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作:窓風
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EPISODE29 流星の剣舞


 

 

 

 

2025年1月22日 0:55

内陸部 蝶の谷

 

蝶の谷は以前シャルルとアルンへ行った途中にあった場所で、よく見ると内陸部を囲む山脈を割るように存在しており、同じような谷がアルンから見て南(サラマンダー領側)と東(ウンディーネ領側)にもある。この谷を通ればローヴェやルグルーといった地下回廊を経由しないで内陸部へ行くことができる。そのことを愛剣を取った帰りに気づき、わざわざ遠回りをして来たことにシャルルとがっくりしたものだ。

 

こんなところに一体何の用があるのかというと、世界樹攻略におけるケットシーとシルフの同盟締結の調印を行うことになっている。この同盟の目的は、究極的には2種族合同による世界樹攻略だ。両種族ともアルフになれればOK、やはり1種族のみならばもう一方の攻略にも手を貸すといった手を取り合って協力するというものになっている。

 

その会談の護衛の1人に選ばれたのだが、俺自身がある意味目立ってしまっているため、他の護衛と同じ黄色ベースの戦闘服っぽいものを借りていくことになった。耳はヘルメットでなんとか隠れるものの大きい尻尾はどうにもならないため、窮屈だが脚に巻き付けるようにしてズボンで隠している。尻尾こそ出てないが一見するとただの護衛にしか見えないだろう。

 

シルフ領主のサクヤさんを先頭にシルフ側も到着し、軽く挨拶をして予定より早く会談が行われた。領主同士が仲の良い友人ということもあってスムーズに進み、無事に同盟を締結することになった。あとは調印のみのためこのまま何事もなく終わってくれれば良かったのだが、どうやらそう上手くいかないようだ。

 

「……なんだこの数は?!」

 

会談中常時張っていた広範囲索敵に50を超える大量のプレイヤーの反応が出たのだ。椅子を蹴るようにして立ち上がり南東の方角を目を凝らして確認すると、何やら赤い霧みたいなものが空を飛んでいた。それは徐々にこちらに近づいてきているようだ。

 

「どうした、何かあったのか?」

「総員警戒!南東の方角からサラマンダーの大部隊がこっちに来ている!」

「なに?!」

「サラマンダー?!」

「領主をすぐ逃がせるよう、いつでも魔法を出せるように用意!」

「りょ、了解!」「わ、わかった!」

 

最も最悪なことを想定して他の11人の護衛に指示し、俺は弓を取り出す。先月の星獣クエストボスのLAでもらったこの『賢者の弓』は金色にあしらわれたシンプルな見た目だがINTに多量のボーナスが入るもので射程も広く、遠距離物理攻撃として優秀な部類に入る。矢はつがえずに向こうの出方を窺うまま数分後、大部隊の進行が止まった。そのあまりの人数に気を取られ、大部隊の後ろから高速で迫る2つの反応に気づかなかった。

 

突如、俺たちの間を割るように何か黒い物体が飛来してきた。

 

「双方、剣を引け!!!」

 

どこかで聞いたことのある、やけに通る声により制止する。土埃が晴れるとそこにはやや小柄な真っ黒なプレイヤーの姿があった。ツンツンと逆立った黒髪に背中から伸びる黒い翅はスプリガンのものだ。

 

「指揮官殿と話がしたい!」

 

スプリガンの少年はサラマンダーに向けて言い放つと、大部隊の中から巨漢のサラマンダーが出てきた。俺も直接目にするのは初めてだが、あの男がサラマンダー最強の男ユージーン将軍だろう。ということは背負ってる赤い両手剣は伝説級武器の『魔剣グラム』か。

 

「スプリガンがこんなところに何の用だ?その度胸に免じて話だけは聞いてやろう。」

「俺の名はキリト。スプリガン・ウンディーネ同盟の大使だ。この場を襲うからには、我々4種族との全面戦争を臨むと解釈していいんだな?」

 

聞き馴染みのある名前に初耳の情報が雪崩れ込み絶句していると、後ろからサクヤさんを心配する声がして振り向く。

 

「リ、リーファ?」

「えっと…?」

「俺だよ、ソーマ。」

 

会談の時にはいなかった、以前交流のあったシルフの女性:リーファがそこにいた。名前を呼んでも反応が薄い彼女だったが、俺の格好を思い出してバイザーを開けて目元が見えるようにする。

 

「やっぱり…やっぱりそうです!」

「えっ?」

「あっちょっと!」

 

リーファが納得したのも束の間、どこからかこちらも聞き覚えのある鈴のような可愛らしい声が聞こえた。すると何かを包むように両手を合わせていたリーファの手の中から、花びらのようなピンクのミニドレスを着た小さな妖精が飛び出してきた。

 

「おじさん…!ソーマおじさんですよね!」

「その呼び方……まさか、ユイちゃんか?!」

「はい!お久しぶりです!」

 

思わぬ再会に驚愕する。アインクラッドのカウンセリングプログラムであるユイちゃんがなぜここに、しかもリーファと一緒なのか謎だったが、すぐに理解できた。ユイちゃんやストレアがカーディナルシステムに消されそうだったあの時、キリトが彼女たちのデータを自身のナーヴギアに保存したのだ。それが今こうしてまた会えたということは。

 

「じゃあ…!!」

 

まさかの事態に思わず目頭が熱くなるが、状況が状況なためすぐに気を引き締め直す。

 

「俄には信じ難いが……オレの攻撃に30秒耐えられたら、貴様を大使と信じてやろう。」

 

互いに剣を抜いて様子を窺う両者。上空は風が吹いているのか雲が流れるのが早く、雲間から差し込む日光が2人の間をゆっくりと動いていく。そして将軍が剣を斜めにした瞬間、反射させた日光で少年の目を一瞬潰すと接近して大きく振りかぶり上段から叩きつける。少年はそれを受けようとするが、衝突して弾かれるはずの魔剣の刀身がすり抜ける。尋常じゃない反射神経により間一髪で避けたものの、あまりの出来事に動揺を隠せなかった。

 

「あれは…?!」

「『魔剣グラム』には物体をすり抜ける『エセリアルシフト』っていう特殊効果があるんだヨ!」

「まじか…!」

「そんな…!」

 

攻撃を剣で受けるという戦闘慣れが裏目に出てしまうとは思わず歯噛みする。少年は果敢に攻めるが、魔剣の特殊効果は自在にオンオフができるのか少年は攻めあぐねている。何度か打ち合った後、何を思いついたのか飛び回り何かの魔法の詠唱を始めた。

 

「ユイちゃん、ここに!」

「はい!」

 

式句が揃うと少年の左手から黒い霧が発生し、将軍はおろか周囲にいる俺たちまでも包み込む。それを予期した俺はユイちゃんを両手で匿う。

 

「時間稼ぎのつもりかぁ!!」

 

しかし霧はただの目くらましにしかならず、覇気のこもった将軍の霧払いによって一帯の視界が晴れる。しかしそこにいるはずの少年の姿はなかった。

 

「あいつ、どこに行ったんだ?」

「まさか、逃げたんじゃ…」

「そんなはずない!」

「リーファの言う通りだ。見てな。」

 

リーファの言う通り、少年は逃げたのではない。上を取ったのだ。加えて太陽を背にすることで逆光により剣の出所を見にくくするという、魔法あり空中戦ありのALOならではの戦法だった。

 

将軍は特殊効果を起動して魔剣を突き上げる。やはり剣はすり抜けて少年の首を斬ろうとしたその瞬間、いつの間にか少年の左手に握られていた長刀によって遂に魔剣が受け止められる。あの特殊効果が切れて間もないコンマ何秒の世界を見切ったのだ。

 

「はあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ぐおおぉぉぉ?!?!」

 

少年は突如現れた2本目の剣により大剣を大きく弾かれた将軍の身体に次々と連撃を叩き込んでいくその様は、まるで星屑を散らしながら流れる流星のようだった。最後の一撃とともに爆発し、将軍の身体であろうものが眼下の森へと消えていった。

 

「見事、見事!!」

「ナイスファイトだヨ!!」

 

その場にいたシルフやケットシー、サラマンダーまでもが釘付けになっていた勝負は、スプリガンの少年:キリトに軍配が上がった。

 

その後サクヤさんによって蘇生された将軍はキリトの『スプリガン・ウンディーネ同盟の大使』という言葉を部下の進言もあって信用し、サラマンダーの大部隊はこの場を去っていった。その間際に将軍が俺のことを見ていたような気がするが、気のせいだろう。

 

その後、キリトとリーファからどういった経緯でここに来たのか推測を交えて説明を受けた。どうやらシルフ側でサラマンダーに情報を流した者がいたようで、サクヤさんは厳しい表情をしていた。

 

「キリト、ちょっといいか。」

「あぁ。」

「リーファ、ちょっとこいつ借りるぞ。」

「う、うん。」

 

サクヤさんがルーさんに頼んで魔法を展開する中、キリトの同行者であるリーファに一言告げて隣の足場まで移動する。これだけ離れればケットシーやシルフの聴覚でも会話は聞こえないだろう。

 

「さて、色々と聞きたいことはあるが...」

「悪い、ここには寄り道しただけなんだ。」

「ってことは、行先は世界樹か?でもなんでそんなに急ぐ?」

「…………アスナが、ここに囚われているらしいんだ。」

「アスナが…?!じゃあやっぱりまだ目覚めていない300人はこのALOにいるってことか?!」

「その可能性が高いと思ってる。で、一応お前もその内の一人なんだが…」

「俺自身なんでこうなってるかわからんから一旦スルーで。」

 

キリトと軽く近況を話そうとしたところ、やはり噂で聞いた通りの事態になっていたようだ。まさかそこにアスナまで巻き込まれているとは思わなかったが。幸いというか、他に知り合いは巻き込まれていないらしい。

 

「わかった…そうだ、今のうちにこれを渡しとくよ。」

 

そう言ってキリトがオブジェクト化したのは紫色の雫型の結晶だった。またしても見覚えのあるそれを手渡される。

 

「これ…!」

「私と同じく、パパのナーヴギアのローカルメモリに保存されていたストレアです!最初に会うのはソーマおじさんがいいだろうってパパと話したんです。」

「解凍すると前と同じ姿で出るから、なるべく人のいないところで使うことをオススメするぞ。」

「そうか……ありがとな。」

 

『MHCP-002』という名のアイテムをストレージに仕舞い、キリトに感謝を伝えてフレンド申請を送る。

 

「時間がないんだろ?なら後はメッセージで飛ばしとくから。」

「わかった。じゃあ戻るか。」

 

本当はもっと積もる話もあるのだが、時間が惜しいためここで切り上げてみんなの元に戻る。向こうはどうやら俺たちが席を外している間に、この会談をサラマンダーにリークした裏切り者を追放処分したところらしい。

 

「ソーマ君、そのスプリガンと知り合いなの?」

「以前スプリガン領に行ったときにちょっと。」

「ふ~ん。ねぇキミ、ウンディーネとの大使って言ってたけど、そこのところどうなの?」

「そうだ、お前あれはどういうことだ?」

 

すっかり忘れていた事を思い出し、キリトに詰め寄る。するとケロッとした表情の、俺のよく知るキリトが自信満々に答えた。

 

「もちろん大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション。」

「「なっ……」」

「おまっ……」

 

よくあんな土壇場でそんな大法螺を吹くことができたもんだ、と呆れると共に納得してしまった。そうだ、こういう奴だった。

 

「それにしてもキミ、強いネ~?スプリガンの秘密兵器だったりしない?」

「しがない流しの用心棒だよ。」

「フリーなら、ウチのケットシー部隊の傭兵にならな~い?三食おやつに昼寝付きだヨ~?」

「えっ、ちょっ」

「いいや、彼は我がシルフの傭兵になってもらう。」

「お前…」

「ちょっとサクヤちゃん!おっぱい当てすぎ!」

「ルーこそ密着しすぎだ!それにそっちには『流狼』がいるだろう?」

「ソーマ君も一応傭兵だヨ?」

「ならばこそこちらに譲ってくれてもいいだろう!?」

「ま、まぁまぁお二方、こいつにも都合がありましてね。」

「そ、そうよ!それにキリト君はあたしの、あたしの……」

 

さっきの戦闘で実力を買われたのか、キリトが大人の女性に引っ張りだこになるという光景が出来上がる。聞いている分には問題なかったが、いつの間にかヒートアップして俺にも飛び火しそうになったため仲裁する。それにリーファも乗っかってくれたのだが、なぜか徐々に声が小さくなり黙ってしまった。まさかと思うが彼女もキリトにホの字じゃないだろうな。

 

「ありがたいお誘いですが、彼女に中央に案内してもらう約束があるので。」

「そうか、残念だ。」

「そうだサクヤ、アリシャさん。今回の同盟ってやっぱり世界樹の……?」

 

先約があるからと丁重にお断りしたキリト。そしてリーファによって話は同盟の方へと変わった。

 

「究極的にはな。双方アルフになれればよし、やはり片方だけならもう片方が挑む時に手を貸す、というのが骨子だが。」

「その攻略に、私たちも同行させてもらえないかな?それもできるだけ早く。」

 

願ってもない話に領主の2人は顔を見合わせる。

 

「それはむしろこちらからお願いしたいくらいだが……急ぐ理由が何かあるのか?」

「……人を、探しているんだ。その人はおそらく世界樹の上にいる。」

「妖精王オベイロン……ではなさそうだな。」

「リアルで連絡が取れないんだ。だからもしかしたら……」

「運営サイドの人なのかな?なんだかミステリアスな話だネ?」

 

その人こそアスナなのだろう。リアル(向こう)で何かしらの手がかりを受けて、この世界に来たのだろう。

 

「でも攻略メンバー全員の装備を整えるのに1日2日じゃとても……」

「いや、ひとまずアルンにまで行ければいいんだ。ありがとう。」

 

「そうだ」と何かを思いついたキリトが取り出してルーさんに渡したのは大きな布袋。金をオブジェクト化したときによく見るものだが、その大きさがサンタクロースのプレゼント袋のように膨れていた。まさかと思った矢先、「おっも!」と声を漏らし中を見たルーさんの顔が驚愕の色に変わる。中には10万ユルドミスリル貨という最上位の硬貨がたんまり入っていたのだ。ALOに入ったばかりの俺のように所持金がそのまま引き継がれたようだが、アスナと結婚してストレージが共通化されていたことにより俺の初期額の倍近くはありそうだった。え、待って全額出したのかお前?

 

「これだけあれば最高級の装備が整えられるヨ!」

「大至急取り掛かろう。準備ができたら連絡する。」

「ありがとうサクヤ、アリシャさん。」

「ソーマ、お前は?」

「俺は護衛があるもんで今すぐ一緒には行けないが、用事が終わり次第すぐに向かうよ。」

「そうか。ありがとう。」

「じゃ、またな。」

 

別れ際にキリトと話し、ケットシーとシルフの外交大使集団はここから西へ、フリーリアへと向かった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

キリトたちと別れてから2時間半後、フリーリアの高級宿屋にサクヤさんたちシルフを送り届けた俺は一昨日から取っていた鍵付き部屋がある別の宿屋へと戻っていた。日が落ちてすっかり暗くなった部屋に明かりを灯し、『MHCP-002』をオブジェクト化する。およそ2か月半ぶりに見る結晶は、相変わらず優しい輝きを放っていた。手の中で浮かぶそれを優しくタップすると、結晶の輝きが強くなり部屋を真っ白に染める。カーテンを閉めておいてよかった。

 

「あ…」

 

弱まってきた光の中から、人影が見える。薄紫色のウェーブがかった髪、豊満な胸を強調するような胸元が大きく開いたドレス。その姿は間違いなく彼女だった。ゆっくりと開かれた赤い瞳が俺を捉える。

 

「ストレア…!」

「……うそ、信じられない…」

「また会えたな、ストレア。」

「ソーマ…ソーマぁ……!!」

 

ふわりと降りてきた彼女を優しく受け止め、腕の中で泣きじゃくるストレアの頭を撫でてあげながら空を仰ぐ。キリトにも会えたことで緊張の糸がどこか緩み、安心したのか視界が熱いものでぼやける。互いに落ち着いたのは、メンテナンス10分前を知らせる々アナウンスが入ったときだった。

 

「そっか、メンテか…」

「ソーマ、ここはどこなの?」

「あぁそっか。寝起きだもんな。ここはALO、アルヴヘイム・オンラインっていうゲームの中だ。」

 

そこからストレアにはここがどういった世界なのか、なぜ俺がここにいるのか、今までどうしていたのかなどの話をした。AIであるストレアはやはり呑み込みが早く、生来の性格も相まって色んなリアクションをしてくれた。つい話し込んでしまい、気が付けばメンテナンスが始まる2分前になっていた。

 

「ストレア、名残惜しいけど、一旦お別れだ。」

「行かないで、って言いたいけど、メンテナンスなら仕方ないかぁ。終了予定は15時だね。」

「大丈夫、またすぐ会えるさ。今度はキリトやユイちゃんも一緒にな。」

「楽しみにしてるね。じゃあおやすみなさい、ソーマ。」

「あぁ、おやすみストレア。」

 

再会して間もなくまた離れ離れになるのは少し心苦しいが、半日待てばまた会えるということでログアウトする。

 

(そういや11時間メンテなんて、この2,3ヶ月なかったよな…?)

 

もはや慣れてしまった待機ルームに転移した俺は横になってそんなことを考えながら、久しぶりにゆっくり惰眠を貪るべく眠りについた。

 

それとキリトにメッセージを飛ばすのも忘れていた。

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