2024年12月23日 21:45
ケットシー領首都フリーリア 領主館
サラマンダー領を出た俺はそのまま反時計回りに高山地帯のインプ領、湿地地帯のウンディーネ領、古代遺跡地帯のスプリガン領、埋立地帯のレプラコーン領、氷雪地帯のノーム領、そして草原が戻ってきたプーカ領とALOの外周部を旅していった。ノーム領に行く頃にハルカたちと約束していた星獣クエスト-十二星座は大半が動物ということでハルカがそう仮称した-のために一度アルンに寄ったりもした。そしてほんのついさっきプーカ領からケットシー領へと帰ってきたのだ。1ヶ月ぶりのフリーリアは特に変わったところもなく、ケットシーらしい気ままな感じだった。これも領主であるルーさんの手腕なのだろうか。
そして俺は今領主館にてルーさん、シャルル、ヒカリと晩酌がてら報告会をしていた。報告会と言ってもこれといってグランドクエストに繋がりそうな情報には巡り会えなかったため雑談がほとんどになっているが。
「スプリガン領は古代遺跡地帯のせいなのか、クエストも歴史とかそういう背景のあるものが多かったな。もしかしたらALOの歴史に関するものもあったりするかも…………聞いてて楽しいか?これ。」
「とっても面白いヨ!」
「スプリガン領やウンディーネ領はウチと対角にあるからな。滅多に行かない地域の話が聞けるのは貴重だ。」
「ノーム領はずっと雪が降ってるんでしょ?雪だるまとか作った?」
「手のひらサイズだけど小学生ぶりに作ったよ。意外と楽しかった。」
他愛もない話を肴に赤ワインっぽいリキュールを飲む。スプリガン領で倒した影100%の狼型モンスターのレアドロップ品を1人でボトル1本飲むのも憚られたため、こうして土産として振る舞っている。全員成人というのも確認済み。俺?肉体は25歳だからセーフ。
「ン〜!流石レアドロップ品、美味しいネェ〜!」
「あまりお酒飲まないウチでもこれは美味しいと思うな。」
「それは良かった。」
「これ狼型モンスターからドロップしたんだっけ?」
「そうそう。レアドロップってそのモンスターからは想像つかないものが多いからそのあたりガチャみたいだよな。」
「……そういやこの前シルフの知り合いから気になる話を聞いたんだが。」
舌鼓を打っているところにシャルルの言葉でピタリと固まる。
「あぁ大丈夫、お前のことじゃねぇよ。シルフ領の首都スイルベーンから北、古森の奥深くに『真の獣へと至る秘術』が手に入るクエストがあったらしく、知り合いはそれを受けようとしたんだ。ところが、受けられなかったんだと。その理由が『猫妖精族のみ受注可能』かつ
「シルフ領でケットシー専用の、しかもソロ限定クエスト?なんか怪しくない?」
「シルフの罠っていう線は念の為考えたが、その後領主のサクヤさんが直々に確認しに行ったそうだ。だから少なくとも罠ではない。まぁアリシャさんと仲の良いサクヤさんがそんな狡いことをするとは思えないしな。」
「うんうん。」
話の正体が俺でないことにホッとしつつも、シャルルの口から興味深い話が語られた。SAOでも特定の武器種専用のクエストはあったが、それのソロのみを対象としたクエストはほぼなかったはずだ。
「『秘術』っていうくらいだから魔法なんだろうネ。ケットシーが得意な魔法ってテイム関連が多いからちょっと想像つかないナ〜。」
「ALO各地を回った流狼君からは何か思い当たる節はあるか?」
「茶化さないでくれ……それらしい情報はないな。でも俺個人として気になったのは『真の獣』ってところかな。」
「テイムモンスターの一定時間強化とか?」
「ひょっとしたら猫以外の他の動物になれちゃったりして?」
「わざわざソロ限定にするくらいだから、短剣とか
ソシャゲで言うのであれば普段のクエストがマルチバトルなのに対して、今回のはシングルバトルといったところか。尤もVRMMOなのでよっぽどのことがない限り救援を呼べるという点では違うが。謎のクエストについて各々推測するが、イマイチ要領を得ない。
「じゃあ明日そのクエストを調査がてら受けてみるよ。俺が一番ケットシーで動きやすいからな。」
「そうしてもらえると助かるヨ。最近はある準備で手が離せなくてネ。」
「ある準備……?」
「それはね……」
明日そのクエストを調査することを決めると、ルーさんから気になる話が出てきたため話題はそっちに移る。その後も色々な雑談をして、晩酌会がお開きになったのはさらに1時間後だった。
◇◇◇
2024年12月24日 11:00
シルフ領北部 古森奥地
シャルルを経由して例のクエストの場所を教わった俺は今朝起きてポーションの補充をしてからすぐに向かった。クエスト起動ポイントに辿り着くと、ALO内が夜のせいか少し見つけにくかったが、何もない森の中でNPCが1人ポツンと立っているだけといたってシンプルだった。
「何かお困りですか?……うおっ」
頭上にクエストNPCの証である『?』が浮かぶ老人に声をかけると、すぐさま承諾ウィンドウが出てきた。大抵は何かしらのレスポンスがあるはずだが、声をかけると同時にウィンドウが出るのは初めて見た。クエスト名は『蒼き月の下 獣に成りて』。何かしら書いてあるはずの概要欄も空欄と色々と怪しい。ひとまず○を押して受諾すると頭上の『?』が『!』に変わりクエストが進行したのを確認すると、NPCがようやく喋ってくれた。
「定刻通り来たな。では行くぞ、ついて来い。」
「えっ、ちょ」
何の説明もなく老人が森の奥に進んでしまったため、慌てて追いかける。
「あの、これから何をすればいいんですか?」
「そうか、お主には説明しておらんかったか。すまんな、世界の命運を分ける重要なこと故、あえて何も伝えとらんかったのだ。」
流石に何の説明もないのは困ると思い聞いてみると、何やらこれからあることを行うらしい。それが世界の命運を分けるとか。その内容も聞いたらちゃんと教えてくれた。どうやら俺はまたしても何も知らずに集められた傭兵というような立場なのだろう。
先週、とある狼が1匹産まれた。その狼は生まれてからこの1週間家畜や人を襲い続けていた暴れん坊だったが、つい昨日捕らえることができたそうだ。ある予言によればこの狼はいずれ世界を滅ぼす大災害を引き起こすと言われており、それを防ぐべく早々に退治もとい殺してしまおうとなったそうだ。
少し歩くと広場に出た。中央には石でできた台座に拘束された狼とそれを囲むように兵士と思われる6人の男が槍を持って監視していた。狼は青みがかった銀に近い毛色で、手足のみならず口や首、腰と大袈裟なほど厳重に拘束されていた。
「着いたぞ。奴がそうだ。」
「生後1週間!?これが?!」
狼は大人のゴールデンレトリーバーくらいの所謂大型犬サイズだった。普通なら生後1週間でこんなに大きく成長するはずがないが、老人の話を聞いてある仮説を立てた俺の予想はおおよそ合っているということになった。
「奴はある神が産んだとも言われておるが真偽は定かではない……おそらく問題ないだろうが、お主は後方に控え、我々に万が一のことがあれば逃げてくれ。」
「…………わかりました。」
俺にそう指示した老人は兵士から両手斧を受け取ると、他の兵士と共に台座を囲んだ。
「魔狼よ……貴様に殺された我が息子に代わって成敗してくれる!!かかれぇぇェェェ!!」
「「うおぉぉぉぉぉ!!!!」」
号令により一斉に狼に襲いかかる兵士たち。しかしその手に持つ武器が狼を傷つけることはなかった。
「なっ……!?」
狼は厳重だった拘束を容易く引きちぎり、高く跳躍していた。そして一番近くにいた老人の首を途轍もない速さで噛みちぎったのだ。そのまま残りの兵士の首や頭を噛み続け、首のなくなった身体は次々と地面に倒れていった。たった5秒で全滅してしまった。
『ふむ……悪くはないが、やはり食べ飽きたな。趣向を変えてわざと捕まってみたものの、つまらん余興だったな。』
「お前…………!」
死体を足蹴にしながら感想を述べた狼に俺は反射で剣を抜く。
『あんな陳腐な鎖を破るのは我にとって造作もない。さて、次は貴様の番だが……妖精風情が我に抗おうというのか?』
「目の前で人を殺されといて黙ってるわけにゃいけねぇだろ!お前はここで仕留めてやる、フェンリル!!」
『面白い!ならば塵も残さず喰らい尽くしてくれるわ!!』
魔狼の正体であろう名前を叫び構えると、魔狼の頭上に2本のHPバーが現れた。名前はこれからまだ何かあるのか『???』と表記されている。
フェンリル。北欧神話に明るくない俺でも名前くらいは知っている北欧神話でも有名な魔狼。このクエストの元になったエピソードこそ知らないが、確か
奴の速さに目を慣らすために即座に突進してきた魔狼の爪や牙をギリギリで受け流し続ける。スピードこそ速いがモーションが28層の『ブラッドウルフ』系と同じことに気付き、偶に捌ききれずに攻撃を受けながらもHPバーを1本削ることができた。ポーチに入れたポーションを飲んで行動パターンの変化を待つ。
『ウオオォォォンン!!!』
「マジか……!」
遠吠えをするとメキメキという音と共に魔狼の体が二回り以上大きくなり、体長2m超えの巨体になった。どうやら本気モードのようだ。
すると突然魔狼の影が伸びてそこから氷の刃が何本も飛び出してきた。これを咄嗟に避けて再度観察すると、魔狼の身体を冷気が包んでいるのか白い靄のようなものが薄く張っていた。どこか見たことあるその姿は28層ボス『ワヒーラ・ザ・ブラッドウルフ』を彷彿とさせた。あいつの速度強化・氷属性版と考えるのならやりやすい。
なおも迫る爪や牙をいなしてカウンターを入れたり、時には(腹立つことに)ふさふさな毛を空いている左手で掴み、背に跨って何度か剣を突き刺したりとアクロバティックに攻撃を加えていく。
『ガアァァァッッ!!』
「くぉっ!?」
しかし魔狼のHPが赤くなった途端、最後の足掻きなのか一層上がったスピードについて行けずに仰け反ってしまう。その隙を見逃さなかったのか、魔狼の大きく開いた口が眼前に迫る。
『!?』
「ぐぅ?!……うおぉぉぉぉ!!!」
反射的に左手を伸ばすと口が閉じられ、二の腕から先を喰われた。鈍い痛みを感じながらも伸ばした左手の先にぶら下がるモノを掴み、逃げ場のないその体を再現した『ヴォーパル・ストライク』で貫く。
HP残量が無くなり、HPバーの消えた魔狼の巨体が青白く光…………ることはなく、大きく首を振られたことにより剣が抜け左腕も噛みちぎられてしまい、受け身を取れずゴロゴロと地面を転がる。それにより俺のHPも危険域に達して赤く染まる。
「な、なんでだ……?!」
HPバーが消えたのなら爆散してポリゴン片になるはずだが、こいつは消えなかった。そのことに流石の俺も動揺して立ち上がれない。
『ククク…………たかが妖精風情が、いい気になるなよ……!我はいずれまた、この世界を蹂躙するために現れる……!我は、不滅なりィィ!!』
「くっ!!」
魔狼が何か言うと、今までのが比にならないほど大きく口をを開けた。天と地の差という言葉があるが、その差を埋めるかのように開かれた口はもはや天災だった。
俺はこのALOに来てから一度もHPを0にして死んだことがなかった。自分がどうしてこんなことになっているのか分からない以上、SAO同様この世界でも生きねばならなかった。それもここで終わるのか……と覚悟し、その口、いや
「…………………………あれ?」
しかし待てど暮らせど噛み砕かれる感覚は訪れない。おそるおそる目を開けると、そこに魔狼の姿はなく、クエストクリアを示すウィンドウが浮かんでいるだけだった。ウィンドウには報酬の『
「終わった、のか……?」
釈然としない結末に納得しかねるが、ボロボロの身体と頭にそれは酷なため、ひとまず最後のポーションを飲んで寝転がった。空には蒼く輝く月が浮かび、何もなくなったこの広場をただ照らしていた。
翌日シャルルとその友人に全て報告し、別ルート-NPCが殺されない-の確認のために足を運んだが、件のNPCはいなかった。「一回こっきりのクエストだったんだろ」とシャルルは言うが、それでも俺は、まだ続きがあるような気がしてならないと納得できなかった。ここからしばらくはこのモヤモヤを抱えたまま過ごすハメになったが、1週間が経った頃には「わからんものはわからん」と割り切ってしまい、しばらくの間忘れてしまうこととなった。