2024年11月7日 19:50
ケットシー領首都フリーリア 訓練所
訓練所は円状の更地をテントで覆い隠す形になっていた。端のほうには訓練用と思われる木剣や打ち込み用の木偶人形、中央には白線が敷かれた広めの試合場と思われるスペースもあった。そこにいた3,4人の兵士と思しきケットシーがルーさんを見て挨拶をした。
「「お疲れ様です!」」
「みんなお疲れ~!シャルル君、新人だヨ!」
「お、珍しいな!狼のケットシーか!」
シャルルと呼ばれた青年は俺と同じくらいの身長で、ヒカリと同じように髪から装備までが全て山吹色に染まっていた。インナーはノースリーブでヘソ出し、額に鉢金を付けたシャルルが手を差し出してきたので握手をする。
「シャルルだ。よろしく。」
「ソーマだ。」
「シャルル君、ちょっと彼と手合わせしてあげて欲しいんだけど、いいかナ?」
「え、俺ですか?そりゃなぜ。」
「彼が『強い人と戦ってみたい』って言うから?」
「言ってない言ってない」
「ほぉ……オーケー、受けて立ちます。」
「じゃあ決まりだネ!」
「置いてかないで」
なんか勝手に決まってしまった。ケットシーはこんな人が多いのか?
「いや、この2人だけだよ。」
俺の心の声を読んだヒカリの言葉を信じよう。
「それじゃあソーマ君、頑張ってネ〜♫」
ルーさんはそう言って他のプレイヤーたちと試合場の白線から出てしまった。シャルルはメニューを操作すると、俺の目の前にデュエル申請の窓が出てこれを承認。開始線と思われるラインに立って、買ったばかりの片手剣を抜く。
「新人だからって、手加減はしないからな。」
「望むところだ。」
身軽そうな装備からして、彼もおそらく俺と同じスピードタイプだ。油断はしないでおこう。
「いくぜジュワユーズ!」
なんて?!と反応する前にカウントが0になり、シャルルが攻めてくる。
「うおぁ⁈」
予想よりだいぶ早く相手が動き、俺の懐へ潜り込み下からの切り上げをする。思わず即座に後退。あとほんの少しでも遅れていたら股下からバッサリ斬られていただろう。
「あっぶねぇ……」
「今のを避けるか!」
追撃と言わんばかりに黄剣が俺を襲う。しかし何度も打ち合えば眼も慣れてくるわけで。
(アスナに比べたら……!)
神速・抜刀術を公表する以前から、何度か模擬戦としてアスナとデュエルをしたことがあったのだが、勝負は互角でいつも僅差でどちらかが勝つということがほとんどだった。当時『攻略の鬼』とも言われていたアスナの鬼気迫る細剣の猛攻に比べれば、まだ対処のしようがある。
「守ってばかりじゃ勝てないぞっ!」
「はあっ!」
捌いていた剣を弾き、一旦距離を取る。一方的に攻撃されたため相手よりHPが減っているが、初撃決着にしているためまだ勝敗は決まらない。
「じゃあ今度は俺から行かせてもらうっ!」
「うおっ!?」
やられたことをやり返すように、今度は俺から激しい剣撃を叩き込む。シャルルも負けじと攻撃を捌いてはいるが、少しずつ俺のスピードについてこれなくなっていた。そこを見逃すほど俺は甘くない。
「せあっ!」
「なんの!」
しかしシャルルも簡単にやられてくれない。隙をついたはずの一撃はギリギリで躱され、ステップで後退し距離を取る。
「久々に滾るぜ!楽しいな!」
「あぁ!でも悪いが、そろそろ終わりにさせてもらおう!」
「来い!」
呼吸を整えて剣を鞘に納めると、それをチャンスと見たシャルルは正面から突進しようと右足で一歩踏み出す。
「…………一の太刀」
小さく呟いて俺も左足で一歩踏み出す。
相手がもう一歩踏み出そうとした時に思い切り地を蹴り、相手とすれ違うその間に左脇腹を斬るように抜刀。
「ははっ、バケモンかよ……」
限りなく再現した『刹那』によってシャルルのHPは大きく減り、半分を下回ったのを確認すると決着のブザーが鳴る。観ていたルーさんたちは驚いて開いた口が塞がらないを体現していた。慣れた動作で納刀すると、後ろから突然肩を組まれた。
「すごいなあんた!俺の負けだよ。まだまだ世界は広いな。ハハハハ!」
「あんたも強かったよ。油断したら首ごと持ってかれる気がした。」
「言ってくれるなぁこの!自分で言うのもなんだが、ケットシー部隊最強とまで言われてる俺に勝ったんだぜ?もっと自信持て!なんだったら2代目最強にでもなるか?」
「最強って世襲制なの?」
さっきまでとは打って変わって気さくな雰囲気のシャルルは楽しそうに笑っていた。
「いやぁ、これほどとは思わなかったヨ……」
「最初見かけた時から只者じゃないとは思ってたけど……すごい。」
「アリシャさん、さっきのって嘘ですよね?」
「えぇっ、な、なんでそう思ったのかナ〜?」
「コイツの顔が、『え、何言ってんのこの人』って顔してたんで。そんな回りくどいことしなくてもいいじゃないですか。」
「あ、顔に出やすいんだネ、キミ。」
「うぐっ……」
キリトやアスナからも『顔に出やすいタイプ』『嘘つけないでしょ』と何度も言われた覚えはあるが、そんなに顔に出てたか……というか悪ノリしたのかよ。
「まあ、ソーマ君の実力も知れたところでちょいと相談なんだけどネ?」
「なんですか?」
「キミ、ケットシーの戦闘部隊に入る気はない?もちろん今すぐにとは言わないヨ?焦らずゆっくり考えてくれていいからネ〜。」
「……わかりました。考えておきます。」
「ウチのドラ……特殊部隊に入ってくれてもいいからね!」
部隊加入ということは、世界樹の攻略を視野に入れているのだろう。そこに戦力として入れるのならそれはそれでいいが、ALOに来てまだ日が浅すぎる。もう少しだけ色んなものを見てみたいという気持ちが大きい。
「あ、そういえばさっきご飯食べてるときに不思議な
「場所は?」
「央都アルン。」
「アルンかぁ……」
「央都……?」
また知らない単語が出てきて?が浮かぶが、央都アルンは世界樹の根元にある大規模都市で最大の中立地帯だとルーさんが教えてくれた。グランドクエストの起動ポイントもここにあるらしい。
「で、そのアルンで何が起きてるって?」
「グランドクエストのドームの前に広い空き地があるでしょ?4時間くらい前、そこに突如緑色の剣が落ちてきて、空き地のど真ん中に刺さったらしいの。」
「その上を飛んでたプレイヤーが落としたんじゃないのか?」
「平日の15時にそんなとこ飛んでるプレイヤーなんていると思う?」
「……それもそうか。」
「一応情報を確認したら所有者はいないようだったからそのプレイヤーは剣を抜こうとしたんだけど、ダメだったんだって。」
「単純に剣が重いのか、それともシステム的に何か手順を踏まないと抜けない感じか?」
「グランドクエスト関係だったりするのかナ?」
「場所がドームの前っていうのもあってそう考えるプレイヤーが多いみたいです。ウチが見たのも2時間前のスレだから、サラマンダーの領主とか勘がいい人はもう動いていると思います。」
この手のものは大体起点となるクエストがあるはずだ。SAOでも似たようなことがあってクエストを進めたが、その剣はクエスト専用アイテムでクエストクリアとともに消えてしまい、手に入ることはなかった。
「ちなみにヒカリ、その剣の写真スクショとかってある?」
「うん。これなんだけど。」
見せてくれたスクリーンショットには、月の光を浴びてキラキラ輝く碧剣が地面に真っ直ぐ綺麗に刺さっていた。鍔から刀身に巻きつくように伸びる部分なんかは、まるで竜巻を表しているようで………………んん?
「おお、綺麗な剣じゃないか。細剣にしちゃ少し太いし片手剣にしては少し細いけど。」
「緑っていうより碧だネ。デザインも凝ってて綺麗だネ〜。」
「新しい
「あっ、ごめん。聞いてなかった。」
「も〜。」
あまりに馴染みのある見た目の剣に固まっていると、ヒカリから小突かれて我に帰る。
「さてはこの剣に一目惚れでもしてたな?」
「まぁ、そんなとこだな…………ルーさん。」
「何かナ?」
「入隊するかどうかの返事は、
「全然良いヨ!……って、え、今持ち帰るって言った?言ったよネ?」
「君、本気……?」
「おお、カッコいいじゃねぇか!」
シャルル以外のメンバーは当然の反応を示す。今日始めたてのビギナーが、グランドクエストに関係しているかもしれないものを持って帰ろうとしているのだ。確かによく考えればそんな顔にもなる。
「いつ出る?俺も同行しよう。」
「シャルル院。じゃなくて、シャルも行くの?!」
「おう、面白そうだしな!」
「明日仕事あるんじゃないの?!」
「仮病で有休使う!」
「アリシャさん、このアホに何か言ってやってくださいよ〜……」
「有休は権利だからネ!気をつけて帰って来るんだヨ!」
社会人ネタ(?)に苦笑いしていると、「ダメだった……」と天を仰いでいたヒカリに両肩をガシッと掴まれる。種族柄なのか小柄なヒカリを見下ろす形になると、すごく心配そうな顔をされた。
「変なコトされたらすぐ連絡して。すぐ殴りに行くから。」
「えぇ……」
「なんだ妬いてんのか?」
「妬いてない!」
茶番はここまでにして、シャルルの提案もありすぐに出立することにした俺たちは、ルーさんやヒカリに見送られながらフリーリアをあとにした。
◇◇◇
フリーリアを発ってから2時間。飛んでは歩いて飛んでは歩いてを何度か繰り返し、「一回腹に何か入れてくる」とログアウトしていったシャルルの身体を守っているところだ。
自分の種族の首都と中立域の宿屋以外ではログアウトしても身体は残されてしまうらしく、それをフィールドでしようものならモンスターが寄ってくるらしい。それでリメインライト化-HPが全損した時に出る炎。一定時間その場に留まり蘇生待ち状態になる。蘇生されず時間が経つと首都の復活ポイントに戻されるらしい-しようものならわざわざ遠出した意味がなくなるため、基本的に最低でも2人以上のパーティで行動することがほとんどだそうだ。
「おすおす、お待たせ。」
「何食べたんだ?」
「ウエハース3個齧ってきたわ。」
他愛ない会話をしながら、山脈を潜るための洞窟を目指してまた飛んでいく。
フリーリアからでも見えた世界樹への道のりはただ飛んで行けば着けるということはない。世界樹を囲むように存在する山脈は飛行限界高度より上にあって飛んで越えることができないため、内陸地に行きたい場合は山脈の各地にある内陸地と外周部を繋ぐ洞窟を抜けなければならない。しかもそれなりに長いようで、中継地点に中立域の街がある。今晩の目的地はそこだ。
「しかし、動きが洗練されてるなぁ。まるで風だ。」
俺の動きを見たいとシャルルに言われ、道中に何度かモンスターと交戦した際に言われた言葉だ。速さを極めると風というより光だと思うのだが、シャルル曰く「緩急がすごい」とのことだった。アスナにも似たようなことを言われたような気がするなぁと思いながら剣を納めて歩き出す。
さらに30分ほど経ったくらいで洞窟の入り口に到着。ここから先は飛んで行けないため徒歩移動になる。洞窟などの暗い場所はスプリガンがいれば暗視魔法で歩きやすくなるのだとか。
「ま、俺は自前でスキル取ってるからスプリガンがいなくても大丈夫だけどな。」
「奇遇だな、俺も念の為取ってたんだよ。」
「さては相当VRMMOやり込んでたな?」
「まぁ、それなりに。」
SAOのデータで暗視スキルも熟練度とともにしっかり引き継がれていた。また暗視や索敵のスキルに頼り切るのではなく、視覚情報と『聴音』も織り交ぜて最大限警戒する。SAOと違いALOはPVP推奨ゲーム。いつ襲われるかわからないからな。
『聴音』というのはSAO時代から度々世話になっていたシステム外スキルで、攻略組にとっては必須スキルである。草が風で靡く音や川の水が流れる音などの『ゲームによって定められた環境音』の中から、プレイヤーやモンスターの動的オブジェクトにより発せられる足音や草を掻き分ける音などその場に通常は無いイレギュラーな音を聴き分ける技術だ。ケットシーとなった今では前よりも少し拾う音が多いため、ほとんどの音であれば聴き逃さないだろう。
途中でプーカのパーティと軽く挨拶をしてすれ違い、特に問題なく街にたどり着いた。
『ローヴェ』というこの街はドワーフが洞窟を掘り進めてできたものとなっていて、右手側には小さな湖もある。その外周の半分を道、街、道で囲んでおり、海に面した街を洞窟の中で再現したような景観だった。
「1時か……思ったより早く来れたな。」
「来たことあるのか?」
「何回かな。いい時間だから今日はここまでにするか。ソーマは明日……というか今日は何時から入れる?」
「朝……9時くらいかな。」
「おっけ。俺も会社に休む連絡入れたりしなきゃならんから、9時15分に宿屋前で集合するか。」
「了解。お疲れ。」
「おう、またな。」
手頃な宿屋で個室の部屋を取り、装備を外してベッドに寝転がり、天井に向かって手を伸ばす。
あの剣は、あの『ウィンディア・スウィフト』だけは、誰にも渡すわけにはいかない。