2024年11月19日 15:00
シルフ・サラマンダー領境界部
限界まで引き絞った矢を放つと蜥蜴型モンスターの脳天を撃ち抜き、金と経験値となっていった。近くに寄り、狙いが外れて地に刺さる矢を4本回収する。
「スキル込みとはいえ、やっぱむずいなぁ。」
一昨日から新しい試みとして片手剣ではなく弓を使っている。神速・抜刀術があったスキルスロットにはSAO時代に興味本位で取ったもののイマイチ効果がわからなくて熟練度10でお蔵入りとなった『命中補正』を、カンストしていた武器防御の代わりに存在自体は知っていた『弾道補正』を入れた。どうやら弓は神速・抜刀術と同じく片手剣と共存できる武器スキルみたいだが、どうせなら他も色々見てみるかと狙撃手寄りのスキル構成にしてみた。万が一に近距離で襲われるようなことがあればクイックチェンジですぐ片手剣を装備するし、片手剣用のスキルセットを登録しているため問題ない。
ちなみに俺は剣道の経験はあっても弓道は全く未経験のド素人だ。魔法という優秀な遠距離の攻撃手段があるからか、ALO内で弓を使うプレイヤーは非常に珍しい。
周囲のモンスターは倒し尽くしたためリポップ待ちとなり、消耗品である矢の残り本数を確認する。
「あと16本か……一旦補充だな。」
一旦狩りをやめて移動する。その中で時計に記されている日付もとい曜日を見て、内心溜め息をつく。
というのも、毎週水曜日の早朝4時から7時にかけてALOの定期メンテナンスが入るのだ。普通なら寝ている時間のため何の問題もないのだが、いつも通り朝6:30にかけた目覚ましで起きようとしたところ何もない真っ暗な空間に放り出されたのだ。正面には大きなモニターがあり、ALOのパッケージイラストであろうものが映し出され、その前に被さるように『メンテナンス中』というウィンドウが出ていた。おそらく強制ログアウトされて待機ルームともいえるこの空間に弾かれたのだろうと推察した。ログアウト不可のSAOにいたためずっとメニューの中にあったログアウトボタンを押すか躊躇していたのだが、俺の意思に関わらずそれが実行されたことに軽く恐怖を覚える。それをあと何度繰り返せばよいのやら。
しかしいくつか疑問が残る。それはログアウトしたら現実世界に戻るのが普通なのでは?とメンテ要るのか?の2つだ。前者はSAOのβテストに参加したことがあるわけではないためハッキリとは言えない。もしかしたら本来のSAOもここと同じような空間を経由していたのかもしれない。
しかし後者はこの2週間過ごして特に気になっていた。SAOのデータが丸々反映されている、メニューなどのUIが似ているなど、どこかSAOを彷彿とさせる仕様がチラホラあるのだ。確かストレアとユイちゃんの話では、SAOは人の手による管理をもシステムとしてプログラムしたカーディナルシステムというもので運営されていた。ALOも似たシステムで運営されているのならば、基本的にメンテは必要ないはず。何かしらの要因でする必要があるとしても、週1メンテは流石に頻繁すぎないかと思う。VRMMOという全く新しいジャンルだからこそ、SAO事件があったからこそ念入りにしていると言われればそれまでだが、俺には何か引っかかるところがある。
そんなことを考えているうちに森を抜け、サラマンダー領である砂漠地帯が見えた。スイルベーンで買った店売り品の弓から愛剣へと装備し直すと、右腰部分にあった矢筒が消えた代わりに愛剣が納まる碧の鞘が反対側に吊らされる。スキルスロットも自動で変化して弓兵から剣士へと戻る。
「…………ほっ!」
さぁ近くの村に行こうとしたところ、視界の端から赤く燃える火球が迫り、これを上体を逸らすことで回避。火球はその先に広がる砂漠の彼方へと消えていった。
「出てきなサラマンダー。いるのは知ってるぞ。」
索敵によって既にプレイヤーがいるのは把握していたためすぐ対応できた。いつでも剣を抜けるようにして相手の返事を待つ。観念したのか、近くの木陰から赤い甲冑を着たプレイヤー2人と、ローブを羽織りフードを目深に被ったプレイヤー1人が出てきた。
「ここはサラマンダーとシルフの領土境界だ。ケットシーがこんなところで何をしている?」
「ただの観光だよ。そっちこそいきなり魔法撃ってくるとか随分なご挨拶だったようで。」
「あれは警告だ。これ以上我が領地に入るのなら容赦しないというな。」
「そりゃどうも。」
先頭にいた甲冑の男は
「待て!!」
砂漠方面に向かって歩こうとした俺を男は引き止める。まだ何かあるのか。
「どこへ行こうとしている。」
「
「見てわからんか?その砂漠に足を踏み入れればサラマンダー領だ。後ろから突然刺されても文句を言うなよ?」
「ご忠告どうも。」
それを承知の上で行こうとしているので、ひらひらと手を振りながらまた歩き出す。突撃槍での突進と魔法を警戒するが、サラマンダーたちは追ってこないようだった。索敵範囲から3つの反応が消えたのを確認すると、クールタイムが終わり使えるようになった羽を広げて飛び立つ。
「……警告はしたからな。」
既に遠くへ飛んでいった俺にその言葉は届かなかったが。
◇◇◇
2024年11月21日 10:30
サラマンダー領首都ガタン 大通り
サラマンダー領は砂漠地帯の中にあることから想像していたが、首都ガタンはオアシスを囲む城塞都市だった。息が詰まりそうなほど厳格な雰囲気を放つこの街は、55層グランザムにあった血盟騎士団本部を想起させる。
さてこの街を堪能しようかと思い大通りを歩いているのだが、スイルベーンやアルンとは比べ物にならないくらい視線を感じる。狼とか猫とかに限らず、この街にケットシーがいること自体珍しいのだろう。平日の午前中ということもあってその数は少なめではあるが。
「おい、そこのケットシー。」
その状況を好機と見たのか、1人のプレイヤーに声をかけられた。内心溜め息を吐きつつ振り返ると、赤い甲冑に片手剣を構えたプレイヤーがいた。種族はやはりサラマンダーだった。その後ろには短剣を持つプレイヤーが2人。片手剣持ちのサラマンダーは下卑た笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
「何か?」
「ケットシーが1人で我が領地に踏み入るとはな。相応の覚悟はあるんだろうな?」
「殺されたくなかったら有金全部置いてきなぁ?」
「アイテム取らないだけ感謝しろよぉ?」
サラマンダーはイメージカラーのせいもあってやや好戦的な人が多いと思っていたが、この3人はそれが顕著、というより血の気が多いと思った。上質なものなのか装飾が散りばめられた装備と台詞からして、チンピラ臭が拭えなかった。
「覚悟はあるけど、あんたらにあげる金もアイテムもないよ。」
「てめぇ……!」
この面倒くさい状況から抜け出そうと思いあえて挑発すると、相手はキレやすかったのかあっさり乗ってくれた。
「死ねぇっ!」
「ふんっ!」
「ぐほぉぁっ?!」
「「「えっ!?」」」
視線を外して無防備になった俺の背中を右手に持つ片手剣で貫こうと突進してきた。それを振り向きながら左脚をサラマンダーが通過する空間に置くように伸ばすと、突進してきたサラマンダーが逆に突き飛ばされ、周囲から驚きの声が漏れた。
「お前今、何を……?!」
反撃を予想してなかったのか、男は蹴られた腹部を左手で抑えながらすごく動揺した目で俺を見つめる。頭の中では各領地内におけるシステムを思い出しているのだろう。
そのシステム『他種族はその領地をホームとする種族に攻撃できない』とは、一体どういうものなのか。俺は『攻撃できない』というところに疑問を持った。剣を抜くことすらできずされるがままになるのか、逆に抵抗できるのか。それを確かめるべく、魔法を教えてくれたシルフの女性……リーファに協力してもらった。
まずは抜剣から。これは攻撃されてからも、攻撃される前も可能だった。次に抵抗。迫り来る長刀を愛剣で弾く。これも可能。そして一番の肝である反撃。
リーファに予め断りを入れておいて、再度長刀が振られる前に腹部目掛けて『
原理はSAOでの圏内戦闘と同じだった。圏内ではデュエルを除いてHPは減らない。しかし武器を振るい、ソードスキルを放つことは可能だった。血盟騎士団は一時期それを利用した訓練をしていた。破壊不能オブジェクト-この場合は不死属性か-を示す紫のシステムメッセージこそ出ないが、この実験をもって『HPが減らない』=『攻撃できない』という等式が崩れることになった。どうやらこの1年でALOプレイヤーはこのシステムに対して『攻撃しても無駄』→『無駄なら攻撃しない』→『攻撃できない』という認識になっていったようで、周りのプレイヤーもその例に漏れなかったようだ。実際蹴られた-側から見ればそう見えるだろう-男のHPは1ドットも減っていない。
「何しやがる!?」
「しゃあっ!!」
「ふっ!」
後ろに控えていた短剣持ち2人が左右から挟むように迫ってきたため、愛剣で各頭部を突く。「ふげぇ!」と情けない声をあげながら転がっていった。
「まだやるか?」
「「「ひぃぃぃ!?!?」」」
「…………ふぅ。」
軽く睨んだらそれで完全にビビったのか、3人揃って尻尾を巻いて逃げてしまった。アルンの時と比べるとオーディエンスこそ少ないが、また目立つことをしてしまったと反省。
「中々の実力だ。」
そう言って近づいてきたのはさっきと同じだが別の3人組だった。声の主は先頭にいる赤い短髪の男だろう。他の2人はそれぞれ兜、フードを被っているため顔の判別はできない。
「さっきの3人組はここ最近他所のプレイヤーに対してやり過ぎなところがあったからな。いい機会だろう。」
「説教役を買って出たつもりはないんだけどな……あんたは?」
「そうか、前は私も兜を被っていたからな。私はアカツキだ。」
「ソーマだ。前に会ったことが……あっ」
お咎めの言葉が来るのかと思ったがそんなことはなく、結果的に向こうの事情に貢献してしまったらしい。アカツキと名乗る男とは既に会ったことがあるらしいが、一体いつのことだと思ったとき、3人の装備を見てハッとする。甲冑姿の2人とメイジ1人の並び、アカツキというプレイヤーの背中に差さる突撃槍を見てほんの数日前に言葉を交わした人物だと察する。
「この前忠告してくれた人か。その節はどうも。」
「して、なぜこのガタンにいるのか聞きたいところだが……やはり観光か?」
「ずっとそう言ってるんだけどなぁ。」
先週スイルベーンに寄ったときから同じ事を聞かれ続けていたため、げんなりしつつそう答える。ゲームの仕様上仕方ないとはいえ、脱領者の肩身の狭さを再確認した。
「……カレーは好きか?」
「え?あ、あぁ。」
「ならば、そこの店がオススメだ。NPCレストランだが、中々いけるぞ。特にチーズナンが良い。」
「カレーか……!それはありがたい。今晩早速行ってみるよ。」
(尻尾振ってる…)
(好物なんだな…)
(かわいい)
久々のカレー、しかもライスではなくナンということで内心テンションが大盛り上がりする。今夜の晩飯が確定したところでアカツキに礼を言って観光を再開する。種族柄なのか感情が反映されやすい耳と尻尾については全く気づいていなかったが。
この一件があったからなのか、この2日後ガタンを発った後くらいから、ALOに突如現れた旅する一匹狼の流浪人、誰が呼んだか『