夢の旅人は仮想に生きる


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作:窓風
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EPISODE32 邂逅④


 

 

 

 

2024年 11月13日 21:00

シルフ領首都 スイルベーン

 

アルンで愛剣を回収もとい入手し、フリーリアを出てから数日。他種族の中では比較的仲の良いシルフ領に来ていた。首都間は気合でぶっ通せば2時間くらいで着ける距離だったため、1週間くらい滞在しようと思ったのだ。スイルベーンは翡翠の都とも言われており、街全体が優しいエメラルドグリーンに染まる美しい街だった。

 

ガタンほどではなかったが、当然街にいたシルフからはある程度距離を置かれていた。仲がいいとはいえ所詮は別の種族、それも狼のレアバターをもつケットシーともなれば、誰でも近寄りがたいものだ。

 

「そこのケットシーのお兄さん。」

「ん?」

 

そんな俺に声をかけてきたのがリーファだった。金髪碧眼で胸元の開いた緑ベースの装備とまさしく森人(エルフ)を体現したような姿だった。(比較するのも大変失礼な話だが、ストレアよりは小さく感じた。というか彼女がデカすぎる。)

 

「知ってると思うけど、一応忠告しておいてあげる。いくらシルフとケットシーの領主同士仲が良いからって、変な行動を起こせばすぐに領主に伝わるから。」

「そりゃどうも。生憎、ただ観光がてら旅をしてるだけなんだけどな。」

「じゃあ精々後ろから刺されないようにね。お兄さんはこの街じゃシルフに攻撃できないんだから。」

「はいはい……そうだ、お姉さん、ちょっと時間ある?」

「ちょ、まさかナンパ!?信じられない!」

 

ふと思いついたことを確認したく誘ったのだが、言葉選びをミスったのか彼女を怒らせてしまった。しかしこれは1人では、しかも異種族でないと確認のしようがないのだ。

 

「ご、ごめん!そうじゃなくって!システムについてちょっと確かめたいことがあるんだ。俺先週始めたばかりでさ。」

「ホントかなぁ……ちなみにその確かめたいことって?」

「その『他種族が攻撃できない』っていうやつさ。あまり人の目があるところでやるもんじゃないから、可能なら人気のないところのほうが嬉しいんだけど…」

「どんどん怪しくなってってるんだけど、信じていいの?」

「あまり死にたくはないんだけど、やむを得ないときはバッサリいっちゃっていいよ。抵抗もしない。」

 

金髪美女を人気のないところに誘うチャラ男っぽいことになってしまって内心頭を抱えるが、精一杯の誠意として両手を挙げて首の頚動脈あたりをトントンと叩く。俺の覚悟が伝わったのか、ハァとため息を溜息をついた彼女は抜刀直前だった右手を下ろした。

 

「わかったわ。でも変なことしたら即刻通報するからね。」

「へいへい。」

 

そうしてなんとか協力を得られた俺はリーファの案内の元人気のない路地裏へと入った。

 

「で?何をすればいいの?」

「じゃあ、何もしないから斬ってくれ。」

「はいはい…ってえぇ?!」

 

早速検証を始めようとしたところ、彼女の驚きの声が木霊した。

 

「システムの検証をするって言っただろ?」

「せめて何か説明してくれてもいいじゃない!さっきと言ってること違うわよ!」

「あー、じゃあ一から俺の仮設を説明するよ。」

 

そこからは『他種族はその領地をホームとする種族に攻撃できない』というALOのシステムが、SAOでは圏内戦闘と呼ばれていたものと確信するための検証が行われた。もちろんポーションを飲みつつ。

 

まず初めにダメージを受けてから武器を抜く。ダメージを受ける前、迎撃のために抜剣の後に被弾、この二つでまずは『他種族のホームでも武器は抜ける』ことを確認。

次に被弾しないように迎撃をする。何度か打ち合い、これも問題なく彼女の長刀を受け止めることができた。

そして一番の肝である反撃だ。

 

「やられる前にやる…まぁ先手必勝だな。これがどうなるか確認したい。さっき打ち合った感じからして剣道経験者ってことでいいかな?」

「よくわかったわね。一応現役よ。」

「じゃあ話が早い。面返し胴の要領で頼む。ノックバックだけ気を付けてくれ。」

「?わかったわ。」

 

まるで剣道の稽古だなと思いながらも、正中線を真っすぐ振り下ろして来た長刀を頭の上で受け、即座にがら空きの腹部へ横一閃に斬り払う。すると案の定短い悲鳴とともに彼女の身体が後方に弾かれ倒れこんでしまった。手加減をしていなかったらその後ろの壁に叩きつけられていただろう。

 

「大丈夫か?悪い、加減はしたんだが、強かったよな。」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ。」

「ならいいけど…HPは減ってないよな?」

「……ホントだ。減ってない。でもなんで?」

「『攻撃してもHPが減らない』。だから『攻撃しない』。それがいつしか『攻撃できない』っていう風に認識が変わっていったのかもな。」

「あたし、一応1年近くやってる古参の自覚はあったんだけどなぁ。まだまだ知らないこともあるんだね。」

 

手を差し出して彼女を立たせてあげる。

 

「協力してくれてありがとう。でもこのことは可能なら秘密にしといてもらえると助かる。」

「え、なんで?」

「このことを知ってるプレイヤーも少なそうだしなぁ。変に混乱させたくない。」

「なるほどね、わかったわ。」

「ありがとう。じゃあお礼として、何か奢らせてくれよ。ドリンクとか。」

「あー!やっぱりナンパ目的でしょ!」

「ちょ、違うって!」

「嘘嘘、冗談よ。そういえば、お互い名乗ってなかったわね。」

「あ、そうだわ。失敬失敬。ケットシーのソーマだ。」

「シルフのリーファよ。領地が隣だし、また会うことがあるかもね。」

「だな。そのときはよろしく。」

 

その後リーファ行きつけの店でドリンクを奢り、魔法の話になった。簡単な回復魔法くらいは覚えた方がいいというため、すぐに郊外の森で初級の回復魔法と風魔法を教えてもらった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

2025年2月5日

横浜港北総合病院 病室

 

「こうしてリーファと出会ったってワケ。」

「1年もやってたら変な人にも会うんだなぁって思いました。まぁ2ヶ月後にもっと変な人に会うんですけど。」

「なんのことやら。」

 

そのあともキリトとリーファが出会ってからの話も聞かせてもらっているうちにすっかり日が沈みかけている頃だったため、家が埼玉県川越市にあるというので、遅くならないうちに2人は帰っていった。どうやら直葉は神話や伝承といったものが好きらしく、部屋にかなりの本があるという。気が合いそうな気配を感じたのは余談だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

2025年2月8日 13:00

 

「VRホスピス?」

 

今日も9年分の体力と筋肉を取り戻すために午前のリハビリを頑張った俺は、病院特有の質素な病院食を食べ終えた頃、担当医師である倉橋先生からそのことについて聞かされていた。

 

ホスピスとは終末期医療等により身体的・精神的苦痛を和らげる施設を指し、それのVR空間があるという。確かにメディキュボイドのような仰々しい機械じゃなくても今のVR技術であれば五感の遮断はできるため、多少は麻酔の代わりになり得るのだろう。そしてそのVRホスピスには、重病を患っている全国の患者がダイブしているようだ。

 

では俺もわざわざSAOに入らなくて良かったのではと思うが、このVRホスピスができたのが1年半くらい前だったようだ。時期的にALOと同じタイミングだったらしいので仕方ないと割り切る。

 

「でも先生、なんで俺にその話を?」

「実は君の話を聴きたいって子たちがいてね。君が良ければぜひ会ってあげてほしいんだ。」

 

その子たちに俺の話をして希望を持たせてあげる、ということなのだろうか。俺の場合は特殊すぎて参考にならないだろうが、特に断る理由もないため了承する。流石にまだ歩くこともままならないため車椅子で運ばれ、久しぶりにメディキュボイドを使う。試作1号機であるこいつは既製品のジェルベッドにヘッドギアをくっつけただけのもので、周囲はモニターやらケーブルやらで大量に溢れている。これよりもコンパクトになった2号機もここにあるらしい。

 

ついでに色々検査もするようで、電極を胸や手首足首につけられる。数分で準備ができたようなので、ダイブに必要な呪文を唱える。

 

「リンク・スタート。」

 

特徴的な電子音と共に五感信号の変換が確認され、言語を選択すると懐かしい感覚が蘇る。久々の仮想世界に心躍るが、今回はゲームをしにきたわけではないので間違えないようにする。

 

降り立った『セリーン・ガーデン』という世界は、剣もなければモンスターも出ない世界だ。医療目的のVR空間なのだからそれは当然だが、SAO、ALOと渡り歩いてきた俺にとってはまた別世界に来たような感覚だった。カブトムシを捕まえ育てて戦わせたり、のんびり釣りをしたりといわばスローライフを楽しむ場所という感じだろうか。雰囲気はアインクラッドの22層や24層辺りが近いが、北部には雪原、南部は深い森と気候も様々で、世界樹や種族云々をなくしたALOとも言えるだろう。

 

「ねえねえお兄さん!」

「ん?」

 

この世界の色々に感心していると、元気な声で後ろから声をかけられた。振り返ると中学生くらいの女の子と、その後ろには長身の女性に小柄な男の子など個性豊かなメンバーが5人いた。

 

「わざわざ声をかけてくれたってことは、君たちが話を聴きたいっていう?」

「うん、そうだよ!来てくれてありがとう!」

「でも……SAOの話を聴きたいとはね。何か理由でもあるの?」

 

活発という言葉が似合う少女に聞いてみる。世間で騒がれているSAOの話を帰還者直々に聴きたいというのは、なぜなのだろうかと。特に深い意味はなく、俺の純粋な興味だ。

 

「実は……」

 

あまり大きな声で言えないのか、両手で口を囲うように丸を作った少女に耳を近づけると、予想外の答えが返ってきた。

 

「仲間にβテストのSAOをやってた子がいたんだけどね。その子が()きたがっていた世界のことを教えてほしいの。何を見て、何を感じたのか……」

 

真剣な眼差しで言う少女の言葉に、色々と考えさせられた。βテスターだったその子は、SAOの正式サービス開始前に何らかの病気が発覚し、あの世界に行けなかったのだろう。つまりあのデスゲームから逃れた数少ない人間だが、それでも行きたがっていたということは、その子もあの世界に、VR世界に何かを感じたのだろうか。可能ならその子本人にも話を聞きたいところだが、少女の口振りからその子はこの場にはいないようだ。おそらく……

 

そこまで考えて頭を振る。縁起でもなかったなと反省し、少女の頼みを聞くことにした。

 

「あぁ、いいよ。ただ2年分もあるから、どこか落ち着ける場所があったほうがいいよね。どこかあるかな?」

「うーん……あ、じゃあちょうどいい場所を知ってるから、そこにしようか!みんなもいいでしょ?」

 

少女が後ろの5人に確認を取ると、頷いたりサムズアップするなどそれぞれのジェスチャーで大丈夫だと示す。

 

「よし、じゃあ早速行こうか!ただここから結構遠いから、転移門で東部まで行っちゃお!」

「転移門か…!」

 

聞き馴染みのある単語に思わずオウム返しをする。どうやらこの世界にも遠方の移動手段として存在しているようだ。

 

「あ、その前に自己紹介だね!ボクはユウキ!」

「俺はソーマだ。よろしくなユウキ。」

「…うん、よろしく!」

 

少女:ユウキと握手を交わすと、転移門で首都セレニティから東部ティール・ヒルズにある村ロイテへと向かった。ロイテは小高い丘の上に築かれた村で、レンガ壁の家々はどこかアルプスの山村を思わせる。

 

「ここだよ!のんびりお話しするにはちょうどいいでしょ?」

「おお……いいとこだな。」

 

村の門をくぐり、幾つか丘を越えたところで大きな池が現れた。差し渡し20m程の池の周囲は杭で囲まれ、その水際には1本の広葉樹が植えられている。それによりかかるように腰掛けたユウキは、ポンポンと芝生と叩いて自分の隣に座れと目で言ってきた。

 

なんかグイグイ来る子だな、と思いつつ断る理由もないため腰を下ろすと、他の5人は俺を囲うように芝生に座った。

 

「まず最初に、途中で気分や具合が悪くなったらすぐログアウトしてもらっていいからな。じゃあ、まずあの世界に降り立った時から。あの時の俺は、自分の名前……あぁ本名な。それと歳、生年月日しか覚えてない所謂記憶喪失ってやつだったんだ。」

 

最初にぶっ込み情報を伝えると、やはり皆一様に驚いていた。隣に座るユウキの何か言いたげな表情だけ気になったが。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……という感じで、なんとかSAOをクリアしたかな。」

 

記憶喪失の状態から1層攻略を経て、色んな人と出会って思ったこと、感じたこと、そんな記憶喪失という状況下でなお誰かのために常に動いていた『先生』と呼ばれていた時期の心象を話した。粗方話し終えると、皆思うところがあったのか腕を組んだりしてよく考えているようだった。

 

「……うん、とてもいい話を聞けたよ。話してくれてありがとう、ソーマ。」

「そう言ってくれて良かった。………お、もうこんな時間か。」

「うわ、ホントだ!もう夕方じゃん!」

 

視界の端にある時計を確認すると17時になっていた。適宜休憩を挟んだりしたが、結構話し込んでしまったようだ。

 

「そういえば皆はギルドを組んでるって言ってたけど、何か別のゲームでもやってるの?」

 

俺が血盟騎士団の話をしたときに、ユウキたちも『スリーピング・ナイツ』というギルドを組んでいると言われた。ギルドを組んでいるということは、ここ以外のゲームでも遊んでいるのかと考えた俺は皆に訊ねた。

 

「うん。最近まで『アスカ・エンパイア』っていう和風VRMMOをやってたんだ。」

「近畿地方が舞台で、侍や巫女、忍者と日本好きには堪らないゲームですね!」

 

興奮気味にそう言うのはシウネー。アスカの名前はALOの風の噂で聞いたことがあるが、そっちもそっちで面白そうだと思った。特にクラインあたりが喜びそうだ。

 

「まぁALOであんなことがあったので、この先VRMMOがどうなるかはわかりませんけどね……」

「アスカの運営はそういうことは一切ないしあり得ないって声明も出してるけど、世間がなぁ…」

 

タルケンとジュンの言葉にノリとテッチもうーんと唸る。

 

ALO事件によって、ただでさえSAO事件でついてしまったVRMMOへのよくない印象がさらに加速してしまった。このままでは日本のゲーム業界が衰退してしまうのではないか、と言われるまでのことをしでかした茅場須郷には大いに反省してもらいたい。…………いや、あいつはこの状況すらも楽しんでそうだが。

 

「……わっかんねぇな。」

「……?」

「……悪い、ただの独り言だ。」

 

時間的にそろそろ切り上げないといけないため、最後にここにいるメンバーに俺個人の考えを伝えるとしよう。

 

「さて、そろそろ戻る前に、俺から最後に一つだけ。……あまり無責任なことは言えないけどさ。『病は気から』なんて言葉があるだろ?だからもし、どう足掻いてもしんどくなった時は、俺の話を思い出してくれ。それがあともう一歩だけ歩いてみようと背中を押してくれると思う。何千何万分の一の奇跡だとしても、俺っていう嘘みたいな前例がいるんだからな。なんだったら呼んでくれたっていい。その時は会いに行くからさ。」

「……うん、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。」

 

上手く言えた自信はないが、ユウキたちには伝わったようだ。それぞれどんな病を患ってるのかはプライバシーとメンタルに関わるため詮索はしなかったが、誰しも見えない傷を抱えている。それを言葉で、時には行動で勇気づけられたらいいなと俺は思う。

 

「もしVRMMOが復活して、ユウキたちも機会があったらALOにも来てみてくれ。きっと楽しいぞ。」

「うん!……ホントにありがとう、兄ちゃん。」

 

それからユウキたちを元気づけるためにさらにリハビリを頑張った俺は、新年度を迎えてさらに1ヶ月後、GW直前に退院することができた。




フェアリィ・ダンス編もいよいよ次で最後です。
EXTRA EDITION編を含む2.5章を挟んで、ファントム・バレット編へといきます。
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