私、カーリングペアレント?公認心理師に聞く「失敗」への恐れと権利
Re:Ron特集「時代のことば」 カーリングペアレント
近年、子育ての場で耳にすることが増えた「カーリングペアレント」。ブラシで氷をこすってストーンを滑らせる、冬のスポーツ由来の言葉です。いったいどのような親を指し、どういった時代背景がある言葉なのか。15年以上にわたって多くの親の育児相談にあたり、2017年にこの言葉を日本のウェブサイトで紹介した、公認心理師の佐藤めぐみさん(56)に話を聞きました。
話題のキーワードや新たな価値観、違和感の言語化……時代を象徴する「ことば」を、背景にある社会とともに考えます。
――カーリングペアレントとは、どんな親を指すのでしょうか。
カーリングは、氷のフィールドに描かれた円の中にストーンを入れて得点を競う冬のスポーツです。ブラシで氷をこすって表面を溶かし、ストーンを滑りやすくします。
このブラシをかけるのが親、ストーンが子どもです。子どもの行く先を先回りして道をならし、狙った位置に子どもを向かわせる――。そんな親を指す言葉です。
■「小さな皇帝」、日本こそ多い?
――いつ、どこで生まれた言葉なのでしょう。
調べた範囲では、2004年、デンマークの心理学者が最初にこの言葉を使っていました。私自身は10年代後半、『フランス人は子どもにふりまわされない』などの著書があるパメラ・ドラッカーマン氏が書いた『Curling Parents and Little Emperors』(カーリングペアレントと小さな皇帝)というタイトルの記事で知りました。
ネーミングの妙にひかれたのはもちろん、欧米4カ国で子育てをしながら日本人の育児相談にあたってきて、「小さな皇帝になっているのは日本こそ多いのでは」と感じました。17年9月、カーリングペアレントについてウェブ記事を書きました。
当時、日本語で書いたものは見当たらなかったと記憶しています。大反響というわけではありませんでしたが、じわじわと読まれていきました。今では相談者自ら、「自分はカーリングペアレントなのでは」と悩みを相談してくることも増えました。
■ヘリコプターペアレントとの違い
――日本語の「過保護」とは違うのでしょうか。同じような意味合いで、「ヘリコプターペアレント」という言葉も聞きます。
カーリングペアレントは、「過保護+α」だと理解しています。
過保護が、子どもが嫌な思いをしないように「甘やかせる」ことだとしたら、カーリングペアレントは、加えて、子どもの歩む道をならし、時に子どもが歩む道を作り、誘導するにまで至る点が違います。狙いを定め、ブラシで氷をこするように。「過保護+過干渉、過管理」といったところでしょうか。
ヘリコプターペアレントは米国発祥の言葉です。上空でホバリングしている様子が、子どもを上から監視しているようで、何かあったらすぐに急降下するヘリコプターになぞらえた言葉です。
英語圏での使われ方を見ていると、カーリングペアレントとほぼ同じだと理解しています。
■カーリングにかき立てる五つの点
――日本では、何が親をカーリングに駆り立てるのでしょうか。
5点あると思います。
日本人は心配性で、子育てではマイナス面を気にし、先回りして何か手を打とうとする傾向が強い。これが1点目です。
私は25年近く海外で生活をしており、様々な国を経験しました。コロナ禍のドイツで思ったのが、「10人いたら1人がコロナにかかる」としたら、欧米の人は「自分はその9人に入る」と思う人が多いのに対し、日本人は「自分がその1人になるのでは」と感じる人が多いだろうということ。「もしも」を考えて行動する傾向が強いため、カーリングに走りやすいと言えます。
2点目として育児情報の氾濫(はんらん)があります。「10歳までに○○すべきだ」など、不安をあおる記事も少なくありません。親が「念のため」と思って実践し、うまく事が運ぶように子どもに過剰に構ってしまう状況があります。
3点目には、子どもが親の「通知表」になっている現実があげられます。親としての評価が気になり、「子どもにはうまくやってほしい」「問題を起こされると親としての評価に関わる」と考え、手を出して成功に導こうとしてしまうのです。
4点目として、親がやった方が面倒が少ない点です。例えば、子どもに飲み物の準備をまかせて、結果、床にぶちまけられることがあります。コップの破片を拾って、雑巾で拭いて……。最初から親がやってしまおうとなってしまいがちです。
5点目は3点目と連動しますが、理想の子ども像を子どもに強要してしまう点です。逆に言えば、自分の理想から子どもが外れることへの恐怖心から、事前に道を作ってしまうのです。
■子どもの「失敗する権利」
――女性1人が生涯に産む見込みの子の数「合計特殊出生率」は日本で1.15(2024年)、欧州連合(EU)は1.53(21年)です。背景に少子化があるのでしょうか。子ども1人あたりへの期待値があがっている、身近なところで子育ての現実を見聞きしていない――。
あると思います。少ないぶん、我が子に手をかけられます。特に1人目は手をかけてしまう傾向があります。
その上で、日本に限らず、現代の大人は子どもとの接し方に悩んでいるのではないか、と感じています。
日本では20年4月、体罰の禁止を柱とした改正児童虐待防止法が施行されました。欧州では1980年代から徐々に広がり、カーリングペアレント発祥の地デンマークでは97年に全面的に禁止されています。
「恐れ」で子どもは動かしてはならない、子どもの意思を尊重し、子どもの意見を聞かなければならない。そうした「規範」が浸透したこともあり、自分の子育てでどこまで寄り添えばいいのかを迷う人が多いのではないでしょうか。
――日本社会が子どもの意思を尊重し、意見を聞いているとはあまり思えませんが……。
育児相談を受けていて、やみくもに「意思を尊重」し、間違った方向に傾いている相談者に出会うことは少なくありません。
例えば、好きなだけお菓子を食べたい、ずっとテレビを見ていたい、といった主張に、親は明確に「NO」を言わないといけません。それが「意思の尊重」を前にぐらついている。自己制御する力をおざなりにした結果、親自身が困っているという状況があります。
不快や痛み、物事がうまく運ばないいらだち、くやしい、むかつく……。子どもが持つ負の感情や感覚を過度に怖がる必要はありません。善でも悪でもなく、生きていく上で必ず直面することであり、成長に必要な経験です。
カーリングペアレントは、困難を取りのぞき、道をならすことで子どもの経験を奪っていると言えます。子どもたちには「失敗する権利」があるのです。
■育児とは「手放す」こと
――子どもを育てるにあたっては、親が一定程度手助けをする必要もあります。カーリングペアレントとの違いはどこにあるのでしょうか。
「手放す」ことを意識しているかどうか、だと思います。
子どもが保育園や幼稚園に通っている頃、園バッグは親が管理していることが多いですよね。でも、子どもが中学生になって親が通学準備をしていたら? これは大変です。
育児とは「自立」に向かい、子の成長とともに何かを手放していく過程でもあります。「ちょっとだけチャレンジ」から始め、伴走しながら、親の手を放していくことです。
「理想の子育て」の観点から言えば、子どもは自分とは別人格であることを強く自覚すること。その上で、変化する子どもに臨機応変に自分の理想を合わせられるか、当初の理想を「手放す」ことができるか。
そこが、カーリングペアレントになるかならないかの分かれ目だと思います。
さとう・めぐみ 1969年生まれ。公認心理師。米国ウェブスター大で心理学を学び、英レスター大大学院で修士号(MSc、司法心理学)。オンライン育児相談室「ポジカフェ」主宰。
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- 【視点】
記事を読みながら、失敗を避けさせるのではなく、「失敗した時にどう立ち上がるか」を一緒に考えられる関係を子どもたちと築いていきたいと感じました。レジリエンスの高さは才能ではなく、練習や経験によって積み上げられるものだと思います。私自身、子どもの代わりにやってしまいたくなる瞬間がたくさんあります。特に急いでいる時や余裕のない時は、自分でやってしまう方が早いので、つい先回りしてしまうことも…。子どもと向き合い、失敗を温かく見守るためには、親自身の心と時間の余裕も欠かせないと痛感します。子どもたちの“失敗する権利”を守りながら、転び方と立ち上がり方を一緒に練習できる親でありたいです。
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