人質司法の責任負うべき裁判官、実名報道を ゴーン事件弁護人の訴え

聞き手・石川智也

 罪を認めなければ身柄拘束が延々と続く「人質司法」。大川原化工機やプレサンスコーポレーションをめぐる冤罪(えんざい)事件では、警察や検察だけでなく、長期の勾留を許した裁判官の保釈判断への疑問の声が高まった。日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の弁護人を務めた高野隆弁護士は、裁判所は「人権の砦(とりで)」としての役割を果たせていないと批判する。

形骸化した「やむを得ない事由」

 ――大川原化工機の冤罪事件では、警視庁と東京地検の捜査の違法性が国家賠償訴訟で厳しく追及された一方、勾留と保釈を判断した裁判所は被告に含まれず、責任を問われていません。

 「人質司法には複合的な原因がありますが、最も責任が重いのは裁判所です」

 「日本の刑事司法は、被告人の身柄拘束によって自白という『証拠の王様』を得たい検察にとって決定的に有利な運用がなされています。有罪立証に協力すれば釈放され、否認すれば拘束が続く。まさに『身体拘束することで交渉を有利に進める』という『人質』の定義にぴったりです」

 「ただ、いわゆる人質のケースと違い、検察に身柄拘束する決定権があるわけではありません。逮捕状を発行し、被疑者を勾留し、起訴後に保釈するかどうか判断する権限があるのは、裁判官だけです」

 「捜査機関は逮捕後72時間以内に被疑者の勾留を請求します。その要件は『住所不定』『逃亡すると疑うに足りる相当な理由』『罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由』のいずれか。しかし裁判官はほぼ勾留を認めます。検察官の請求を裁判官が却下した率は2000年代まで1%にも満たず、最近は上昇しているとはいえ、2023年でも3.8%でした」

 「法の規定では勾留期間は10日間ですが、『やむを得ない事由』があれば更に最大10日延長できます。実態としては、裁判官はルーチンのようにほぼ延長を認めます。警察用語で、最初の10日間の最後の検事調べのことを『中間調べ』と言いますが、本来は例外措置であるはずの『やむを得ない』が形骸化している証左です。23年の勾留延長却下率は0.2%でした」

 「裁判官が勾留延長を許可する理由は『関係者の取り調べ未了』や、薬物事件だと『鑑定未了』などですが、なぜ関係者を調べるのに被疑者自身の身柄の確保が必要なのか、被疑者が鑑定の邪魔をするとでもいうのか、よく分かりません。勾留延長決定に対して準抗告(不服)を申し立てても、裁判官の棄却決定には詳しい説明はまったく書かれていないのです」

取り調べ受忍義務を裁判所が是認

 ――訴追されることなく23日も拘束が許される国は主要な民主主義国で他にはないのではないですか。

 「問題は、勾留制度が被疑者の逃亡や罪証隠滅を防ぐというより、捜査機関の取り調べのために使われていることです。憲法で保障された黙秘権行使の意思を示しても、捜査官が取り調べをやめることは決してありません。『供述しなければ不利になる』と何時間でも『説得』が続きます。こんな、他の先進国では考えられないようなことが、なぜ起きるのか」

 「刑事訴訟法は、被疑者が出頭を拒む権利を定めています。ただ、条文には『逮捕・勾留されている場合を除いては』というただし書きがあります。捜査機関はこれを『任意捜査や在宅の被疑者には拒否権があるが、逮捕された者は取り調べを受忍する義務がある』と解釈し、裁判官も是認しています。最高裁判決は、身柄拘束された被疑者を連日、長時間調べても、黙秘権を保障する憲法に反しないとしたのです」

 「しかし、戦後に現行法を起草した司法省とGHQの議論や国会審議に照らせば、これは明らかに誤った解釈です。日本も批准している国際人権規約の定義でも、黙秘権とは『強制的に証言台に立たされない(not to be compelled to testify against himself)』権利、要するに尋問を受けること自体を拒否できる権利であり、尋問にさらされながら黙っている権利ではないのです」

多用される「罪証隠滅のおそれ」

 ――起訴後の保釈請求も、特に否認事件ではなかなか認められません。

 「法律の建前では保釈は権利であり、請求を受けた裁判官は原則、これを許さなければならない。ただ、この条文にも例外があり、最も頻繁に使われるのが、勾留理由と同じく『被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由』です。はなはだ抽象的で幅広い解釈の余地のあるこの言葉は、この国の人質司法を支えるマジックワードとも言えます」

 「政府側は国会答弁で、この要件について『誰が見ても、その資料に基づけば大体罪証を隠滅すると認められる場合』と説明しています。無罪推定の原則や憲法に照らせば、具体的な事実に基づき証拠隠滅の蓋然(がいぜん)性を検察側が証明する必要があるのです」

 「にもかかわらず、被告人が黙秘あるいは否認しているなどという理由で、裁判官は検察官の要求通り、機械的に保釈請求を却下しています。否認事件で『権利としての保釈』が適用されることはほぼゼロです」

 ――裁判官の職権による「裁量保釈」しかないのが現状ですね。

 「弁護人は裁量保釈を認めてもらうため、検察側証人への反対尋問の権利を放棄したり、認否書面を早めに提出し争点を絞り込んだりと、被告人が本来持つ権利を放棄してまで裁判官を説得せざるを得ないのが実情です」

ゴーン氏に逃亡を決意させたものは……

 「私が弁護団に加わった日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏の場合、19年3月、最初の逮捕から107日ぶりに釈放されましたが、詳細かつ厳しい保釈条件を弁護側から裁判所に提案した結果でした。『自宅の玄関に24時間監視カメラを設置』『通話記録やパソコンのログ、面談記録を提出』『平日日中は弁護人の法律事務所に滞在』など、いわば『代用監獄』を外に用意するという非常手段に訴えたのです。その後、4度目の逮捕をされた後の2度目の保釈では、妻キャロルさんとの接触禁止が条件とされました」

 ――当時、裁判所の判断をメディアは「異例」と報じました。

 「それは誤った見方です。人として当然に享受すべき自由を失わせる保釈条件の厳しさは、日本の人質司法のカリカチュア以外の何ものでもありません」

 「ゴーン氏は『この国の刑事司法を支配しているのは検察であり、裁判官はその言いなりだ』『もはや公正な裁判を受けることは期待できない』と絶望していました。監視の不徹底というより、むしろ非人道的なほど厳格な保釈条件こそが逃亡の引き金になったのだと、私は思っています」

 ――それでも近年、保釈率は上昇していますね。

 「ただ、日本弁護士連合会によれば、全国の地裁で公判開始前に被告が保釈された率は23年、自白事件で26.5%、否認事件では11.7%で、その差は歴然としています。しかも、公判開始前のいつ釈放されたのかは不明で、起訴後すぐかもしれないし、1年以上経った後かもしれない」

 「裁判官が勾留を決定する手続きは事実上ブラックボックスです。検察官から裁判官に共有される事件記録には、被告人も弁護人もアクセスできません。被告側の請求によって公開の法廷で行われる『勾留理由開示』という手続きがありますが、私の経験では、中身のない問答があるだけで、実質的にほとんど機能していません」

取り調べへの弁護人立ち会いは効果薄い

 ――人質司法を解消するためには、法制度を改めるしかないのでしょうか。

 「根本的な解決を目指すのであれば、法改正が必要です。ただ、現行法の下でも、憲法と国際人権法に基づき法令解釈や適用を厳格化すれば、不当な勾留や保釈拒否は激減するはずです。『疑問の余地なく証拠隠滅の疑いがある場合に限り保釈は否定される』『否認を理由に拘禁を継続することは黙秘権の侵害である』という発想に基づく裁判官の実務を確立することです」

 ――取り調べへの弁護人立ち会いや録音・録画の拡大もずっと叫ばれています。

 「もちろんどちらも必要ですが、本質的な解決策ではありません。取り調べの受忍義務を是認したまま立ち会いを認めても、弁護士が23日間へとへとになるまで取り調べを見守ることになるだけです。供述の獲得と身柄拘束が同義になっている状況を変えるには、取り調べ受忍義務そのものを否定するという正攻法に訴え続ける必要があるのです」

逆立ちした「冤罪」の定義、正さねば

 ――捜査権力が暴走した際、最後の歯止めになるのは裁判所のはずですね。

 「大川原化工機やプレサンスコーポレーションをめぐる事件は一般的に『冤罪』とされていますが、間違った語法だと私は思います。刑事司法分野の国際的定義では、冤罪(wrongful conviction)は文字通り『誤った有罪判決』のこと、つまり裁判官の問題です」

 「捜査機関が無実の人を逮捕したり、証拠が不十分でも起訴して有罪を主張したりするのは、刑事裁判の制度上、想定されていることです。それに対して裁判所が無罪判決を出すのは本来、正常に制度が機能しているということで、異例でも何でもない。にもかかわらず、不当に捜査対象となり身柄拘束を受けた被害を冤罪と呼ぶ用法がまかり通っているのは、警察や検察は誤りを犯すという当たり前のことを前提としない刑事司法の運用があるからです」

 「無罪推定の原則からすれば、簡単に未決拘禁など認められるはずはない。検察官が合理的な疑問のない程度の有罪立証をしない限り無罪。そんな現行法の建前に沿って裁判官が判断するなら、冤罪などめったに起きないはず。最も重い裁判官の責任をもっと問うためにも、逆立ちした『冤罪』の定義を正す必要があります」

 ――高野さんは著書で、令状の発行や勾留、保釈の判断をした裁判官の実名を記していますね。

 「何度も言いますが、人質司法について責任が最も重いのは裁判官です。身柄拘束の実態を国民が検証するためには、裁判官に緊張感をもって仕事をしてもらう文化を定着させる必要があります。袴田巌さんへの取り調べや立証をめぐっても、警察や検察は厳しく断罪されましたが、死刑判決や再審請求棄却を下した裁判官の責任はほぼ追及されていません」

 「メディアが裁判官の名を報じるのは、判決時の裁判長名くらい。ジャーナリズムは、司法権力に対してもチェック機能を働かせるべきです」

高野隆さん

 たかの・たかし 1956年生まれ。82年に弁護士登録。2004~09年、早稲田大法科大学院教授。カルロス・ゴーン日産自動車元会長の弁護人を務めた。著書に「人質司法」など。

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは2カ月間無料体験

この記事を書いた人
石川智也
オピニオン編集部
専門・関心分野
リベラリズム、立憲主義、メディア学、ジャーナリズム論
  • commentatorHeader
    南野森
    (憲法学者・九州大学法学部教授)
    2025年10月28日9時51分 投稿
    【視点】

    重要なインタビューです。刑事訴訟法の規定やその理念にまったく従っていない運用が行われているのに、マスコミがそれを批判しないどころか、その運用を支え後押しするかのような報道をすることさえあります。   逮捕されただけで犯人視する報道などはその典型ですが、高野弁護士の指摘されるとおり、令状審査を行う裁判官の権力をもマスコミは監視する必要があります。   少しずつ実務も改善されてきているような印象はありますが、まだまだ、なぜこんな事案で逮捕する必要があるのか、と思わせる例は数多くあります。マスコミには、警察が「何々の容疑で誰々を逮捕した」と発表したのをそのまま垂れ流すのではなく、実名報道の適否も含め、事案ごとに、批判的な視点を忘れないでほしいと思います。

    …続きを読む
  • commentatorHeader
    白川優子
    (国境なき医師団看護師・作家)
    2025年10月28日11時53分 投稿
    【視点】

    捜査機関による違法な身柄拘束や取り調べが問題視される中、最終的にそれを是認しているのは他ならぬ裁判所。黙秘しても、否認しても保釈されない、そんな人質司法が堂々と続いていることは一般市民の1人として恐ろしく感じます。昨今では冤罪のケースが次々と明らかになっていますが、冤罪の再発防止には、まず裁判官による身柄拘束の判断のブラックボックス化を見直し、透明化する必要があると思います。逮捕=犯人、というこの風潮があることで、「黙秘や否認」は「反省していない」、「逃げている」と受け止められ、「推定無罪」の原則が空洞化しているように思います。人質司法や冤罪をなくすためには、司法だけでなく、報道機関の姿勢にも変化を期待したいです。

    …続きを読む