傍に立つ君は完璧で究極のアイドル   作:カミキヒカラナイ

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いつもこんなふざけた小説を読んで下さってありがとうございます。
お陰様で累計UA数が140万を超えました。14万!?(脊髄反射)

評価・感想・ここすき等々、皆様から頂ける反応が一番のモチベーションです。この場を借りて感謝申し上げます。
好きなものを好きなように書いて、それに好意的な反応を貰える……こんな嬉しいことはない。

あと、ここすき欲しさに後書きのおふざけ登場人物紹介を35話から突然本文中にぶち込んだにもかかわらず、文句が出るどころか今まで以上に多くのここすきを頂ける事態になってむしろ困惑しました(ありがとうございます)
そ、そんなに僕を甘やかしたってこれ以上投稿は早くならないぞ! 何が目的だ!? 言え!!(ハッハッハッ)



38.母が向かうよ三千里

 アクアのこめかみを一筋の冷や汗が伝う。

 二十二時を回った夜の森。光源は懐中電灯代わりのスマホのライトがあるばかりで、辺りは暗闇に包まれている。にもかかわらず、対峙するその少女の姿は何よりもはっきりと見えていた。

 

 暗闇に溶け込むような黒いワンピース姿に、漆黒の装束とは相反する真っ白な髪と肌。血のように真っ赤な瞳がモノトーンで構成された色彩の中にあって異彩を放つ。年の頃は十を数えるかどうかといったところだろうか。一見すると幼い少女でしかない彼女はしかし、妖気とでも呼ぶべき異様な存在感を放っていた。

 本能が視線を逸らすことを拒んでいる。抗拒不能な引力の根源は、幼い容貌に潜む人間離れした妖しい美しさによるものだ。完全なシンメトリーを描くその造形は作り物めいた無機質さを内包しつつも、無機物ではあり得ぬ生物的な活力に満ちている。そう、例えるならば──

 

 徹夜三日明けで死にそうなのに疲労が一周回って逆にギンギンに目が冴えてしまっている漫画家先生のような、目の下にべっとりと濃い隈を貼り付けて瞳孔をカッ開いた、負の活力に満ちたガンギマリ顔である。完全にキマッてる顔なのに口元だけは穏やかな微笑みを浮かべているのが却ってホラーだった。

 

「クククク……クハハ……ハーッハッハッハーーー!!! ようやくだ……ようやく逢えたね雨宮(あまみや)吾郎(ゴロー)ォ!! 天童寺(てんどうじ)さりなァ!! 私はずっと“()”ってたんだぜェ!? あの化け物の影に怯えることなく対面できるこの“瞬間(とき)”をよォ!!」

 

 どうしよう、何から突っ込めばいいのか分からない。アクアは白目を剥いて立ち尽くした。

 

 目の前のこの少女はアクアのことを雨宮吾郎と──そして、明らかにルビーを指して天童寺さりなと呼んだ。

 普通ならば支離滅裂な言動と取られる発言だが、生憎とアクアは前世の記憶を持ち込んで生まれた転生者であり、確かにかつて己が雨宮吾郎という人間だった自覚がある。

 

 それを知る彼女は一体何者なのか……そしてその異様なハイテンションは何なのか。その如何にも悪役っぽい高笑いはわざとやっているのだろうか。

 

 だが、いずれにせよ明らかなことは、この少女はかなり深いところまでアクアとルビーの秘密を知っているということだ。そうでなければ、これほどまでに確信を持ってアクアを雨宮吾郎と呼ぶはずがない。

 

「どうして私の名前を……え、待って……雨宮吾郎って、センセー? どういうこと……? アクアが……お兄ちゃんが、センセー……?」

 

 ルビーもそのことに気付いたらしく、目を白黒させて白い少女とアクアとを交互に見比べている。

 そしてルビーのその反応により、アクアの中に以前よりあった疑惑は確信に変わる。アイに対する強い憧れと親愛、いっそ無垢なまでに純粋にアイドルというものに夢を見るその言動から、ずっと面影を感じてはいた。しかしお互い前世に関する詮索は無用という暗黙の了解もあり、長らく確信には至らなかったのだ。

 

 ──そうか……ずっとそこにいたんだね、さりなちゃん。

 

 だが、再会を喜ぶには些か現在の状況は特殊に過ぎた。眼前にはどうしてか転生者としての二人を知る謎の少女。無数のカラスを従える、明らかに尋常ならざる……否、人ならざる気配を漂わせるそれを前にして気を抜くなどできようはずもない。

 

「……どうやら随分と俺達の事情について詳しいらしいな。お前は何者だ?」

「以前助けていただいたカラスです。恩返しに来ました」

「……ん?」

 

 これ程までにあからさまに怪しい相手からまともな回答など期待しておらず、牽制のつもりで誰何(すいか)したアクア。だが彼の予想に反し、答えはあっさりと返ってきた。

 以前助けていただいたカラス……そう言われてアクアはようやく思い出した。まだアクアが雨宮吾郎だった頃、木の実を啄もうとしてネットに引っかかり怪我をしていた間抜けなカラスをさりなと一緒に助け治療してやったことがあったのだ。

 

「思い出したが……本当に? 何でカラスが人間の姿をしてるんだ」

「転生したのは君達だけではない、ということだよ。神様の手による奇跡と妖怪変化という違いはあるが、結果としては同じことさ。母なき迷い子は輪廻の果てに真実の母と巡り会い、一羽の畜生もまた超自然的な偶然によって機会を得た。再会の機会をね……この日をずっと待ってたんだ。長い……本当に長い忍従の日々だった……っ」

 

 くっ……と苦渋を滲ませた顔で俯きプルプルと拳を震わせる少女。どうやら知らぬところで随分と苦労してきたらしい。

 

「本当はもっと段階を踏んで……“何故か転生周りの事情を知るミステリアスな少女ムーブ”というか……“◆カラスと共に現れる謎の少女、彼女の目的は──?” みたいな陰の実力者的意味深ムーブを重ねてちょっとずつ交流を深めるプランでいたのに……十二年前に奴が……あの化け物がアイの魂を吸引(ダイソン)しやがったせいで全てが狂ったんだ……!」

「──待て、今なんて言った?」

 

 少女の口から飛び出した予想だにしない人物の名に、アクアとルビーは目を見開いて反応を露わにする。

 アイ……その名を聞いて無視することなどできはしない。アクアとルビーはそれまでの警戒感をかなぐり捨て、険しい表情で少女に詰め寄った。

 

「化け物がアイの魂を……ダイソン? したとか言ったな。それはどういうことだ」

「答えて。答えないと究極神拳(FATALITY)するよ」

「慌てなくてもちゃんと答え……待って究極神拳(FATALITY)するってなに? 答えなかったら何されるの私?」

 

 白い少女は戦慄したように顔を強張らせているが、二人にとってはそれどころではなかった。

 今から十二年前といえば、丁度アイがストーカーに刺殺された年と合致する。悲しいがあれはそれで終わった事件なのだ。アイは熱狂的ファンのストーカー被害によって若くしてその命を落とし、アクアやルビーのように都合良く記憶を保持したまま転生することも──十二年もの間音沙汰がないことからの推測だが──なく、たった二十年の人生に幕を下ろしたのだ。

 

 それが全てのはずだった。だが今し方のこの少女の発言は、まるでそれ以外にも何かあったかのような口ぶりである。もしその何かが原因となってアイが命を落とすことになったのだとすれば……アクアは、ルビーはそれを知らなければならない。到底看過できることではなかった。

 

「ま、まあいい。勿論全て話すとも。私は今日、そのためにこうして二人に会いに来たんだから」

 

 この機会を逃すと次はいつ会えるか分かったもんじゃないからね……と遠い目をする少女。

 

「あの化け物がすぐ近くにいる以上、こうして対面できるのも今日が最後かもしれない……結構、それなら全てを(つまび)らかにするまでだ。君達には知る権利がある!」

 

 

 

「アイは生きている──その魂は未だ地上にあり、黄泉へ行くこともなく現世を彷徨(さまよ)っているのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二日間お疲れ様、シオン君! イベントは大成功だよ!」

 

 全ての演目を消化し、着替えを終えて控え室から出た僕を満面の笑みの宮田Pが出迎える。その声音は喜色に満ちて弾んでいた。

 

「ありがとうございます。何とか無事に終われてホッとしてます」

 

 僕としても手応えを感じていたし、きっと成功に終わったのだろうという確信はあった。だが僕が一番に感じたのは達成感ではなく、無事に終わってくれたことの安堵だった。どうやら僕は自分で思っている以上に緊張していたらしい。

 

「でも……その、楽しかったです」

 

 楽しかった。その言葉に嘘はない。緊張はあったが、それ以上に喜びがあった。アイと共に作り上げた舞台が歓声と興奮を以て受け入れられたという実感は、僕の心を大きな喜びで満たしていた。

 そのことを伝えると、宮田さんは嬉しそうに破顔した。

 

「それを聞けて安心したよ。出会った当初、君は芸能界そのものを敬遠してる節があったからね。いくら才能があってもやはり合う合わないはある……けれど、少しでも楽しいと思えたのなら大丈夫だろう。次もこの調子で頼むよ」

「はい!」

「とはいえ大きな仕事が連続したから、次は小さな仕事をこなして足場を固めていこう。差し当たってはインタビュー記事の取材対応かな。君の話を聞きたがってるメディアは掃いて捨てるほどいるからね……勿論、取材に応じる相手はこっちで選別するから安心してくれていい」

「分かりました」

 

 メディア相手の取材対応……これも初めての経験だ。今から緊張してしまうが、大きな舞台を二度も経験した今の僕ならきっと大丈夫だろう。相手も事務所側で選んでくれるようだし、過剰に身構える必要はなさそうだ。

 

『こういうとこ大手は強いよねー。地下上がりのアイドルだからって明らかにこっち舐め腐ってるカスみたいな三流メディア相手にしなくていいわけだし』

 

 アイにしては珍しく直球の毒舌だな……相当嫌な思い出があるらしい。

 

『それはもう! 忘れもしない、あれは初めて受けた雑誌の取材……ハゲデブ三流記者……カス……セクハラ紛いの質問の数々……カス……』

 

 アイから芸能界の闇が垣間見える愚痴を聞かされつつ、宮田さんに連れられて控え室から移動する。時刻は既に二十二時を回っており、一応は未成年である僕はこれ以上仕事をすることができないため、後は宮田さんが手配してくれたタクシーで自宅まで送ってもらえることになっていた。

 

 関係者用の通用口から外に出た時だった。僕の肩に頭を乗せてぶちぶち当時の愚痴を垂れ流していたアイが、何かに気付いたかのようにひょこっと顔を上げる。

 

『あ、なんか嫌な感じ』

 

 嫌な感じ……アイがそう言う時は大抵周囲にそれなりの怨霊に取り憑かれた人がいたりするのだが、パッと見そのような人物は見当たらない。

 というかアイのこの発言を聞くのもだいぶ久しぶりな気がする。最近はアイの方のパワーアップが著しく、嫌な予感云々以前に彼女が視線を向けただけで並大抵の怨霊は爆発四散するので、僕がその存在を認識するのは(もっぱ)ら事後……怨霊だったものの残滓を見て──あと「やっちまったぜ☆」とでも言いたげなアイのテヘペロ顔を見て──何があったかを察することが殆どだった。

 

『うーん、今回はいつものとはちょっと違うなぁ。この感じは……アクアとルビーに危険が迫ってるような気がする!』

 

 アクアとルビーに? あの二人は苺プロの皆と宮崎旅行に行ってるはずだが。

 

『具体的には住所特定して自宅まで押し掛けてくるような厄介ファンが接近してる気配!』

 

 えらく具体的である。まるで身に覚えがあるかのような物言いだが、そういえばアイの死因はまさにそれだった。お願いだから自分の死因をネタにするのは切実にやめてほしい。反応に困るから。

 

『ネタじゃないって! ホントにそんな気配を感じたの! 言うなれば女の勘ならぬ母の勘ってやつ?』

 

 母の勘ねぇ……胡乱だが(あなが)ち一笑に付すこともできない。

 魂だけの存在になった影響か、アイは第六感とでも言うべきものが異様に優れているのだ。怨霊を見つけ出すのがやたら迅速なのもその辺りに起因しているようで、普段のセーブした状態の僕の知覚力より優れていることも珍しくない。

 

『というわけで、ちょっと電話してみてくれない? 確かアクアの連絡先は持ってたよね?』

 

 なるほど、そういうことならば是非もない。

 けど、それなら電話するよりもっと良い方法がある。

 

『ひょ?』

 

 あれをやると頭が疲れるのだが、もし本当に兄妹が危ない目に遭っているのだとすれば捨て置けない。僕は()()()()、平時は意識的に抑えている知覚を解放した。

 

「? 急に立ち止まってどうしたんだシオン君? もうタクシーは着いてるけど…………ッ!?」

『うぇッ!?』

 

 宮田さんには申し訳ないが、少しの間我慢してもらう。きっと今の僕は東ブレの稽古の際に皆を威圧してしまった時と同じような状態になっていることだろう。普段は大きすぎる存在感を誤魔化すために認識能力の大半を抑えて半分眠ってるような状態でいるが、それを解除することで僕は本来の知覚力を発揮することができる。

 

 僕は心を落ち着けるために周囲数十メートル圏内の人や物を認識するというルーティーンを行うが、これは周囲に存在する人間を同時に把握することで意識を分散させ無用に威圧することを抑制する狙いも兼ねていた。

 しかし、今僕がやっていることは行為としての本質は同じでもその規模が違う。普段の休眠状態では精々が半径百メートル程度が限界なのに対し、覚醒状態では日本全土を悠々カバーできる。本気を出せば国外まで知覚の範囲を伸ばせるだろう……やったことはないが、その気になれば地球全土を効果範囲に収められる感覚もある。

 

 しかし、これをやると大量の情報が脳内に流れ込んでくるため非常に疲れるのだ。

 

 瀑布のような勢いで押し寄せてくる情報の密度に頭が痛む。老若男女の別なく迫り来る人、人、人の気配。会話の声から息遣い、心音、血流の流れる音までが無秩序に入り交じった雑音が鼓膜を震わせる。

 感じ取れるのは人の発する音だけではない。獣の息遣いに這う虫の足音、無数の羽音、そして一秒毎に生まれては息絶える儚い命の音色。渦を巻いて対流する風と水の不協和音、停滞する泥濘の静寂。地上一切の音という音が形を成して鋭敏化した聴覚に叩き付けられる。

 

 そして最も情報量が多いのが視覚だ。これまで街灯と微かな月明かりだけが光源だった僕の視界が、突如として極彩色の光で溢れ返った。それは通常の可視光線のみならず、赤外線や紫外線といった不可視光線が可視化されたことによる情報量の増加が原因である。とりわけ空から降り注ぐ宇宙線が(やかま)しいことこの上なく、まるで空間そのものが色づいたかのようで非常に目が痛い。

 目の奥を刺激する鈍い痛みを堪えて視覚情報を取捨選択。見る必要のない大気中の素粒子と重力波によって歪む視界を無視して目を凝らす。視線上に存在するあらゆる物体を透過し、僕の“目”はここより遥か西方に向かって飛翔する。望遠レンズのピントを合わせるようにして先へ先へと焦点を伸ばしていき、僕はようやく“それ”を目にした。

 

 何故か森の中にいるアクアとルビーの姿と、それを包囲するかのように辺りを飛び交うカラスの群れ。

 

 そして、二人のすぐ目の前に佇む──人ならざる気配を纏う何者か。

 

「ッ! まずい……二人の近くにアイより弱いけどそこらの怨霊とは比べ物にもならない霊格の何かがいる!」

『ええ!? 私よりは弱いけどそこらの怨霊よりヤバい何かがアクアとルビーの近くに!?』

 

 なんてことだ……ストーカー対策で肉体的には飛躍的に強くなったルビー達だが、流石にあのレベルの霊的存在を相手にするのは僕やアイのような例外枠でもなければ不可能。かくとうタイプではゴーストタイプには太刀打ちできないのだ。

 

 油断した、まさかあんなのが何の制限もなく地上をうろついてるなんて……!

 

「事は一刻を争う……! すみません宮田さん! タクシーはキャンセルしておいてください!」

「アッハイ……ハッ! いやいやちょっと待ってくれシオン君! こんな時間にいったいどこへ行くつもりだ!?」

「ちょっと宮崎まで! 今日中に帰ります!」

「宮崎!? 今日中!?」

 

 大丈夫、今の僕なら宮崎までの距離などあってないようなもの。行って帰るだけなら数分とかからない。

 

 いや──しかし流石にこんな都内のど真ん中から脚力任せに飛び出すのは憚られる。あの台風の夜とは状況も移動距離も全く異なるのだ。こんな雨も風もない中では流石に人目につくだろう。

 

『とりあえず私が雲の上まで浮かせようか?』

 

 そうするべきだろうが、今はたった一秒のロスが惜しい。アイの飛行速度では衝撃波(ソニックブーム)を誤魔化せるほどの高空まで到達するのにそれなりの時間を要する。

 ……仕方がない。これは次回以降のステージのために温めていた未完成の手品だが、ぶっつけ本番でやってみるか。

 

「宮田さん、危ないのでその場から動かないでくださいね!」

「待てシオン君、なにを!?」

「エネルギー変換、 運動量リセット! 局地的に重力場を遮断! イヤーッ!」

 

 空気を蹴って空を走る度に思っていたのだ。別に宙に浮くだけなら鳥や飛行機の真似をする必要もないと。こと僕に限っては空力も揚力も関係ないのだから。

 

 視線一つで重力崩壊を起こせるのに、あえて重力に囚われる必要もない。僕は身震いによって身体に掛かる重力を振り解くと、そのまま()()()()()()()()()()

 その際、足下にあったコンクリートの路面の一部が砕けて一緒に急上昇するのを見て、僕はこの手品の未熟を悟る。余計なものまで浮かせてしまうようではまだまだ人前で見せられるものではない。

 

『ええええええ!? お、落ちてる! 落ちてる!? 地面は下にあるのに空に向かって落下してる! どういうこと!?』

「重力を無視……いや、反転させたって言うべきなのかな。まだ練習中の技だけど、こうすれば上方向に()()()ことができる。重力に逆らってるわけじゃないから力いっぱい地面を蹴る必要もないし、周囲を無闇に破壊する危険性も低い」

 

 尤も、範囲指定をミスって立っていた地面も一緒に巻き上げてしまったわけだが。うっかり地上に落としてしまう前にこのコンクリート片は責任をもって消し飛ばしておくとしよう。

 

『うぅ、私の役目がまた一つ減った……というか空を頭にしてるのに浮遊感じゃなくて落下感を感じるの、違和感しかなくて何というか酔うというかおろろろろろろ』

 

 ぎゃああああああ!? こんなところで吐くんじゃないよアイに三半規管なんてないでしょ!!

 

 キラキラと白く輝く吐瀉物を遥か上空からぶち撒けるアイを伴いつつ、僕はあっという間に雲を抜けて対流圏まで到達する。流石に成層圏まで行く必要はないだろう。このぐらいの高度でも十分に日本の国土は目視圏内だ。

 

 あとは位置エネルギーと重力加速度を活かして目的地までカッ飛ぶだけだ。宮崎まで数秒とかかるまい。僕はアクアとルビーのいる場所目掛け、周辺被害を気にすることなく全力で大気を蹴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイの魂が……まだ地上にいる? 俺達のように転生したわけではなく?」

「ママが生きてるの……!?」

「無論、肉体的には死んでいる。だが星野アイとしての個我を保ったまま現世に留まっているのだから、まだ生きていると言って良いのではないかな」

 

 一方の宮崎では、カラスの妖怪変化を名乗る黒衣を纏った白い少女が嬉々としてアイの秘密を語っていた。

 

「……アイは今どういう状態なんだ?」

「今の彼女は魂だけの存在となって地上を彷徨う浮遊霊のような状態だ……尤も、今や浮遊霊なんて生易しいものではなくなっているが」

「私達のことは覚えてるの……?」

「意識も生前の記憶もはっきりしてるからそこは安心するといい。十年間音沙汰がなかったのは、単純に君らに霊的素養がないというだけの話さ。仮に目の前にいても見えないなら意思疎通なんて不可能なのは分かるだろう?」

「ということは、俺達が認識できなかっただけでアイはずっと近くにいたのか? まさか今この場にも……」

「近くにはいたが、ずっと傍にいるというわけではないよ。今もここにはいないしね。……ふむ、良い機会だ。ここらでアイに関連して一人の少年の話をしよう。必死に人間のふりをしている、一人の化け物の話だ」

 

 少女は暗い笑みを浮かべ、そのようなことを切り出した。「これを聞いて君達があれから距離を置いてくれれば言うことはないんだが」と付け加えて。

 

「何やらアイはサプライズだの何だの小賢しいことを考えてるようだが、私の知ったことじゃない。生憎と私は君達ほど彼女に思い入れがあるわけではないからね……君ら兄妹が真実を知る方が重要だ。

 ……さて、化け物の話だったね。その化け物は我々のいる次元とは異なる宇宙からやってきた。いや、落ちてきたと表現する方が正確かな。何せその宇宙は我々のいる世界とは次元も法則も何もかもが異なる外宇宙……神ですら容易には観測することもかなわない上位次元だ。その時は大騒ぎだったとも。何せ銀河そのものみたいな質量の魂が人の皮を被って生まれてきたのだからね」

 

 少女は語る。神代より遥かに力は弱まったとはいえ、未だ幾柱かの神はこの時代においても地上にあり影響力を保っていた。アクアとルビーを転生させたのもそんな神の一柱であると。

 しかし、外宇宙からの来訪者の存在により状況は一変する。現代どころか全盛期の時代の神霊をも小指の先で消し潰すような力と規模の魂が出現したことにより、多くの神々が「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」「勝てるわけがない……」と言って世を儚み姿を隠したという。

 

「だが、我々の予想に反し最初の数年は大人しいものだった。彼は本当にただの人の子のように振る舞い、宇宙そのものの熱量を秘める魂はその片鱗すら見せることなく鳴りを潜めていた。

 状況が変わったのは、父親が死に、心労で心を病んだ母親に捨てられた日……今から十二年前、彼が四歳の誕生日を迎えた日のことだった」

 

 両親を失ったことで何か精神的な変化があったのか、それとも遠慮する相手がいなくなったからか、彼の魂はそれまでの沈黙を破り本来の熱量を放ち始めた。強靭な肉の器の内になければその超重量で(たちま)ち地表を踏み砕きかねない、極大質量の魂の熱を。

 

「そしてそれは、アイの葬儀が行われた日でもあった」

 

 火葬され完全に肉体から離れた魂は、吸い寄せられるようにして彼の元に向かった。その様はまるで魂の放つ引力に絡め取られるようだったという。星がより大きな天体の引力に引き寄せられるように、アイの魂は成仏することなく地上に縫い留められ……あろうことか彼の魂から溢れ出るエネルギーを糧に生き永らえたのだ。

 

「あれこそは奇跡と言って差し支えないだろうね。両者の質量差を考えれば寄生虫が太陽に取りつくようなものだったのに……よほど相性が良かったのか、アイの魂は呑み込まれることも焼き尽くされることもなく済んだ。かくして跡形もなく雲散霧消する定めにあった哀れな女の霊は消失を免れ、今もその化け物と共に現世に留まっている……というわけさ」

「……………………まさか」

 

 ここまでの話を聞いて、アクアは少女が化け物と呼ぶ存在について心当たりがあった。

 少女は“化け物”以外にもその人物を指して“少年”や“彼”とも呼んでいた。ならば件の人物の性別は男性なのだろう。そして魂だけの存在となったアイに……他者に力を分け与える、規格外の能力を持った少年となれば、該当する人物はアクアの知る範囲では一人しかいない。

 

 そして、もしその少年がアクアの想像通りの人物であるのなら、彼の過去は今し方少女が語った内容と合致する。アクアはかつて彼と出会った当初、アイとの血の繋がりを疑ってDNA鑑定を行った際に調べられる範囲でその経歴を洗ったのだ。

 その結果、彼は三歳の時に父親を亡くしていたことが判明した。加えて四歳の時に母親から捨てられ天涯孤独の身となり、児童養護施設に身を寄せることになったことも分かっている。まさに目の前の少女が語った通りの経歴である。

 

 アクアがその人物の正体に思い至ったことを察したのだろう、少女は幼くも美しい顔を歪めてニヤリと笑った。

 

「そう、まさに君が思い描いた通りの人物さ。アイは今もそいつから霊力を吸い取ってぶくぶく肥え太──」

 

 その時だった。

 ぞわり、と肌が粟立つ。やおら只ならぬ悪寒に見舞われたアクアは弾かれたように顔を上げる。見れば隣でルビーも同様に警戒した様子で身構えていた。

 

(何だ……?)

 

 気のせいで片付けるにはあまりに異様な感覚だった。何か恐ろしいものの凝視を受けたかのような、名状し難い圧力を全身に感じる。それは一瞬のことだったが、確かな感触として兄妹に戦慄を抱かせた。

 

「そ、そんなばかな……見つかった……? 嘘だろ、いくら何でも早すぎる……!」

 

 他方、白い少女が感じた戦慄たるや兄妹のそれとは比較にならないものだった。

 

 東京から宮崎まで直線距離で850kmはある。物理的な距離の隔たりは“化け物”の目から逃れるための最大の武器だ。加えて、この森には外界からの認識を阻害する結界が張り巡らされている。距離の壁と認識阻害の壁……二重の障害によって隔絶されたこの地の守りは磐石だったはずなのに。

 とはいえ、彼女は本気で“化け物”の目を欺けると信じていたわけではない。本当に彼がその気になれば距離の隔たりも結界も無視して容易に見つかるだろうことは分かっていた……だが、それは“その気になれば”の話である。東京で仕事に励んでいる彼がどうしてわざわざ宮崎へ旅行に行っている兄妹を()()()探そうなどと考えるだろうか。

 

 だが、現実に“化け物”の凝視は遥か東京から宮崎までの距離を飛び越え、真っ直ぐに少女の全身を貫いていた。

 愕然と天を仰ぐ少女の目には、目に見える範囲の全ての空を覆い尽くす巨瞳が映っていた。無論、それは物理的に存在しているわけではない。それは少女が受けた感覚……世界をも覆う“化け物”の千里眼を視覚的にイメージした虚像、錯覚に過ぎない。

 

 しかし、全身を圧し潰さんばかりの視線の圧力は錯覚などではない本物であり──宇宙の色をした瞳孔が、じっと少女を見下ろしていた。

 

 

 直後、硝子(ガラス)の割れるような音と共に結界が粉砕される。

 

 そして、()()()()()()()

 

 

「な──」

「え……」

 

 アクアとルビーが絶句するのも無理からぬことだった。

 突如として暗闇に包まれていた一帯が昼間のように明るくなった。凄まじいプレッシャーと共に空より降ってきたのは、小太陽とでも言うべき極小の、だが恐るべき熱量を秘めた火球──

 

 

 それを掌中に弄ぶ、生来の存在感を露わにしたシオンの姿だった。

 

 

「──二人に何をしている?」

 

 手の平の上に浮かぶビー玉ほどの大きさの火球は、大気中の塵や水素といった粒子を中心核に生じた極小のブラックホール……漆黒の光を放つ縮退エネルギーの塊である。

 誤って空に打ち上げてしまったコンクリート片の処分ついでに生み出された極大の炎熱を何でもないことのように片手で制御しつつ、シオンは冷たく凪いだ瞳を白い少女に向けている。星のきらめきを宿した擬態の瞳はそこになく、無数の星塵と乱舞する宇宙線を内包し、絶えず集合と離散を繰り返す不可思議な色彩の瞳が静かに対象を推し量っていた。

 

「わァ……ぁ……」

 

 少女は声を震わせて泣いた。

 あとちょっとチビった。ちょっとだけ。

 

 


 

桐生(きりゅう)紫音(シオン)

 遂に重力操作にまで手を出し始めた自分を柴犬か何かだと思い込んでいる完璧で究極のゲッター。室内犬(チワワ)からグレードアップしたから良いとかそういう問題ではない。まずはワンコから離れよう。

 

 ちなみに感知範囲の拡大により兄妹とツクヨミちゃんを目視してから対流圏まで“落下”するのに約五十秒(約時速200km)、東京上空から高千穂までカッ飛ぶのに約三十秒(約マッハ40、つまり音速の四十倍)しか要していない。

 つまりシオンはツクヨミちゃんが「見られた」と感じてからたった八十秒程度で現地に到着したことになる。

 そして実はこれでもアイと地球に配慮してまだ手加減している。手加減できて偉いね♡ 二度とやるんじゃねぇぞ。

 

 

星野(ほしの)アイ】

 ツクヨミちゃんの敗因となった女。約850kmの距離を無視して子供達の身に迫る危機(?)に勘づいた。

 しかも魂の格において既にツクヨミちゃんを凌駕していることも判明した。ただのアイドルの浮遊霊に霊格で負けてねぇどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?

 

 なおそんな高位霊体のくせして酔って地上約10~16kmの上空からゲボ吐いた模様。ノルマ達成とかうるせぇぶっ飛ばすぞ☆

 

 

宮田(みやた)P】

 イベントは大成功、シオンもすっかり芸能活動に乗り気になってくれて上機嫌でニコニコしてたら突然ゲッターの本性をお出しされて腰抜かしたかわいそうな人。しかも当の本人は日付が変わる前に宮崎まで行って帰ってくるとかふざけたこと抜かすし、挙句の果てに重力を無視してフワーッと空の彼方へ消えてしまった。説明責任!!!!

 

 

星野(ほしの)アクア】

 突然現れた怪しい女の子が明らかにヤバげな顔でラリッててまず困惑。しかも自分をカラスの妖怪変化とか名乗り出す始末だしルビーはさりなちゃんだしで完全に宇宙猫状態になった。

 とはいえ自分自身も前世の記憶を持ったまま転生するという摩訶不思議を経験した身のため、冷静になれば理解するのに時間は掛からなかった。ツクヨミちゃんからのタレコミによってアイが魂だけの状態ながらまだこの世にいること、彼女がシオンの傍にいるかもしれないことを知る。

 

 そしてその直後、まるで答え合わせをするかのように空からフ〇ーザ様みてぇなポーズのシオンが威圧感マシマシで降ってきてまたしても宇宙猫状態になった。

 

 

星野(ほしの)ルビー】

 説明しよう! 究極神拳(FATALITY)とは!

 アメリカ生まれの格ゲー『モータルコンバット(MORTAL KOMBAT)』において相手に止めを刺す必殺技「FATALITY」を日本語に訳したものである! ツクヨミ脊髄剣!

 

 なお、この時のルビーは「センセーの死体を見つけてショックを受けたと思ったら明らかにヤベー感じにガンギマッてるカラス少女が現れて実はアクアがセンセーの生まれ変わりであると明かされた上にアイの生存をも示唆された」という情報過多な状態なためだいぶ混乱している。更にこの後フリー〇様みてぇなポーズしたシオンがデスボール片手に降ってきてひっくり返った。

 

 

【疫病神ちゃん】

 カラスの妖怪変化である白髪赤眼の超絶美幼女……なのだが、シオンから与えられるストレスとようやくまともに兄妹と会えた喜びでテンションがおかしなことになっている。もう二度と面と向かって会えない可能性もあるため初っ端からネタバレ全開なゴロ×さな原理主義者。

 ちなみに彼女の人間としての名前は原作においても不明。疫病神というのは原作でアクアからそう呼ばれていただけで本当に神様なわけではないし、ツクヨミというのも子役デビューする際に名乗った芸名とこちらも本名ではない。そのためまだ名乗っていない本編中では“白い少女”とだけ呼ばれているが、普通に不便なため次回あたりでツクヨミを名乗らせようと思う。おどれ何者じゃ、名を名乗れい。ツクヨミです……

 

 兄妹と接触するにあたり、東京・宮崎間の物理的距離と認識阻害結界を武器にシオンの目から逃れる計画を立てる……が、アイの母の勘によって全てお釈迦になった。今回の件によりたとえ地球の裏側にいようとアイのご機嫌次第で一瞬で見つかることが判明したため、彼女の推し活は今日この日を以て永久に終了した。何となくでゲッターを(けしか)けられたらたまったもんじゃないんだよふざけんな。

 

 そ、それでも……それでも必死に命乞いすればあるいは……と微かな希望に縋ろうとした僅か数十秒後、アホみてぇな威圧感(オーラ)とバカみてぇな火力(パワー)を携えた破壊神が降臨したことで己の末路を察する。泣いちゃった!




次回、「再会」
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