2025年1月22日 15:00
ケットシー領首都フリーリア 宿屋
10時間以上ぐっすりと寝れた俺は、メンテ終了予定時刻までの20分を体操とストレッチをして身体と脳みそを起こす。さらに持て余した5分で待機空間内をグルグルと軽くジョギングすると、ウィンドウが変わったのを見て予定時刻通りにメンテが完了したことを知る。
「ストレア、いるか?」
「はいはーい!」
いつも通りログインを済ませると、同じタイミングでストレアもインしてきたようだが、その姿は昨日見たものとは大きく異なっていた。空中で小さな花火のようなものが弾けたと思ったら、そこから
「その姿は……?」
「ナビゲーションピクシーっていう、ALOのヘルプ機能の一つだね。MHCPのあたし達はこのシステムに収まってるみたい。」
「あぁ、ユイちゃんと同じ感じになってるのか。」
豊かな身体はそのままに、バトルドレスから花びらのようなミニドレスに着替えたストレアはクルクルと俺の周りを飛び回り、俺の頭に座り込んだ。
「じゃあ少しの間はその姿のほうが都合がいいな。」
「うーん……そうだね。ALOには普通いない人間のプレイヤーがいたら大騒ぎだもんね。」
「色々落ち着いたらプレイヤーアバターが作れるかやってみような。」
「うん!じゃあ早くキリトと合流して、アスナを助け出さないとね!」
「だな!」
アイテムの確認をして宿屋を出ると、外は朝日が昇ったところだった。ALO時間にもやっと慣れてきたな。
昨日の帰りの内に明日インできるプレイヤーへの連絡と、アルンにあるレプラコーンの鍛治匠合に総動員で武具の人数分の整備依頼をサクヤさん主導で済ませている。確か深夜2時とかだったはずだが、双方
それによりメンテ明けの動きとしては、各自アルンに20時を目安に集合し、装備を受け取った後にキリトらと合流、グランドクエストに挑戦といった流れになっている。平日の午後からそんなにアクティブなプレイヤーがいるのかと思うが、サクヤさん曰く割と午後半休を取ったりなど色々調整をしてくれているようだ。
そのことにキリトに代わって感謝し、先んじてフリーリアを出立する。昨日の今日のため、領主の護衛として付いて行くつもりだったのだが、「友達なんでしょ?こっちは大丈夫だから行ってあげて!」とルーさんに言われてしまい、お言葉に甘えることにしたのだ。といっても、蝶の谷経由で普通に行ったとしても3時間近くかかるため、フリーリアを出たのはみんなほぼ変わらないが。
そんなわけで一人かっ飛ばすこと2時間。18時半にアルンに到着したが、朝昼と何も口に入れてなかったため手頃な店を探して晩飯を食べると集合1時間前になっていた。
先行する代わりにケットシーの武具を受け取る役割を請け負ったため、鍛治匠合に立ち寄って重厚な鎧を10個受け取る。重量を見る限りプレイヤーのものとは思えないが、ルーさんに何か考えがあるのだろう。
予め預かっていたケットシーの金庫の蓄えから武具調達分を支払い、限界重量ギリギリの中集合場所であるグランドクエストの門前の広場に行くと、
「ルーさん、この飛竜たちは……?」
「あー、ソーマ君には機密保持のために伝えてなかったネ。」
「この子たちはウチたちケットシー軍の秘密兵器、
「グルゥ」
「ヒカリまで……そうか、ケットシーはテイムも得意な種族だから、こういうこともできるのか。」
「流石にこの子たちレベルになると相当なテイム熟練度が必要だけどネ。」
自分の種族のできることの多さに感嘆する。自ら望んで選んだ種族ではないが、ほんの少し興味が湧いた。シリカがVRMMOを嫌いになってなければ、いつか聞いてみようか。
「じゃあさっき受け取ったこの重い装備は、飛竜たちのか!」
「そうそう!ごめんネ、取りに行ってもらっちゃって。」
「いえいえ。あんな大金持って移動したのは初めてでしたけどね。」
飛竜の装備をオブジェクト化して各飛竜の騎手に渡していく間に、移動中のことを思い出す。種族の金庫ということもあり相当な蓄えを一身に預かったため、SAOでも流石に持ったことない金額を抱えながら移動することになった。信頼の証なのだろうが、銀行の現金輸送車が丸腰で移動しているようなもののため内心冷や汗ダラダラだった。
「ところで、あのスプリガン君とは連絡取れたかい?」
「あ"」
ルーさんに言われて移動中とは別の冷や汗が流れた気がする。サクヤさん伝てでリーファに連絡してもよかったのだが、当事者本人と連絡が取れたほうがいいだろうということでこの世界で唯一キリトとフレンドの俺が仲介役になっていた。しかしストレアとの再会や大金の輸送など諸々が重なってすっかり忘れてしまっていたのだ。いや、メンテ前までは覚えていたのだが………
「……すんません、今すぐ確認します……」
「あ、焦らなくていいからネ……?」
なるはやでフレンド一覧からキリトの位置情報を確認する。どうやら真後ろ辺りにいるようだ…………真後ろ?
反射でバッと振り返るもそこにはグランドクエストの大門があるのみで、プレイヤーの姿はなかった。ホラー展開じゃないことにホッとするも、変な感じがする。縦座標がズレているのかとも思ったが、この真下は世界樹の根のためプレイヤーは立ち入る隙間がない。上空にいるのかと思い見上げるが、あの黒ずくめはどこにも見当たらなかった……ということは。
「お、サクヤちゃんたちも来たね。」
「待たせたなルー……ソーマ君はどうしたんだ?」
「2人とも、準備ができ次第突入してきてください!先に行ってます!」
「えっ、ちょ!ソーマ君!?」
現在時刻は19時半過ぎ。ちょうどサクヤさん率いるシルフ隊が合流したようだが、切れ者の2人を信じてヒカリの静止も聞かず大門へと走る。門の両端にあるゴーレムが何か言っているようだがそんなのは無視し、テキストを読むのも惜しいため表示されたクエストウィンドウの丸ボタンを即押して承認すると、門の前で交差された大剣は下ろされて大門が開いた。大きいせいかゆっくりと開く門にソワソワしつつ、人1人通れるくらいの幅ができた瞬間にその中へ飛び込んだ。
世界樹の中は半球状のドームとなっており、その広さは75層ボスフロアくらいで高さを含めるとその倍以上はあるように感じた。そして頭上で繰り広げられている戦いが目に入る。大量の白いガーディアン軍の中で猛攻するキリトと、それを遠くから回復支援をするリーファの姿を確認。
「リーファ!」
支援役であるリーファにガーディアンが1体寄っていたため、弓で目一杯引き絞った矢を放ち頭部を貫く。俺が強すぎるのか1体ごとのHPはそう高くないのか、ガーディアンの身体が煙を上げて爆散する。
「ソーマ君!?」
「俺だけじゃないぞ。もうそろ来るはずだ。」
ちょうどその時だったのか、開かれたままの門から50人超えのシルフの精鋭部隊と10騎の竜騎士が突入してきた。臨時で編成したため数はやや少ないらしいが、こうして見ると随分頼もしく見える。
「すまない、遅くなった!」
「ごめんネ〜!装備を整えるのに時間がかかっちゃって!」
むしろ移動に時間がかかっているのだが、そこは黙っておく。
「ドラグーン隊、ブレス攻撃よーい!!」
「シルフ隊、エクストラアタック用意!!」
リーファを中心に陣形を取った各部隊は指揮官の指示の下攻撃態勢をとる。それを察知したのかガーディアンが何騎か奇声を上げながら突進してきた。それを横目に俺も矢を2本弓につがえて詠唱を始める。
「ファイアブレス、撃てぇーーーっ!!!」
「コウちゃんいっけぇーー!!」
可愛らしくもよく通る声で飛竜の口から火炎が吐かれ、突進してきた個体諸共焼き尽くす。
「フェンリルストーム、放てっ!!!」
両手で構えた剣の先から暴風のレーザーが放たれ、遠くでぼっ立ちしている個体の身体を次々と貫いていく。技名に一瞬ビクッとしたがすぐに気持ちを切り替えて詠唱を終えると、2本の矢には緑色のライトエフェクトがかかっていた。
「キリト! 危ねぇから退がっとけよ!」
前線にいるキリトに忠告し、それを真上、天井が見えない程に群がるガーディアンの肉壁に向かって放った。真っ直ぐ飛んでいく2本の矢はやがてガーディアンの数に匹敵するほど無数に増えた。そしてドドドドとドームを揺らす程に重い衝突音を響かせた。
『ポイボス』というこの魔法は弓スキルの熟練度が400ないと受けられないクエストの報酬で、クエストの内容はNPCの女性との徒競走という「え?」と拍子抜けするものだったが、そのNPCが恐ろしく速い。それに真っ向勝負で勝利したのが三が日を過ぎた頃だった。NPC曰くこの魔法は「太陽神と月女神の加護を授かり放つ殲滅宝具」とのこと。一度だけ使ってみたが、想像以上の勢いに熟練度400で習得していい性能じゃないと戦慄したのは記憶に新しい。
矢の嵐が収まると、引くほどいたガーディアンの群れが跡形もなく消し飛んでいた。しかしドームの壁に空いた穴から新しいガーディアンがポップコーンのようにポンポン補充されていく。だがさっきまでの量に増えるには少し時間があるようだ。
「あのスプリガンを援護するぞ!」
「「「了解!!」」」
その隙を見逃さずに飛んでいったキリトを見て、両部隊に指示をする。領主からキリトが何者なのかを聞いていたのか、即座に返事が返ってきた。理解が早くて助かる。
迫るガーディアンを屠っていくシルフ隊の間隙を抜けていったリーファはキリトに追いつき、互いに背中を合わせて剣を構えた。全軍が前進したことにより弓での援護がしにくくなり、俺も剣へと持ち替えて最前線へと飛んでいく。
「そらよっ!!」
「ソーマ!」「ソーマ君!」
「もう一踏ん張りだ!気を抜くな!」
「ああ!」「うん!」
キリトとリーファに並び、尚も迫り来るガーディアンを屠っていく。しかし減るはずのガーディアンの数は増えているようだった。どうやら上へ昇れば昇るほどガーディアンのポップ速度が早くなるようだ。
「どんなクソゲーだ、このっ……!」
この調子では、例え援護があっても辿り着けるかわからない。何かできることはないか考えたとき、ある一つの魔法を思い出した。『ポイボス』同様過去に1回しか使ったことはないが、あちらが高範囲魔法なのに対してこれは1対1から1対多までこなせるものだった。もう迷う暇はない。
「キリト、リーファ!10秒だけ頼む!俺が道を切り開く!」
「「了解!」」
少し下降し、左手を掲げて詠唱を行い、式句が揃うと俺を銀の嵐が包み込んだ。
剣はおろかコートやブーツ等の装備品までストレージに戻り、一糸纏わぬ姿-正確にはパンイチ-になった俺のアバターは変化を始める。
身体のあらゆる箇所から白銀の体毛が伸び、それが瞬く間に全身に及ぶ。さらに直立していた俺の身体は徐々に四つん這いになっていき、口は銃のように前に伸びていった。そして嵐が止むと、そこに流狼の姿はなく、代わりに体長1.8m程の大きな白銀の毛並みを持つ狼がいた。これが『
『獣変化』は姿形こそまさしく獣になるが、STRとAGIに高倍率のバフを受けられる。3分間という時間制限もあるが、それだけあればこの場は乗り切れるだろうと判断した。
襲いかかってきたガーディアンの頭を噛み砕き、残った身体を足場にして跳躍してその先にいた個体の腹部を右前脚で貫く。その後も飛び移りながら次々に撃破していく。
「あれは……?!」
「ソーマ君、なの……?」
『余所見すんな!集中しろ!』
「喋った?!」
「お、おう!」
予想外の状況に混乱しつつもすぐに気を取り直した2人はまた上昇を開始する。しかし上昇するごとに数を増すガーディアンに手間取られ、制限時間が迫る。
『クソッ時間が足んねぇ……!キリト!』
「なんだソーマ!」
『もうじき変化が解ける。最後に奴らの動きを2…いや3秒封じるからそこで思いっきり突っ切れ!』
「……わかった!」
残り10秒。
羽を展開して喉から冷気を集める。
残り5秒。
本当はもう少し集めたいがここまでだ。
残り3秒。
集めた冷気を思い切り上空に固まるガーディアンの群れに向けて放つ。吹雪のような凍える冷気の奔流が発射され、ガーディアンの壁を表面だけでなく厚さ半分あたりまで凍り付かせた。
「行けぇぇ!!」
「おおぉぉぉぉ!!!」
銀の煙と共に変化が解けた俺の合図でキリトがジェット機のように高速で上昇していく。
「お兄ちゃん!!」
その声と共にキリトに向かって何かが投げられ、吸い込まれるようにキリトの左手に収まった。その正体はリーファが持っていた長刀で、昨日ユージーン将軍に勝った時とまま同じ二刀流となった。リーファの発言も気になるが、変化の代償として1分のスタンを受けて身動きが取れず、反動なのか軽い頭痛に襲われているためそれどころではない。
二刀流となったキリトは剣を重ね、一点突破を試みる。その時、水色の波動が剣先から溢れ出し、氷が解けたガーディアンの壁をゴリゴリとドリルのように削っていった。その勢いは止まらず、ボッ!という音と共に壁に丸い大穴が開いた。遂に抜けたのだ。
大穴の奥、十字に閉じられた天板の中央にぶら下がる黒い影を視認して、未だ解けぬ硬直に抗いながらサムズアップをする。
「うおっぷ?!」
「間に合ったぁ!ありがとうコウちゃん!」
「グルルゥ」
そのまま自由落下をしていた俺の身体が突如何かに掴まれた。ギリギリ動く首で見上げると、コートの襟首を掴む飛竜の爪が確認できた。声の主からして、ヒカリが受け止めてくれたようだ。情けない格好をしていると思うが、スタンで動けないため大人しくしよう。
「全員反転、後退!」
キリトが突破したのを確認したサクヤさんが全軍に指示し、ガーディアンが追撃して来ないかを見ながら各々大門へと戻っていく。
リーファを最後にドームから撤退が完了すると、中が無人となったからか大門が閉まり広場には静寂が広がった。約20分の激闘が幕を下ろしたのだ。
「やっと動けるか。ありがとうヒカリ、コウ。」
「グルゥ」
「困ったときはお互い様だよ。」
拾ってくれたヒカリと彼女の飛竜に礼を言うと、広場にパンパンと手を鳴らす音が響いた。音の主はサクヤさんだった。
「みんな、ひとまずお疲れ様。急な呼びかけにも関わらず来てくれて感謝する。初の合同演習だったが、とても良いものだったと私は思う。今回はあのスプリガンの力があってこそだったが、今後は我々の力だけでアレに挑まねばならない。しかし誰も欠けることなく無事に終えられたのはとても大きい!この経験を活かし、次は我々だけでグランドクエストを攻略するぞ!」
「「「おおーっ!!!」」」
サクヤさんの締めにより今回のグランドクエスト攻略はお開きとなった。さすがにドラグーン隊は帰るようだが、各々せっかく来たアルンを観光したりするようだ。
俺も疲労が溜まっているため今夜はアルンで1泊することにした。繁華街から少し外れたところにある、何度か泊まったことのある宿屋の一室を借りてベッドに身を投げる。
「ふぅ……」
「とぉーぅ!」
「ぐほぉ?!」
一息つこうとしたその時、コートの胸ポケットに隠れていたストレアが空中で人型に戻り、そのまま俺の胸に自由落下してきた。
「お疲れ様ソーマ!」
「あ、ありがとな……」
何も心構えができてなかった俺は悶絶しつつ、笑顔で胸に顔を埋める彼女の頭を撫でてあげる。
「悪い、結局ドタバタしすぎてキリトたちにちゃんと会えなかったな。」
「ううん、実はこっそり顔を出してキリトの顔は見てたんだ。SAOとは違うアバターだったけど、やっぱりキリトだったね。」
「そうだな。あとはあいつが無事にアスナを助けられればいいけど。」
今頃世界樹の上にあるという都市でアスナを探し回っている頃だろうか。何事もなく、無事に帰ってきてほしいものだ。
「そういえば、あの狼に変身してた魔法は何?すっごいカッコよかった!」
「あぁ、あれは『獣変化』っていうケットシーしか受けられないクエストで習得できるものだ。なぜかクエストはもう受けられなくなってるらしいけど、月一げんてだとしたらそろそろ復活してもいい頃合いだと思うんだよな。」
「へぇ〜!ねね、もう1回できる?」
「え?多分できるけど……」
街中でも魔法は使用可能だが、ストレアは一体何を考えているのだろうか。
「3分しか使えないしその後1分はスタンして動けなくなるんだけど。」
「その方があたしとしてはいいんだけどなぁ。」
「待って何する気?!」
ストレアから何か危なそうな気配を感じた俺はキリトがもうすぐ未帰還者を解放してくれるだろうということを理由にまたの機会にしてもらうことにした。あの姿になる分にはいいが、1分のスタンの間に俺の身体が何をされるかわからなかった。やだ怖いわこの子。
「…………あれ?」
「どした?」
「ソーマのステータスに見たことないアイコンがあって。なんだろこれ。」
「え、どこにある?」
「えっとね、ステータス画面かな。」
「どれどれ…………ホントだ。何これ。」
ストレアが俺のステータス画面をいつ覗いたのかはわからないが、何かあると言われてステータス画面を開く。すると名前の横に水色の丸い無地のアイコンがついていた。視界に映るHPバーの周りには何もないし、謎だ。
「隠しステータス的なやつか?でも身に覚えがないな……」
「出処を辿ろうと思ったけど、ログが消されてて追えなかったや。」
「もう何も突っ込まないからな。」
「でも動いてて違和感とかはないんでしょ?」
「あぁ。何かのイベントのグループなのか?」
「あぁ!ソーマ!光ってるよ!」
「今度なんだ……おお?」
謎のアイコンについて考えているとまたもストレアがリアクションをとったため何事かと思った瞬間、俺の身体が光に包まれ始めていたのだ。時刻は20時47分。合同部隊が解散したのは20時過ぎだったから、時間的に言えばキリトがアスナを、ひいてはSAO未帰還者の解放に成功したのだ。それの影響で俺にも強制ログアウトの信号が来ているのだろう。
「あいつ、やりやがったな……!」
「大丈夫なの…?」
「おそらくな。キリトがアスナの救出に成功したらしい。俺も帰る時が来たようだ。」
「そっか、良かった……」
そのことを説明するとストレアは安堵すると共に寂しそうな顔をする。
「そんな顔しないでくれ。またしばらく会えなくなるだろうけど、必ず会いに行くよ。」
「……約束してくれる?」
「あぁ。」
右手の小指を差し出すと、ストレアも同じ指を出して指切りをする。この約束は絶対に守ろう。
「じゃあまたな、ストレア。」
「うん。またね、ソーマ。」
その言葉を最後に俺の意識はALOから離れていった。
「…………やっぱり寂しいな。」
◇◇◇
空気に匂いがある。
鼻や喉が、呼吸するたびに肺に出入りする空気を感じ取り、僅かな痛みを憶える。
まるで耳抜きをしたようにキーンと鳴っていて音が聞き取りにくいが、ピッ ピッ と規則的に流れる電子音が僅かながら聞こえる。
力なく瞼を開けると、誰もいないのか部屋は暗闇だった。しかしSAOにログインするあの時とは違い本当に瞼を開けたのか、自分の手や足は見えるのかすら分からなかった。いや、よくよく見れば視界の端に緑色の非常灯が確認できた。
頭には何かヘルメットのようなものが被せられ、それを覆うようにCTのような大きな機械が存在しているらしい。
というかそもそも、手や足が力を入れてもまともに動かない。呼吸や瞼を開けるので結構精一杯だ。
『疾風』だの『流狼』だの言われた男が情けないなと思いながら、ようやくリアルに戻ってきたのだと理解した。
それを認識した途端、まだ21時だというのに眠気が襲ってきた。身体は動いていなくても脳は稼働していたためなのだろうか。
周りに誰もいない、身体も動かせない、とにかく眠い。ならばもう寝るっきゃないだろう。
そうして俺はまた眠りについた。
次の日の朝、俺の様子を見にきた看護士さんに力なく-ゾンビみたいにガラッガラの声で-挨拶したら、看護士さんの絶叫が響き軽く騒ぎになってしまった。そりゃ驚くよね。