空自の救難捜索機、車輪出さずに滑走路逸脱 人的要因か 新潟で9月

滑走路を逸脱して停止した航空自衛隊のU125A救難捜索機=新潟市の新潟空港で2025年9月19日午後2時、戸田紗友莉撮影 拡大
滑走路を逸脱して停止した航空自衛隊のU125A救難捜索機=新潟市の新潟空港で2025年9月19日午後2時、戸田紗友莉撮影

 航空自衛隊のU125A救難捜索機が9月に新潟空港(新潟市)に着陸しようとして滑走路を逸脱する事故があり、空自は14日、操縦士たちが車輪を出していなかったと明らかにした。機体に異常はなく、ミスも含めた「人的要因」が原因と推定。基本操作の徹底など再発防止策を講じたといい、事故後に見合わせてきた同系統機の訓練飛行を再開させる。

 事故は9月19日午前11時50分過ぎに発生。U125A1機が訓練を終えて所属先の新潟分屯基地に戻るため隣接の新潟空港に着陸した際、滑走路を逸脱した。搭乗員5人にけがはなかった。同日に空港を発着する民間航空機計17機に欠航などの影響が出た。

 搭乗員への聞き取りなどを進めた結果、3個ある車輪が着陸時に出ておらず、機長と副操縦士が声を掛け合いながら操作した音声も記録されていなかった。一方で事故機を含め同系統機計25機を点検したが、車輪の作動に異常は見当たらなかったという。

 空自トップの森田雄博・航空幕僚長は14日の臨時記者会見で、隊員2人が死亡した5月のT4練習機墜落など事故が相次いでいることに触れて「危機的状況で、国民の皆様に不安を与え大変申し訳ない。先頭に立って事故の連鎖を断ち切る」と述べた。空自の事故調査委員会が引き続き原因究明に取り組むほか、警務隊が捜査している。

 U125Aのように操縦士2人が横に並んで操縦する機体では同種の事故が1956年と76年に1件ずつあった。2009年には小松基地(石川県)所属のF15戦闘機の操縦士が車輪を下ろし忘れて胴体着陸する事故があった。【松浦吉剛】

あわせて読みたい

アクセスランキング

現在
昨日
SNS

スポニチのアクセスランキング

現在
昨日
1カ月