傍に立つ君は完璧で究極のアイドル 作:カミキヒカラナイ
投稿に一週間かかったことを有馬かなが重曹を舐めてお詫びしてた頃が懐かしい……気付けば前回の投稿から二週間が過ぎておりました。本当に申し訳ない(メタルマン)
しかし受験生にとってはまさにこの時期が天王山やねんな……許してたもれ。
なに? 影の地で一ヶ月も遊び呆けてたツケを払ってるだけ? それはそう。
迫る白刃を刃で以て受け止める。甲高い金属音と共に受け止められた対手の刃はその守りを打ち破ろうと硬質な音を立てて震えるが、対するこちらの刀は小揺るぎもしない。
彼我の膂力に圧倒的な開きがある証左である。至近距離にある
「どきな! そこの女!」
「っ!」
荒々しい声を上げて
相手は二刀流の使い手、新宿クラスタの剣士
「げぇっ!?」
それでもなお不動。嵐のような剣戟を受け止める大刀は微動だにせず、圧倒的に手数で勝るはずの二刀の連撃に刀一本で追随する。まるで枯れ枝を振り回すかのように大刀を振るう怪力、何より己の剣を的確に受け止め弾く技量に敵との絶望的な力の開きを悟ったか、つるぎはサッと顔色を変える。
「じ、冗談じゃねぇだ! こんなバケモンとまともに戦ってられるか! そ、そこの女! アンタにこのつるぎ様と刃を並べる栄誉をあげるわ!」
「えぇ……何なのですかこの粗暴な女は。これだから新宿の田舎者は……」
「ハァー!? お高くとまった渋谷
退けと言ったり加勢しろと言ったり主張の定まらないつるぎと、それに呆れ顔を向ける鞘姫。
荒くれの武辺者と貴種の姫君、育ちから性格まで正反対の二人。近い未来に
「……大したものだ。この私を前に無駄話に舌を遊ばせる余裕があるとは」
その様子をしばらく眺めていた
「ッ……!」
一撃。下から掬い上げるような一閃が咄嗟に刀を構えた鞘姫を吹き飛ばす。
「ぐぅ……!?」
二撃。返す刃で振るった袈裟斬りが二刀を交差させたつるぎを防御ごと弾き飛ばす。
間断なく放たれた二連撃がいとも容易く二人の剣士の身体を宙に浮かせる。しかし二人も然る者、派手に吹っ飛ばされながらも身体を捻って受身を取り、二本の足で着地してみせた。
そして次の瞬間、鍔姫の姿は二人の背後にあった。
『ッ!!』
顔を強張らせ弾かれたように背後を振り向く二人。恐るべき速度で吹き飛ばされる両者を追い抜き背後に回り込んだ鍔姫は、既に大刀を振りかぶり、次の一撃を放つ構えに入っていた。
長大な刀身は鞘に納まり、腰だめに深く構えられている。居合の予備動作だ。次の瞬間には神速の抜刀斬りが放たれることだろう。
間に合わない──つるぎと鞘姫は同時にそれを悟ったが、それでも何とか防ごうと刀を身体の前で構える。拙い防御だ。鍔姫の一撃は容易くそれを打ち砕き、二人の身体を両断するだろう。
死を目前としながら最後まで足掻こうとするつるぎと鞘姫。絶体絶命の両者だが、ここで
合図として少し大袈裟に鯉口を切り、鞘走りの音を響かせる。キン、と涼やかな金属音が響き渡った。
さあ、こちらの準備は整った。
いつでもどうぞ!
「……え、今からこの中に入らなきゃいけねえの? この剣の嵐の中に?」
「フッ……冗談はよせ。死ぬぞ? 俺が」
あれぇ?
「よォーーーし、一旦ストップ。そこの
何故か青い顔をして稽古に入ってこない姫川さんとアクアに首を傾げていると、金田一さんからストップが掛かる。
バツが悪そうな顔をしたあかねさんと有馬さんと共に手招きする金田一さんの下に向かう。何だろう、悪くない
「さて、何から言うべきか……色々とツッコミどころは多いが、取り敢えず一言言わせてくれ。お前ら速すぎ。何も見えん」
「その……はい」
「すみません、身体が動くものだから、つい……」
「…………?」
「おう、そこの何言われてるのか分からねえって顔して首傾げてる
「えっ……? これ以上どう加減すれば……?」
「えぇ……こいつ本気で言ってる……やだこいつ怖ぁ……」
心底からドン引きした様子で頭を抱える金田一さん。
しかし頭を抱えたいのはこちらも同じだった。まさかあれでもまだ加減が足りないと言われるとは。動きが不自然にならないギリギリのスピードがあのぐらいだったので、それより更に抑えるとなるとかなりぎこちない動きになってしまうだろう。
「……まあ桐生が普通じゃないのは分かってたことだ。超能力者って肩書きがキャラ付けとかじゃなくてマジだってのも理解した。そもそもお前に常識を求めるのが悪かったのかもしれん……だが」
そこで言葉を切った金田一さんはあかねさんと有馬さんの二人に視線を向ける。
「まさかお前らもそっち側だったとは思わなかったぞこの
「えっと……」
言いづらそうに口ごもるあかねさん。まあ彼女と有馬さんの身体能力に関しては僕とアイによる
「最悪桐生一人が突出してる分には問題ない。こいつが演じる鍔姫は物語のラスボスだからな。むしろ盛りに盛った設定に説得力が出る分悪くないまである。だが黒川と有馬、お前らは駄目だ。設定上、鞘姫とつるぎの実力はそれぞれ刀鬼とブレイドより下だ。なのに明らかに二人より動きにキレがあるのは不自然に映る」
「そうだそうだ、手加減しろー。いやして下さいお願いします」
「茶化すな姫川。……だがまあ、そういうことだ。役者に対して実力を抑えろだなんて俺とて言いたくはないが、周りと足並みを揃えるのも仕事の内だと思って納得してくれ」
でないと目玉のアクションシーンで
うーん、ちょっと申し訳ないことをしてしまった。良かれと思ってやった生命力譲渡が思わぬ弊害を生んでしまったらしい。ストーカーにも負けないようにと思い強化した身体能力が裏目に出るとは。
『くっ、さっきから黙って聞いてれば私のシオンになんて言い種……! 確かにシオンは頭おかしいレベルの
この三十二歳児、罵倒の語彙が貧弱すぎる。子供か。
そもそも金ダライなんて今時早々売ってないだろうに、どこから持ってくるつもりなのか。それ以前にこの場でそんなことできるの超能力者を標榜してる僕しかいないんだから、やったら怒られるのは確実に僕になる。とばっちりもいい所だ。
「最近の若者の人間離れには頭が痛い思いだ。で、その最筆頭の桐生。ぶっちゃけお前は何をどこまで出来る?」
「僕が何を出来るか、ですか?」
「そうだ。この劇の主演は
それを知らないことには演出のプランすら立てられないと、金田一さんはそう語った。
確かに役者の能力を把握していないと演技指導も儘ならないだろう。姫川さんは同じララライの同僚だし勝手知ったる仲だろうが、他所の事務所の所属でこれといった活動実績のないタレントの能力など把握のしようがない。ましてやそれが超能力者ともなれば何をか
「無論、事務所の方針で明かせないって言うなら無理には聞かないが」
「いえ、それは大丈夫です」
宮田Pからは「好きに
他の面々も興味深そうにこちらに意識を向けているのを感じる中、早速とばかりに金田一さんは質問を投げ掛けた。
「じゃあ聞くが、超能力者としてのお前は何ができる? ざっくりとした質問なのは勘弁してくれよ。そもそも俺は超能力なんざサッパリだからな」
「そうですね……えっと、手で触れずに物を動かしたりできます」
そう言ってアイに目配せする。するとアイは「ラジャー!」と笑顔で頷き、僕が手に持っていた模造刀を鞘から引き抜いた。
鍔姫の扱う大刀は大太刀、あるいは野太刀と呼ばれる長大な刀である。全長は僕の身長ほどもあり、非鉄金属で出来た模造刀とはいえその重量はそれなりのものだ。
しかしアイはそれを軽々と持ち上げると、掛け声と共に滅多矢鱈と振り回し始めた。
『うりゃおい! うりゃおい! うりゃおい! B小町! フッフー!』
何故か「サインはB」のリズムに合わせてリズミカルに大刀を振り回すアイ。手元でバトンを回すかのように刀を回転させながら乱高下を繰り返し、ビュンビュンと縦横無尽にスタジオ内を飛び回る。
それにしてもこの幽霊ノリノリである。誰もそこまでやれとは言ってないぞ。
「えぇ……」
高速回転しながら空中を飛翔する大刀を呆然と見上げる金田一さん。他の面々もポカンと口を開けて未確認飛行物体と化した大刀を目で追っている。
もう十分だろう。アイに限って手元が狂ってすっぽ抜けるなんてことはないと思うが、調子に乗ったアイは時にとんでもないやらかしをすることがある。万が一が怖いのでさっさと刀を片付けるよう合図を送り、鞘を掲げてみせた。
『りょーかーい。……そぉい!』
合図に気付いたアイはピタリと回転を止めると、刀の切っ先をこちらに向け勢いよく投擲する。見事な精度で投げ放たれた刀は真っ直ぐに鞘口に向かって飛翔し、そのまま綺麗に鞘に収まった。ナイスコントロール。
「ご覧頂きありがとうございました」
静まり返ったスタジオに鍔と鞘口の衝突音が反響する中、唖然とする面々に向かって一礼する。
見ての通り、アイの力はその優れたパワーだけではない。僕の周囲五メートル圏内であれば高速で飛び回ることが可能であり、また鞘口という小さな穴に向かって正確に刀を投げ入れる精密なコントロール能力をも併せ持っている。
しかも念動力を使えば五メートルより離れた場所にある物を操ることも可能だ。流石に自分の手で行うより精度は落ちるようだが、それなりの大きさのものでも自在に動かしてみせる。本人曰く軽自動車程度の重量なら手で触れずに念動力で持ち上げることができるらしい。何でもありだなこの幽霊。
「俺の知ってる浮遊マジックと違う……透明な糸とか使っ……てねぇよな糸じゃあんな動きできないよな……お前何でもありだな……」
「種も仕掛けもありませんよ」
「うん、そうだろうね」
遠い目をして頷く金田一さん。
良い傾向だ。こんな感じで「こいつなら何をやってもおかしくない」と世間に思ってもらえれば、アイが復活してもすんなり受け入れてもらえるだろう。
「あと何かある?」
「透視能力……は演劇ではあまり役立ちそうにないですね。後はまあ、無難に身体能力でしょうか。サイコパワー的なアレでスタントマンばりのアクションができますよ」
そこはかとなく投げやりになってきた金田一さんの質問にそう答える。サイコパワーとか方便もいいところだが、ただの生まれついてのフィジカルお化けというよりも、そういう理由付けがあった方がエンタメ的にウケが良いだろうという判断によるものである。ある意味これもキャラ付けの一環だ。
「まあそれはさっきの殺陣を見てりゃ何となく分かるけどよ。それでどんなことができるんだ?」
「身体を使ったアクションなら大体何でもできますよ」
「……そりゃあれだけ動けるなら何でもできるわな。質問が悪かった。お前はこの脚本の無茶な演出をどれだけ再現できる? この二人の
まあ確かに、普通の人間がやることを想定していなさそうな演出指示が随所に見られる脚本ではあるけども。
だが安心してほしい。この程度のアクション、僕にとっては「ちょっとそこの自販機にジュースを買いに行く」ような気軽さでできる程度のものに過ぎない。
「お任せ下さい。このぐらいの演出なら身一つでこなしてみせます」
「……例えばこれはどうだ? 『ステージの端から端まで一瞬で移動し軌道上の剣士を薙ぎ倒す』とかいうこのふざけたシーン。どういう機材を使って演出するか悩んでたんだが、お前ならこれをどうする?」
「問題ないと思いますよ。普通に刀を使って敵を斬り捨てながら走り抜ければ良いんですよね?」
「……ステアラの舞台は端から端まで三十メートルぐらいあるぞ。走り切るのに何秒掛かる? あまり悠長に走ってると迫力を損なうぞ。このシーンは疾走感が重要だからな」
秒。何秒ときたか。これは逆に難しい質問だ。本気を出せば一時間足らずで地球一周できる僕にとって、三十メートルという距離は短すぎる。手を伸ばせば届くような距離を指して所要時間を聞かれても困ってしまう。
金田一さんに一言断ってからその場で軽くステップを踏んでみる。成長期だからか気が付くと身体能力が上がっているので、現在の自分の力を把握するのも一苦労なのだ。
とはいえこのぐらいの感覚ならそこまで大きな変化はなさそうだ。以前歩道橋から転落するあかねさんを救出するために飛び回った時と比較して、ざっと一割増し程度の成長率といったところだろう。
トントン、と爪先で軽く床を叩く。察したアイが慌てて僕の首に腕を回し、背中にしがみついた。
そのまま軽く足先に力を込める。床を破壊しないよう足裏を起点に細心の注意を払って衝撃を分散させ、そのまま一歩を踏み出した。
『ぐぇ』
一瞬で音速を超えた肉体が空気の壁に激突する。このまま突き進むのは容易いが、そうすると粉砕した空気は衝撃波となって周囲に影響してしまうだろう。コツは僕自身の動きによって生じた空気の対流、その隙間を見極めそこに身体を潜り込ませることだ。これを体得するまではちょっとの高速移動でも衝撃と騒音を撒き散らしていたものである。
今となっては懐かしい未熟な幼少期を回顧しつつ、僕は一瞬でスタジオの端まで移動した。踏み込みによって床板が軋んだ音が遅れて響き渡る。
常人の動体視力では追いつけない速度で移動した僕を探して、金田一さんが目を白黒させながら周囲を見回している。ややあってスタジオの隅にいる僕を見付けて彼は驚いたように目を見開いた。
もう一度加速し『ちょ、待っ……』て元の位置に戻る。耳元で空気が唸る轟音が鳴り響き、何事か言いかけたアイの声を掻き消した。
ごめんアイ、何か言った?
『ん〜〜〜も〜〜〜!! それやる時は先に言ってって前にも言ったよね私! ビックリするから! あと急加速と急停止を繰り返されると酔うからそれもやめおろろろろろろろろろ』
ぎゃああああ!! 何か白くてキラキラしてる謎物質が僕の肩に! 前も思ったけどそれ何!? アイは一体何を吐いてるの!?
「……もう何も言わんぞ俺は。こいつはこういう生き物なんだと思うことにする」
「高速移動っつーかほぼ
「むしろ超能力者名乗るんなら普通にテレポートしろよ。何がサイコパワーだよただの力技だろ」
上から金田一さん、姫川さん、アクアの順にツッコミが入る。
まあ確かに超能力者っぽくないのはその通りだ。そもそも僕自身はただのフィジカル担当で、超能力っぽいことは全てアイの方が担っているのだからそう思われて当然である。勿論、実際に超能力者として売り出す際はそうと悟られないようにするつもりではあるが。
「超能力者の肩書きに偽りなしってことはよく分かった。流石は大手、とでも言えばいいのか? まさか本物を囲っているとはな……そしてそれをいち役者として送り込んでくるたぁ……」
「……それで、どうでしょうか。僕のこの技能は金田一さんの演出の助けになるでしょうか?」
「なるかならないかで言えば、なる。一番派手に動く奴にワイヤーアクションなんかの舞台装置が必要ないわけだから、その分予算が浮くし、何なら余ったリソースを他に割くことだってできる。舞台の上で一度に稼働させられる舞台装置の数には限りがあるからな。これはアクション重視の舞台では計り知れないメリットだ」
そう説明する金田一さんの口調に徐々に熱がこもっていく。
恐らく彼の頭の中では今この瞬間にも演出のプランが高速で組み上がっているのだろう。普段の彼らしからぬ興奮を露わにし、虚空を睨む目はギラギラと輝き出していた。
「身の丈ほどもある模造刀を苦もなく振り回す腕力に、スタントマンも顔負けの、舞台装置を使っても不可能な超人的アクションの数々……ファンタジーやSFを舞台とした劇でのこいつの有用性は計り知れん……問題は前例がないことぐらいか。他の役者をどこまで付き合わせるべきか、そも桐生自身にどこまでの無茶を要求していいものか。安全性と天秤にかける必要がある……その見極めも俺の仕事か、面白い……」
しばらくブツブツと独り言を呟いていた金田一さんの目がこちらを向く。決して睨まれたわけではないが、その視線の熱量に僕は反射的に居住まいを正した。
「さて、脚本が変わったことで演出のプランも一から練り直しになったわけだ。責めるつもりはないが、この状況はある意味お前のせいでもある……しっかり働いてもらうから、そのつもりでいろよ」
「は、はい」
「お前の超能力は幻想を現実のものにできる。これまで映像作品の専売特許だった幻想の再現を、お前はデジタル合成やCGに頼らず現実にできるわけだ。その能力を遊ばせておくつもりはない……新規脚本の演出は桐生を中心に組み立てていくことになるだろう」
「でも良いんでしょうか。自分で言うのも何ですけど、こういうのを演劇に使って」
「確かに、個人の技能に依存した作品ってのは賛否あるだろう。特にお前のそれは固有技能と言っても差し支えない特異なものだしな。だが芸能とは元よりそういうもんだろう。特に演劇なんてものは極論、役者の個人技能に依存した芸能分野だからな」
確かにそう言われればそうかもしれないが。役者の演技能力を個人技能と見なすのなら、演劇とは役者各人の能力に依拠した複合芸術であると言えるだろう。とはいえ、超能力なんてものを芝居に使うのは大分例外的な気もする。
「体系化された技能の継承だけが芸能じゃない。今に続く芸能の多くは“今までにない目新しさ”から生まれ、それがウケたから定着していった。伝統とはそういうもので、芸能の歴史ってのはそうやって作られてきたものだ。お前にしかできない稀有な才があるなら、そしてそれが劇をより良いものにするなら徹底的に使い倒す。それが今回は超能力だったってだけの話だ。つまり何が言いたいかというと──」
ぽん、と肩に手を置かれる。金田一さんは妙に迫力のある笑顔を浮かべ、身構える僕に問いを投げた。
「何人までいける?」
「えっと……?」
「何人までなら超能力で浮かせられる?」
ちら、とアイに視線を投げる。僕と同様、困惑した様子の彼女はおとがいに手を当てながらしばらく考え込む様子を見せた。
『えーっと……だ、だいたい五人ぐらい? 細かく動かさなくて、ただ浮かべたりすっ飛ばしたりするだけなら十人以上でもいけるけど。それ以上になると安全に下ろすのが難しくなるかなぁ』
ありがとう。僕は目線でアイに謝意を伝えると、その内容をそっくりそのまま金田一さんに伝えた。
「一度に制御できるのは五人ぐらいです。ただ浮かべるだけなら十人以上でも大丈夫ですが、それ以上になると安全性を確保するのが難しくなります」
「よしよし、それならあのシーンも再現可能か……いいか桐生、今回の公演においてお前は役者であると同時に舞台装置でもある。お前のその能力、鍔姫の役作りだけでなく全体の演出にも最大限利用させてもらうからな」
『うわぁ、このオジサンとことんシオンのことコキ使うつもりだ……』
話を聞いている限りだと、どちらかと言えば主に扱き使われるのは僕というよりはアイの方になりそうだが。今日から念動力で物を浮かせる練習を重点的に始めた方がいいかもしれない。
『やっぱり金ダライ落としていい?』
おやめなさい。
一旦この話はここで終わり、通常の稽古に戻った。金田一さん曰く、一度持ち帰ってプランを詰めてから僕の超能力を交えた演出について後日打ち合わせを行うつもりらしい。
「シオン君、ちょっと相談があるんだけど……」
すると、困った顔をしたあかねさんが遠慮がちに声を掛けてきた。その隣には似たような表情をした有馬さんもいる。
その組み合わせで僕は相談の内容について悟る。十中八九先ほどの殺陣に関することだろう。
「うん、力加減についてだよね? ごめんね、二人の演技の邪魔になるつもりはなかったんだけど」
「あ、謝らなくていいよ! こっちからお願いしてやってもらったことだし……」
「マッサージの頻度を月一から週一にしてくれれば許してあげるわよ」
「かなちゃん?」
有馬さんは強かだなぁ。別に僕としては構わないんだけど、そうすると本格的に年取らなくなるから流石にやめた方がいいと思う。
『週一でルビーにお触りできるって言った?』
言ってないから座ってなさい。
「いやー、けど正直驚いたわ。今までダンス以外で激しく動いたことなかったから、まさかあそこまで動けるなんて思いもしなかったわよ」
「そうだね。ペットボトルの蓋を開けるのが楽になったなーってぐらいにしか思ってなかったから、ちょっとびっくりしたけど……まるで自分が本当に漫画の登場人物になったみたいで楽しかったかな。立ち回りメインの練習だったけど、つい役に入り込んじゃったよ」
懐かしいなぁ、僕も思うがままに動ける身体に興奮してはしゃぎ回っていた時期があったっけ。あれは確か小学生ぐらいの頃だったかな。
まあ、成長が早過ぎてすぐにそんな呑気してられなくなったのだが。主に肉体の急成長に制御が追いつかなくて。
「さて、急激に上昇した身体能力の制御方法だったね。これに関しては単純明快、ひたすらに動くこと」
「動く?」
「それだけでいいの?」
「ただ動くだけじゃないよ。
単純だがこれが一番手っ取り早く効果的なのだ。彼女達の混乱は「自分の身体がどこまで動くのか分からない」ことに起因する。上限が分からないから手探りで動くしかなく、手探りだから中々思うように自分の性能を把握できない。それならばいっそ思い切って存分に動き、自身の肉体性能の限界を知るべきである。
「限界さえ分かれば、後は段階的にセーブしていくだけだからね。自分の力の全容も分からないのに細かな制御なんてできないってのは何となく分かるでしょ?」
「言われてみれば確かに……」
「シオン君もそうやって力加減を覚えたの?」
「……うん、そうだよ」
嘘である。僕の場合は力の上限を知ろうと全力で動けば動く分だけ上限がどんどん更新されていくため、いつまで経っても限界が訪れず頓挫した過去がある。なのでこの方法は僕ではなくアイの経験則によるものだった。
「そ、それなら……経験者のシオン君に、てっ、手取り足取り教えてほしいなぁ……なんて」
あかねさんはそう言ってススス、と身を寄せてきた。その頬は何故かほんのりと赤く染まっている。そんな恥ずかしがらずともちゃんと最後まで付き合うつもりだから安心してほしい。
『こッ、この雌猫……ッ! 稽古に
なぜ長崎弁?
それはそれとしてアイさん? どうしてさっきから僕のお尻を鷲掴みにしてるのですか……?
『え? お尻? ……あれ?』
いやそんな不思議そうな顔されても。あかねさんが身を寄せてきた瞬間に急にガッと掴みかかってきたもんだから、流石の僕も少しびっくりしてしまった。
しかしアイは不思議そうな表情でまじまじと自分の手を見つめている。まさか無意識だったとでもいうのか……?
「うーわマジか……この女、稽古に託けてカレシとイチャつき始めやがったよ……ケッ」
うわぁ、有馬さんが今まで見たことないぐらいのやさぐれた顔してる……
「やーねー人目も憚らずイチャイチャイチャイチャ。ララライの天才役者ともあろう人が神聖な稽古場を何だと思ってるのかしら? もっとTPOを弁えてほしいもんだわ。ねぇアクア? あんたもそう思うでしょ?」
同意を求めるように視線を投げる有馬さん。しかし水を向けられたアクアはというと、何事か考え込んでいるようで反応がない。
何だろう、何か悩み事でもあるのだろうか。結局アクアにはお試しで行った最初の一回しかマッサージをしていないため、有馬さんやあかねさんのように劇的に身体能力が上昇しているようなことはないはずだが。
「……なあ、シオン。一つ頼まれてくれないか」
「? うん、僕にできることなら何でも言ってよ」
神妙な顔でそう言うアクア。彼の方から頼み事とは珍しい。
遠慮せず何でも言ってほしい。アイの息子という贔屓目もあるが、個人的にもアクアのことは好ましく思っているし、できる限り彼の助けになってあげたいと思っているのだ。
「個人的な頼みで申し訳ないんだが……稽古が終わった後に少し時間をくれないか? 例のシーンの練習を……いや、特訓をしたいんだ。二人きりで」
アクアがそう告げた瞬間、その場の空気が凍った。
いや別に僕は何も思っていないのだが、主にあかねさんと有馬さんが戦慄したような表情で凍りついていた。
『そ、そんなばかな……#アク×シオは既に消滅したはず……なぜ今になって……!』
何を言ってるんだこの幽霊は。
【桐生紫音】
一、強い私と気長に付き合って下さい。
二、私の方が強いと信じて下さい。それだけで私は幸せです。
三、私にも心があることと私の方が強いことを忘れないで下さい。
四、言うことを聞かない時は、私の方が強いという理由があります。
五、私にたくさん話しかけて下さい。人の言葉は話せないけど、私の方が強いことは分かっています。
六、私を叩かないで。本気になったら私の方が強いことを忘れないで下さい。
七、私が歳をとっても、私の方が強い。
八、あなたには学校もあるし友達もいます。でも私の方が強い。
九、私は千年くらいしか生きられません。だけど、私の方が強い。
十、私が死ぬ時、お願いです。そして、どうか覚えていて下さい。私の方が、ずっと強かったことを。
【星野アイ】
酔ってゲボ吐くわ無意識にセクハラするわでヒロインとしての自覚が全くない元完璧で元究極の元アイドルの幽霊。腕力でライバルと差をつけろ。
ここに来てアプローチの頻度を増してきたライバルの存在にやや焦りを感じている。かーっ! 見んねアクア! 卑しか女ばい! ……アクア? アクアさん!?
【
想像の数十倍はヤベー奴なことが判明したシオンの存在に頭を痛めるが、開き直って有効活用する方向に舵を切った。
思えば納得いかなかったんだ……GOAの野郎、原作者と仲直りするどころか意気投合して滅茶苦茶な脚本送ってきやがって。お前も
こうなったら
どうせ何があっても尻拭いすることになるのは雷田だし。
【
「ヌゥン! ヘッ! ヘッ!
ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛
ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァァ゛!!!!
ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!!
フ ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ン!!!!
フ ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥン!!!!」(発狂)
【黒川あかね】
ブルータスその一。卑しか女。ストーカーに迫られても素手で病院送りにできる程度にはパワーがある。
意中の相手の立っている地点があまりに(色々な意味で)遠いこと、正攻法では分が悪いことを悟り、遂に色仕掛けも辞さないようになった。行儀の良いふりはもうやめだ……なお色仕掛けといってもCERO:Aレベルなので当の朴念仁にはあまり通用していない模様。
【有馬かな】
ブルータスその二。ストーカーに迫られても素手であの世へパスアウェイさせられる程度にはパワーがある。
人間は
なっちまえばいいじゃん。
かくして有馬かなは
【星野アクア】
今まさに色仕掛け(過言)をしているあかねをガン無視してシオンと二人きりになろうとする剛の者。同性愛はいかんぞ非生産的な。
とはいえ勿論本人にそんなつもりはなく、単純に例のシーンを演じるために一生懸命なだけである。しかしそんな事情など知る由もないあかねと重曹ちゃんは絶句し、アイは白目を剥いた。