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米津玄師&宇多田ヒカル「JANE DOE」 - 都会のネズミに憧れてしまった名も無き女、レゼ -

まえがき

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』を観てきました。
以下、本題に入る前の簡単なサマリーです。


本記事の概要

  • 「JANE DOE」の歌詞を副読書に用いながら、レゼとはどういう人物だったのかを振り返る

  • 「この曲を歌ってもらうなら宇多田さんしかいない」という米津玄師の直感の素晴らしさを、筆者の個人的な宇多田ヒカル観で補足説明しつつ褒め称えたい

筆者の事前知識

  • 原作未読、TVアニメのみ視聴

  • ただし、レゼ篇連載当時に「マキマさん助けて 俺この娘好きになっちまう」がネット上でバズっていたため、レゼと出逢うくだりのページは見たことあり

  • というかこれがチェンソーマンという作品を知ったキッカケ

  • マキマさんの指噛みシーンと合わせて見たため「なんか俺の性癖をピンポイントに破壊してくる女が沢山出てくる危険な漫画」という第一印象を持った(でも結局原作には手を伸ばさず)

映画を観に行った動機

  • TVアニメ面白かったので普通に楽しみ

  • ↑ の出逢いがあったのでレゼというキャラがどんな人なのか興味あり

  • 米津玄師さんも宇多田ヒカルさんも大好きなので、好き×好きのコラボは映画館で聴かねばならぬ(使命感)

観終わった感想

  • レゼ…レゼ…レゼ………………………………

  • 脳が灼かれた

  • 単純に映像作品としても破格の完成度

  • 人生ベスト映画TOP5に入る

  • OPも劇伴もEDも全部良かった、特にED、EDが、、、

現在

  • 土曜日に初回観に行ったあとすぐ追いチケットして日曜日に二回目行った

  • 原作をとりあえず公安編は全部買って一気読み中、超おもしれえ

  • 公安編読み終わったらTVアニメ観返した上でレゼ篇三回目行く予定


以上、サマリーでした。
では、本題に入りたいと思います。

「JANE DOE」の歌詞でレゼを振り返る

ジャケットイラストから見える「レゼの二面性」

歌詞に入る前に、CDのジャケット写真で注目したい点があります。

ご存じの通り絵もハチャメチャに上手い米津玄師さん。
OP曲「IRIS OUT」ED曲「JANE DOE」のどちらのジャケットも、米津玄師ご本人が書き下ろしたレゼとなっています。

で、SNSでも話題となっていましたが、この二曲をApple Musicなどの音楽アプリで並べると一枚の繋がった絵に見える、という仕掛け付き。

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そしてこの仕掛け、ただのイラスト的なこだわり以上に「レゼという人物の二面性」を表す意図があると感じました。

その二面性を歌で表現したのが「JANE DOE」のサビ部分。
ジャケットイラストのモチーフでもある「硝子」と「裸足」が使われたこのフレーズです。

硝子の上を裸足のまま歩く
痛むごとに血が流れて落ちていく
お願い その赤い足跡を辿って 会いにきて

米津玄師&宇多田ヒカル「JANE DOE」

結論から言うと、筆者が感じたレゼの二面性とは。
「何もかも計算ずくの言動で相手を操り、冷酷に任務を完遂する戦士」でありながら、一方で「血塗られた自分の人生に感じている痛みを、無意識に心の奥底に押し込めている繊細さ」という点です。
訓練で身につけた愛嬌や戦闘能力によって防御された上半身(IRIS OUT)と、他人からは見えないところで痛み傷付いている無防備な裸足の足元(JANE DOE)、とも言えるでしょうか。

まあ、新規性が特段ある解釈ではなく、わりと一般的な感想なのかなと思います。
ですが、これに対する米津玄師の表現方法が秀逸である、というのが本記事の趣旨となります。

レゼとデンジの共通点

レゼがまだ正体を明かす前の劇中前半、レゼはデンジを公安から引き剝がそうと度々誘惑します。

いろいろ考えたんだけどさ
やっぱり今のデンジ君の状況おかしいよ
16歳で学校にも行かせないで悪魔と殺し合いさせるなんて
国が許していい事じゃない

チェンソーマン 5巻 193ページ

ですが、デンジの生い立ちのコンプレックスを刺激しようとするこの誘惑、皮肉なことに全てレゼにも跳ね返ってきてしまうのです。

親のいない孤児として軍に育てられ、自由もなく物のように扱われ死ぬまで体を実験に使われる。
ソ連が国家に尽くす為作った戦士。
「レゼ」という名前すら本名ではないかもしれない、天涯孤独の名無し(JANE DOE)の少女。
それがレゼの正体でした。

親の借金を返すためにヤクザに奴隷のように服従していたデンジと、なんら変わらない生い立ちの悲惨さを持つレゼ。
二人ともそもそも人生を自分の意思で選ぶことすら許されなかった、生きていくためにはそうするしかなかった。
そして、今は二人とも人間ではない存在となっている。

こうして見ると、デンジとレゼは合わせ鏡のような存在と言えます。

もしかしたら、デンジを誘惑するためにしてきた夜の学校探検や夏祭りが、レゼ自身のコンプレックスすらも無意識のうちに刺激してしまった、のかもしれません。

デンジ君 ホントはね
私も学校いった事なかったの

チェンソーマン 6巻 183~184ページ

「硝子」と「裸足」と「赤い足跡」

「硝子の上を裸足で歩いて足から血が出ている」

現実世界の例だと「孤児」が真っ先に浮かびます。
紛争地で親を亡くし、靴も無いまま生きるために必死で歩く子供。
デンジもレゼも、間違いなく孤児の1人であることは確かです。

そして「赤い足跡」には「血塗られた人生」というメタファーを重ねることも可能です。
幼い頃から暗殺者として育てられたレゼは、生きていくためにこれまで数えきれないほどの命を奪ってきたはず。
彼女の人生の軌跡は、誰かの血で赤く染められた足跡と切り離せない。
(生きていくために何でもやってきたデンジも同じでしょう)

自分の人生はそういうものだと諦めつつも。
レゼは心のどこかで、そんな自分の赤い足跡を辿って会いにきてくれる人が現れることを願っていたのでしょうか。

訓練で身に付けた愛嬌や表情が作り出す表面的な魅力ではなく、
殺人鬼だと知った上でなお自分と共に歩んでくれる、
そんな頭のネジが飛んだ人が現れることを。

もしかして・・・
私がまだキミを本気で好きだと思っているの?
キミに会ってからの表情も頬の赤らめも全部嘘だよ
訓練で身につけたもの
(中略)
私はたくさん人を殺したよ?
私を逃がすってことはデンジ君
人殺しに加担するって事になるけどわかってる?

チェンソーマン 6巻 163~164ページ

「この世を間違いで満たそう」

そんな頭のネジが飛んだ男が、ついに表れてしまいました。
しかも、自分と似た境遇を持ち、自分に殺されそうになってもなお、以前と変わらず接してくれる男が。

一緒に逃げねえ?
俺も戦えるから逃げれる確率あがるぜ
(中略)
仕方なくねえけど仕方ねえな
まだ俺ぁ好きだし
全部嘘だっつーけど
俺に泳ぎ方教えてくれたのはホントだろ?

チェンソーマン 6巻 164~165ページ

「この世を間違いで満たそう」と、迷いなく答えてくれる人が。

どこにいるの 何をしているの
この世を間違いで満たそう
側にいてよ 遊びに行こうよ
どこにいるの

米津玄師&宇多田ヒカル「JANE DOE」

3拍子のワルツ調で、まるで男女が連れ添って踊っているような情景が浮かぶ「JANE DOE」のリズムは、そんな想いを反映しているのでしょうか。

「少しだけ夢をみてしまっただけ」

劇中で何度も触れられるイソップ寓話。
田舎のネズミは安全に暮らせるけど都会のように美味しい食事はできない。
都会のネズミは美味しい食事をできるけど人や猫に殺される危険性が高い。

俺ぁ都会のネズミがいーな
え~!?田舎のネズミのほうがいいよ~
平和が一番ですよ

チェンソーマン 5巻 167ページ

レゼはこれまでずっと「田舎のネズミ」として慎重に生きてきた。
自分の本心を押し殺し、冷徹な戦士として損得勘定を間違えなかった。
でも、そんなレゼが損得勘定を無視した行動を二回取った。

まず最初が「一緒に逃げねえ?俺も戦えるから逃げれる確率あがるぜ」というデンジの提案を断ったこと。
逃げられる確率を上げつつ、隙あらばデンジの心臓を奪うチャンスをキープできるので、損得を考えれば断る理由の無い提案。
(まあ、デンジが近くにいることでマキマや別の勢力に狙われるリスクは高まるかもですが)
しかし、ご丁寧にデンジの首を折り追いかけられなくしたうえで、レゼは一人で去ったのでした。

そして、逃亡用の地方へ向かう新幹線ホームで迷った末に電車に乗らず、デンジの待つ東京のカフェへ戻ってきてしまったこと。
結果、「田舎のネズミが好き」と待ち構えていたマキマに仕留められてしまいました。

「夏祭りでデンジがレゼの提案に乗っていれば」
「レゼがデンジと一緒に逃げていれば」
色々な if が考えられますが、助かったかどうかの結果は些細なこと。
仮に他の選択肢を取っていればレゼが助かったとしても、それではレゼ自身に大きな変化は起こらなかったでしょう。

史実の選択肢でレゼが大きく変わってしまったこと、ある意味では自分の殻を破ってしまったことは。
レゼが「都会のネズミに憧れてしまった」ことなのです。

危険だと分かっていながら、都会に戻ってきてしまった。
自分が諦めていた「普通の生活」に、憧れてしまった。

まるでこの世界で二人だけみたいだね
なんて少しだけ夢を見てしまっただけ

米津玄師&宇多田ヒカル「JANE DOE」

都会のネズミに憧れて東京に戻ってきてしまったレゼに致命傷を与えたのが「田舎のネズミがよかったのに、マキマに捕まって都会に連れてこられた」と述懐する天使の悪魔なのが、何とも皮肉です。

レゼに致命傷を与えたあと、足元に近づいてきたネズミを見つけて、天使の悪魔は何を思ったのでしょうか。

ねぇ・・・都会はいいトコかい?

チェンソーマン 6巻 186ページ

果たしてこれは恋愛だったのか?

そうではない、と筆者は思います。

デンジはいわずもがなですが、マキマさんのことを好きなのは「初めて人間扱いしてくれて衣食住整えてくれたから」という飼い主に懐く犬目線、レゼに対しては「初めてボディタッチしてくれて向こうから好きって言ってくれたから」という童貞中学生レベルの理由、でしかないでしょう。
良くも悪くも小学生以下の単純さ、それがデンジの良さでもあります。

しかし、レゼも本質的には同じようなレベルなのでは?と感じます。
レゼが危険を承知で東京に戻ってきてしまった理由も、そこまでしてデンジの待つ喫茶店に走って行った理由も。
「自分の正体を知ってもなお、今までと変わらず接してくれた初めての男だったから」以上の理由ではないでしょう。

雛鳥が初めて見た生き物を親鳥と思い込むような、父や母を求めるような、恋愛よりもっと原始的な感情。
デンジとレゼという欠落だらけの人間同士の欠落が作る凸凹が、この一点に置いて奇跡的に上手く嚙み合ってしまった。
そういう類いの、ある意味では不幸なマッチングだったのだと思います。

マキマから逃げきれたかは一旦棚上げしたとしても、デンジがデンジで、レゼがレゼである限り、二人の関係が将来に渡って上手く行き続けることは恐らくない。
というか、他人との関係性を作る以前の問題で、この二人は自分の欠落を埋めることで一杯一杯なのです。恋愛以前の問題なのです。
レゼはデンジ個人を好きになったというより、デンジを通して見える「無邪気な普通の暮らし」に恋してしまったのだと思います。
エヴァンゲリオンに対する学園エヴァのようなパラレルワールドでも作らない限り、まともな人間同士として関係を作ることはできないでしょう。

でも、それが悪いことかというと、筆者はそうも思いません。

「レゼの傷に初めて触れたのがデンジだった」
「硝子で傷付いたレゼの赤い足跡を辿ろうとした初めての男がデンジだった」

それは、人が人生を狂わせる決断をするに充分に値する出来事だからです。
仮に相手がその場の勢いだけだとしても、長続きしないと分かっていたとしても。
生きていて一度も満たされなかった感情が満たされる瞬間を、拒否できる人間なんていない。
田舎のネズミは安全かもしれないが、幸せかは誰にも分からない。
そういうことなのだと思います。

デンジの想いもレゼの想いも、結局は独りよがりな勘違いだったのかもしれない。
相手のことを見ていない、自分の欠落を埋めるためのわがまま。
でも、仮にそうだったとしても、そんな風に夢を見てしまうことを否定できる人はいない。
それが人間というものではないでしょうか。

まるでこの世界で二人だけみたいだね
なんて少しだけ夢を見てしまっただけ

米津玄師&宇多田ヒカル「JANE DOE」

宇多田ヒカルとレゼの親和性

※ここから先は、宇多田ヒカルファンとしての筆者の個人的解釈が入りまくりますので、予めご了承ください。

あくまで筆者の個人的解釈ですが、レゼが持つ二面性は宇多田さんに重なる部分があると感じます。

音楽プロデューサーと有名歌手の間に生まれたニューヨーク生まれの帰国子女という特異なバックボーンであったり、十五歳にしてスーパースターとなりメディアから追いかけ回される立場となったりと、「普通」とはかけ離れた人生を送ってきている宇多田さん。

「早熟の天才」とメディアから称されることも多かった一方で、彼女は十代の頃から常に「本当の弱い自分と向き合う」ことをテーマとした名曲を多数リリースしてきました。

涙の痕をサングラスで隠す度に
少しづつ強くなれるって信じてた
そんなのおかしいって気付き出した
いつも強がりばかり
意地張って笑ってるけど
本当はね 泣きそうで
臆病なPretender

宇多田ヒカル「サングラス」

私は弱い だけどそれは別に
恥ずかしいことじゃない
実際 誰しも深い闇を抱えてりゃいい
時に病んで もがいて 叫んで叫んで
痛みの元を辿って
(中略)
実際 どんなに深い愛も完璧じゃない
自分でしか自分にしてあげられない
自分を認めるcourage

宇多田ヒカル「Show Me Love (Not A Dream)」

ねえ 生まれつき
ねえ 臆病な人なんていない
初めてのように歩きたい
Let me face, let me face
Let me face my fears
Let me face, let me face
Let me face my fears
私の地図に載っていない海は
遠くない

宇多田ヒカル & Skrillex「Face My Fears (Japanese Version)」

そんな宇多田ヒカルの「知的で洗練された才能」と「無防備に傷付いてしまう繊細さ」の二面性にレゼと通ずるものを感じ取って、今回のコラボをオファーしたとしたら。

米津玄師という天才は、宇多田ヒカルに対する解像度も並外れたものであると驚嘆せざるを得ません。

まさに奇跡のコラボ。
このような夢が叶う時代に生きていることに改めて感謝したいです。

あとがき

想像以上に長くなってしまいましたが、以上となります。
この後は本日20時から公開の「JANE DOE」MVを観て、チェンソーマンの続きを読んで、来週くらいに三回目の映画館に行きたいと思います。

ではでは。

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