2024年11月15日 19:30
内陸中立域 南南西部
無事にかつての愛剣をまた手にした俺は、付き添いで来てくれたシャルルと軽くアルンを観光した後、その日の夕方にアルンを出た。そのままフリーリアへと戻ったのは翌日の27時と日付を跨いだ後だった。ここまで付き合ってくれたシャルルには感謝しかない。
ルーさんとの約束であった部隊加入の件は、この世界を旅して見聞を広めたいと伝えたことにより保留となった。別に加入してもよかったのだが、つい最近まで攻略組として最前線で神経を擦り減らして戦ってきたため、74層攻略後のキリアスの2人のようにまったり過ごすのもアリだと思ったのだ。
世界樹攻略も実装されてから1年経つらしいが、規格外の難易度なのか未だにどの種族も妖精王オベイロンに謁見できていない現状だ。キークエストの見落としがないか等の確認作業が今必要なものらしい。なのでルーさん達に恩もあるため、旅先で何かしら有益な情報を見聞きしたら連絡することにしている。旅人を装ったスパイ染みたものになってしまったが、主目的はあくまで旅なのでセーフ。
その旅の注意事項として、他種族領の街では襲われる可能性があるという。例えば、フリーリアに来たシルフは俺たちケットシーを攻撃できないがその逆、俺たちはシルフを攻撃できるというシステムがあるらしく、好戦的なプレイヤーに会えばデスペナルティは免れないようだ。しかし「ま、こいつなら多分大丈夫だろ」とシャルルから謎の信頼を得ているし、少なくともそこらのプレイヤーには簡単に負けるつもりはない。また例としてシルフを挙げたが、実際のところシルフとケットシーは現領主が友人同士ということもあってか種族仲は良いほうらしい。
そんなわけであれから1週間、絶賛ALO漫遊中です。昨日の昼までシルフ領首都スイルベーンに滞在していたのだが、約束があったためローヴェと同じように山脈をくぐる洞窟-たしかルグルーという名前だった-を抜けて、アルンで買い物を済ませて戻ってきたところだ。
「お、いたいた。あれがそうか。」
夕陽に照らされながら飛ぶこと数分。山麓部に意味ありげな祠のようなものがある場所に複数人の種々様々なプレイヤーが集まっていた。その中の見知った顔の元へ降り立つ。
「よっ、一週間ぶり。」
「お、来たな期待の新人!」
この中で唯一の顔見知りであるガイズと軽く握手をする。その姿は先週初めて会ったときとは少し違い、重厚な鎧に大盾と
「ガイズ、この人が?」
「おうよ!ソーマ、こいつが一応このパーティのリーダー、ハルカだ。」
「一応は余計だ……ハルカだ、よろしく。」
「こちらこそ。」
ガイズに紹介されたのはシルフの青年だった。種族特有の緑髪に武士のような和風装備、そして腰に吊る刀からして、クラインを緑色に染めたような風貌だ。あいつと違うところがあるとすれば、無精髭なんか生えてない、童顔の爽やかな若者っぽい見た目というところか。
「急な連絡だったのに来てくれてありがとね。」
「構わないよ。どうやら面白そうなクエストらしいし、興味が湧いたから。」
一昨日の夜、フレンド登録をしていたガイズから「ボス攻略を手伝ってくれないか」というクエスト同行のお誘いがあった。メッセージの文面を見る限りでは、中々攻略しがいのあるボスだと思われる。
毎月10〜14日の間に央都の裏路地に現れる占い師NPCの話を聞くと受注され、15日になると内陸を囲う山脈の麓にある祠が出現するという。一見するとただの期限付きクエストなのだが従来のものとは違うようで、9月に受けたときはここより東……アルンを中心として南南東の方角の祠、10月は真南の祠と場所が時計周りに変わっているらしい。さらに中にいるボスモンスターも変わっており、9月は天秤を持った女神のような女性、10月はその女性が持ってた天秤単体と何やら意味ありげなものだという。
「戦闘例がまだ2回だけだけど、元ネタは十二星座だと見ていいと俺は思ってる。」
「クエストの期間やボスの特徴から見てもそれは間違いないと思うな。」
「ボスの元ネタはギリシャ神話の逸話だろうね。ALOの基になった北欧神話にはたしか天秤を持った女性はいなかったはず。」
「俺とか他のメンツは神話とかそういうのはからっきしでよ、ハルカとソーマがいたから今回できる限りの対策はできたぜ。」
「あ、そうだそうだ。ついでにみんなにこれあげる。」
「お、いいのか!」
「懐に余裕があったんで、少し多めに買っといたんだ。足りないよりはいいだろ?」
アルンで買える一番持続時間の長い耐毒ポーションと質の良い解毒ポーションを1本ずつ他の6人に渡す。通常の回復ポーションとは別で買ったのにはわけがある。
先ほどの元ネタの話からすると、今回のボスは強力な毒を持った蠍だと思われる。ギリシャ神話の一説ではオリオンをその毒で殺したと言われる魔蠍だ。蠍という生物自体毒を持つ個体がほとんどのため、念には念をということで毒関連のポーションを買うよう事前にハルカから連絡が入っていたようだ。前回前々回と惜しいところまでいったがクエストクリアできておらず、ボスもある程度想像がつくということで皆気合いが入っている。
「…………というわけで、今回は助っ人に来てくれたソーマを入れたこの7人でボスに挑みます。」
「よろしくお願いします。」
簡単な自己紹介をして顔合わせを行い、予想されるボスの大まかな特徴とそれの対抗手段がハルカの口からパーティメンバーに伝えられる。パーティの構成は壁となるタンクがサラマンダーの女性とガイズ、回復などの支援役がウンディーネ、プーカの女性2人、遠距離からの援護に特化したメイジがインプの男性、そして遊撃兼ダメージディーラーのハルカと俺の計7人。ALOでの1パーティの人数上限ピッタリだそうだ。
種族もバラバラなハルカたち7人は全員所謂エンジョイ勢というもので、ALOの主目的である種族間抗争よりも世界を楽しむことを大事にしているそう。元々全員バラバラに行動していたのだが、アルンのクエスト受付でたまたま7人が出会い、意気投合して以来よく行動を共にしているようだ。
ハルカたちエンジョイ勢を含む種族間抗争に意欲的でないプレイヤー、または種族の意向にそぐわなかったり問題を起こして領地を追放されたプレイヤーはまとめて『
「よし、それじゃそろそろ行こうか。2人共、いつも通り頼む。」
支援役の2人は頷くと、何やら呪文……ではなく魔法の詠唱を始めた。5、6個のスペルを並べて魔法が発動されると、HPバーの上に攻撃力や敏捷、防御力が上昇していることを示す四角いアイコンがいくつか現れた。その後に各々耐毒ポーションを飲んで準備が完了する。
「今回こそ、クリアするぞ!」
「「「「「「おう!!」」」」」」
ハルカの号令と共に祠の中へ進む。中はアインクラッドのフロアボスの部屋と同じか少し小さいくらいだった。ボス部屋がこの広さということは、ボスもそれなりの大きさであるということで…………
「ギィィィィィ!!!!」
中央に現れた巨大な蠍は血のようにドス赤い甲殻に覆われ、俺の背丈を超える大きな鋏を持っていた。その上に出た『Antares The Scorpion』というエネミーネームから、読みが当たったことを確認する。
「今日も頼むぞガイズ!」
「へっ、任せろぉ!」
「行くぞ!」
先陣を切って走るガイズに続いて突き進む。高い打点から振り下ろされた鋏を重そうな衝突音と共に大盾でガッチリ受け止めたガイズの横を抜け、ハルカと挟み撃ちにして剣撃を叩き込む。ALOにはソードスキルがないためあくまでシステムアシストなしでの再現になってしまうが、幾度も使用して動きが身体に染み付いた『刹那』を5発入れたあと片手剣4連撃『バーチカル・スクエア』を放ち、一旦ガイズの後ろに退く。その間に闇、水、風の魔法攻撃がボスを襲う。どうやら後衛の3人が援護してくれたようだ。
ソードスキルの剣技そのものではないため威力こそ落ちるが、技後硬直がないため最上位スキルの『太陽乱舞』や『ノヴァ・アセンション』など高威力かつ硬直が長めだった技を連続で出せるのは大きい。しかも敵の動きを見て無理矢理中断してバックステップで退避、なんてことも可能。加えてユニークスキル持ちだった俺はスキルスロットに片手剣と神速・抜刀術が同居していたために、ソードスキルの打ち間違いというのが初期の頃はよくあったが、その心配もいらない。
ちなみに魔法については、一昨日たまたま森で出会った金髪巨乳の女性シルフに単体回復魔法と初級風魔法を教えてもらった。「君って変なケットシーだね」と言いつつ教えてくれた彼女に感謝。
この1週間シルフ領で旅をしたことで地上のみならず、ALO特有の空中での戦闘にも慣れた。ハルカたちも相当の手練れなのか、抜群なコンビネーションでボスを相手に立ち回っている。SAOで例えるなら、フィリアやシリカ、リズなど中層プレイヤーの上澄みか大手攻略組ギルドの2軍あたりか。
その甲斐あってか、いつの間にか3本あったHPバーのうち3本目の8割まで削っている。時々尻尾の先端のみならず鋏からも猛毒が吐き出されるが、事前準備ができていたことにより、例えデバフをもらっても余裕を持って回復できていた。
「いける……行けるよ!」
「そら仕上げだ!行ってこい!」
「「ああ!」」
タンクの2人がシールドバッシュによりボスの巨体を大きく仰け反らせる。その隙を逃さずに懐に潜り込み、限りなく再現した重8連撃『天羽々斬』を叩き込む。しかしそれでもボスは倒しきれなかったが、それでよかった。
「ハルカ!」
「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」
最後の一押しにハルカが攻撃するとボスの動きが止まり、奇声染みた断末魔を上げながら爆散していった。勝利のファンファーレと空中に現れた『Congratulations‼︎』の文字を認識すると、6人の口から歓喜の声が。過去2回とも敗走したこともあり、三度目の正直としてクエストを達成した喜びが強いのだろう。
「っし。みんなお疲れ!」
「ソーマありがとな!お前さんがいたおかげでやっとクリアできたぜ!」
「7人で良かったね!」
「「ねー!」」
「ハルカの指示があってこそだよ。おかげで余裕を持って戦えた。」
「さすがリーダーだな。」
「うんうん。」
「今回も結構無茶なこと言ったと思うけど……ついてきてくれてありがとう!」
前線に出つつも全体への的確な指示出しは攻略組だった俺からすれば素晴らしいの一言だった。ハルカはアスナのような指揮官タイプのようだ。このパーティの今後が楽しみになった。
「それでさ、ソーマさえ良かったらなんだけど……これからも一緒に行かないかい?」
「えっ」
「あぁいや別に無理にとは言わないよ!?ガイズから聞いた話だと君もエンジョイ勢っぽかったから、一応ね。」
突然の勧誘に、俺は嘗て面倒を見ていたパーティを思い出した。男女比こそ違うが、あれも同じ6人パーティだった。それと目の前にいるハルカたちが重なる。
「すっっっごいありがたい誘いなんだけど、俺は基本的に外周を旅しようと思ってるからな……」
「そ、そうか……」
「でも居心地はとても良かったよ。だから来月ももしやるんだったら、呼んでくれるか?それ以外でも、色々相談とか乗るし。」
「……ああ、もちろんだ!」
ハルカたちとフレンド登録をして、「楽しかったよー!」「またやろうなー!」と気持ちのいい言葉を受けて飛び立つ。パーティのヘルプに入るなんて約2週間ぶりだからか、少し名残惜しい。
そんな郷愁にも似た温かい感覚を胸に、この1週間で感じたことを思い出す。
入手してから1週間何度もこの剣を振るったが、剣はやはりこの重さが一番ちょうどいい。この世界でも引き続き愛剣と戦えると思うと嬉しさがある反面、若干の不安が残る。俺は相変わらずSAOにログインする以前の記憶は思い出せないが、今回はそっちの心配ではない。
茅場曰くSAOをクリアした俺はリアルで目を覚ますはずだったのだが、どういうわけかこのALOにいた。ステータスやアイテムなどSAO時代のものがこれでもかと引き継がれており、果ては本来SAOにしか存在しえないこの剣までもがALOに存在している。あの茅場が嘘を言うとは思えないが、SAOはまだ終わっていないということなのか…………?
「…………まさか、な。」
微量ながらも拭いきれない不安を振り払うように、俺は飛翔スピードを上げて今夜の目標地点であるルグルーへと向かった。