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作:窓風
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EPISODE21 vs創造主


 

 

 

 

 

2024年11月7日 14:30

第75層 ボス部屋

 

ボスが撃破されてから10分以上経過したが、誰一人として動ける者はいなかった。犠牲が14人と多すぎたのが原因だ。逆に言えば14人で済んだ、ともいえるが。

 

「あと、25層も登らねぇといけねぇのか……」

「最低1週間は……休みをもらいてぇな……」

「おめぇはその点、自由でいいよな…」

 

あと25層、今回のようなボスを倒さなければいけないと思うと気が遠くなる。100層に着く頃にはいったい何人の攻略組が生きているのだろうか。今後の攻略に対する意思が揺らぐ生き残った面々は、まともに立つことすらできていなかった。ただ一人、残りHPがグリーンに染まり、疲弊している攻略組を立って眺める聖騎士を除いて。

 

座り込む攻略組に向けられる聖騎士の目は、転移門広場で俺に向けられたものと同じような気がした。まるでこの光景を俯瞰で見ているような……

 

なんともいえない違和感を感じた瞬間、俺のすぐ近くでアスナと背中合わせにして座っていたキリトが、『レイジスパイク』でヒースクリフに斬りかかった。完全な不意打ちにヒースクリフを含むプレイヤー全員は驚愕し、ただその光景を見ていた。

 

黒剣は白十字の盾より上へ、ヒースクリフの顔にヒットする。そう思っていた。

 

金属同士がぶつかるそれとは違う、別の激突音がボス部屋に響く。音の出所はヒースクリフの目の前にある『Immortal Object』と書かれた紫色のウィンドウメッセージだった。つい最近見たことのあるそれは、聖騎士が何者なのかを物語っていた。

 

「……そうか。」

 

合点がいった。違和感の正体がなんとなくわかった。あとは本人に聞いて確かめる他ない。

 

「システム的不死…?!団長、それは一体……?」

「いくら攻撃しても、こいつのHPはイエローになることはない。システムに保護されてるんだ。」

 

意味不明な状況に周囲がざわつく中、キリトは続ける。

 

「この世界に囚われてから、ずっと考えていた。あいつは今一体どこで、どうやって俺たちを監視し、この世界を調整しているのかってな。でも単純なことだった。小さな子どもでも知っていることだ。『他人のやってるRPGを傍から眺めるほどつまらないものはない』。そうだろ?茅場晶彦。」

 

茅場晶彦。SAOの開発者にしてGM。この世界の創造主たる男が、今目の前にいる聖騎士なのだという。

 

「……なぜその結論に至ったか、参考までに聞かせてくれるかな?」

 

肯定も否定もせずに、ヒースクリフは表情一つ変えずに問う。

 

「最初におかしいと思ったのは、前のデュエルだ。」

「やっぱそこだよな。」

 

キリトが判断材料として先日のデュエルリーグでの試合を提示したことにより、俺の中でも同じ結論に至った。

 

「俺たちが勝負が決まる直前の攻撃を当てる一瞬、あんたはあまりにも速すぎた。」

「ほう、君も気づいてたのかね?」

「あの一瞬だけ妙な違和感があっただけだ。キリトが何も言わなかったら、気のせいで済ませたかもな。」

「……そうか。アレは私にとっても痛恨事だった。君たちの速さに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまったよ。……確かに私は茅場晶彦だ。つけ加えるなら、君達と最上層で戦う最終ボスでもある。」

 

……なんと。

 

キリトの読みは当たり、ヒースクリフ=茅場晶彦という事実がハッキリした。だが予想以上の収穫というべきか、SAOのラスボスだということもヒースクリフもとい茅場は打ち明けたのだ。

 

「趣味がいいとは言えないな。最強のプレイヤーが一転、最悪のラスボスか。」

「中々いいシナリオだろう?尤も、95層に到達した時点で公開しようと思っていたのだがね。」

「悪くはないんだけど、いざその場に直面するとねぇ。」

 

ヒースクリフはキリトと俺を見据えて淡々と話す。

 

「最終的に私の前に立つのは君達だと予想していた。『二刀流』スキルは魔王を倒す勇者の役割を、『神速』や『抜刀術』など他のユニークスキルはその勇者に続く英雄の役割を担うものだった。だが君達は、予想以上のものを見せてくれた。」

「その話を聞く限り、俺のユニークスキルは元々別のスキルだったってことか?」

「そうとも。10種類あるユニークスキルのうち『二刀流』は一番の反応速度を持つプレイヤーに与えられる。『神速』『暗黒剣』『抜刀術』など私の『神聖剣』を除く残りの8種類は、90層を越えたあたりでそれぞれ相応しいプレイヤーに与えられる予定だったのだが……何の因果か『神速』と『抜刀術』はかなり早い段階で、しかも融合し新たなユニークスキルとしてソーマ君に与えられた。おかげで全部で10個あったユニークスキルが9個になってしまったがね。このイレギュラー性もまた、ネットワーク型RPGの醍醐味というべきかな。」

「ふ…ふざけるなぁぁ!!」

 

その時、血盟騎士団の一人が怒りを露わにして、その手に持つ両手剣でヒースクリフに斬りかかろうと飛んだ。

 

しかしヒースクリフはこれを冷静に対処する。左手を振り素早く何かの操作をすると、斬りかかろうとしたプレイヤーは麻痺状態になり、飛んだ勢いのまま墜落した。声がして周囲を見渡すと、アスナやクライン、エギルなど他のプレイヤーも次々と麻痺状態にされていた。俺とキリトだけは麻痺状態にされなかったようだ。

 

「ここで全員殺して隠蔽……ってわけではなさそうだな。」

「そんな理不尽な真似はしないさ。今まで育ててきた攻略組を途中で放り出すのは少々不本意だが、私は先に最上層の紅玉宮にて君達の到着を待つとしよう。なに、君達ならたどり着けるさ。……だがその前に。」

 

純白の十字盾がボス部屋の床に突き立てられる。正体が見破られたにも関わらず堂々としたその立ち姿は、魔王と呼ぶに相応しかった。

 

「君達には、私の正体を看破した報奨を与えなくてはな。今この場で君達が私と決闘し、私に勝てば全プレイヤーを解放しゲームクリアとする。無論、不死属性は解除する。私は2対1でも構わないが、どうかね?」

 

互いに目を合わせる。キリトも優しいから、きっと同じことを考えているのだろう。

 

「ソーマ、」

「先にやらせてくれ。」

「あっ、おい!」

 

歩き出すと、横から肩を掴まれる。俺を引き留めた黒衣の剣士は、いつも以上に真剣な目で訴えてきた。

 

「キリト、これが一番最善なんだ。」

「最悪の想定をしたってことか?」

「その通り。俺にとって、遅いか早いかの問題だったけどな。」

「それはどういう…」

「てなわけでヒースクリフ、こいつも頼む。」

 

それを聞いた察しが良い魔王は左手を操作すると、キリトの身体にも麻痺が付与されてその身体は崩れ落ちる。

 

「万が一のことがあったら、後は任せる。」

「待て、ソーマ…!」

 

キリトの制止の言葉を聞かずヒースクリフのもとへ近づく。

 

「2つ聞きたいことがある。」

「何かな?」

「『神速・抜刀術』のソードスキルは確認したのか?融合した結果違うものに変わってると思うが。」

「もちろんだ。融合による弊害か、君の熟練度具合によって少しずつ開放されていく様を見るのは楽しかったよ。」

「そりゃよかったな。そんでもう一つなんだが、使いたいソードスキルがあるんだ。それであんたの鎧に傷をつけたら俺の勝ち、剣や盾で防いで鎧に傷が付かなければあんたの勝ち、ということにできないか?自分でも甘いと思うけどさ。」

「…………まさか、アレを使う気なのかね?」

「1回も使わずにゲームクリアするのも癪でね。」

「…………ハハハ!君は本当に面白い。その案に乗るとしよう。」

「決まりだな。ただ、威力が計り知れないから、死ぬ覚悟だけはしておけよ?」

「ご忠告痛み入るよ。」

 

ヒースクリフとの交渉は終えた。あとは……

 

後ろに振り返り、特に俺を心配そうに見つめるエギル、クライン、アスナ、そしてキリトに笑いかける。

 

「……ありがとな。」

 

前を向き、左腰に差してある愛剣『ウィンディア・スウィフト』を抜きながら、一言唱えてソードスキル発動させる。

 

本来ソードスキルはそれぞれに設定された基底モーションを取ることで発動されるが、『神速・抜刀術』のこれだけは発動条件が特殊で、完全習得(コンプリート)したときに使用可能になったこのソードスキルは、『HPが100%のときのみ使用可能』と書かれていた。

 

「トリガー、セット。」

 

刀身が銀に染まる愛剣を身体の前に持ち上げ、両手で持つ。視界の左上にあるHPバーは、ボス戦直後ほぼ反射的にポーションを飲んだため全快していたが、ソードスキルを発動させてから減少を始めていった。よくあるHPを何割か消費して放つ諸刃の剣系のスキルだが、減少はまだ止まらない。

 

「えっ…?」

 

信じられない、とアスナが声を漏らす。それもそのはず、せめて半分で止まると思われたHPの減少が止まらないのだから。

 

「止まれよ……止めろよソーマ!!」

 

キリトが叫ぶも、減少は止まらない。

 

ようやく減少が止まったときには、俺のHPは残り5%ほどになっており、僅かに赤い数ドットのみ残していた。

 

不死属性を解除したヒースクリフも白剣を抜き、いつでも来いと言っているようだった。

 

「いくぞ、聖騎士。」

 

左手を剣から離して腕を下ろし、『無の構え』ともいえる楽な姿勢をとる。キリト達が何かを叫んでいるが、集中状態に入った俺には残念ながら聞こえない。聞こえてしまえば、意思が揺らいでしまう。

 

双眸は聖騎士の目を見据えて、深く息を吸って、吐いて、動き出す。

 

脳が、身体が加速を始める。時が止まった世界で、ただ一人銀色に光り輝く剣を振るう。

 

自身のHP95%を消費することにより、全ステータスを極限にまで引き上げられた身体をもって一刀に斬り伏せる()重単発奥義、(しまい)の太刀『夢幻(むげん)』。

 

剣を振りぬいた俺は、右手に残る手ごたえを感じながら納刀し、加速が終わった世界で膝をついた。

 

「……手加減したわけではなさそうだね。」

「ここまで来て、手加減なんて、するかよ。」

「それもそうか。……いやしかし、予想以上の速さだね。さすがの私も、視認することすら叶わなかった。」

「読み勝っといて、よく言うよ。」

 

魔王は感心した声を漏らす。その左手に持つ盾の縁は欠けていた。

 

『夢幻』による超加速によって、盾の隙間を縫い深紅の鎧を斬りつけようとした一瞬。時が止まった世界でのほんの一瞬。その時に、ボス部屋やプレイヤーを含む全てのオブジェクト(アインクラッド全体)が右から左へと青く染められた。

 

これにはヒースクリフも予想外だったのか、両目を大きく見開いていた気がした。

 

その僅かな時間で、勝敗は決した。

 

俺の剣で奴の鎧を傷つけることは敵わなかったのだ。もちろんヒースクリフがオーバーアシストを使った様子もなかった。ただ純粋に負けたのだ。

 

「やっぱ、名実ともに最強だよ、あんた。」

「光栄だな。」

「……ごめんみんな、ダメだった。」

 

何が起こったのかわかっていない他のプレイヤーたちに、簡潔に勝敗を伝える。その言葉を聞いたプレイヤー達の顔が絶望の色に染まる。

 

「だったら最初から2人でやっとけよって思うかもしれないけど、これは俺のエゴだ。まああんだけ大口叩いといて負けてんだから、結局ダサいけどな。でも後悔はない。」

 

立ち眩みに似たものを感じながらゆっくり立ち上がって振り向く。目の前にはヒースクリフが剣を抜いたまま近づいてきていた。正直もう1歩も動けないため非常に助かる。

 

「おい……待てよ……!」

「キリト!」

 

腹から目一杯の声を出す。あまりの大きさに全員が黙る。

 

「悪りぃ、先に行くわ。負けんなよ。」

「さらばだ、ソーマ君。」

「行くな……」

「…………またな。」

 

瞬間、腹を貫く一撃が俺を襲う。刺さっている剣を辿ると、ヒースクリフがいた。その顔は相変わらずの鉄仮面だったが、少しばかり悲哀も混じってるようにも見えた。

 

その一突きで、数ドットしか残っていなかった俺のHPは緩やかに減少し、まもなくHPバーが消え去った。視界中央には『You are Dead』と赤いシステムウインドウが映し出され、俺の物語が終わりを迎えたことを知らせた。

 

自分の身体が今まで見てきた青白いポリゴン片になるまで、なぜかとても長く感じた。自然と、アインクラッドでの今までの出来事がフラッシュバックする。

 

攻略組として共に戦ったキリトやアスナ、クライン、エギル、血盟騎士団や聖竜連合の仲間。

俺が勝手に始めた慈善事業に真摯に向き合ってくれたシリカ、リズ、フィリア、レインなどの中層プレイヤーたち。

 

デスゲームという極限の状況下で、友と生きた記憶。

 

色々と、本当に色々とあったけど、なんだかんだ楽しかった。

 

「あぁ……いい夢を見させてもらったよ。」

 

身体の内側から弾けるように、俺は水色の破片となって宙に舞った。

 

 

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