役者たる彼女らを眺める...そのような手法でしか、あなたは大人としての振る舞いを果たすことはできませんでした。」
「...随分と饒舌になったな。ま、あんたなら弱った生徒へ漬け込みに行くよな。」
「クックック...否定できませんね。都市で生きてこられただけあって、悪意に鋭いようで。
...話を戻しましょう。あなたが生徒の個人的な問題に踏み込まない...いえ、踏み込めない理由。
その一端には、あなたの立場も関係しているのではないですか?」
マックスは首すら動かさず、黙り込む。黒服の発言に対し、反論も憤慨も見せる様子はない。
「あなたはあくまで一企業の代表...ミレニアムとの接点も、所詮は相互利益のための契約。
学生の個人的な問題に深入りするのは、あなたの仕事ではありません。深入りする事を望んだところで、交流の許されるのは依頼の範疇でのみ。
一方で...あなたの保有する知識や技術は、キヴォトスで類を見ない唯一性の高いもの。
学園の機嫌取りなど捨てていれば、工産業の重鎮に次ぐ影響力を得る事など、容易いことだったでしょうに。
打算的な合理性を捨ててまで、世間体に拘る理由が果たしてあるのでしょうか?」
沈黙が引き延ばされる。秒針の音が幾らか鳴った後、マックスは顔を上げた。
「俺はただ、罪の代償を一生受け続けたいと願っただけだよ。
どうせ拭いきれねぇほど重ねた罪だ、ちっとばかりの罰を足して何が悪い?」
「己の罪を己で罰することができるなどという考えは、傲慢でしかありませんよ。
大人として我々が果たすべきは、経済...あるいは科学の歯車として、社会の利潤を回す役割。
富や名誉に拘らぬ、ささやかな贖罪ではありません。
欲望に伴う代償など、地獄にでも委ねておけばよいのです。
ポロコフ氏。あなたも大人としての立場を変えるべきでしょう。
子供を社会の宝として持て囃す大人ではなく、社会の資材として評価を下し、選別する大人へ。
“都市”においても、“巣”であれ“裏路地”であれ...子供だけが理不尽を逃れられた事はなかったでしょう。
キヴォトスとて同じです。理不尽に逆らうことの虚しさを知る
生きてきた世界が変われど、純真な価値観を否定する社会は普遍的に存在する。
それらへの抵抗を止めずにいる術を持つ者は、あまりにも限られている。微かではあるが──モノクロの仮面に覆われていた黒服の心境が、この瞬間だけ表層へ浮き出していたようにも思えた。
そして──マックスの心象も、それに呼応する。
「ああ、道理は通らないだろうな。正直な話、ブラックマーケットに居たままの方が商売は上手くいってただろう。
俺は罪の意識も、過剰な責任感も...一思いに捨てきれねぇ。それでも悪人であることに変わりねぇから、繊細な心に踏み込んで手入れしてやる真似はできたモンじゃねぇ。
だからこの選択は、俺の
例え寄り添ってやることはできなくても、どうしようもない理不尽から守ってやるくらいはできるだろ。
元より俺は死ぬはずだった身──身を粉にして未来へ繋いでやれるなら、それが本望だ。
誰かにささやかな嬉しさを残していけるなら、それ以上の望みはねぇ。」
それは揺るがぬ決意か、それとも理想形への逃避か。
何はともあれ、マックスの返答は黒服を納得させるに至ったようで──
「あなたも酔狂な人ですね。
イレギュラーとは押し並べて、こうも不可解なるものか...」
黒服は印刷時の熱が飛んでいって久しい書類を手にし、ペンと共にマックスへ手渡す。
次の瞬間には、マックスは既に署名を終えていた。字体には微かなブレが見える。
「最後に一つ、話しておきましょうか。あなたにも共有しておくべき情報かと思いまして。
この地が紡ぐ物語に混じり込んだ異物、不純物とでも言えばよろしいでしょうか。
それ即ち、あなたは本来のシナリオに逆らいうる存在であるということ。
そして...この地に座礁した不純物は、あなただけではありません。
あなたの流れ込んできた亀裂から、異なる解釈の神秘が...
光の枝によって繋がれた、崇高の探究者達の断片が...
それらは既に然る形で、キヴォトスに差し迫る脅威へと溶け込んでいることでしょう。
もしやすると、あなたとも衝突しうるかもしれません。ご武運を祈っています。」
「俺以外の不純物、か。
どうせロクなモンでもなさそうだな...
ご忠告どうも。今後も頼むぞ...出来れば頼りたくはないがな。
あくまでもあんたは取引相手だ。それ以上でも、それ以外でもない事は覚えとけ。」
扉が閉まる。丁重とも乱雑ともつかない、絶妙に響く音を立てながら。
「動揺を表に出すとは、彼らしくもないですね。
さて...探究者として、顛末を見届けてさせて貰いましょう。」
「あなたの自我が花開く、その時まで。」
部屋に残ったのは、不気味な笑いと陰った空気だけだった。
アンケートで結構否定派が多かったので、都市関係の何かしらは基本的に持ち込まない手立てだったのですが...
主人公を過去に向き合わせる上でどうしても納得させられる出来事が欲しかったので、能力的なものだけ都市からインストールしました。
先に断言しますと、黒服の言った“別の不純物”が原作キャラへの曇らせや、胸糞悪い被害に繋がることはありません。
あくまでゲーム部分の難易度が上がる程度に捉えてください。オリジナルキャラで戦力が増える分盛り上がりに欠ける部分が出てきますし。
追記:
次回から新章です。まだ登場していない部活も、落ち着き次第交流編に組み込みます。